ザ・グレート・展開予測ショー

雨(13)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 9/30)

1
「よう、田舎の神父さん。掃除かい?」
びくり
声をかけられた男が震える。
「……」
返事はない。
当たり前だ、彼らはここに居る者との会話を禁じられている。
どうしても必要なときでさえ、外部の者を雇うことで彼らは接触を避ける。
もちろん、歴史上には例外もいたが。
「そんなにがんばったって、分かってるんだろう?ここに来たって事は、飛ばされるぜ、あんた」
事実。
よっぽど上の位に位置するか、使い捨てのつもりでもない限り、数分で信仰が揺らぎ、この世への絶望で発狂しかねないここへ、人が入ってくることはない。
そして、自分の隣の空き部屋を、丹念に掃除する男は、明らかに後者。
「あんたが、田舎へ行かないですむ、いい方法があるんだがね」
びくり
先ほどより、大きな震え。
本来なら、世界を覆う宗教組織の中枢に位置する人間だ。悪魔の甘言になど、耳も貸さないに違いない。
だが。
「……ど、どうすれば……いいんだ?」
視線を合わせることなく、恐る恐る、男は問う。
ただでさえ、左遷の兆候は感じ取っている。
さらに、信仰が揺らぐこの場所。
そして、甘言を弄した悪魔の「能力」
「簡単さ」
自己を正当化する理由など、いくらでもある。
そして、この悪魔はそんな愚昧な精神に興味はない。
もともと大して期待していたわけでもなかった。
その房に入ってくる者が来る前に、少し遊んでみたかっただけだ。
久しぶりに、気分が良かった。
どうやら、あの男は「正解」を選んだらしい。
悪魔は、おかしそうに笑った。
「その首、掻っ切れ」

「お待ちしておりました。唐巣さんから話は伺っています。」
金髪碧眼の紳士が立っていた。
深い紺のスーツも、既製品ではないだろう。
「……どうも」
軽く頭を下げる。
どうやら、快適な空の旅とは程遠いものだったらしい。
横島の声には、覇気が無い。
タマモに至っては、挨拶さえ返さなかった。
「……こちらです」
空気は読めども、彼は十分に紳士だったようだ。
あえて触れずに、先を歩く。
ベルク=シュドナイ。
そう名乗った彼は、肝心な洗礼名を苦笑いと共に隠す。
「ところで、本当に地下牢でよろしかったのですか?今からでも、部屋を用意できますが……」
「いえ、牢屋でいいです。話したい奴もいるんで」
「ほう。あそこにいるのは悪魔や化け物ばかりですが……」
「ええ、まあ、一回会っただけなんすけどね。それほど悪い奴じゃなさそうなんで」
「……どうやら、唐巣さんのおっしゃっていたとおりの方みたいですね」
ベルクは、呟くように言った。
「……?」
疑問には思ったが、あえて聞かないことにした。
いや、他人のことまで気を回す余裕が無かった、が正しいだろう。
どちらにせよ、彼には珍しいことであるのは違いなかった。

こつ。
こつ。
大理石の床が、革靴と触れ、小気味良い音を立てる。
すれ違う者は少なかったが、その視線は好意的とは言いがたいものだった。
中には、あからさまに目を逸らすものさえいる。
ベルクは気にした様子も無いが。
「……ここです」
巨大な門が、聳えている。
ここにくるのは、二回目。
「……」
無言で鍵束を取り出し、カチャカチャと音を立てる。
開錠。
虚構の栄華と、現実の混沌との境が、荘厳な音と共に開かれていった。
がしゃ、がしゃ。
時折、檻が音を立てる。
かつ、かつ
だが、三人とも気にした様子は無い。
横島、タマモはともかく、ベルクすらも。
司教クラスでも、立ち入りを憚るこの場所に。
恐怖も、躊躇いも無く。
薄暗い、廊下が続いている。
ふと、明かりが見えた。
「よう。「恋人殺し」さん」
彼の呼び名「魔神殺し」を揶揄しているのは明らかだった。
がしゃ、がしゃ。
理性を失った化け物が、堅牢な檻を破壊しようとあがく音が響く。
その中で、強化ガラスの一室に、悠然と立っている男。
「……久しぶりだな。ラプラス」
「くっくっくっ。ああ、待っていたよ」

