ザ・グレート・展開予測ショー

幻花(前編)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/10/ 9)


「本日より当面の間、皆本クンは特命の任務に就く。
 その間は柏木クンに運用主任代行を務めてもらう。」

桐壺局長はこの発言で、少女たちの試練の始まりを告げた。


―――――――――――― 幻花(前編)


「どっ、どういうことだよ、それ!!」

いち早く抗議の声を上げたのは、薫だった。

「ひょっとして皆本はん、クビなんか!?」

「だから特命の任務と言っただろう。」

「特命の任務って何なんだよ!?」

「教えるわけにはいかない。」

「ウチらにも秘密って、どういうことや!!」

いつもならチルドレンに甘い桐壺局長が、今回は一切引こうとしなかった。
薫と葵は猛抗議の嵐を浴びせたが、取り付く島もない。
泣き落としも通用しそうにないと踏んだ薫は、こっちには切札があるとばかりにこう言った。

「ふん! いくら隠しても紫穂なら分かるぜ。」

「任務以外での超能力の使用は禁止だ。
 超能力だけじゃない。いかなる手段であれ、本件について探ろうとしてはならない。
 当然ながら、皆本クンとの接触も任務が終わるまで禁止だ。」

「“当面”って、いつまでなんですか?」

それまで沈黙を守っていた紫穂がようやく口を開いた。
局長が一切妥協しそうにないので、少しでも情報を引き出す戦略だ。

「“当面”は“当面”だ。いつまでとは言えない。」

「もし、私たちが命令に従わなかったら?」

「そのときは…」

局長は彼女らにとどめの言葉を言い放った。

「皆本クンが解任されることになる。」


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「“当面”って、そうねぇ … 一ヶ月くらいじゃないかしら?」

柏木秘書官の態度はもう少し柔らかかった。

チルドレンの面々は桐壺局長に「子供にしか許されないような悪態の数々」をついた後、
皆本自身に説明してもらうべく行動を開始した。
ところが彼はどこにも見つからず、電話にも出ない。
だから代わりに「運用主任」ではなく、「運用主任代行」の彼女を捕まえたのだった。
その彼女も「特務」の内容までは教えてくれなかったのだが…。

「それまで皆本はんと会えへんの?」

「ええ…。研究所に缶詰になるから、多分自宅にも戻れないでしょうね。」

「じゃあ、あたし研究所に行く!」

「それは絶対にだめ!
 皆本さんからも、あなたたちを研究所に近付けないよう言われてるの。」

皆本本人が自分たちを遠ざけようとしていることを知って、少女たちはショックを受けた。

「ま、まさか女絡みじゃないだろうな…!?」

「あら、どうして分かったの?」

あっさりと認めた柏木秘書官の言葉に、少女たちの表情は凍りついた。


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「皆本の浮気者ぉー!」「ウチら捨てられたんや〜」「 … 」

三者三様に落ち込む様子を憐れに思ったのか、柏木秘書官は特別に一度だけの面会を許可し、
研究所の一画のとある部屋に少女たちを連れて行った。

そこは研究室というよりは、むしろ「病室」に近かった。

実際、所狭しと並べられた計器類(正体不明の装置も多かった)がなければ、
間違いなくそこは病室に見えただろう。

その「病室」のベッドに問題の「女」は居た。
検査服姿で、半身を起こしている。

「紹介しよう、“水無月麻樹”君だ。」


 … なんだか地味な女だな …

皆本から紹介を受けたとき、薫の受けた第一印象である。
他の2人の感想も同様だった。
縁のない大きな眼鏡を掛けているが、顔立ちは至って平凡で、痩せていて小柄だった。
ただ、顔色は良いので、病人ではなく健康そうに見える。

相手が“美女”でないことに、とりあえず安堵した少女たちだったが、警戒は解かなかった。
いくら地味でも相手は大人の女。歳も皆本とあまり違わないようだ。

「初めまして、特務エスパーの皆さん。
 皆さんの活躍はかねがねお伺いしていますが、
 こうして直接お会いすることができて、とても光栄です。
 しばらく皆本さんのお世話になりますので、皆さんにはご迷惑をお掛けしますが、
 どうかお許しください。」

