ザ・グレート・展開予測ショー

雨(12)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 9/19)

36
「……なあ、頼むからもう勘弁してくれよ?」
「……わかったわよ」
銀行から出てくる横島。「バイト」のおかげでかなり余裕があるといっても、常日頃から大金を持ち歩いているわけではない。
「さて……。そろそろ行くか」
西条たちが用意した隠れ蓑。
世界一有名な、教会。
「……ええ」
タマモはひそかに拳を固める。
二人っきり。教会。逃避行。
(なにが何でも、私のモノにしてみせるっ!)
「……どうしたんだ?」
横島の言葉。
「なんでもないわよっ!!」
慌ててタマモは首を振る。
そこへ。
「ふうん。あんた、餓鬼が好きだったんだねえ」
声。
「違うっ!」
反射的に突っ込む横島。
「……誰?」
不機嫌になりながら、水を差した相手に警戒を発するタマモ。
「そっちのボウヤは、知ってるんじゃないかい?」
蔑むような。彼女らしい声だった。
「……ああ、久しぶりだな。メドーサ」
急速に冷えていく雰囲気。
「あれ。あんまり驚かないんだねぇ。あんたの師匠は取り乱して襲い掛かってきたのに」
「……可能性は、あると思っていた。まさか、今回出てくるとは思わなかったけどな」
「……ふうん。じゃ、私が「何」かも知ってるわけだ」
「……ああ」
「これは、計算違い。ま、あんたには毎度のことかねぇ」
「……お前こそ、ずいぶん落ち着いてるじゃないか」
「「私」に復讐の理由なんかないさ。ま、仕事は果たすけどね」
メドーサが、武器を構える。
「「他」は?」
横島も、初めて「戦い」の構えを。
「私が、残すと思うかい?」
「……そうだな」
激突。
手から伸びる刃は、三又に分かれた槍を襲い、槍もまた、剣を砕こうとする。
一瞬。
拮抗上体から離れたそれは体勢を立て直すと同時に再度ぶつかる。
互角。
分かっていた。
メドーサが髪を数多の蛇に変化させる、と同時に横島の霊波刃が分かれその全てを貫く。
横島が蹴り上げる。
上げた足と足が交差し、衝撃が走る。
「ちっ」
飛び退る。
「その靴、何か仕込んでやがるね」
「霊気のこめ方を工夫しただけだ。お前らと正面から遣り合っても、勝ち目は薄いからな」
メドーサの足、交差してはいないところに切り傷が走っていた。
「ふん」
「ま、そうだろうな」
瞬きの間に、癒えていく。
横島が、刀を振る。
「ちいっ!」
メドーサが大きく動揺し、跳ねる。
「ふざけたものをっ!」
「……」
着地点に横島が襲い掛かる。
霊波刀が伸びる。
槍を繰り押さえ込む。
隙間から剣が形を変える。
「……反則じゃないかい?」
「……さあな」
とっさに槍から離した左手を貫いていた。
なければ、胸。
「衝撃波に、形が変わる剣。ったく、神魔探したってこんな厄介な相手がいるかね」
術者の力で威力が著しく変化するのが霊波刀。そして、神や悪魔に攻撃足りえるレベルの物は霊剣でもそうはない。
「……俺は、神みたいなもんだからな」
自尊にも取れる言葉。
だが
「その割には、暗いねぇ」
「……いくぞ」
間。
メドーサの左手が癒えるのを待ったのか。
文殊。
動いたのは、横島。
刀に叩き込む。
「滅」
彼女にとって、それは決定的な過去。
人間の餓鬼に、虫けらのように殺されたそれ。
そして、だからこそメドーサは笑う。
「同じ手を、二度も食うかっ!!」
光。
「ぐあっ!」
刀が、弾かれる。
「ちいっ!」
「消滅」する横島の右腕。
「咄嗟に文殊を解除したかい。終わったと、思ったけどねぇ」
「……なにをした?」
戦闘体制。
起動条件を甘く設定しておいた「修/理」の文殊が動き出す。
