ザ・グレート・展開予測ショー

〜『キツネと羽根と混沌と 第12話』 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(04/10/ 4)





「西条先輩の・・ご同輩の方?」

「・・えぇ。アイツとはイギリスにいた頃、よくつるんでましたよ。貴方のことも聞きました。
 魔鈴なんてそうそう出くわす名字でもないですから・・気になって立ち寄ってみたんですが・・」

コーヒーに口をつけながら、男は静かにそう言った。
陽光の差し込む店内。霧がかる早朝。
その時、魔鈴はすることもなく・・ただ見知らぬ客の言葉を聞き、うなづくことしか出来なかった。

黒髪に、一目で長身と分かる引き締まった体躯。
軽薄な口調から見て取って、はじめはナンパ目的の冷やかしか・・とも思ったのだが・・・

「・・・。」

不意に、彼の口から意外な名前が飛び出してくる。予想だにしなかった単語に意表を突かれ、彼女は思わず目を見開いていた。

「そう、ですか。知りませんでした・・。先輩とはオカルトゼミ時代に別れたきりで・・それ以降の話なんて今でも滅多にしてくれませんから・・その・・」

「いえ、謝る必要はありませんよ。アイツにとっても、多分思い出したくないことでしょうから・・察してあげてください。」

言葉を濁す魔鈴の顔を、カウンター越しに見つめた後・・彼は小さく笑みを浮かべる。
・・わざわざ相手の興味を誘うかのような・・含みのある物言い。しかし、魔鈴はそれに気付かない。・・気付く余裕がなかった。

「貴方の知らない・・空白の三年間・・」

「・・え?」

「西条に一体、何があったのか・・知りたくてたまらない、といった顔ですね・・」
それでも男は笑い続けて・・。黙り込み、俯く魔鈴に向かって、小さく・・一つ、肩をすくめる。

「知らない方が・・良いことかもしれませんよ?」

「・・!教えて・・いただけるんですか?」

・・部屋の空気が急速に冷えていくように感じられた。揶揄するような低い声と、震えるようにか細い声音。
鋭く閉じられた獣の瞳に・・・薄く、闇が滲んでいく。

「・・どこから話せばいいのかな・・?悲しいことがあったんですよ。とても・・悲しいことが、ね」

能面を思わせる微笑を貼り付けて、彼は楽しげにそう切り出したのだった。


〜『キツネと羽根と混沌と 第12話』 〜


静寂を切り裂いて・・電子音がただ鳴り続ける。脈拍が、未だ途絶えていないことを示す・・規則正しい電子音。
ドアの前で淡く光る、赤いランプを・・・。そしてその奥、ベッドに横たわる同僚の姿を見つめながら・・・

・・西条は力無く、病室の窓に腰掛けていた。

露に濡れたガラス。リノリウムの床。
何度そうしたかは分からない。数える気にすらなれない程・・何度も何度も・・・
彼は様々なものに目を移そうとして・・・。どうにかして・・『それ』を視線から遠ざけようとして・・・

しかし、それでも・・最後には必ず視界に飛び込んでくる・・白い天井。
悪夢のように付き纏う、白い天井。

「・・・・。」

うなだれるように座り込む西条が、不意に拳を握り締める。昏い瞳のまま、唇を噛み・・そのまま彼は・・

「・・っ・・くそ・・っ!」

彼は・・その拳を傍の壁へと叩きつけた。一瞬響く、鈍い音。
赤い血流が震える指先を伝っていく。

・・・。
誰に向けられたわけでもない、小さなつぶやき。・・それを噛みしめるように繰り返しながら・・・
西条は音も無くその部屋を後にした。

                     ◇

「被害者の捜査官はね・・西条くん直付きの部下だったのよ・・。
 昨日、街の路地裏で倒れているところを発見されて・・なんとか一命は取り留めたみたいだけど・・」

応接室の中央。沈痛な面持ちで口にする美智恵は、壁の隅に置かれた、熱帯魚の水槽に目を向けている。

浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・
プカプカと水面を漂う水泡から目を逸らすと・・深々と一つため息をつき・・・

「・・ほら、横島くんもタマモちゃんもそんなに暗い顔しないで。心配なら私と西条くんだけで十分よ。
 無茶な注文なのは分かってるけど・・西条くんが戻ってきたら、普段どおりに接してあげて・・」