地味な容貌とはうらはらに、声はよく通り、話す内容もしっかりしている。
頭もかなり良さそうだ。
少女たちの警戒度レベルは確実にアップした。

「つまり皆本の特務って、この女の世話なのか?」

「こ、こら、薫! ちゃんと挨拶しなさい。」

「皆本はん、もう会えへんの…?」

「だから一時的なものだって! この仕事が終わったらちゃんと戻るから…。」

「 … 」

「そ、そんな恨めしそうな目で見ないでくれ、紫穂…。」

三人娘に迫られ、たじたじとなっている皆本を見かね、柏木秘書官がなだめに入った。
少女たちはしぶしぶ、麻樹という女性に自己紹介をした。
彼女の方も軽く微笑を浮かべ、型通りの挨拶を返した…薫と葵には。

ところが、紫穂と握手したとき、彼女の微笑がわずかに曇った。
二人の間に走る緊張は、この部屋にいる他の人間にも伝わった。
そして、水面下の対立は次の会話ではっきり表に示された。

「綺麗な指輪ね。誰に貰ったの?」

「これはESPリミッターです。皆本さんから頂きました。」

「でも、どうして左手の薬指に嵌めてるのかしら?」

「いけませんか?」

紫穂は挑戦的な姿勢を崩さなかった。

「 …ごめんなさい。出過ぎた質問だったようね。」

麻樹の方が引いて、とりあえず衝突は回避された。


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「紫穂、あの女に何したんだ?」

ここは、バベル内のある一室。
プライバシーが確保されているので、三人はここを「作戦会議室」に定めたのだ。

「ちょっと“探り”を入れてみたの。」

「あっ、危ないことするなぁ。あそこESPセンサーだらけじゃないか。」

「だから出力は必要最小限にしたわ。
 ESPリミッターも付けていたから詳しくは分からなかったけど…
 彼女、間違いなくエスパーよ。」

彼女の素性については何も教えて貰えなかったが、バベルに呼ばれた人物ということで、
超能力絡みであることは容易に想像できた。
だからこの結果には薫や葵も驚かなかった。

「それに彼女、私が“探り”を入れたことに気付いたみたい。」

「ほんまか!?」

これは予想を越えた事実だった。
紫穂の“探り”は薫や葵には感知できないのだ。

「だから、あいつ紫穂に突っかかったのか。
 紫穂と同じような能力を持っているとしたら… いや、それだけじゃないかも。
 どの程度の超度か分からないけど、局長があれだけ入れ込んでいるということは
 タダモノじゃないよね、きっと。」

「ウチらお払い箱になるんやろか…
 局長はん、皆本はんの解任をほのめかしとった…
 それって、ウチらも要らんっていうことやろ。」

どうも今日の葵は悲観的だ。

「あたしたちに取って代われるエスパーなんて居るわけないじゃん。」

「病気かなんかのせいで、今まで出て来なかっただけかもしれへん。
 それが治ったらきっと…」

「そういえば、医務官の人もいたわね。」

そう、少人数とはいえ、皆本と麻樹は二人きりではなかったのだ。
それでも少女たちの心配の種は尽きない。

「それに四六時中一緒になるのは事実やし、皆本はんの宿直室とあの女の部屋は、
 壁一枚だけしか隔たってないし…」

「もしあの女が皆本に夜這いをかけたら…」

「そんな、皆本さんに限って…」

「甘い、紫穂! 皆本だって男だぜ。“据え膳食わぬは男の恥”って知らないか!?
 あんまり色気のない女だったけど、あっちがその気になったら…」

こうして話はどんどん逸れていき、その日の「作戦会議」は井戸端会議に変わってしまった。


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翌日、少女たちは麻樹という女性の素性の調査を開始した。
超能力抜きで。
本当は調査自体が禁止なのだが、超能力を使わなければ、叱られるだけで済むとの読みだった。

ただ、超能力を使わない調査は非常に難しかった。
あの「病室」を含む研究所への出入りは禁止。
関係者への接触も禁止。
当然ながら彼女に関して公開されているデータもない。
その存在自体がトップシークレットだった。

