ザ・グレート・展開予測ショー

反逆者の見る夢


投稿者名:蜥蜴
投稿日時:(04/ 9/12)





「メドーサは死んだか……」

 魔神アシュタロス様の作り出した最強の兵鬼、対神魔用移動要塞、逆転号。
 逆転号の操縦室で、私の正面に展開された大きなスクリーンに、二筋の流星が映っている。
 その事実は、膨大な魔力の塊である月からのエネルギーを恒常的に得るという目論見が潰えた事を意味していた。
 メドーサの代わりなら、あの三人が目覚めれば、充分以上に務める事が出来はする。
 だが、ヒドラほどのデリケートな作業を目的とした魔族を作るには、年単位の時間が必要だからだ。

 私は一つため息を吐いてから、スクリーンを消し、逆転号を異空間に潜行させた。
 一回限りでしかないとは言え、月から送信されたエネルギーを受信した以上、この場所が特定されるのは時間の問題なのだから。
 そして、自動航行に切り替わったのを確認して、操縦席を離れる。

 メドーサは、月面侵攻の目的を、最低限では有るが、果してくれていた。
 それは、一回のみの送信だったが、エネルギーの確保と――月神族の霊基構造の情報の奪取だ。
 アシュ様に残された配下のものは、私と、調整層の中で眠り続ける三人の娘達しかいない。
 月神族の霊基構造を元に、その三人を完成させるための最後の改修を施すのが、私の次の仕事だったからだ。

 数分後、暗闇に灯る淡い光の中、私の足音のみが空虚に響いていた。
 逆転号の中心に設置された研究室へと続く廊下。
 ほんのわずかな明かりさえ灯さぬそこは、私の心と同じく、どこまで行っても虚ろで真っ暗だ。
 やがて目的の場所に到着した私は、無闇に大きく豪奢な扉の前で、腕を差し伸べ、掌を軽くそれに触れさせる。
 霊的な形質を認証キーの代わりとしたその扉は、重々しく、錆び付いた音を軋ませながら、ゆっくりと開いていった。




 大きな扉に似つかわしく無意味に大きな部屋の中央には、縦長の水槽がいくつも林立している。
 そして、液体で満たされたそれらの内の三つに、人影を認める事が出来た。
 それを見やった私は、部屋の中央に設置されたコンソールへと向かい、メドーサのもたらした戦果の分析を始めた。
 しばらく作業に集中していた私は、ふと、すぐ傍に何者かの気配を感じた。
 それが誰かなど、考えるまでもない。この逆転号には、私と水槽の中の三人以外には、一人しかいないのだから。

「どうだ、土偶羅。調整は順調にいっているか?」

「おお、これはアシュ様! 問題無く進んでおりますぞ。二ヶ月後には、三人ともロールアウトできるでしょうな」

「そうか……」

 アシュ様の声を認識した私は、作業を一旦停止して振り返った。
 けれどアシュ様は、私の言葉を半ば聞き流しておられる様にみえた。
 おざなりに頷いた後、感情を宿さぬ瞳でゆっくりと水槽に浮かぶ人影を見上げられる。

 一糸まとわぬ姿のまま、やや俯き加減にまぶたを伏せた三人の少女達。
 三人ともが、アシュ様の霊質を受け継いだ、娘とも言える存在だ。
 そして、アシュ様の望みを叶えるための道具となる事を運命付けられてもいる。

 中央の水槽に浮かんでいる、ボブショートの黒髪の少女が、長女ルシオラ。
 指揮官タイプとして設計され、アシュ様の”知”を受け継いでいる。
 最大の霊力を持つが、幻術と麻痺攻撃を得意とし、主に私の全般的なサポートを受け持つ事になる。

 その右の水槽に浮かんでいる、亜麻色の長髪の少女が、次女べスパ。
 完全攻撃タイプとして設計され、アシュ様の”武”を受け継いでいる。
 霊力こそルシオラに譲るものの、最大のパワーと攻撃力を誇る。眷属の力を借りれば、勝てるものはまずいないだろう。

 左の水槽に浮かんでいる、蜂蜜色の短髪の少女が、三女パピリオ。
 後方支援タイプとして設計され、アシュ様の”勇”を受け継いでいる。
 ルシオラとべスパの中間くらいの特性を持ち、眷属を用いた撹乱と陽動が主な仕事になる。

