ザ・グレート・展開予測ショー

雨(9)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 9/ 9)

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静寂。
雨音だけが、静かに流れる。
「……分かったよ」
横島は、語り始めた。
「三年前」、「あの事件」、「例の」
全て、彼のために周りの者が作り出した、隠語だった。
その禁を彼自身が破り、何も知らぬものに話す。
いつか、この日が来るとはだれもが思っていた。
だが、それは、彼がその事件を乗り越えられた証として。
関係者から与えられた「英雄」という称号を彼自身が喜ばぬまでも受け入れられたとき。
美しき思い出として悲恋を語る。
何人かは、それが「過去の恋」として語られることを浅ましくも願っているかもしれないが。
少なくとも、ここまで悲痛な「独白」になるとは、だれもが思っていなかった。
彼自身。
恋人との思い出が、ここまで痛苦を伴うものであろうとは。
決して思っていなかったに違いない。
楽しいこともあったはずだ。
嬉しいことも。
幸せだったはずなのだ。
それなのに。
彼の中にあるのは逃れようの無い罪の意識と。
圧倒的な絶望感だけだった。
辺りには、雨音だけが響いている。
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雨。
「……話は、これで終わりだ。それで?こんな話を聞いて、どうしたかったんだ?」
「……決まってるじゃない。何か勘違いしてるあんたに、ぶん殴って分からせてやるのよ」
「……勘違い?」
「ええ。それで、守ることにした?」
「……ああ。ルシオラを失った俺の、誓いだ。それのどこが、勘違いなんだ?」
「……じゃあ、聞くわ。あなたは、一体だれを守っているの?」
「?」
「ヨコシマが見ているのはルシオラとか言う女だけ。ヨコシマが守るのはルシオラとの誓い。ヨコシマは、守るべき者なら、それがだれであってもかまわないのね。それこそ、もし立場が違えば、私を殺す側に回っていても不思議じゃなかった。きっと守るべき別の誰かのために、ためらいなく私を殺したでしょうね。私の狐火に焼かれながら」
「……そんなわけ、ないだろう。俺がお前を守るのは、お前が大切な仲間だからだ。確かに死にたいのかもしれない。話しながら、俺もそう思ったよ。だけどな、死ねないことに変わりはないし、お前を守りたいということも、俺の気持ちなんだ」
「……嘘ね」
「……」
「また、仲間?ヨコシマの傷に、極力ふれないように避けながら、取り繕って、助けだけ求めて。そんなのが仲間だって言うの?もう、分かってるんでしょ?自分は一人だって。そうやって、傷を自分の中に溜め込んでいる限り」
「……」
「きっと美神も、おキヌも、馬鹿犬も、気がついてるのよ。あなたは、一人で居たいんだって。それでもあきらめ切れなくて、あなたが断る気力もないことを頼みに必死で繋ぎ止めて」
「……俺は、一人じゃない」
タマモは、笑った。そしてそれは、ただ、痛かった。
「その言葉。あなたには、重みにしかなってないんじゃない?」
「!?」
「傷ついた自分を助けてくれた。少なくとも助けようとしてくれている。それが、ヨコシマにとっての「仲間」なら、ただ鬱陶しいだけよね。ヨコシマはただ、傷ついていたいだけなんだから」
静寂。
分かっていたとはいえ、否定の言葉がかからないのは、悲しかった。
タマモは、一つため息をつく。
「……もう、いいじゃない。ここで私を殺して、それで終わりにしたら?」
本当にそうなってもいいと思った。
それが、あまりに甘美な空想であったことに、驚いたくらいだ。
ふと、思い出す。話を聞く条件。
「ねえ、ヨコシマ。約束よ。私が、あなたを殺してあげる。だから、あなたも私を殺しなさい」
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「本当は、殴ってでも分からせようと思った。ヨコシマは一人じゃないって。でも、それが嫌なんでしょ?だったら、いいわ。私が終わりにしてあげる。だからその前に、私を殺しなさい」
タマモが、笑う。不意に、彼女の体から、青白い光が上がる。
「……」
ゆらり
何かに憑かれたように、横島は立ち上がる。
そして、光に吸い寄せられるように、ゆっくりと、タマモに近寄っていった。
「そう。それでいいわ」
タマモが、嫉妬に、想いに、追われることに疲れていたように、彼もまた疲れていたのだろう。
彼の心に植えつけられたそれは、抵抗することさえ思い浮かばないほどに安らぎで満ちていた。
狂ったのは、ルシオラを失った彼でも、唯一の暖かさがまやかしだと知った彼女でもない。
どちらも、当に狂っていたのだ。
狂気にあてられたタマモは、いつの間にか、自分自身さえそれに飲まれていることに気がついていない。
いや、気がついていて、流されようとしているのか。
ゆらり
ゆらり
横島が近づいてくる。
タマモは、横島を抱きしめていた。
「……何時の間に、こんなに大きくなってたんだろ。手に入らないなら、いっそ。なんてね。馬鹿で、スケベな餓鬼だったくせに。光栄に思いなさい。世界一の美女と、心中できる男なんだから。……一緒に逝こう、なんて、ドラマの中の台詞だと思ってたけど、あんたとなら悪くないわ」
抱く手に力を込める。
一筋、涙が流れた。
青白い光は強さを増す。
「私を貫いて。返す手であなたも死ぬ。まだ不完全とはいえ、妖狐の呪縛。普段のヨコシマならともかく、いまのあなたには解けないわ」
目を瞑る。
―――衝撃。
「…………?」
抱きしめられていた。
「ヨコ……シマ?」
雨。暖かかった。
「……泣いてるの?」
横島は、答えなかった。
集中が解け、タマモの発光が収まる。
「ヨコシマ?」
意識は、ない。
ただ虚ろな目をしたまま、タマモを抱きしめ、泣いている。
ふらり
そのまま、前のめりに倒れこむ。
どさり
地に、押し倒される。
泣いていた。
冷たい雨の中、顔にかかる涙の暖かさが際立つ。
「ルシ……オラ」
雨の音だけが、強く響いていた。

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