気を取り直すように振り向きながら、目の前で息を飲む2人に微笑んだ。言葉に詰まるタマモの顔を覗き込み、美智恵はそれに穏やかな口調で・・

「・・とりあえず、2人がここに呼ばれた理由なんだけど・・もうほとんど察しはついてるみたいね。」
「ここに入った時から、なんとなく。殺されて・・いるのよね?ここ数日中にGメンの人間が・・それも何人も・・」

ある種の確信を持って答えるタマモに、横島はわずかに顔をしかめ・・

「・・あと分かることっていったら、西条の様子がおかしいことぐらいかな。いくら部下が斬られたからって、あの憤り方はちょっと普通じゃない・・」

普段、遊び半分のど突き合いをしているからこそ、なおのこと分かる。
別れ際に、西条が見せた表情。あれは、怒りなどという生易しい域を完全に越えた代物だった。

(・・殺意・・・か)

おそらくは、自分があのアシュタロスに向けたものと同質の・・・

「・・さっきタマモが言ったこと、あながち間違いじゃないのかもな・・」

「・・・横島?」
「似てるかも・・ってことさ。あいつとオレは・・」

困惑気味のタマモに向かって、気まずげに苦笑を浮かべると、横島は軽く肩をすくめた。

「・・にしても・・Gメン相手に辻斬りとはな・・。何者なんです?そいつ」
「その辺のことも含めて、2人には捜査に協力して欲しいんだけど・・。・・そうね、一応なら下手人に目星はつけてあるわ。」

言いながら、美智恵が立ち上がった。
部屋の戸棚から、新聞記事のスクラップファイルを取り出すと・・あるページを開き、それをおもむろにデスクの上へ広げていく。

「確証は何もないけど・・他ならぬ西条くんが言ったことだから・・・無関係ってことはまずあり得ないはず・・」
『・・・・』

首をかしげる横島とタマモの瞳に映ったもの・・・それはごく最近と言っていい記事の日付。
なにより、明らかに場違いなその見出しに、2人が疑問を差し挟もうとした・・・次の瞬間だった。

「お2人は・・3週間前、バチカンで起こった事件をご存知ですか?」

・・ドアを開く音と、涼やかな声が室内に響く。
単純に驚くだけの横島と、少したじろいだ表情を見せるタマモ。知ってか知らずか・・少女はそのまま口を開き・・・
紅い髪。学校と同様、制服を着込んだ神薙美冬が、いつの間にかそこに立っていた。

「って神薙先輩?・・あぁ・・そういや先輩も呼ばれてたんだっけ・・」 「・・・・。」

おはようございます・・と。
3人に折り目正しくそう挨拶を返して、神薙が部屋へと足を踏み入れる。そして机の上に並べられた記事から選別するように一枚を取り出し・・

「《喰らう者(イーター)》がこの件に関わっている・・。
 西条さんからはそうお聞きしたのですが、間違いないんですね?美神美知恵さん。」

笑みを消し、神薙が美智恵の方へ向き直った。無言で頷く美智恵に対して、タマモが驚いたように目を見開き・・・

・・・・。

「・・へ?バチカン?3週間前?何のことっすか?それは・・」

「な・・ちょ・・ちょっと横島・・あんたスイーパーなのにそんなことも覚えてないの?だって、あんなに騒がれたのに・・」」
キョトンとする横島に、思いっきり頭を抱えるタマモ。2人の様子を見つめながら、フォローするように口を開く。

