ザ・グレート・展開予測ショー

最後の旅(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:DOOR
投稿日時:(04/ 9/11)

「なあ、薫……お前は何を伝えたかったんだ?」
 皆本は声を掛けた。当然、答えはない。
助手席で眠るように目を閉じた薫。皆本のジャケットに隠されているが、その胸に
は大穴が開いている。
死に際の薫が皆本に伝えたのは彼女の想いだけではなかった。皆本の脳裡に直接飛
び込んできたイメージ。それはかつて皆本が三人娘をよく連れて行った別荘であっ
た。
「あの頃は楽しかったな」
 皆本は呟いた。
「最後に連れて行ってやるよ、薫」



最後の旅(絶対可憐チルドレン−IF)


「さあ、着いたぞ」
 別荘地は閑散としていた。
エスパーとノーマルとの戦争が始まってから、いずれの側にも別荘生活という楽し
みは奪われていた。とりわけ力を持たないノーマルにとって、人目の少ない場所で過
ごすのは自殺行為であった。
「なにも変わっていないな。昔のまんまだ」
 アウディを降りた皆本は薫を包んでやる毛布を探しに自分の別荘に向かった。遺体
が実験動物のように切り刻まれることのないように、皆本は自らの手で薫を葬ってや
ることに決めていた。
「うッ!」
 別荘に踏み込んだ皆本は屋内に充満する動物臭に顔を顰めた。それにはアンモニア
臭も混じっていた。なにか大型のケモノでも放し飼いにしているのか?
 ガタン。二階から、なにかがぶつかる音がした。
皆本はブラスターを取り出したが、一瞬考え込んでホルスターに戻した。もう殺し
たくない。それが誰かでなく、何かであってもだ。皆本は足音を忍ばせて、階段を登
り始めた。
 皆本は二階がキレイに掃除されていることに気付いた。誰かかがここに住んでいる
?階段を登るにつれて、異臭が強くなる。皆本は異臭が臭う部屋のドアを開けた。
「!!」
 皆本は目の前の光景がにわかに信じられなかった。
 ベッドに寝ているのは、薄汚れたTシャツに包まれた物体であった。芋虫のように
モゾモゾ動いている。
「ア〜ア〜」
 何かが人ならぬ叫びを上げて、這い出した。赤ん坊より不自由な動きで逃げ出そう
として、そのままベッドから転がり落ちる。
「アア!」
 床に叩きつけられたそれはひときわ大きな悲鳴を上げた。それでも、逃げ出そうす
る動きをやめない。
「…………」
 皆本は慌ててそれを追いかける。
 そして、それを間近で見つめた皆本は声を失った。それは四肢を切断された人間
だった。
胸のふくらみ、そして、剥き出しになった下半身から少女であることは分かる。そ
して、少女の両目は摘出されて、かつて美しかったであろう顔に空虚なくぼみを作っ
ていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
 皆本は宥めるように囁きながら、少女を捕まえた。そのまま抱え上げる。
「…………」
 皆本は皆本の腕の中でもがき続ける少女を見つめた。その面影に見覚えがあった。
「……まさか、紫穂なのか……」
 皆本は思わず叫んだ。そんな、コレが紫穂だと!?
「ア〜ア〜」
 少女の叫びには、皆本が痛くなるほど哀しみがこもっていた。
「そうや、皆本はん」
 背後から声を掛けたのは葵だった。戸口に寄りかかるようにして立っている。テレ
ポーターならでは唐突の出現である。
「皆本はんにだけには知られたくなかったのに。だから、ウチと薫でここに隠してい
たんや」
「…………」
「ここに来たっちゅうことは、薫が教えたんやな。薫はどこや?」
「僕の車にいる」
「…………」
