ザ・グレート・展開予測ショー

イルカの歌 2. 葵


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/ 9/23)



「また泣いとんのか、薫。」

彼女はノックもせずに部屋に現れた。
いまさら怒る気にはならないけど、人が感傷に浸っているときくらい遠慮してほしい。

「軍もビビらす“破壊の女王”が、小さな女の子みたいにシクシク泣いてるやなんて、
 あいつらが見たら怪奇現象と思うやろな。」

「 … 悪い?」

「ええんやない、自分に正直で。でも… 」

彼女はあたしの目を真っ直ぐに見つめ、こう続けた。

「ウチは皆本はんに会うまでは、泣かんって決めてるんや!」


―――――  イルカの歌 2. 葵


レジスタンス――あたしたちは自分たちの組織のことをこう呼んでいる。
政府は「テロリスト」と呼んでいるけれど。

あたしがバベルを飛び出したとき、葵は皆本の命令に逆らってあたしに合流した。
「普通の人々」への復讐心。
それが2人を駆り立てたものだった。

たった2人で始めたレジスタンスはまたたたく間に巨大な組織となった。
普通人によるエスパーへの抑圧が、新人の獲得を容易にしたのだ。
そして今では、リーダーであるあたしでさえ、レジスタンスの全貌を知らない。
あたしは闘いの時だけ必要とされ、それ以外の時はただの「象徴」だった。
実質的に組織を取り仕切っているのは葵の方だ。
彼女は人事・財政の責任者としてレジスタンスの中心で働いている。
もちろん戦闘の時も大活躍しているが、彼女は「戦士」というより「実務家」だ。
こんな組織にいるよりも、大企業の幹部の方が彼女には向いていると思う。

レジスタンスが政府から敵と認定され、日本が事実上の内戦状態になった頃、
バベルの人員は総入替えされ、皆本の消息も分からなくなった。
しかし、皆本の生存をあたしたちは信じている。
きっと朧がかくまっているはずだ。

葵はまだ、皆本との再会を諦めていない。
レジスタンスのメンバーにも彼を見つけたら保護するよう通達を出している。

でも、あたしは彼女とは違う。
彼と会う資格はあたしにはないから…。



運命の歯車が狂いだしたのはいつからだろう?
あたしが13歳になってまもなく起こったあの事件だろうか。

  重傷を負い集中治療室に運ばれた皆本。
  その部屋の前で泣き崩れていた葵。

今でもその光景を忘れることはできない。

どうしてこんなことになったのか?

葵はパニック状態で説明どころではない。
職員たちは何も知らない。
あたしと紫穂は庁舎中をかけずりまわり、ようやく朧をつかまえた。
朧は事情を説明してくれた。

政府があるテロリストの親玉の暗殺を計画し、その実行をバベルに押し付けたのだ。
当然バベルはそれに反対したが、政治的闘争の末、結局バベルは負けた。

計画自体はごく簡単なものだった ― 優秀なテレポーターがいれば。
親玉の居る部屋に侵入し、殺して、去る。
たったこれだけのこと。
彼らの武装は厳重で、正攻法では千人規模の死傷者が出るだろう。
また超度が低いとはいえ、数人のエスパーを彼らは擁していた。
その中にはテレポーターもいて、半端なテレポーターでは逃走を妨害される惧れがあった。
これがバベルに仕事が回ってきた最大の要因だった。

バベルは特務エスパー全員をこの任に当たらせる代わりに、テレポーターと運用主任
(つまり葵と皆本)だけで、この計画を実行することでようやく妥協を取り付けた。
葵はあくまで「足」代わりで、狙撃は皆本が行う。
実行は親玉が部屋でひとりになった時を狙い、彼らの組織に潜入している政府のスパイが、
監視カメラ等を切る手筈になっていった。
すべてがうまくいけば、実行者は特定できないはずだった。
万一彼らが騒いでも、それを内部抗争のせいにすれば、彼らの施設に捜査員を派遣できる。

だが、この有様を見れば作戦の失敗は明らかだ。

「ごめんなさい。私たちの力が足りないせいで… 」

謝罪の言葉を述べた朧を紫穂が思いっきり平手で打った。
目にいっぱいの涙を溜め、こみ上げる怒りを隠そうともせず…。
紫穂がこんなに感情を露わにしたのは初めてだった。

「行きましょう。葵を透視(み)ないといけない。」

紫穂はそう言って踵を返した。
事件の背景は分かったが、現場で何が起こったかは2人しか知らない。
怒りに囚われていても紫穂の行動は的確だった。



その日の透視で事件のあらましが判明した。
後に意識を取り戻した皆本の説明と併せると、こういうことだ。

決行前日、皆本は自宅待機していた葵を電話で直接呼び出した。
明日の仕事の打ち合わせの後、一緒に夕食を取ろうと。
そしてあたしと紫穂にはこのことを秘密にしておくようにと。