「この記事は3週間前・・バチカンのとある教父が遂げた怪死について書かれたものなんですよ、横島君」

説明の仕方を迷っているのか・・神薙が口元に手を当てた。
怪死・・。その言葉の奇妙な響きに、横島は一瞬、眉をひそめて・・・・

「・・ですが、記者が述べたかったことは、おそらくそれだけではない。この文章は警告なのでしょう、私たちスイーパーに向けられた・・」

「?え〜と・・それは一体どういう・・・」

ますます意味が分からない、と言った風に顔をしかめる横島に、タマモが半眼で口をはさむ。

「・・つまり、新聞沙汰にできるのはここまでが限界だったってこと。
 バチカンの地下に強力な魔物を封じる牢獄がある・・なんて、公には開かせないないでしょ?」

「・・あ〜なるほど、納得。なんか少しだけ読めてきたような気がするな・・」

腕を組み直して、ぽりぽりと頬をかくと・・・横島はげんなりと嘆息した。
このフレーズからつながるシナリオは幾つか想像できるものの・・その全てがロクなものではない。

「・・要はあれだろ?本当に事件があったのは地下の牢獄の方で・・この教父さんは単なる不幸な通行人Aってわけだ・・」

「ご明察よ、横島くん。」

苦笑しながら引き継ぐ美智恵が、スクラップの隣に置かれたぶ厚い報告書を手に取って・・
ここからは全員に聞いてほしい、そう最後に付け加えてくる。

「結論だけ言うなら、バチカンはもう牢獄の役割を兼ねる必要がなくなったわ。ラプラスを除く、獄内に棲息していた魔物は全て死滅。
 朝、牢番が扉を開けた時には・・すでに皆殺しにされていたそうよ。」

「教父や魔族の遺体には、共通して巨大な獣が食いちぎったような・・深い傷跡が残されていた・・。
 故に、この正体不明の殺戮者のコードネームは《喰らう者(イーター)》。
 Gメンは目下、その行方を捜索中だと・・私の知る限りでは、情報はそこまでとなっていたはずですが・・・」

言葉を選ぶようにつぶやく神薙を、横島とタマモはあっけに取られたまま見返して・・・
美智恵は、こめかみを押さえ、疲れた表情で頭をかいた。

「・・目下、捜索は難航中・・って言った方が正確ね。行方以前にイーターについては謎が多すぎるし・・」

何故、強力な結界が張り巡らされた地下の中枢へ侵入することができたのか?
そもそも、そんな真似をして、イーター本人にどんなメリットがあるというのだろう・・?

「そして。極めつけはコレ。残された霊波の痕跡から分かったことなんだけど・・
 《喰らう者》は、並の人間程度の霊力しか持ち合わせていない。」

・・美智恵のその発言を聞いた瞬間、3人は同時に顔を上げた。信じられないことでも聞いたかのような、混乱した表情を浮かべながら・・

「ちょ・・、待ってくださいよ・・んなバカな話あるわけ・・・」

「はじめは私も驚いたわ・・。でも、それを聞いた時、あなたたちの良く知る『彼』は、何て言ったと思う?」

・・その場に沈黙が訪れた。

「・・西条くんは、顔色一つ変えなかった・・。ただ一言、『当然だ』って・・・。
 彼の言を借りるなら・・イーターは、魔族を捕食するためだけに存在する生き物・・・なんだそうよ。」


                        ◇


「今では、本人も冗談めかして言ってるのかな・・?
 ですがね・・アイツは、西条は・・・掛け値なしの天才だったんですよ。言葉のあやではなく、本当にね」

カチャリ、という・・カップが陶器の皿に触れる音。
湯気立つコーヒーの液面を見つめ、男が薄く目を細めた。食器棚に寄りかかる魔鈴は、そんな台詞に思わずポカンとして・・

「実際、奴の能力は同期の中でも飛び抜けていましたし・・何より、強かった・・。それはもう感動すら覚えるほど・・」
「そ・・そうだったんですか・・」

まさに意外、といった感じの反応に男は何故か唇を吊り上げる。そして、そのまま・・・・

「魔鈴さんは・・闘争で勝利を収めるのに、最も必要な要素はどんなものだと考えますか?」
「え?あ・・あの・・・」
「ゴーストスイーパーたちの模範的解答なら、『霊力』ということになるのかな?ですが、私はそれは否だと思うんですよ・・。」

肩を震わす客の横顔を、魔鈴は警戒の色とともに凝視して・・・
・・・何を話しているんだろう・・?この人は・・・・・

「・・極論するなら、霊力は刀や銃と同じ。相手を殺すための道具に過ぎない。
 真に重要なものは殺意・・そして、どれだけ効率的に敵の体を『壊す』ことができるか・・・」

「・・・・。」

「そういう意味での西条は・・まさに逸材だった。他の人間にはとても真似できない・・」

降るようにかけられる言葉。反射的に振り向いてしまった魔鈴は、それを否定するように目を伏せて・・・

「・・・そんな・・・。西条先輩には・・できません・・そんなことは・・」

「あぁ・・そうでしたね。そういえば元のアイツに戻ってるんでしたね、今の西条は」

・・それは残念。
言いながら・・男はくぐもった声で笑い始める。音の無い店内に、その声だけが響き続け・・・

「どういう・・ことですか?・・さっきから、あなたは何を言って・・・・」

「貴方には想像できないでしょう?3年前の西条が、どんな顔をする男だったのか・・。
 貴方とオカルトゼミで別れてから・・・アイツは変わってしまったんですよ。些細な出来事をきっかけにして・・」

笑みが消えない。目も眩むような闇が・・男の背後を包んでいく。闇・・・それは本当に闇だろうか?