それでも、少女たちはバベルの総務課長をなだめすかして、何とか情報の断片を入手した。

「私もこれしか知らされていないんだ。」

こう言って渡されたのは、ほとんど白紙に近いESP能力者登録名簿だった。

薫はかろうじて記入のある項目を読み上げた。

「名前は水無月麻樹、誕生日は6月22日、出身は大阪府吹田市、血液型は…」

「大阪出身なんて、嘘に決まっとる! あの喋り方で分かるやろ。」

「大阪出身でも大阪弁で喋るとは限らないわ。
 でも、信憑性が薄いのは確かね。名前も偽名かもしれないし。」

「確実なのは、この写真だけやな…」

「その顔も整形でなければいいけどね。」

最後の薫の一言で、三人とも黙り込むことになった。
調査はあっさり暗礁に乗り上げたかに見えた。

「とりあえず、この情報に合致する人物がいるかどうか調べましょう。」

最初に立ち直ったのは紫穂だった。

「でっちあげの情報なんか調べてどないするんや。」

「少なくとも偽造だという証明が得られるわ。」

「でも、どうやって調べるんだ?
 この調子じゃ、人事部に掛け合っても無駄だぜ。」

「バベルの中ではもう、これ以上調べても無駄ね。だから…」

窓の外を指差し、紫穂はこう続けた。

「警視庁に行きましょう。」


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仕事の関係で、チルドレンは警視庁にも知り合いがいる。
その中で最も親しい刑事に彼女たちは調査を依頼した。

もちろん、その彼も、この依頼を受けるのはさすがに渋った。
彼は公務員だから規則上の問題もあるし、休みもろくにとれないほど忙しかったのだ。
謎めいた背景があることは確かだが、仮にも内務省の一部局であるバベルに
不審人物が簡単に入れるとは思えない。おまけに何の事件性もない。

それでも、いたいけな少女たちに
「私たちの一生が掛かっているんです」と涙ながらに(嘘泣きだが)訴えられ、
結局、彼は何の報酬もないボランティアを引き受けたのだった。


その彼から調査の結果が知らされたのは一週間後だった。

当初の予想に反して、“麻樹”なる人物については、ちゃんと戸籍が存在した。
住民票などの関係書類もちゃんと揃っている。
ただ、それはあくまで書類やデータがあるというだけの話だった。
各書類やデータの内容はちょっと調べるだけで、矛盾だらけで
実体を伴わないことが判明した。

どうやら、国あるいは何らかの公共機関が関わっているらしい。

また、顔写真から彼女の本名等も判明した。
登録名簿にあったプロフィールは、予想通り全部でたらめだった。
顔はかろうじて本物だったのだが、眼鏡でカモフラージュされていた。

そして、彼女の略歴は少女たちの危機感をさらに深くするものだった。
それは死の匂いに満ちていた。

 ・3歳のとき実父死亡(事故死)。
 ・6歳のとき、母が再婚。1年後、その再婚相手が死亡(事故死)。
 ・11歳のとき、級友の男児が死亡(事故死)。
 ・15歳のとき、級友の男子学生が死亡(死因不明)。

それ以降、彼女は母親ともども消息を完全に断っていた。
「級友」はいずれも、非常に親しい仲で、「ボーイフレンド」もしくは「恋人」だった。
つまり彼女は義理の父親も含めれば、親しい男性を4人も失っていたのだ。
なお、それらが「殺人」である可能性は「100%ない」とのことだった。


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「それにしても、やっぱりプロは違うんやなぁ。」

これは、その2週間後、葵が口にした言葉である。

さすがに、あれ以上「親切な刑事さん」に頼るわけにもいかず、かといって
私立探偵を雇うなどということもできず、彼女たちは自力で調査を続けたのだった。
ところが、小学生の「聞き込み」などに、まともに応じてくれる大人はほとんどおらず、
新たな情報はほとんど何も得られなかった。
だから、不完全な顔写真1枚からあれだけの情報を引き出した「プロの手腕」に
感心せざるを得なかったのだ。

もちろん、4人の死を「偶然」と割り切りさえすれば、何もする必要はない。
しかし“麻樹”の素性が怪しいことは変わりなかったし、何よりも彼女を皆本の
傍から排除するために、少女たちは充分な「理由」を必要としたのだ。
今の情報だけでは、それを承知でバベルが彼女を招いたとすれば、
追い出す理由には足りない。

当初「不吉な女を実力で排除する」ことを主張した薫も、葵と紫穂に説得されて
今は地道な情報収集に徹していた。
しかし、探偵としてはまったく素人で、特務エスパーの仕事もこなさねばならない
彼女たちにできることは限られていた。
この分野で最も役に立ちそうな紫穂も、「任務以外で超能力を使わない」という
規則を律儀に守っているせいか、ほとんど成果を上げられなかった。

