イルカの歌 5. 再び伊-九号
投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/ 9/23)
「イルカって超音波で会話したり、エサを取ったりできるんだろ?
何かすごいね。超能力みたい。」
あたしのこの質問には何の意味もなかった。
ただ、思いついたことを口にしただけ。
意味はじーちゃんが、与えてくれた。
「“超音波”ナンテ、人間ガ勝手ニ言ッテイルダケダ。
私ニハ普通ニ聞コエルカラ、タダノ“音波”ダヨ。」
あぁ、そうか。
超音波は、ただの音波。
超能力は、ただの能力。
… 皆本と紫穂が目指したのはそれだったんだ。
――――― イルカの歌 5. 再び伊-九号
あたしは13歳のあたしに戻っていた。
でも、心は哀しみでいっぱいで、元の自分に戻ったことに気付かなかった。
水平線に沈もうとする夕日をこのまま眺めていたかった。
「ドウダッタカネ?」
「 …… うん … 」
優しいその呼び掛けで、やっと自分が海辺にいることに気が付いた。
でも、あたしは返事にならない返事を返すことしかできなかった。
じーちゃんは、あたしが話し始めるのをじっと待ってくれた。
「あれ… あれは… 本当にあったことなんだね…
… とっても悲しかった …
でも、自分の心だから、あれは本当のことだって分かったよ … 」
「 … あたし、皆本にお説教されたとき、いつも“ウザいなぁ”とか思ってたんだ。
でも、それも本当だったんだね …
もっと真剣に考えなくちゃいけなかったんだ … 」
「でも、大丈夫。大丈夫だよ …
あたし分かったから。本当に分かったから … 。 本当に … 」
こんな沈んだ声で「大丈夫」なんて言っても、全然説得力がない。
多分、ここで泣いてしまったら、止めることができない。
なんとか涙を堪え、あたしは次の言葉を紡ぎ出した。
「あたし、未来を変えるよ。
無理かもしれないけど、努力はしてみるよ。
だって、あんな未来、絶対嫌だもん。
でも … 」
じーちゃんはイルカだから表情を変えないが、明らかにこれに続く言葉を待っている。
「あたしが頑張って、あたしの未来を変えても、
未来のあたしの未来は、もう変わらないんだね。
未来のあたしは死んじゃって、もうその後は… 」
「続キヲ知リタイカネ?」
続きを知ってるの!?
「紫穂クンガ君ニ渡シタ、アノ装置。
皆本クンガ再現デキナイト思ウカネ?」
じゃあ…じゃあ、皆本は生きてたんだ、あの未来でも!
そして、未来からあたしにメッセージを送ってくれたんだ!
急に光明が差した気がして、あたしはじーちゃんに続きをせがんだ。
じーちゃんは、快くその「続き」を教えてくれた。
じーちゃんはそれを教えたがっているから、きっとあたしを元気付ける言葉が
送られてきたに違いない!
しかし、その話は最初から雲行きが怪しかった。
ハッピーエンドみたいだけど…
あたしの期待した話じゃない。
そして話が終わるころには、あたしの感傷的な気分は完全に吹っ飛び、
怒りの感情に入れ替わった。
あたしが死んだ後も、葵はしぶとく生きていた。
あたしの居場所を勘で探し当て、倒れていたあたしと皆本を発見した。
あたしの死を確認した葵は、迷うことなく皆本だけを連れて、跳躍した。
度重なる跳躍で激しく消耗していたにも拘わらず、一世一代の大ジャンプをしたという。
皆本はしばらく失意のどん底にあったらしいが、そんな彼を支え励まし続けたのも葵だった。
やがて、立ち直った皆本は例の理論を完成させ、世界中に衝撃を与えた。
その超能力理論はすぐに実用化され、普通人とエスパーの対立の構図も崩れた。
戦いに疲弊し切っていた普通人とエスパーの両陣営は渡りに船とばかりに、和睦を成立させた。
やっと訪れた平和の中で、葵と皆本は結…
つまり、それって…
「葵がオイシイところを全部持って行ったということかぁーっ!!」
「イヤ、彼女ハ彼女デ結構苦労ヲ…」
許さない、許さない。
これじゃ、あんなに悩んだ未来のあたしが、ばかみたいじゃないか!
