ザ・グレート・展開予測ショー

NIGHT IS OVER


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(04/ 9/16)


――全く、俺って奴は……
声に出さずに自分を嘲る。
それ程強くもない酒を、似合いもしないバーで呷る。


「とびきりの美人を手に入れといて、逃がしちまうんだもんなぁ…」

そう、美神さんと結婚して、最初のころは幸せだった。
でも、すぐに何かがおかしくなった。
何か、ギクシャクして、みんな変で。

まず、おキヌちゃんが離れていった。
高校を卒業してすぐに、外国に行ってしまった。

困っている人を、助けたいんです。そう言う彼女の笑顔は何かをふっきった様で。

シロとタマモも、それから間もなく出て行った。無理もないだろうな、あの雰囲気じゃ。
元々、釣り合わなかったのかもしれない。一度も、「令子」って呼べなかった。

――私には、ルシオラを産めない――

覚悟はしてたつもりだったんだけどね。
そう言ったあの人は、見たことが無いくらい弱々しかった。

はぁ……
気付けばため息が漏れていく。



「……んあ?電話か……」
上着の内ポケットを弄って、携帯電話を引っ張り出す。

「もしもし?」
「あぁ横島?私よ、タマモ」
「おぉ、久しぶりだな。今何処で何やってんだ?」
「そんなことよりも――」
……美神と、別れたそうね。

どっから聞きつけたんだか……
「……ああ、そうだ」
「……分かった。頼みごとがあるから、明日ウチに来てくれない?居場所を教えてくれれば、
 迎えをやるから」

どうせ、やる事も無い。懐かしい顔を見るのもいいかもしれない。

「別に構わんぞ」
無理に明るく声を発した自分に、無性に腹が立った。

そして、翌日。
「……おいおい、何だよ?こりゃ……」
そこには絵に書いたような豪邸。
「迎えの車はリムジンだったし……ホントに此処に住んでんのかぁ?」
召使いらしき人物に案内された部屋には、昔とは比べ物にならない色気を放つ一人の美女。
湯上りなのか、ガウンを着て、肌は僅かに桃色。
キングサイズのソファーに、その艶かしい両の脚を投げ出して寝そべっていた。
「……久しぶりね、横島」
「おう、そーだな」

タマモの向かいのソファーにどっかと腰掛け、まずは気になった事から尋ねる。

「とりあえず……どうしたんだ、この家は?」
「金持ちの親父連中に、ちょっとばかり色目使ってあげたらホイホイ買ってくれたわよ」
そんな事を事も無げに言う。

「流石は傾国の美女…ってトコか。で、頼みごとってのは?彼氏になって、とかいうのは却下だぞ」
軽口を叩きながら、運ばれてきたコーヒーに口を付ける。もう少し苦ければ最高の味だった。

「あら残念。でもそうじゃなくて……仕事よ」

「仕事?」

「えぇ、大事な仕事。ちょっと人に頼まれたコトがあってね」
そう言うと、タマモは色違いの便箋を二つ、懐から取り出した。

「一つは、仕事のパートナーとの待ち合わせの時間と場所」
「パートナー…?そんなにヤバイ仕事なのか?」

「ま、見方によってはね。一人じゃ無理な仕事なのよ」
正直、今の自分と組める人物など限られてくる。寧ろ、組む必要すら殆ど無い筈。
興味を引かれる自分がいた。

「相手に関しての情報は?」
タマモは悪戯っぽく微笑むばかりで答えない。

「会ってからのお楽しみ、ってか」
「少しは物分りが良くなったみたいね。結婚すると人間変わるモンね」

「………皮肉か?」
「別に。それで、二つ目に仕事内容が入ってる。相手と会ったら開けなさい」

「情報は何もなし……普通の奴なら受けないだろうな」
「あら、自分が普通だと思ってたの?」

苦笑するしかなかった。
「わかった、受けるよ。どうせ暇人だしな」







――横島が帰ってすぐ、タマモは電話の受話器を手にとった。
「一応伝えたわよ……後は、あいつら次第ね」
「ありがとう……タマモちゃん」
「…本当に、これで良かったの?」
「ええ、そう。美神さんでも、私でも駄目なの。もう、あの子しか…」
「……優し過ぎるのは、損よ」
受話器の向こうの相手は、只微笑っただけだった。







「……さて、と……」
時刻は深夜。俺は、待ち合わせの場所に来ていた。
都心から少し離れた、海沿いの道路。星が、降る様な夜空。
もっとも、道路には車の一台も見当たらなかったが。

