ザ・グレート・展開予測ショー

月に歩けば。


投稿者名:cymbal
投稿日時:(04/ 9/14)



真っ黒な空。曇り加減が闇を一層と引き立てる。


今日の仕事が終わった青年は布団の上に寝転ぶと少し顔を上方へと動かし、開かれた窓から空を見た。


疲れた・・・。とにかくそう思った。最近特に忙しい。
母親がこの間来たせいもあるが、仕事と学校との両立を迫られたのだ。


勿論、経営者のあの人も多少の配慮をしてくれてはいるが、それでも現実的に厳しい事には変わりは無い。


早く眠ってしまおう。少しまだ暑いが窓が開いていれば涼しい風も入ってくる。
疲れた身体に心地良く風が行き渡り、すんなりと眠りへと誘ってくれる事であろう。


・・・その時であった、雲の切れ間に月が映った。別に月を見たからといって嬉しい訳でも無いけど。
何だかその日は目を奪われた。まるで目の前にかかったもやが吹き飛んだみたいに。


そして一つの影が通り過ぎた。細い箒にまたがり、印象的な帽子のシルエット。
あれは・・・。


彼は疲れた身体を引き起こし、窓辺へと駆け寄った。
魔女だ。変な言い方かも知れないけども。知り合いの。


彼は声を掛けようかと思った。が、ちょっと遠過ぎる。それに大声を出すのは・・・。
唯でさえ普段、近隣の人達に色々と迷惑を掛けているのだ。言葉を出すのは反射的に躊躇われた。


そのシルエットは月の前を通り過ぎると・・・空の闇と雲間へ消えて行った。


「・・・何だか良いもの見たような気がするなあ・・・。」


不思議と身体がちょっと軽くなったような気がした。
その日はぐっすりと眠る事が出来た。楽しい夢も見た。良い日だった。





次の日。この日は仕事は無かった。


仕事が無ければ無いで退屈だ。学校から家に帰ると、ぼんやりとテレビを見ながらラーメンを啜る。


画面に一喜一憂し、そして漫画週刊誌に目を通した。これはこれで楽しい。
こんな日も悪く無いかな・・・たまには。


気が付けば時刻は次の日を迎えていた。身体を休めることも出来た。
学校はあったが休日万歳だ。


「・・・・・・そうだ。」


ふと・・・思いついて窓の外を覗く。そういえば昨日と同じ時刻だ。


別に何か期待している訳でも無い。本当に何となく・・・上を見上げた。


でも・・・またそこに彼女はいた。


今日は空は晴れておりしっかりと目で確認する事が出来た。


彼女が月に重なった瞬間。それは幻想的な光景であった。そこだけは現実のものとも思えなかった。





・・・不思議な空間。





思わずぼーっと見とれてしまう。彼女の姿が消えてしまってもしばらくそこから目が離せなかった。


後ろのテレビのニュース映像だけが、この空間を動かしている唯一のものだった。


「・・・台風が近づいています。明日の夜には上陸する予定です。風速は・・・。」


その日、彼女の夢を見た。内容は覚えていない。
ただ何だか嬉しかったのは覚えている。





・・・また次の日。朝は風の音で目が覚めた。凄い音だ。飛び起きると少し窓を閉める。
部屋の中のゴミが入り口方向へと流れていた。


・・・今日は日曜日・・・か。学校は無い。仕事もこの分なら休みであろう。
あの人がこんな日に働くとは思えない。


でも一応とりあえず念の為に確認の電話を入れる事にした。


「・・・今日はお休み。来なくて良いわよ。」


素っ気無く切られた。きっと昨日飲み過ぎたのだろう。
元々今日は働く気が無かったのかも知れない。受話器越しに酒の匂いがした気がした。


「さて・・・どうするか。」


予定が無いとなると暇なものだ。
部屋の中を見渡して・・・・・・掃除をしようと思いつく。


ゴミの袋を部屋の隅から引っ張り出し、インスタント食材の空きなどをぽんぽんと放り込んでいく。
後はちり紙、溢れかえるゴミ箱の中身。エロ本・・・いやこれは・・・でも。


