ザ・グレート・展開予測ショー

イルカの歌 4. 薫


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/ 9/23)



「薫さん? お久しぶりね。」

大胆にも朧は直接あたしに電話を掛けてきた。
つまり、こちらの内情は彼女に筒抜けだということだ。
今まであたしたちの作戦が政府側に漏れた兆候はなかった。
つまり、朧は政府にその情報を流していない ― 政府側の人間のはずなのに。

「皆本さんの行方が分からなくなったの。あなたたちと接触しようとするはずよ。
 見つけたら保護して。」

女狐め!
あたしは、心の中で毒づいた。

「分かったわ。でも、見つけてもあんたには返さないよ。」

朧は挑発に乗らず、こう切り返した。

「紫穂ちゃんの遺書が見つかったの。」

あたしは息を飲んだ。

「皆本さんが姿を消したのはそのせいね。後であなたに送るわ。」

「ちょっと、その遺書って本物なの!?」

「信じる信じないはあなたの自由よ。」


―――――  イルカの歌 4. 薫


バベルを抜けたあたしたちは、ある小さなエスパーのゲリラ組織に合流し、
「普通の人々」への復讐を決行した。
これが、血で血を洗う報復合戦の始まりだった。
そもそもこの初戦からして、テロリストより一般人の犠牲者の方が多かったのだ。

それでも、あたしは罪の意識を感じなかった ― 少なくとも最初の一年は。
不当に抑圧されたエスパーたちの訴えを聞き、自分たちこそがその解放者になると
信じることができたから。
小さなゲリラを大規模なレジスタンスに成長させたのもそのためだった。

しかし、熱狂の一時期が過ぎると、あらゆることが苦痛に変わった。
自分の罪を明確に意識しはじめたから。
それでも、あたしは戦いをやめることができなかった。
そうしないと、仲間は全滅してしまうだろうから。
一体の死体を作るたび、あたしは自分の心が壊れていくのを感じていた。


命令を受ける立場から、命令を下す立場になったため、私には「責任」も生じた。

「大きな力を使うには、大きな責任をともなうんだ」

いつか聞いた皆本の言葉。

あたしは、作戦計画立案時に、皆本ならどうするだろうかと考えるようになった。
最初は、人的被害を最小限に抑えるためこんなことをするだろう、などと考えるのだが、
最後には「そもそも皆本ならこんな計画自体承認しない」という結論にたどり着き、
暗澹たる気分になるのだった。

自分の心を傷つけるだけの愚かな習慣。

それでもあたしはこの「儀式」をやめることができない。



こんなあたしが肌身離さず持っているものがある。
ESPリミッターだ。
身ひとつでバベルを飛び出したあたしは、写真一枚さえ持っていなかった。
だから、このESPリミッターが、あたしと皆本とを結ぶ最後の絆だった。

内部電池もとっくに切れて、動くことのない装置。
仮に電池があっても、調整をしていないので、ほとんど効果はないだろう。
心は弱くなったのに、念動能力は加速度的に強くなっていたからだ。
それでも皆本が命令すれば、この装置はちゃんと働いてくれるような気がする。

あたしが間違った超能力の使い方をしようとした時、
皆本はこの装置であたしを止めてくれた。

だからあたしは人を殺す前に、この「お守り」を握り締めてこう祈るのだ。

 … お願い、皆本。あたしを止めて …



朧から電話があったのは、あたしたちが官庁街の襲撃を計画していた頃だった。
皆本と紫穂の名前を出されたことで、あたしの心は震えた。
思い出したくもないのに、あの時の愚行を思い出す。

「あんたは、紫穂が殺されても何とも思わないのかよ!」

今思えば、よくそんなことが言えたものだ。
紫穂を失って一番悲しんだのは皆本のはずなのに。

更に紫穂の遺書を読んで、あたしは皆本だけでなく紫穂も裏切っていたことを知った。

皆本と紫穂の共同研究。
そのひとつが、あのテレパス化装置なのだが、それは副産物に過ぎなかった。

本当の目標は、ESPと呼ばれる現象を統一的に記述する理論の構築。

それが実現したら「普通人」と「エスパー」の違いは意味を持たなくなるだろう。

でも、その理論の完成にはきっと長い時間が掛かる。
だから、それまで皆本を守って欲しい。

それが紫穂があたしと葵に託した願いだった。

「あなたは、今の気持ちを忘れちゃいけない。」

なぜ、あの時あたしは紫穂のあの言葉を思い出さなかったのだろう。
なぜ、あの時あたしは自分の気持ちを忘れたのだろう。

紫穂の仇討ちのつもりの行為が、皆本と紫穂の夢を潰してしまった。


思えばあたしが、皆本の役に立ったことがあっただろうか?

