ザ・グレート・展開予測ショー

イルカの歌 3. 紫穂


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/ 9/23)



「“皆本さん”ってどんな人なんですか?」

あたしたちは、しばしばこんな質問を受ける。
あたしたちが、ことあるごとにその名前を口にするからだ。

超度7のエスパーは、いまだにあたしたち2人しかいない。
しかも今のあたしたちの能力は「超度7」という物差しではもう測れない程だ。
自然にあたしたちは、他のエスパーたちの崇拝対象になっていた。
崇拝する人の崇拝対象ということで、皆本の名前も有名になっていた。
そしてタカ派にとっては、それが心配の種でもあった。
あたしたちが彼に説得されて、闘争をやめてしまうのを恐れたのだ。

「あなたたちはどうして“皆本”って人にこだわるの?
 あなたたちにとって“皆本”って何なの?」

やや詰問調の女幹部の問いにあたしはこう答える。

「皆本はね ― 神様よ。」

それはあの日、紫穂があたしに言った言葉だった。


―――――  イルカの歌 3. 紫穂


「私、皆本さんの研究を手伝う!」

こう宣言した紫穂に、突然何を言い出すんだという表情で葵が突っ込む。

「そんなん無理無理。
 一介の中学生のウチらが、皆本はんの頭に付いていけるわけないやろ。」

「私ならできるわ。接触感応能力があるもの。」

紫穂の自信の根拠はそれだった。
事実、紫穂は家庭教師から接触感応で知識を得ることにより、
大学一般教養レベルの学力を有していた。
ちなみに、あたしたちが中学生というのは正確ではない。
ただ、そういう年齢だというだけだ。

「紫穂さぁ、本当は皆本と一緒に居たいだけなんじゃないのか?」

「…ぅ。それはないとは言えないけど… 」

むかし、あたしと葵が家庭教師ではなく皆本に勉強を教わりたいと駄々をこねたとき、
皆本の研究の邪魔になるから、という理由でそれを却下したのは他ならぬ紫穂だった。

「私は少しでも皆本さんの力になりたいの。
 自分のやれる方法で皆本さんを助けたい。
 この世界を変えられるのは皆本さんだけだって、私は信じてるもの。」

“世界”って… なんで急に話が大きくなるんだ?
葵もあきれたような顔で紫穂を見ている。
しかし、紫穂は大真面目だった。



皆本の助手になるという紫穂の“野望”は初日で潰えた。
まずは基礎からということで、初等ESP解析学のテキストを使って
授業が行われたのだが、皆本から流れる超高速かつ大量の思考の嵐に、
紫穂は1分ももたずに失神したのだ。

一般的な事柄に関しては、皆本は(常人よりは速いが)普通の思考を見せる。
ところが、こと数学や物理の分野となると、彼の頭脳は規格外の性能を発揮するのだ。
バベルの中には最高学府を卒業した優秀な学者がごろごろ居るのだが、
彼らでさえ皆本の能力には舌を巻いている。
先週も、大学院生でさえ理解するのに1ヶ月は掛かるという論文を、
「まるでマンガ本を読むように」スラスラと読むのを目撃されている。
それも片手にビールを持ち、隣の人と談笑しながら、である。

今回の授業でも、皆本はいきなり難しいことを教えようとしたわけではない。
数学的な内容を頭に浮かべたために、彼の頭脳の数学を司る部分が、
勝手に活動を開始しただけだ。
いつもの紫穂ならそういう思考を濾過できるのだが、今回はそれが彼女の
「理解したい」と思っている知識と深く結びついていたため、回避できぬまま
まともに受け止めてしまったのだ。


同じ頃、あたしと葵はもっと低レベル(のはず)の問題と格闘していた。
皆本が小学生(!)の時に発見したという「定理」のメモ。
紫穂の教材にと昔のファイルを漁っていたときに、出てきたものだという。

「あー、もう降参や!」

葵は机に顔を突っ伏した。
あたしは、見た瞬間に理解することを諦めていたから、
「無駄なことを」と思いながら彼女を観察していたのだ。

「だいたい、何で注釈が英語やねん。」

「日本語で書いてあっても同じだと思うぜ。」

「それに小学生のくせに“位相空間”やとぉ? なんちゅう生意気な。」

「“何にでも興味を持つ年頃だったんだよ”って言ってた。」

「興味って、普通そうやないやろ!! 小学生の男の子が興味持つってゆうたら… 」

「皆本は普通じゃないからな。」

“普通”という言葉に思うところがあったのだろう、葵は少し考え込んだ。

「皆本はんも、ウチらと同じなんやろか… 」

皆本があたしたちの担当にスカウトされたのは
“特別な子供として生きる、つらさやさびしさ”を理解できる人間だからだと聞いた。

彼も辛かったんだろうか。寂しかったんだろうか。

あたしたちと同じ…。

「ウチに言わせれば、こっちの方がよっぽど超能力やわ。」

葵は数学的呪文書に再び視線を戻し「ウチは小学生にも勝てんのか…」などと呟いていた。
あたしは彼女の“無駄な努力”の観察を再開した。



一方、紫穂はいきなり強烈なパンチでノックダウンを食らったにも拘わらず、
再び皆本の助手を目指して勉強を始めた。

さすがに、今度は身の丈に合った所から始めないといけないと悟ったのだろう。
皆本の代わりに、皆本の助手や技術者などを捕まえて、無理やり教師に仕立てていた。
もちろん、ほとんどの相手は嫌がったが、そんな時には「桐壺局長にお願い」という
必殺技で、相手をねじ伏せた。