きっとこのメッセージを送ったのも葵に違いない。
「…急ニ元気ニナッタナ。」
あきれるじーちゃんを尻目に、あたしはひとつの決心を固めた。
帰ったらまず、皆本と葵が入院したあの事件を防ぐつもりだったが、方針変更だ。
まず手始めに皆本と葵の「デート」を阻止する!
そしてその後の未来も変えてやる!!
あたしは最強のエスパーなんだから!
沈む夕日に向かってあたしはそう誓ったのだった。
(イルカの歌:完)
今までの
コメント:
- 最終話「大阪商人の勝利」をお届けします。 (注:大阪ではなく京都です)
あー、やっと終わった〜。
やっぱりこんな話じゃなく、能天気に笑える「絶チル」の話が読みたい。
本格連載が始まるまで待てません。誰か書いて(他力本願)。 (黒衣の僧)
- 長々とあって、結局目的は「デートの邪魔」なのかい。
イルカもきっと苦笑していることだろう。
無邪気なもんだってな!
初作品でここまで終らせた黒衣の僧さん。
お疲れ様だす。 (トンプソン)
- 初作品とは思えない鮮やかなお手並み。
読後にじんわり浮かび上がって来るタイトルの付け方もまた秀逸です。
そして…うん、やはり薫はこうでなくちゃね。
良いものを見せて頂きありがとうございました。 (disraff)
- トンプソン様、disraff様
いち早く賛成の投票を入れてくださって、感謝しています。
偉そうなハンドルネームを使っていますが、実は私は小心者なので、
今回の投稿もかなり不安でした。
これでなんとか胸をなでおろすことができました。 (黒衣の僧)
- トンプソン様:
>長々とあって、結局目的は「デートの邪魔」なのかい。
「着眼大局、着手小局」でしたっけ。
やっぱり、目標というものは実現しやすいものから、というのが鉄則ですね。
はっ、もしやそれさえも「宇宙意志」の力で達成できないとか…。 (黒衣の僧)
- disraff様:
>初作品とは思えない鮮やかなお手並み。
過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。
でも、作者の感想は月並みですが、「やっぱり創作って難しい」ですね。
下敷きのある2次創作でさえ、これだけ苦労するんですから、
一から作品を作る「作家」の方々の、才能と努力は改めて凄いと実感しました。
きっとこういう人たちも超能力者に違いありません。
>そして…うん、やはり薫はこうでなくちゃね。
そうなんです。
「こんなの薫じゃねぇ!」と書いている自分自身が思っていましたので、
最後はやや強引ですが、薫らしく締めて貰いました。 (黒衣の僧)
- 素敵です。
何よりさてより、最後が実に薫らしいのが。
とにかく平和と幸せが一番です。
まあレジスタンスというか暴徒(政府から見た場合)を指揮した責任はとらなきゃ
いけないんでしょうがそこは皆本の功績でチャラということに。
しかし・・・この未来をほかの二人が知ったらまた大騒ぎになるんでしょうね。
「この未来(の結末)を死守せんとする葵と「助手(あと出来れば伴侶)の座を入手せん」と目論む紫穂。
ちょっち面白いことになりそうです。
未来の「戦い」など足元にも及ばない激烈な戦いが巻き起こることでしょう。
どうです?黒衣の僧さんそのセンで一本書いて頂けません?
これからも頑張って下さい。期待しちゃいますから。 (シンペイ)
- 全ては葵さんの計画通りに―――(違
おもしろかったです(笑 てか、後味が少しわるいまま終わるのカナ?とか、心配もしたのですが、杞憂でした・・・って、すごいなぁ、すごいなぁ、と(笑
既に他にある未来とそのときと同じ通りに流れるとは限らない現在、変えられる未来―――変えられなかった未来。後者の物語は本当に酷なものですが、とても美しかったと思います。―――望みたくはないものですが―――。
でも、変えられる。しかも、ものすごくおもしろい未来に(笑 あんな悲壮な告白のendはやりきれませんし・・・いつかは。
いつかは、エスパーと常人の垣根がなくなるように―――。 (veld)
- 黒衣の僧さん、はじめまして。
いやあ、連続5投稿にはおったまげましたが(笑)、超能力(者)の存在、「既に起こった」未来、それを変える可能性……原作でも看過できない密度の濃い重要主題をこれでもかこれでもかとぶちこみつつも、それぞれが有機的に結び付いていく様が読んでいて快感でした。
そして前向きになった中尉……後日談としても素敵です。
>まず手始めに皆本と葵の「デート」を阻止する!