中身を吟味しながらどうするか決める。・・・少し考えた末に押し入れの奥にそっとしまった。
未来に役に立つ事もあるだろう。そう信じる事にする。


掃除を終えた後で、今度は買い物に出かけた。万が一に備えて色々と食材を揃えておこうと思った。
まあインスタントにゃあ変わりは無いけどね。健康に良くねえなあ・・・。


途中の本屋で立ち読みをし、ビデオ屋に寄り、スーパーで買い物をする。
別に変わった事は無かった。ただその間にもどんどん風が強くなっていってるのを感じた。


「こりゃあ・・・直撃かあ。大変だな。あのボロアパート大丈夫かいな。」


周りの人々も風に押し戻されながら歩いている。思わずスーパーの袋が後方に飛ばされそうになった。
空の雲も凄い速さで駆け抜けていく。


・・・・・・何となく・・・今日は思った。





「彼女はさすがに今日は見ることは無いだろうと。」





ちょっと何だか寂しかった。


家に戻ると。雨戸を引きずり出して、台風に備えた。これで雨風はしのげるだろう。
まあボロいからどっかから水でも漏れて来るかもしれんけど。ちょっと不安だ。


食事の準備をして、テレビをつける。台風情報がやっていた。
まあ当然か。雨戸がガタガタとうるさい。びゅーびゅーと風の音もする。


買ってきたカップ焼きそばにお湯を注ぎながら、そういえば最近、おキヌちゃん来ないなと思った。
学校が忙しいのだろうと思うけど。それでこんなに部屋が汚かったのかとも一人で納得する。
実は頼ってたんだなあ・・・。


自分でこまめに掃除すりゃいいんだけどね。一人暮らしの切なさを噛み締める。


どんどんどんどん風の音が大きくなっていっている。テレビの音も良く聞こえない。
少しボリュームを上げる。野球中継も今日は中止なった。ドームの試合もだ。
まあ別にそんなに興味は無いけど。暇な時は見たりするので・・・。


そのままぼーっと。画面を見つめる。ニュースの映像が次々と流れる。
その合間を台風情報で繋ぐ。リモコンをいじる気は無かった。


緩やかにそして時間は過ぎ、時計の針が一つに重なる。十二時だ。


「そろそろ・・・寝るか。」


やっと声が出た。ずっと黙りっぱなしだった。
明日は学校と仕事の半々だからな。早目に寝よ。


窓を確認して水漏れが無いか見る。そこで・・・気になって雨戸をちょっと開けてみた。


「・・・いないと思うけど、こんな風の日に・・・。」


窓を開けた途端、部屋の中に風が吹き込んでくる。さっき食べた焼きそばの器が宙に浮かんだ。
顔の前を手の平で隠しながら上空を見上げる。





「・・・・・・いた。」





彼女はふらふらと強風に煽られながら飛んでいた。箒から振り落とされそうになっている。
居ても立ってもいられなくなり部屋を飛び出す。身体が自然に動いた。


風のうねりをすり抜けながら走る。上空を見上げながら、彼女の姿を追う。
何も起こらなければそれで良い。万が一、何かあった時・・・。


「何でこんな日にまで・・・。」


何か事情があるのかも知れないが不思議に思う。でも今はそんな事を考える余裕は無かった。


彼は必死に後をつけて行った。気を抜くとすぐに見失いそうだ。風が視界を遮る。
でも何か後ろを押されるように前へと進んだ。





「きゃあ!」





声が聞こえた。前方の公園の辺りだった。上を見ると彼女はいない。
落ちた!?心臓が跳ね上がった気がした。不安が身体を過ぎる。


その時彼はほんのわずか確認した。箒から跳ね飛ばされて落ちる黒い影を・・・!