「この子らには、辛い役割を担わせることになるな。私の馬鹿げた野望のために……」

 やや愚痴めいたアシュ様の独白。
 作業を再開した私は、アシュ様が答えが返るのを期待している訳ではないのを感じながらも、口を開いた。

「アシュ様の望みは、必ずや叶いましょう。私もこの娘どもも、そのためにこそ、生を受けたのです。不満など持ち得ないかと」

「だが、それはおまえの見解に過ぎぬだろう。私は、おまえやこの子らの意思とは無関係に、否応無く道具としての立場を強いるのだからな」

 さかしげな追従に聞こえる言葉を述べた私に、アシュ様は苛立たしげな素振りを見せ、反論された。
 それは、客観的に見ても滑稽な事でしかないだろう。
 そういう行動を取るよう私を製作したのは、アシュ様自身だからだ。

「これは、魔界を統べる魔神の一柱のお言葉とは思えませんな。何を弱気になっておられますか」

「弱気になっている訳ではない。
 ただ、神に作られしものとして、道具としての生を拒んだ私が、道具としての存在を生み出すことに皮肉を感じただけだ」

 アシュ様の魔神としての生は、実はそれほど長くは無い。
 神魔という存在は、人知を越えた力を振るい得る代わりに、人の集合意識にその在り方を左右されてしまう。
 それまで神と崇められていたものが、人の価値観の変化と共に、邪神として蔑まれる事など、当たり前にある事なのだ。
 そうやって、永い時の間に、アシュ様は名前を変え、姿を変えて存在してきた。
 ある時は神として。また、ある時は魔として。

 けれど、現在は一神教的な価値観が最も大きな勢力を誇っている。
 ハルマゲドンが勃発してそれまでの世界を壊すような事態にならない限り、大きな変革は望めない。
 そして、ようやく安定期を迎えた人類の世界を壊す事を厭うた神魔の上層部は、デタントを維持する方針を打ち出したのだ。
 それは、アシュ様の存在が邪悪なものとして、半永久的に在り続けなければならない事を意味していた。
 どれほどの力を誇ろうと、決して正義には勝てない、茶番劇の道化として。

「ならば何故、道具のはずの私達に、思考する力をお与えになられましたか。
 命令を遂行することだけを求めておられるのなら、不要なものでしたでしょうに」

「それは違う。いつ如何なる状況に置かれても、臨機応変な対応を求めるには、思考する能力は必要なのだよ。
 だからこそ、万が一叛かれた時の用心に、テン・コマンドを設定したのだ」

 アシュ様の仰る事も、理解出来ないでもない。
 ダミアンなどは曲解して行動していたようだが、当面の目的はメフィストの転生体の捕獲だ。
 力だけの馬鹿では、誤ってメフィストを殺してしまいかねない。それでは意味がないのだ。

「ふむ……それにしたところで、プロテクトが弱過ぎるように感じられますが。
 流石にコマンドに抵触するので、自分自身や仲間内での解除は不可能です。
 ですが、人間たちの中でもそれなりに知識の有る輩になら、解除されてしまいますぞ?」

 私は、尚も納得のいかない点を、アシュ様に指摘してみる。
 何もわざわざ人に近い姿を与えた上に、自由意思を持たせる必要性は薄いと考えたからだ。
 それも、三人ともが、かつてアシュ様に叛いたメフィストと同じ女性体なのである。
 前任の私をアシュ様が粉々にする原因となった事件を思い出して、私は不快感を煽られてしまった。
 記憶データは、そっくりそのまま受け継がれているのだから、平気な方がおかしい。

「それで良いのだよ。この子らには、せめてもの親心として、選択肢を与えてやるつもりだ。
 私の道具として終わるか。私の目的を知っても尚、従うのか。信じる何かを見付けて、それに殉ずるか……」

 アシュ様は、それまでのなさり様からは信じられないお言葉を発された。
 親心……私を筆頭に、自らの配下を使い捨ての道具程度にしか扱われなかった、このお方が……?
 私は、前々から感じていた不安が胸中に膨らんでいくのを自覚した。