「そしてあたしのオンナのミリョクで……ゲヘッ、ゲヘヘヘヘヘヘ。(ぢゅるるるるっ)」……てな風にならなくて良かった(笑)。ありがとう3年後! すばらしい3年後! (Iholi)
- シンペイ様:
>どうです?黒衣の僧さんそのセンで一本書いて頂けません?
>これからも頑張って下さい。期待しちゃいますから。
ご期待に添えなくて心苦しいのですが、私事都合により、しばらくしたらまたROMに戻ります。(平伏)
単発もので書きたいネタもひとつあるのですが、これもいつ出来るか見通しが立っていません。
ただ、初登場の一作だけで名前も覚えられないうちに消滅、というのも情けないので、なんとか復帰したいと思います。
そのときには「ああこんなヤツもいたっけ」と思い出してくださいね。 (黒衣の僧)
- veld様:
>全ては葵さんの計画通りに―――(違
今回の短期集中連載ではいまいち目立たなかった葵ですが、実は案外重要人物かもしれません。
J・P・ホーガンの「創世記機械」という小説をご存知でしょうか。
ある科学者が自分の発見した理論をもとにして、地上の任意の物体を消去できる装置を作ります。
そして、それを超高性能コンピュータと結びつけて、世界中の全軍事目標を監視し、戦争のできない世界を作ってしまうというお話です。
もし皆本が葵の能力を解明し、実用化できれば、これと同じことができる…というのがこの作の発端のひとつでした。
(ストーリーを組み立てていくうちに、少し位置づけが変わってしまいましたが。)
というわけで、最終戦争回避の鍵は実は葵が握っているのです! (黒衣の僧)
- Iholi様:
>「そしてあたしのオンナのミリョクで……ゲヘッ、ゲヘヘヘヘヘヘ。(ぢゅるるるるっ)」……てな風にならなくて良かった(笑)。
元気のない薫も嫌ですが、完全横島化した薫も嫌ですねぇ。
「チチ、シリ、フトモモ」をそのまま男女変換したセリフを考えると、身の毛がよだちます。
でも、横島の役を薫にやらせると、いろいろ面白い小ネタができそうです。
例:
「た…たとえ芝居とはいえ、皆本の恋人!! 落ち着け!! 落ち着くのだ明石薫…!!」
→以下、妄想を口にして葵にハリセンでぶたれる薫。
「GS美神」と「絶チル」のコラボの面白さは、例のDVD宣伝まんがで証明されていますし、2次創作でも狙い目ですね。 (黒衣の僧)
- いやはや……「素晴らしい」 この一言しか出てきません。
細かいことは、上の方での、方々のお言葉に譲るとして、私からは一言だけ贈らせていただきます。
素晴らしい……と。
(ロックンロール)
- はじめまして……と、コメントを書かずには居られずにキーボードに就きましたが肝心のコメントが浮かんできません。オチの素晴らしさも、原作のテーマを踏襲して理論にも曇りが無いことも、既に他の方のコメントにありますし……。
ともかく、#3で描写されたあれだけのシーンから細かくシリアスな背景を逆算できる妄想力はただもうすごいなぁ……と(←言葉はアレですが全力で褒めてます)
個人的に、伊号中尉の最後のつっこみに思いっきり共感しつつ、このあたりがいかにも椎名作品の雰囲気が出てるなぁと思いました。 (斑駒)
- 黒衣の僧さん、はじめまして。
全話、読ませてもらいました。すっごく面白かったです。
伊号の予知が、未来からのテレパシーだというのが見事な発想だと思います。
あとは話を膨らませていくだけですが、原作と矛盾が(たぶん)無いところが構成としてうまいですね。
それでもって、オチもしっかりつけると……葵との結婚は、まったくの盲点でした。(;^^) (湖畔のスナフキン)
- (コメント続き)
逆行とかタイムポーテーションが絡むと、話の組み立て方が難しくなるのですが、未来からの
テレパシー受信というアイデアで、これらの問題がかなりの部分まで解決できているのが、
この作品の目玉だと思います。
私はSF系はちょっと弱いので、絶チルでの二次創作にまでなかなか踏み込めないのですが、
皆さんの力作を読んでいると、自分もちょっと頑張ろうかなって気になってしまいます。(;^^)
(連載を山のように抱えて、またもや自分の首をしめかねないのですが。;^^)