「魔鈴さん!!?」



公園の中へ急いで駆け寄る。嫌な感じがした。



「あたたたた・・・。」



そこに彼女はいた。黒いシルエット。この三日間自分を心に住み続けた人。


「・・・あれっ?横島・・・さん。何やってるんですかこんな所で?いたたた・・・。」


彼女はお尻を押さえながら、こっちを見て不思議そうに言った。どうやら何とも無かったみたいだ。
砂場に水が貯まっておりそこに落ちたらしい。上の木もクッションになったようだ。
心配していた自分がちょっと馬鹿みたいに思えた。思わずぷっと噴出す。


「・・・何笑ってるんです?怪我人に向かって・・・。」
「・・・あっ、いや、ごめん。以外と大丈夫そうだったもんで・・・。」
「大丈夫じゃあないですけどね。・・・追いかけた来てたんですか?この風の中。」


彼女は周りを見渡してそう呟く。左の手は飛ばされないように帽子を押さえていた。
風はごうごうと唸りを上げている。


「この風の中、空を飛ぶ方が非常識だと思うけどなあ・・・。歩いた方は早いんじゃ・・・。」


笑いながら言う。彼女は腹が立ったのかちょっとホッペを膨らませながら返事を返した。


「ちょっとこの所、外せない仕事があったんです。台風だからって休むようじゃ商売は出来ませんからね。」
「だからって・・・。ねえ。」
「箒で飛ぶのが好きなんです。」


うちの経営者に聞かせてやりたい言葉だ。うんうんと頷く。立派です。好きだからって限度があると思うけど。
その姿を見ながら彼女は気が付いたようにさらに言葉を繋ぐ。


「・・・ひょっとして心配して追いかけて来てくれたんですか?私を見かけて・・・。」


・・・そうです。・・・とは言いにくい。何か覗き見してたみたいで気が引けた。


「うーん、たまたま見かけたから・・・。この三日間ね。」
「三日間?」


言葉の意味を取りかねて彼女は頭を捻る。まあ分かりにくい言い方だったかも知れない。


「どういう意味ですか?」
「とりあえず送りますよ。その様子じゃ何か支えが無いと歩けないでしょ?」


彼女の返事には答えず、お尻を押さえたままの姿を見て笑う。
ついでに脇に落ちていた箒も回収する。


「・・・そうですね。じゃあとりあえず肩をお借りします。」


彼女の腕が首の後ろを回り軽く抱きかかえるような形になった。
ちょっと嬉しい感覚が身体に伝わる。


「変な事考えてませんか?」


目つきが笑っていても厳しい。ちょっと恐いぞ。





「そ、そんな事は無・・・くも無いかな。」
「ふふっ・・・正直ですね。でも・・・ありがとうございます。助かりました。」





彼女の目つきは変わっていないが、ちょっと優しい感じに変わったように見えた。
その顔を見て何だか嬉しくなる。風の音も気にならなくなった。


・・・その日は彼女を店まで送り届け、お茶を一杯だけ飲んで、何事も無く帰った。


「空を飛ぶ日は選んだ方が良いですよ。」
「・・・そうします。」


彼女はまたむっとしたみたいだ。
気が付けば外の風の音も弱まっていた。





・・・それから一月が経った。相変わらず忙しい日々は続いている。
あれから彼女の店には行ってはいない。ちょっと尋ねるのが恥ずかしかったのもある。


それでも毎日同じ時刻に空を見上げる。習慣になってしまっただけだけど。
彼女の怪我は治ったのかな・・・。ふとそんな事を考えた。


月が綺麗な円を描き、時々雲に包まれる。
またあの幻想的なシルエットを見る日は来るのだろうか。


・・・その時、上を見上げていた横島に何かが当たった。


箒だった。横には彼女がいた。


「ここから三日間、覗き見ですか?あんまり良い趣味じゃないですね。」


にっこりと彼女は笑った。そして驚く自分を尻目に彼女は言った。





「言われた通り、たまには歩いて来ました。一緒に散歩でもしません?」





彼女の言葉に頷き、横島はサンダルを履いて窓から飛び出た。


今日は特別な日。


月明かりが地面を照らす。丸い円を描いて。


上空から見たその影はまるで、月の上に浮かんでいるように見えた・・・。


おしまい。

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