「どうせあと一週間で、皆本はんも戻ってくるんやろ。もうやめにせえへんか?」

「冗談じゃない。ここまできてやめられるか!」

「それに、あと一週間で本当に終わるとは限らないもの。」

すっかり諦めモードに入っている葵に対し、薫と紫穂は捜査の続行を主張した。


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「もうすぐ私の願いが叶うのね。」

「ああ。でも焦ってはいけないよ、麻樹君。」

「小さな探偵さんたち、頑張っているみたいね。
 あのヒントに気付くかしら?」

「たぶんね。
 でも、気付かない方が君には良いんだろう?」

「いいえ、私は気付いて欲しいのよ。」


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少女たちの探偵ぶりは、少しずつではあったが向上していた。
聞き込みを効果的に行うため、いろいろな工夫をしたからだ。
最も効果があったのが「兄の交際相手のことで心配している妹と、その友人たち」
という設定の採用だった。
これは相手の同情を引きやすく、しかも実態に近いため、迫真の演技ができたのだ。

そして、最後の一週間が終わるころ、少女たちはようやく有力な証言を得た。
“麻樹”の中学時代の同級生からだ。
その証言で“麻樹”と“彼”は単なる恋人同士ではなく、三角関係であり、
いわゆる「略奪愛」であったことが判明した。

この同級生は“麻樹”を“あの子”と呼び、こう証言した。

「あの子と彼が出会ったのは、三年生のときよ。
 クラス替えで、偶然一緒になったの。

 彼はそのとき彼女と付き合っていた。
 とても仲が良くて、別れるなんて想像もできなかったわ。
 彼女は美人だったし、性格も良かった。
 それに誰よりも彼を愛していた。
 言っちゃ悪いけど、あの子なんて足元にも及ばないはずだったの。

 でも、彼はあの子と付き合いだし、まもなく彼女に別れを切り出した。
 彼はまじめな人だったから、本当に信じられなかったわ。
 私も彼女の友達だったから、一緒に彼の心変わりを責めたんだけど…、
 彼もあの子が好きな理由を“自分でも分からない”と言っていた。
 彼女も全然納得できなかったから、何とか彼の心を取り戻そうと必死だったわ。
 私も一緒になって、あの子に彼を返すよう要求したりもした。
 …今考えると、すごくみっともないことだけど。

 この関係がクラスに知れ渡って、彼は孤立してしまった。
 特に女子からは総スカンを食っていたわ。
 彼も、とても悩んでいたみたい。成績も落ちたし。
 それでも彼はあの子とのつきあいを止めなかった。

 彼が死んだのは本当に突然だったわ。
 “三角関係に悩んで自殺した”とか“昔の彼女に毒殺された”とか
 心無い噂も流されたけど、そんなことは嘘っぱちよ。
 外傷もなかったし、毒でも病気でもなかった。
 警察が調べても死因は分からなかった。
 ただ自然に死んだ、という以外に説明する言葉がなかったそうよ。

 でも、彼女は自分を責めたわ。
 “自分が彼を責めたせいで死なせてしまった”ってね。
 今でもきっと彼女はそう思っていると思う。

 今思えば私も彼女も、人が人を好きになるのに理由なんてない、ということを
 分かっていなかったんだと思う。
 あの子も男子には結構ウケが良かったし、きっと同性では分からない良さが
 あったんでしょうね。

 あの子も彼が死んだ後、どこかに行ってしまった。
 でも、あなたたちの話だと、あの子は生きているのね。

 今はまだあの子に会いたくはないわ。
 彼女もきっとそう。
 いつかは、心の整理ができるかもしれないけど… 」


-------


この証言を聞いた少女たちの心には、深い暗雲が立ち込めていた。
突然現れた女に恋人をさらわれる…
これが、自分たちの未来を暗示するように思えたからだ。

三人は帰りの電車に乗るため、駅への道をとぼとぼ歩いた。
肩を落として、ほとんど無言で。

駅前の商店街に入った時、紫穂が突然何かに気付いたように顔を上げ、近くの店に飛び込んだ。
慌てて、薫と葵も後を追った。

そこは本屋だった。

「急にどないしてん? 何の本読んどるんや … “花”?」

紫穂は「やっぱり…」と小さく呟いた後、二人に向き直った。

「葵ちゃん、今すぐ研究所に跳んで!! 皆本さんの命が危ないわ!」


(後編に続く)


 

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