そのうち、紫穂に積極的に教えようという者も少なからず現れた。
何しろ彼女は極めて聡明で、習ったことをすぐに理解し、的確な質問をする。
教えることが好きなタイプの人間にとっては、彼女は理想の生徒であり、
教師冥利に尽きる快感を与えるのだった。
余分な思考まで読み取られる代価など安いものだ。



そういった努力が実り、あたしたちが高校生(に相当する年齢)になる頃には、
紫穂は皆本の研究室への自由な出入りを許されるようになっていた。
まだ、実験の準備やデータの整理などの雑務が多いが、皆本の助手になるという
目標は達成された。


「皆本さんが初めて論文を発表したのって、いつですか?」

「19歳のときかな。」

「意外と遅いんですね。もっと早いかと思ってました。」

「18の時、一度送ったんだけど、審査ではじかれてしまったんだ。
 “これは物理学ではない、神学だ”という、どこかで聞いたようなコメント付きでね。」

「そんな… 抗議しなかったんですか?」

「自分でもそう思ったからね。何しろ検証も反証もできない怪しげな理論だったし。
 … でもあれは重要な“何か”を含んでいるはずなんだ。」


白衣を着た二人が、こんな会話を交わしていても、いぶかしむ人はバベルにはいない。
それくらい二人は「お似合い」だった。
しかも一緒にいる時間は確実に増えていった。
親密な師弟関係は、やがて恋愛関係に発展し …
という無責任な憶測が、バベルの女性職員たちに広がったのも無理はない。


実のところ、初めはあたしと葵の認識もこの女性職員たちとさして変わらなかった。
しかし、毎日顔を合わせているせいで、紫穂がそんな浮ついた気持ちではないことが
否応なしに分かってきた。
彼女は「恋する乙女」ではなく「信仰に身を捧げた修道女」だったのだ。

心身の限界を越えて、紫穂は研究に打ち込んでいた。
特務エスパーとしての仕事も忠実にこなしていたが、きっとまともに寝ていないのだろう。
現場への移動などの短い時間を見つけては仮眠をとっている。
あたしや葵が、ちゃんと休むよう説得しても聞き入れようとしない。
皆本から強制休養の命令が出たときには、しぶしぶ自分の部屋に引き上げたが、
それでも誰かが監視していないと、勝手に勉強を始める始末だ。
この分だと、彼女を休ませるために、睡眠薬を盛らないといけなくなるだろう。
(彼女に気付かれずに睡眠薬を盛ることが可能なら、の話だ。)

これはもう「情熱」を通り越して「執念」としか言いようがない。

何が彼女を突き動かしているのだろう…?



最近では、皆本も根負けしたのか、紫穂に休むよう言わなくなった。
彼女みずからESP研究の実験台を買って出ることもあるらしい。
それを聞いたあたしは、ますます不安になった。



ある日、その紫穂があたしの部屋を訪ねてきた。
その表情は晴れ晴れとしていて、あたしの不安を一掃した。

彼女は見慣れない機械を持っていた。

「あなたをテレパスにする装置よ。
 皆本さんと私の共同研究の成果なの。」

あまりにも胡散臭いその効能。
相手が紫穂でなければ、絶対に信じないだろう。
最初は誇らしげに言い放った紫穂だったが、あたしがより詳しい説明を求めると、
一転してトーンダウンした返事が返ってきた。

「テレパスと言っても、他人の心は読めないの。
 自分の心を相手に伝えるだけ。
 相手は受信のできるテレパスでないといけないし、
 相手のテレパシー特性に合わせないと、うまく伝わらないの。
 まだ理論は未完成だし、今はそれで精一杯。」

それじゃ、ほとんど役に立たないじゃん…。

「でも、凄い特長があるの。
 時間を越えて過去に意思を伝えられるのよ。
 だから過去のテレパスに、今の状況を伝えれば、その未来を変えられるかもしれない!」

ようやく、あたしは紫穂がなぜあんなに研究に打ち込んでいたのか理解した。
あの日、紫穂が皆本の助手になると宣言したときから、この娘は本当に世界を変える気だったのだ。