……相手はまだ、か……
「美人以外に待たされるのは、カンベンだよなぁ」
苦笑するが、静かすぎてつい独り言が出る。只、波音のみ。
する事もないので、ガードレールにもたれかかって煙草を一本吹かしてみる。
澄んだ空気に漂う紫煙が不釣合いだった。












静寂は、不意に終わりを告げた。




地面に直接響くようなエンジン音と、単眼の光によって。
「やっと、お出ましか…」

程なく、バイクの主は自分の目の前に止まった。
……こいつは、中々……

ライダーズジャケットにジーンズといういでたちではあったが、身体のラインは間違いなく女性の物であった。
後は、顔だな……
呆けた顔をしながら、そんな事を考える。相手はフルフェイスのメットを被っていた。

その女性が、ヘルメットを取り去ると、その中から銀糸の髪がさらさらと流れ出した。
無理やり詰め込まれていた筈なのに、首を数回横に振るだけですとん、と下を向いた。
月光を浴びるその髪が銀色のバイクと良く似合った。

只、そんな事よりも―――
「先生………?」
「なんだよ、お前か」

「なんだは非道いでござるなぁ……」
そう言うと、目の前の少女――いや、女性は笑いながら頬を掻いた。
「でも、また会えて嬉しいでござるよ……」

下を向いた彼女の表情に、不覚にも心が僅かに動いた。
見た目はそれ程変わっていない。それでも変化を感じるのは、内面的なものだろうか。

「それはそうと……お前、俺がパートナーだって知ってたのか?」
「いや?拙者、タマモが大事な仕事があるからと……」

………どういう事だ…?
不審に思ったが、ここまで来ればとことん踊らされるのも悪くない。

「ま、俺も、会えて嬉しい……かな」
彼女は、その言葉ににこりと微笑んだ。

「本当に、懐かしいでござるなぁ……」


とりとめの無い昔話が弾んだ。


「……そういえば、お前……何で出てったんだ?タマモはともかく、お前は……」

ずっと気になっていた事。確かに、居辛い環境ではあったが、あの少女がそれだけで
諦めるとも思えなかったから。

――辛かったんで、ござるよ。

彼女に似合わぬ沈んだ声が響いた。

「……先生が、すごく幸せそうな顔で、でも、拙者には出来ること、あまり無くて……」

――それに、お邪魔しちゃ、悪いでござろう?

笑顔で言う彼女が痛々しかった。
……そうか、コイツ、俺たちが別れたコト、まだ……

「……悪ぃな……」
それは謝罪だったろうか。それとも只の懺悔だったか。
彼女を、ずっと待たせてしまった事への。

彼女は戸惑ったような表情を一瞬見せたが、すぐにそれを隠すように、
「あっ、そうだ先生っ。拙者、ずっと練習してたコトがあるので聞いて欲しいでござるっ!!」

「……なんだよ?言ってみ」

彼女は、急に恥ずかしそうにして。
「え、えーと……た、た……」

「た?」

「た、忠夫、さん………」

思わず、吹き出した。腹を抱えて笑う俺に、彼女は顔を真っ赤にして怒っている。
「非道いでござるよっ……毎日、練習したんでござる……」
背を向けて、肩を落とす。

「あ、俺が悪かった……な、頼むから機嫌直せ?」
くるり、と振り向いた彼女は、
「じょーだんでござるぅー♪」

笑うしかなかった。
「あ、そうだ先生…。結局、仕事の内容は何なのでござるか?タマモは相手に聞け、と……」

「そういや、そうだったな」
言いながら二つ目の便箋を取り出す。
「こん中に書いてある筈なんだが……」

封を開いて、中を読むと、そこには見慣れた綺麗な字でこう書かれてあった。




『                  仕事内容
  待たせちゃった分、一緒にいてあげること。可能なら、「ずっと」でも許可します。以上――』

紙の下の方には、依頼人の名前として氷室キヌ、タマモの名前があった。
そして、見落としそうなぐらい小さな文字。
『 R・M 』のスペルがあった。

――畜生。――
涙が出そうになった。顔を伏せる俺を見て、彼女は心配そうにしている。
「先生……?なんて書いてあったでござるか?」

分からないように、涙を指の先で拭いながら、精一杯強がって答えた。

コイツなら、全て受け入れてくれる気がしたから。

「いや、もういいんだ……それより、聞いて欲しい事が、有るんだ……
 昔の話なんだけどさ…聞いてくれるか?なぁ、シロ……」


――満天の星が、いつもより瞬いて見えた。

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