「ある任務中に出会った一人の魔族の少女を・・アイツは守り抜くことが出来なかった。あれは可哀想だった・・・。
 あんなに大切に想っていたのに・・・」

「・・・・。ど・・どうして・・?それが本当なら・・なんでそんなことに・・・」

「簡単な話です。殺されたんですよ・・。かつての仲間・・仲間だと思っていた男の裏切りによって・・」

瞬間、魔鈴は気付いたのだ。例え、それが光でも・・真実を照らす光だとしても・・・
その輝きが強すぎる閃光は・・・・・・

「そう・・こんな風に・・・ね?」

「え?」

人の目を潰す・・害毒以外の何者でもない・・と。


                             
                           ◇




―――― 六オンスの種を蒔こう。釜戸にくべてパンを焼こう。二十四人の子供たちは、一人残らず炎の中 ―――――


                                          『童謡 マザーグース』   


                           
                           ◇


〜appendix. 11 『喰らう者』



「・・おやおや。」


黒い刃が・・魔鈴の眼前で静止していた。
液体のようにグニャリと曲がる男の腕が・・・彼女を貫くその前に、硬度を持つ何かによって押し止められる。
半ば意識を失っていた魔鈴は・・そこでようやく我に返って・・・・

「あ・・あなたは・・・」

「・・ったく・・人間を庇うなんざ、あたしもヤキが回ったもんだね・・」

バツが悪そうにつぶやく少女が・・2人の間に、割り込むように立ちはだかっていた。

(ユミールを張って店に顔を出してみれば・・とんでもな奴にぶち当たっちまったか・・)
忌々しげに唇を噛んで、メドーサが刺又を再び持ち替える。すると、男が喉を鳴らし・・・・

「ヤキが回った・・か。そう思うならそこをどいてくれないか?マイフェアレディ、君は人間なんて虫ケラ程度にしか認識してないんだろう?」

「・・冗談じゃないね。同じ虫ケラでも、蝶にたかるゴキブリがいたら・・あんたはどっちに加勢する?」

「くくっ・・嫌われたもんだな・・」
致命的なまでに膨れ上がる殺気。魔鈴に下がるよう、合図を送ったメドーサはその表情を酷薄に歪め・・・

「いつかだったか・・あんたにはドテッ腹に風穴を開けられた借りがあるからね・・。殺してやるからそのつもりでいな。」

しかし・・男は表情を変えない。髪をかき上げ、さも可笑しそうに彼女を見つめ・・・・

「俺を殺すだと・・?お前が・・俺を?」

そして・・・・

「ク・・ククッ・・・ハハハハハハハッ!!!」

それは・・黒い獣が鎖を引きちぎる様にも似て・・・・

「なめるなよっ!!龍族がっ!!!」

刹那、闇色の閃光が・・・
人間の・・否、およそ生命が引き出せるとは思えない、桁違いの筋力を有した豪腕が・・・ 

衝撃とともに、メドーサの体を吹き飛ばした――――――!!


『あとがき』

皆さん、ご心配をおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした〜まさか失恋のダメージがここまでジワジワくるものだとは・・(汗)

一時は、2次創作活動をストップしようか、という所まで思いつめたりもしたのですが・・
読者さまから頂いたコメントを読み返しながら、なんとか復活することができました。重ね重ね、本当にありがとうございます〜これからも頑張っていきます。

P.S 前話でアドバイスをくださった、龍鬼さん、GTYさん、ヘイゼルさん、Tさん、参番手さんには本当に頭が上がりません。  
    励まされました〜
と、いうわけで今回は・・く、暗いですね・・(笑)
人間並みの霊力しか持っていないはずのイーターが何故バチカンの魔物を殺すことが可能だったのか
・・メドーサ相手にその謎が次回明かされます。くぅ・・横島×タマモを早く書きたい(笑)それでは〜また次回お会いしましょう。     

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