「……後悔することになるやもしれませぬぞ」

「分かっているさ、そんなことは。これは挑戦なのだよ。
 運命が私を選ぶのなら、どのような障害が在ろうとも、望みは成就されるだろう。だが……」

 私はアシュ様に、言わずもがなな結論を告げてみる。
 千年前、ほんのちっぽけな連中に出し抜かれた事で、アシュ様はどうにかされたのかもしれない。
 時空転移から通常空間に復帰された時のアシュ様の怒りは凄まじかった。
 けれど、時が経つにつれ、造物主に叛いたメフィストに、ご自分の姿を重ねられる様になって行かれたのだ。
 アシュ様が計画に大幅な修正を加えられたのは、それから間も無くだった。

 アシュ様は私に、計画の中枢を語られる事はない。
 だが、私は思うのだ。アシュ様は、本当は勝利する事を諦めておられるのではないかと。
 端から見れば矛盾しているとしか思えない行動は、破滅願望の顕れなのやもしれないと。
 恐らく、アシュ様自身も、ご自分の行動の危うさに気付かれておられるはず。
 それが分かっていても、アシュ様は決定を覆す気はない様だった。

「そこまで仰るのなら、もはや何も言いますまい。お気の済むようになさって下さい」

 私はそう言うと、再び作業に没頭し始める。
 例え敗北する事が前提の計画だろうと、アシュ様のために最善を尽くそう。そう心に決めて。
 アシュ様は無言のまま、しばらく私が作業する様子を確認されていた様だったが、ふいに口を開かれた。
 その内容は、メフィストの転生体の捜索に必要な情報の伝達であった。
 今の今まで話題に出て来なかったのは、やはり、終わりの始まりを前にして、どこか高揚されているからだろうか。

「一つ忘れていた。メフィストの転生体の現世での居場所はほぼ特定できている。
 どうやら、日本の東京を拠点に行動しているようだ。
 その魂は結晶と融合しているが故に、人としては稀有な力を誇るだろう。
 メフィストの時の霊派パターンは、C-358フォルダに格納してある。参考にするが良い」

「かしこまりました。データは、逆転号の演算装置にコピーしておきます」

 私の返事を聞いた後、アシュ様は扉へ向かって身を翻された。
 どうやらタイムリミットが来たようだ。
 もうすぐ、神魔族の人間界とのつながりを断つジャミングが開始される。
 アシュ様は、そのジャミングに加えて、運用する兵鬼や、計画に必要な道具に自らのエネルギーの大部分を振り分けているのだ。
 月からのエネルギー供給に失敗した今、アシュ様が普段活動するのに必要な分すら割かねばならない。
 そのため、計画が大詰めに入るまでは、スリープモードに入らなければならなくなってしまったのだ。

「よし。くれぐれもしくじるなよ。人というものは、時にポテンシャル以上の力を発揮することがある。
 永き時を生き、その在り様が変わらぬ我々神魔族では想像もつかぬほどの力をな。
 決して侮るなよ。よいな?」

「承知しております」

 アシュ様は私に、もう一度念を押して来られた。
 メフィストの捕獲に失敗すれば、それまでに費やした労力は水泡に帰す。
 再起もほぼ不可能となるであろう。
 アシュ様の気持ちも、分かるとまでは言わないが、推し量る事はできる。

「……私はもう眠りにつく。今度目覚めるのは、数ヶ月後になるだろう。吉報を期待しているぞ」

「御意」

 足を踏み出しかけたアシュ様だったが、動きを止めて首をめぐらし、水槽の中の娘達に視線を向けられた。

「この子らの見る夢はどのようなものなのだろうな……」

「アシュ様……」

「詮無きことを言ったな。許せ」

「別に構いませぬが……」

 今度こそアシュ様は、後ろを振り返る事無く、この場を後にされたのだった。




 アシュ様も、私も、このやり取りの際には思いもよらなかった。
 ここが、アシュ様にとっての運命の分岐点となってしまっていたという事を。
 ここでアシュ様が美神令子のプロフィールの全てを伝えなかったばかりに、その壮大な計画にイレギュラーな要因を呼び込む事を。
 その要因――たった一人の人間の少年が、計画を崩壊させる、最も大きく、決定的な理由となってしまったのだ。
 私の危惧通り、アシュ様の生み出した娘が、かつてのメフィストと同じように裏切ると言う事態をもたらして。

 いずれにせよ、アシュ様も、彼の娘達も、この時は未だまどろみの中に在り、近い未来に自らに訪れる運命に思いを馳せる事は無かったろう。
 三界全てを巻き込んだ大きな戦いが決着を迎えるには、今しばらくの時が必要であった。





終。

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