「……やれやれ」
西条は、肩をすくめる。
暗闇のベッドタウン。
まばらな街灯。
住人がいるはずの家々は、逆に外を歩く自分の孤独を感じさせる。
「どちらさま、かな?」
影の向こうに声をかける。
返事を、期待したわけではなかった。
だが。
「……よお」
声。
「……ああ」
警戒を強める。
「心配するな。敵じゃない」
「……」
「陰陽連。といったら分かるかな?」
「!?」
「……どうやら、知っているみたいだな。唐巣あたりから聞いたのか?」
「……これでも、ICPOだ。必要な情報くらい、集めるさ」
「そうか」
明らかに自分より年下の男。
その男に、西条は圧倒されていた。
殺気を放つわけでもない。
威圧感があるわけでもない。
だが。
「そこにある」ことを許されている。
例え何があろうとも、彼は拒絶されず、そこにあり続ける。
消えるのは、彼を否定した方。
はっきりと、それが分かった。
「……なるほど」
ため息。
「ん?」
「君達を敵に回すな。神父から念押しされていてね。今、意味が分かったのさ」
「……ふん」
「それで、何のようだい?こんな夜更けに」
「一つ二つ、助言をと思ってな」
「助言?」
「九尾、中国、そして、玖珂。よく考えてみれば、本当の目的は分かるんじゃないか?
それと、後一つ。九尾が国外へ脱出したことが、向こうに知れた。これから先、「中国産」の暗殺者は、気にかける必要は無い。ま、玖珂が焦り始めたのも事実だから、楽観は出来ないだろうがな」
「……どうして、それを?」
「横島、忠夫。面白い男だと思ってな」
「気に入ったかい」
「……ああ。あんたみたいな男が、賭けてみたいと思わせる、何かがある」
「君も、だろ?」
「……動こうとは、思わせる。だが、動く気は無いね」
「敵じゃない。ということは確認できたのかな?」
「そうだな。玖珂に手を貸す理由は、無い」
「敵が、増えていてね。今は、それが一番の収穫だよ」
「……ふん」
「あ、あと美神令子君には気をつけてくれたまえ。君を解剖でもしたい様子だった」
「……ああ。気をつけよう」
男が、初めて表情を見せる。
苦笑い、二つ。
西条はその顔の裏で、冷や汗をかいていた。
接触されるまで気がつかなかった。
幾度か刺客に狙われ、周囲には最善の注意を払っていたはずだ。
この男は、気配さえ気取られず、自分たちを調べていたというのか。
「……経験の、差だろうよ。あのエセ神父は、気付いていた」
察したように言う。
「とんだ、食わせ物だな」
柔和な笑顔。手を抜くつもりは無いなどといいつつ、ほとんど戦闘には加わらなかった男。
まさか、そういうこととは。
「それが、経験の差さ」
敗北感。その中で、ふと思い出す。
「あの日、彼等を助けたのは……」
「……気まぐれだ」
もう話すことは無い。
言外にそう告げると、男はきびすを返す。
ふわり
目を逸らしたつもりは無かった。
だが、男は消えていた。
まるで、自然に。
今までそこにいたことの方を、疑いたくなるように。
獣のようで、それでいて異様な静けさを宿した目だけが、何時までも自分を見張っている気がした。

安堵。
それだけが私の中にあった。
ごぽり
ごぽり
周りを覆う液体が嫌な音を立てる。
ゆっくりと目を開ける。
目の前には、白衣の男。
ずきり
頭が痛む。
なにが、あった?
いや、その前に。
私は「何」だ?
液体と自分を囲むガラスに映る姿。
それと同じものが、薄暗く、広い部屋に無数に聳えていた。

「……」
「……」
気まずい。
とても気まずい。
すっごく気まずい。
信じられないほど気まずい。
まったく持って気まずい。
「な、なあ、タマモ」
「……なに?」
うわぁ。
不機嫌ここに極まり。
ラプラスがいるのと同じ作りの房。
二人が入るにはとても広い部屋で、固まっているのはまだいい。
だが。
さっきから密着しながら一言も口をきかないのだ。
いたたまれなくなって声をかけても。
「……なによ?」
いかにも不機嫌ですといわんばかりの顔。
頬を膨らませているのが少し可愛いかも、とかは間違っても口に出せる雰囲気ではない。
「い、いや。なんでもない」
「……そう」
みるみる頬がしぼんでいく。少しばかり憂鬱そうな顔。
そんなに不機嫌なら離れりゃいいものを、と思うのだが、なぜかタマモは横島の服の裾をつかんで離さない。
流石の横島も、なんか変だな。位は思うらしい。
「……暑くないか?」
ぎゅっ。
「……別に」
裾をつかむ手に力を込めて、ぶっきらぼうに言う。
心なしか、視線を合わせない瞳が潤み始めて。
「そ、そうか!な、ならいいんだ」
なぜ泣きそうなのかも分からず、横島は慌てて言う。
さらに、裾を握る手に力がこもる。
「……熱いよ」
隣の房から、呆れたような声がかかった。
「まさか、バチカンの地下牢でラブコメやるバカップルが現れるとは、私の予知にも無かったな」
ラプラスの笑い声が聞こえる。
「「うるさいっ!!」」
「くっくっくっ」
所変わって。
「……ねえ。私今、とっても嫌な予感がしたんだけど?」
「奇遇ですね。私もです」
「拙者もでござるよ」
「……あ、あはは。僕は、しなかった。かなぁ?」
唐巣。
神通棍と、死霊繰りの笛と、霊刀。
流石の唐巣でも、死にかねない。
彼は、横島ではないのだ。
そして、彼とて八つ当たりで死にたくは無い。
それが他人の色恋沙汰となれば、末代までの恥だ。
「さ、西条君。早く帰ってきたまえ。ここは、僕では抑えられそうに無い」

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