飛び散った肉片を霊気でくっつけ、足りない分を全身からかき集める。
治癒過程で出来る血塊が、神経を鑢のように削ぐ。
流れ落ちる血液が、瞬きの間に凝固しコンクリートの地面とぶつかって微かな音を立てた。
横島は、顔色一つ変えない。
「あんたも、大概化け物だねぇ」
メドーサが笑う。
「なにをした?」
「……ふん。さあ、ね。さて、第二ラウンドといこうかい」
37
文殊。
「起/動」
「修/理」と対になるそれは霊気で直接衝撃を叩き込み、失った意識を覚醒させる。
だが、このときは。
「無理やり霊力の器をぶっ壊したわけかい。後が大変だよ」
メドーサが、せせら笑う。
「後が、あればな」
一度に人間が開放できる霊気は決まっている。
だが、この文殊は貯水槽に衝撃を与える物。当然。
「終わりだ」
歯止めを失い爆発的に増えた霊気を完全に収縮させ、業物でもかくやという鋭利さと、現存する物質を遥かに超えた強靭さを得る。
いまや彼の右手にある霊波刀は、上位の神剣でもかなわぬ強さをたたえていた。
構える。
文殊。
「破/壊」
薄い金色の刃が、彼の思念の影響で青く染まっていく。
彼の、破壊のイメージ。
「……これは、「このまま」では無理そうだねぇ」
何事かつぶやくと、メドーサは体に霊気を溜めていく。
金色の剣。
先ほどの横島のそれより、その色は濃く。
そして。
彼女の体が、光に染まる。
「そこまでだ」
不意に、声がかかった。
38
同時に振り返る。
タマモの首筋に当てられた、刃。
「……剣を、おさめろ」
声。
「横島……」
タマモ。
「……白けちまったよ。誰だか知らないけど後はあんたに任せる」
メドーサはそう言い放つと、姿を消した。
「ここを乗り越えたら、また、遊んでやるよ。横島」
その言葉は、彼女がこの難を超えることを望んでいるかのようだった。
消えるメドーサに振り返ることもなく、タマモの背後にいる男を睨みつける横島。
「……期待していたんだが。この程度とはな」
男が、言った。
獣の目。だが、それは静かで。
「……タマモを、どうするつもりだ」
「……どうもしないさ。目的はあんただ。横島」
「……なに?」
「あんたと、やり合ってみたかった「アシュタロス事件の英雄」横島忠夫とな」
「……」
「だが、あいつの言葉じゃないが、白けたよ。あんた、あのまま戦っていたら、どうなってた?」
「……さあな」
「……ったく。何が原因かしらねえが、どうやら死にたいらしい」
始めてその目に人間らしさが宿った気がした。
呆れか、怒りか。同情ではない。
びくり
タマモの体に衝撃が走る。
「「滅」なんて文殊なんの躊躇いもなしに使った上、返される可能性が分かってて今度は「破壊」か?自滅覚悟じゃなきゃ、使えねえよなぁ」
横島には、当たり前のこと。だが、それが「当たり前であり続けた」ことに意味がある。
「……横島?」
びくり
今度は「横島」の体が、震えた。
「……ヨコ、シマ?」
タマモ。
声が上ずる。体が震える。
横島は、何も、変わっていない。
「……ったく。こんな可愛い娘泣かせやがって……。心配しなくても、このままで終わるやつの目じゃねえよ。こいつは」
喉元に刃を突きつけながら、その少女を励ます男。
「……」
タマモは、何も言わない。
「ああっ!くそっ!俺も白けた!!帰る!次までに何も変わってなけりゃ、この嬢ちゃんも殺してやるからなっ!覚えとけっ!」
先ほどまでの静けさが嘘のように男は一方的に激昂すると、そのまま姿を消した。
後には気配一つ残らない。
何時の間に。そして一体。
「……」
「……」
明らかに不可解な男の出現にも、今の二人に突っ込む余裕はなかった。