ROMに戻らずに、次回作を発表されることを期待しています。(^^) (湖畔のスナフキン)
- ロックンロール様:
ありがとうございます。一言感想大歓迎です。
やはり作者としては、一人でも多くの人に、自分の文章を読んで貰いたいですから、
極端な話「読みました」の一言だけでも、充分報われます。
ですから、多くの方から賛成票とお褒めの言葉を頂いて、今は結構舞い上がっています。 (黒衣の僧)
- 斑駒様:
>#3で描写されたあれだけのシーンから細かくシリアスな背景を逆算できる妄想力はただもうすごいなぁ……と(←言葉はアレですが全力で褒めてます)
これはもう原作の力としか言いようがありません。
それだけ、第3話のラストシ−ンは衝撃的でした。
いつもなら何か妄想が湧いても、それを文章にしようと思うところまで行かないのですが、
今回は湧き上がる妄想を自分の頭の中だけに止め切れませんでした。
原作の本格連載が開始され、物語の中であの大伏線が見事に消化されれば、
きっとあのラストシーンは「奇跡の6ページ」になると思います。 (黒衣の僧)
- 斑駒様:(続き)
>このあたりがいかにも椎名作品の雰囲気が出てるなぁと思いました。
こう言って頂くと、とても嬉しいです。
2次創作にもいろいろな楽しみ方があるので、必ずしも原作者の作風を踏襲する義務はないのですが、
私自身はできるだけ椎名風味を盛り込めたらと思っています。
だって、椎名作品が好きでこんなことをやっているのですから。 (黒衣の僧)
- 湖畔のスナフキン様:
>原作と矛盾が(たぶん)無いところが構成としてうまいですね。
原作と矛盾していないかというと、実は結構微妙なところがあるのですが、敢えてどことは言いますまい。
(きっと自分で気付いているより、矛盾点ははるかに多いはずですから…)
また、どうしてもうまく理屈付けができない点もありました。
それは第4話冒頭での皆本のセリフ「薫は大人だけど僕はそんなに変わってなかった……」です。
きっと椎名先生は何かの仕掛け(将来への伏線)を用意しているのだと思って、
いろいろ推理したのですが、結論が出なかったので、結局この話には盛り込めませんでした。 (黒衣の僧)
- 湖畔のスナフキン様:(続き)
>ROMに戻らずに、次回作を発表されることを期待しています。(^^)
現段階では「前向きに努力します」という政治家みたいな答えしかできないのですが、
椎名ファンをやめることはあり得ないので、またお目に掛かかれると思います。
それまで、期待しないでお待ちください。 (黒衣の僧)
- 黒衣の僧さん、遅ればせながらはじめまして。 #3からの派生として、“未来からテレパシーを受信する”という解釈で綺麗にお話をまとめられているのが、率直にすごいなあと思いました。 3話目で皆本を“神様”と言う紫穂、接触感応能力やテレパスの解析、そして彼女の死、この流れなら主要人物の死でも素直に受け入られます。 薫・葵・紫穂、それぞれの立場と思惑が、3年後や8年後の未来の世界でうまく表現されていますし、最後に葵がおいしいところを持っていったのには参りました。 世の中不公平だなあ〜なんて(笑)
すごく面白かったです。素晴らしい作品を読ませていただき、ありがとうございました。 (ヴァージニア)
- ヴァージニア様:
薫がなぜ“破壊の女王”になってしまったか、と考えたとき、真っ先に浮かんだのが「紫穂が殺されてしまったからではないか」ということでした。
ですから、この作では薫・紫穂の2人が死んでしまう未来が描かれます。
ただ、その二人にも何らかの「救い」が欲しい…ということで、
紫穂は皆本が世界を救うために作った理論の中で生き、
薫は過去の自分に真の「想い」を伝えることがで過去の自分たちを救う、
というお話にしました。
ヴァージニア様を始め、この話に賛成票を入れてくださった方々には、その「救い」を汲み取って頂けたのではないかと思っています。
なお、葵が皆本と結婚するのは…「葵の上」は「光源氏」の正妻ですから、まあ妥当かと。 (黒衣の僧)
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