「あのイルカのおじいちゃんが撃たれた日のこと憶えてる?」

もちろん憶えている。
あの時は、皆本は葵に無茶な命令を実行させ、一歩間違えば自分も死ぬところだったのだ。

「あの時、おじいちゃんは皆本さんの記憶の一部にプロテクトを掛けていた。
 私はその解除に成功したの。」

プロテクト…。
そういえば、そんなことを紫穂は言ってたな。

「その過程で、おじいちゃんのテレパシーの特徴や、
 時間を越えた思念通信があることを私は知った。
 でも、それをどう他人に説明すればいいのか分からなかった。
 鳥は空を飛べるけれども、どうして自分が飛べるのか説明することはできないわ。
 飛行の原理について語るには、流体力学を知らないといけない。
 ESPも同じ。
 だから私は皆本さんの弟子になって勉強したかったの。」

紫穂ってすごい … 。
あたしはただ唖然とするばかりだった。

「勉強したと言っても、皆本さんに比べたら、私の知識は赤ちゃん同然よ。
 でも、片言で説明できるくらいにはなったの。
 説明したら、後は皆本さんが全部やってくれたわ。
 自分でも試してみたし、体に害がないことは確認済みよ。」

この装置を使えば、世界を変えられる…。
でも、待てよ。
過去に思念を送って、それで未来が変わったら、今の自分はどうなるのだろう?

「何も変わらないわ。」

へ … ?

「今の私たちの世界は何も変わらないの。
 過去の私たちの未来が変わるだけよ。
 良い方向に変わったかどうかも分からないし、
 通信が届いたかどうかさえ分からない。」

それって… 、
やっぱり何の役にも立たないってことじゃ…?

「そんなこと言わないで。
 今の私たちには役に立たないけれど、過去の私たちは救えるかもしれない。
 今の私たちと同じ苦労はさせたくないでしょ?
 私たちだけじゃない。
 未来の知識があれば、他の人も世界を良い方向に持っていこうとするはずよ。」

紫穂は自分でも試したと言った。
無駄かもしれないのに、
確かめるすべもないのに、
彼女はそれをやろうとしている。

「この装置は、あのおじいちゃんに合わせて調整しているの。
 このボタンを押せば作動するわ。
 その後は、もうあなたはテレパスになる。
 おじいちゃんに思考を送るだけの半端なテレパスだけどね。
 そうそう、これを使う前にESPリミッターを外すのを忘れないで。
 思念の送り方は自然に分かるはずよ。」

どうやら、これで説明は終わったらしい。
その途端、まるでスイッチを切り替えたように、紫穂は厳しい表情になった。
うつむいて、何か考え込んでいるようだ。

「なあ、ちょっとお茶でもしないか。もう仕事は一段落したんだろ。」

「ねぇ、薫 …」

「 … ?」

「あなた、皆本さんのこと好き?」

突然の爆弾投下。

「あ、あたしは別に…」

「否定しても無駄。私には分かっているわ。
 でも、あなたは自分の口で、自分の気持ちを伝えなければいけないの。」

「おまえこそ、皆本のこと好きなんだろ。何であたしを煽るんだよ?」

何とか言い返したものの、こちらの心の中は紫穂にはお見通しだ。
絶対に勝てない。
しかし、今の紫穂はそれ以上の追及をしてこなかった。

「好き …
 確かにそうだけど、
 … そんな言葉では言い表せない。
 私にとって皆本さんは … 」

「 … 」

「皆本さんは … 神様なの」

うつむいていた顔を上げ、彼女はあたしに訴える。

「あなたは、今の気持ちを忘れちゃいけない。
 いいえ、忘れないだけじゃだめ。
 もっとはっきり、それを言葉にしないといけないの!」

いつもの紫穂じゃない。
さっきまでの紫穂じゃない。
ぜんぜん話が繋がらない。

それは、
皆本は神様だから、自分とは釣り合わないと
紫穂が思っているということだろうか…。


それとも…、

まさかとは思うけど…、

皆本があたしのことを … 好き … で、紫穂はそれを知って …、
それであたしの背中を押そうとしている…?

呆然とするあたしを置いて、紫穂は部屋を出て行った。





心のざわめきを抑えられぬまま、あたしは件の“装置”に手を伸ばした。
ほとんど無意識のまま、手順を踏んだ。
ボタンを押すと、頭に奇妙な音が響き、すぐに消えていった。

これで、終わり?
本当にこれで過去に想いを伝えることができるの?
どこからも答えはない。















紫穂が「普通の人々」に殺されたのは、その翌日だった。






あたしは復讐のためバベルを飛び出した。









紫穂の遺書が見つかったのは、ずっと後になってからだった。

紫穂はあの装置を自分用に調整し、未来の自分からの通信で、自分の死を予知したのだ。
誰にもそれを話さなかったのは、自分の死を防ごうとして、他の誰かが傷つくのを
… あの日の皆本のように傷つくのを …
恐れたからだ。

遺書には、あたしと葵への警告も書かれていたが、
あたしがそれを知った時にはすでに手遅れだった。



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