結局、あまりにも出遅れた助っ人の出現まで、彼らは一言も口を利かず、ただ、歩き続けるだけだったのである。
39
「……失敗?」
玖珂の声に、嫌が宿る。
「任せておけるという話では、なかったのか?」
電話の奥から、嘲るような声が聞こえる。
「……なんだと?そんな話は聞いていない。……使えん奴だ」
電話の相手へのものではないのだろう。侮蔑は、ため息に近かった。
「……ああ、追加は渡す。国内に残った連中を捕らえろ。そのうち、戻ってくるだろう。……所詮、餓鬼に過ぎんのだからな」
「……ああ、もちろんだ。一人でも残っていれば、後は殺してかまわん。急いでくれ」
「その男については調べさせる。あやつの、最後の仕事になるだろうな」
電話が切られた後、玖珂は不機嫌に吐き捨てた。
「……まったく。どいつもこいつも使えんな」
40
電話を投げ捨てる。
「どうして殺さなかった?」
不意に、後ろから声がかかった。
「……あんたかい」
男。かなりの長身、美形の部類に入るだろう容姿。
肩からかかる大きな深紫のマントには、無数の魔方陣が黒く書き込まれている。
銀色の長髪が、その色彩とコントラストを成していた。
「雇い主は、殺して持って来いって話だった。途中の邪魔が誰だかはともかく、あれが演技だってことくらい、見抜いてただろ?」
「……あのまま死なれちゃ、「私」が惨め過ぎるからね」
「……」
「……あんたはなんで私を手伝うんだい?」
「アシュタロスのやったこと、わからないわけじゃあないからね。あいつが遺した者の面倒ぐらい見てやりたい、それにね……。」
「それに?」
「……ま、いいじゃないか。それで、次はどうする?」
「決まってるじゃないか。あんたにも手伝ってもらうよ、ベール・ゼブル」
41
「……新しい、敵か」
西条。
空港。
見送りに来たのは不思議なことに彼一人。
「まだ、敵かは分からない」
「ま、考えようによっては君たちを救ったことにもなるわけか」
「ああ」
「……」
「ふむ。まあ、無事でよかった。ベルゼブブの方は、姿はなかったのかい?」
「ああ、気配もなかった」
「……そうか。それで、君はどう思う?」
「まず、間違いないと思う。ただ、会ってはいないがベルゼブブの方はあれでも元は格の高い悪魔だからな。オリジナルの可能性もある」
「……メドーサ、か。考えてみれば今まで出てこなかった方が不思議だな」
「ああ」
「記憶は?」
「持っていた」
「……そうか」
「……」
「ま、覚えておくよ。それで、美神さん達から伝言を預かっている」
「来てないのか」
「ああ、本当は来るつもりだったらしいがね。先生が「行かせれば必ず引き止めるだろうから」って事で抑えてもらっている」
「……どうやって?」
「さあ?税務署の監査と、警察と、なぜか久々の大口の仕事が一緒に来たらしい」
「……」
「それにしても、君達ずいぶん暗いなぁ。……早速夫婦喧嘩かい?」
「……何もないわよ」
タマモが、言う。
その声に含む物を感じ取ったか、西条は笑みを消す。
「明らかに何かあった、って顔だな。まあ、それは君たちの問題だ。僕は彼女たちの言葉だけ伝えて退散するよ」
「ああ」
「「こっちは心配するな、私達に何も言わなかった理由は後でじっくり聞かせてもらう」だってさ。それじゃ、行ってきたまえ」
「……後は、頼んだ」
「ああ、適当な頃合に連絡する。任せてくれたまえ」
西条はそう言い残し、後ろを見せる。
ふと横を見る。
「……大降りに、なりそうだな」
ガラスの向こうでは、ぽつぽつと淀んだ空から再び雫が下り始めてきていた。

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