「何も」

自分で出したこの答えに愕然とする。

あたしのやった行為はすべて、皆本を困らせることばかりだったのだ。


皆本はあたしたちに接触しようとしている。
普通人とエスパー双方の過激派から命を狙われている皆本に、あたしは再会できるのか。

そもそもあたしに、彼と会う資格はあるのだろうか。

 … あるわけないよね …

もはや、どんな謝罪の言葉もあたしの罪を消すことはできない。

あたしはもう一度、紫穂の遺書を手にとった。

 … 紫穂、あたしはどうればいいの …



翌日、レジスタンスのメンバーのひとりから連絡が入った。
皆本が接触してきたのだ。
誰か末端のメンバーを介して接触してくるとは思っていたけれど、
それがあたしに絶対の忠誠を誓い、完全に信頼できる人物であったことは幸いだった。

あたしは、彼をあの場所に誘導する手筈を整えさせた。

バベルの新庁舎。

人も建物もみんな変わってしまったけれど、やはりあそこは思い出の場所だから。


その夜、あたしはまた紫穂の遺書を読んでいた。

明日は官庁街襲撃の日。
皆本と再会できる日。
そして、あたしがこの世から消える日。


ごめん、紫穂。

あたし、またあなたを裏切ろうとしている。

あなたはあたしを助けようとして、この遺書を書いてくれたのに、
あたしはそこに書かれた悲劇を成就するために、あらゆる準備をしている。

あたしは罪を重ねすぎた。
もう皆本と会っても、むかしのように笑えない。

だから、せめて愛する人の手で、この世から消えてしまいたい。


「なんにでもなれるし、どこにでも行ける」

あたしは何になりたかったのだろう。
どこに行きたかったのだろう。

あたしは殺戮者になり、どこにも行けなくなった。


もし、もう一度あの日に帰ってやり直せたら …

そう思ったとき、あの感覚が急に甦った。
あたしが、あの半端なテレパス能力を獲得したとき、感じたものだ。
耳ではなく、頭の中だけで響く妙な音。

それが、過去への通信の始まりなのか確証はないけれど、
あの日の自分に自分の言葉を届けられるとしたら、
小さな“あたし”は別の自分になれるかもしれない、
別のどこかに行けるかもしれない。


聞いてる? イルカのじーちゃん。
伝言を頼まれてくれる?
10歳のあたしにはちょっと厳しい内容だから、そう… 13歳のあたしに伝えて。
えっと、その時はもうじーちゃん、死んでたんだっけ?
だったら10歳のあたしでも仕方ないか。

どちらでもいいい。それが届くことを願い、あたしは自分の記憶を反芻した。
ひとつひとつ。できるだけ丁寧に…。




その日、あたしは久々に大暴れをした。
都心のビル群を、できるだけ大袈裟に壊して回った。

こうやって“破壊の女王”らしく振舞えば、あの人はきっと来るはずだから。
多少の妨害があっても、きっと必死になって、あたしを止めに来るはずだから。

そして、あたしはバベルの新庁舎の屋上に立っていた。

あの人を待つ間、あたしはまたむかしの日々に思いを馳せていた。

そういえば、大丈夫かな、イルカのじーちゃん?

いっぱいメッセージを送ったけれど、ちゃんと憶えてるかな?
何しろ年が年だから物覚えも悪いだろうし。

 … あの人が来てくれた!

あたしを呼ぶ、あの懐かしい声。
その手には熱線銃。

 … あたしを止めに来てくれた。

あの人は少しも変わっていなかった。
あたしの好きな皆本のままだ。
あの「お説教」まで変わらない。

 … 相変わらず、正論をまともにぶつけてくるのね。
   もっとずるい言葉の使い方も覚えないと、苦労するよ。

じーちゃん、今までのメッセージは全部忘れても、大丈夫。

本当の“想い”さえ伝わればきっとすべてがうまくいく。
小さな“あたし”は、今みたいなあたしにはならないで済む。

葵から連絡が入る。
そういえば、彼女には話していなかったっけ。
やっぱり、独り占めしたかったのかな…
今更ながら、自分の浅ましさに苦笑する。

 … 核兵器か…
   ゆっくりおしゃべりする時間もくれないの?

「知ってる? 皆本…、あたしさ 」

 … せっかく銃を構えているのに、あの人は一向に引き金を引こうとしない。
   あなたに撃って欲しかったのに…

伝えて、あたしの本当の想い。

あたしは、

皆本のこと、

『大好きだったよ。』

 … あたしは引き金を引いた




『愛してる』




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