 葵は思わず安堵の表情を浮かべた。
 しかし、皆本は葵の安堵を断ち切った。
「僕が殺した」
「そうか……」
 皆本の言葉に、葵は意外なほど反応を見せなかった。僅かに浮かんでいるのは、羨
望に近いものだった。
「どうぜ殺されるなら、せめて惚れた男の手でと思ったんやろ。薫らしいわ」
「…………」
 皆本は頷いた。薫がわざと自分に撃たれたのは分かっていた。
「でも、ウチはバベルの連中を許さん!紫穂をああしたのは奴らやからな!」
「葵!」
「紫穂はな、実験動物みたいに切り刻まれたんや、レベル7やからって理由でな。紫
穂は人を傷つける力などこれっぽっちも持ってへんのに!どうして、どうして、こ
ないなことができるんや、同じ人間なのに」
 葵は叫んだ。
「他のエスパーも似たような目に……だったら、ウチや薫のように戦う力があるもの
が戦うしかないやろ」
「…………」
「たとえ、勝てなくて……そうすれば、ノーマルの奴らもウチらの痛みを思い知るや
ろ!」
「葵……」
 皆本は葵の激情を受け止めることも受け流すことも出来なかった。
 薫と葵によるエスパー矯正施設の襲撃。その際、施設の職員は全員虐殺されてい
た。その時から、エスパーとノーマルとの戦争が始まったのだ。
「そや、皆本はんもバベルの人間やったな」
 葵は暗い笑みを皆本に向けた。
「皆本はん、紫穂と離れてんか?力を使うのにジャマになるわ」
「ああ」
 皆本は頷いた。葵に抵抗する気はなかった。一番綺麗そうな床に紫穂を置くと、葵
に向き直った。
「これでいいか」
「ウアッ!」
 紫穂は葵に向かって抗議するような悲鳴を上げた。
「紫穂、殺すなって言いたいんか?安心してえな。そんな力、もうどこにもないわ、
ホント言うとここまで来るのもギリギリ……」
 葵は力なく笑うと、ズルズルと崩れ落ちるように座り込んだ。
「葵!」
 皆本は葵に駆け寄った。葵の周りは血だまりが出来ていた。既に意識を失っても不
思議はない量だ。葵は紫穂を守るため、最後の力を振り絞っていたのだ。
「……ハッ、でも最後の最後で皆本はんに会えるなんて、やっぱり神様っているん
かな?」
 葵は咳き込むと、ピンク色の泡を吐き出した。
「葵!」
 皆本は葵を抱え上げた。
「それに皆本はんは変わってない……ウチの好きな皆本はんのまんまや」
 葵は嬉しそうに皆本の顔に手を伸ばした。しかし、もう皆本の顔まで持ち上げる力
は残っていない。
 皆本はその手を握り返した。
「ア〜ア〜」
 床に放り出されている紫穂が不満そうな呻きを上げている。
「好きな男の腕の中で死ぬなんて、まるで映画みたいや」
 葵は嬉しそうに皆本に笑って見せた。
「ア〜ア〜」
「葵、もういい」
「きっと薫も羨ましがるやろ」
 葵の身体が痙攣した。
「…………」
「……楽しかったなあ、あの頃は……またいつか皆で」
 葵は切れ切れに言葉を押し出した。
「しゃべるな」
 皆本は再び叫んだ。
 葵はようやく沈黙した。痙攣も止んでいた。もう二度と声を発することはない。
「ア〜ア〜」
 紫穂が哀しげな声を上げた。




 皆本は車内を見回した。助手席には薫、後部座席には葵を乗せている。そし
て……。
「ア〜ア〜」
 皆本の膝の上で紫穂が声を上げた。紫穂は後部座席に乗せられることを断固拒否し
たのだ。
 ラジオでは、皆本がエスパー側に寝返った、あるいはもともとエスパーの反乱を画
策していたとの報道が始まっていた。
 皆本はラジオを切って、訊ねた。
「お前たち、これから、どこに行きたい?」
 皆本には三人の声が聞こえたような気がした。

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