皆本に他意があったわけではない。
仕事の内容が内容だけに説得に時間が掛かると思ったからだ。
何しろ皆本自身「納得していない」どころでなく、政府への怒りと、
子供たちを守りきれなかった無力感で、平静を失った状態だったのだ。

ところがこの“呼び出し”を受けた葵は完全に舞い上がってしまった。
二人きりの夕食 ― これを“デート”と解釈したのだ。

だから、待ち合わせ場所に現れた葵の姿を見て皆本は頭を抱えた。

彼女は自分が魅力的に見えるようにと精一杯のおしゃれをしていた。
口調までいつもと変えている。
何よりも期待と不安に揺れる瞳が、彼女の思い入れを雄弁に語っていた。

 … 今日は話さないでおこう。

皆本はそう決心し、彼女の期待したホスト役を果たすことにした。


綺麗だと褒めてもらい、
夕食を共にし、
二人きりでおしゃべりをする。

葵は夢のひと時を過ごしていた。
なぜ皆本が仕事の話を明日に回したのか、という野暮な質問でこの夢を壊したくなかった。
皆本が無理に笑顔を作っているように見えても、追求はしなかった。

二人は共に誤った選択をした。

そして時間は無情に過ぎ、夢の終わりがやってきた。

翌朝、皆本はこれ以上簡潔にならないほど簡潔な命令を葵に与えた。
指定した場所に、指定した時刻に彼を連れて跳び、速やかに帰ること。

その場所の持つ意味に気付いた葵は顔色を失い、命令の意味を問い詰めた。
しかし、皆本は頑として説明を拒否した。

「君は何も知らなくていい。」

それが彼の答えのすべて。

更に、

「もし僕に万一のことがあったら、君だけでも脱出するんだ。いいね?」

という、葵にとって承服し難い命令が付け加えられた。

やがて指定の時刻が来た。
ターゲットが予想通りの時刻に、予想通りの場所に、予想通りの状態で居ることが、
潜入スパイから本部に報告され、命令の撤回はなくなった。

皆本のゴーサインに従い、葵は跳んだ。
指定された場所に、寸分の狂いもなく。

ターゲットの眼前に突然現れた皆本は、あらゆる法律的手続きを省略して、
事務的に引き金を引いた。
まず、眉間に1発。続いて確実にとどめをさすために2発。

10秒前1人だった部屋は、9秒前に3人になり、今は2人になっていた。
すべてが予定通りに進んでいた…はずだった。

「帰ろう、葵」

そう言って振り向いた皆本は予定外の事態が発生していることを知った。

葵がへたり込んで、動こうとしないのだ。
声すらも聞こえていないようだ。

ここで初めて皆本は自分の間違いに気付いた。
やはり彼女に心構えをさせるべきだったのだ。
言わなくても何とかなるんじゃないか …
「嫌なこと」を避けて甘い期待に縋ってしまった、その結果がこれだ。

階級を持っていても皆本は結局ただの学者だった。
彼女の心理を読み切れなかったことだけとっても、指揮官には向いていない。

葵は目に入った映像、聞いた音、そのすべてを理解しなかった。
心がそれを拒否した。

  あの皆本が人を殺したのだ。

  まるで職業的暗殺者のように。

  人殺し。

  皆本に最も似合わない言葉。

  あの心優しい人が、そんなことをするだろうか?

  今、自分の肩をゆすって、何かをしゃべっているこの人はいったい誰?

時間にしてわずか1分ほどの空白。
だがそれは致命的な空白だった。
異変に気付いた隣室の男たちが銃を持って部屋に駈け込んで来る。

葵がようやく跳んだのは、血飛沫を上げて倒れる皆本の姿を見た時だった。




結局、この事件は一般のマスコミには取り上げられなかった。
当のテロリストも政府の予想通り沈黙した。
当局の介入を恐れたのと、後釜をめぐる抗争のためだ。

しかし、ゴシップで部数を維持しているある週刊誌は特務エスパーによる
暗殺をすっぱ抜き、話に尾ひれをつけて書き散らした。
もっと問題なのは、そのテロリストのグループが分裂し、一部が「普通の人々」に
合流して、より過激な活動を始めたことだった。
今後、バベルと特務エスパーはあらゆる手段で攻撃を受けるだろう。



皆本が入院したその日、結局葵も心痛で倒れ入院した。
桐壺局長はチルドレンに土下座をして謝った。
朧を平手打ちした紫穂も、彼を責めることはできなかった。
皆本と葵が復帰するまでの数ヶ月、あたしたちは仕事をしなかった。




この事件で確信したことがひとつあった。
あのイルカのじーちゃんが死んだということ。
生きていれば、たとえそれが無駄だとしても、事前に警告をくれたはずだから。

皆本が2発の銃弾を防いだとはいえ、残りの1発は防げなかった。
それが致命傷になったか、血の匂いを嗅ぎつけた鮫に襲われたか…。

ああ、あたしにも予知ができたら!


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