ザ・グレート・展開予測ショー

あったかもしれないこんな話。


投稿者名:ライス
投稿日時:(04/ 9/ 9)



 さて。これはあくまでも仮定の話であり、実際はなかった話であったのかもしれない話である。つまりこうなるかも? を追求した話であり、実際の展開とは異なっている。それはそれで当然であり仮定の話であるから当たり前なのである。だから本当はなかったけどこういうのも良いじゃないか、と。それをあえて分かって書こうという話である。


 前置きが長くなった。話を始めよう。舞台は現代日本。時は世紀末としておこう。
 あの壮絶なるアシュタロスの一戦から数ヶ月。ルシオラは無事だった。
「ヨコシマ〜」
 アパートの前。ノックしながら女性特有の柔らかな声で横島を呼ぶ。
「ん、ルシオラかぁ〜?」
「鍵が閉まってて入れないの。中から開けてくれない?」
「う〜ん、朝っぱらからなんだよ……」
 彼はぶつくさ言いながら、ドアの鍵を開いた。
「おはよ、ヨコシマ」
「……!」
 彼女は朝日をバックに輝いていた。微笑む笑顔がいつになく綺麗だ。太陽のやさしい光が彼女の髪で弾けているよう。彼女のか細い体はしなやかに傾き、その瞳は自分の方を見ている。横島は思わず彼女に見惚れていた。
「どうしたの?」
「むっちゃ好きやぁぁぁ!?」
「きゃあっ!?」
 彼は本能の赴くままにいきなり彼女を抱きしめた。
「ちょっ、いきなり抱きしめないでよ…っ!」
「好きやぁ〜、絶対に放さんからなぁ〜っ!?」
 彼女は嫌がる素振りはしていたがまんざらでもないようである。
「やめてよ、もうヨコシマったら!」
「いやや〜、どこにも行かせへん〜!?」
「やめてったら!」
「ぎゃっ」
 肘打ちが横島の脳天に直撃した。ことのほか勢いが良かったようで衝撃はかなり重く、頭の上では星が煌き、ひよこが一匹二匹…と空を泳いでいた。
「びっくりするじゃないのよ? 抱きしめてくれるのは良いけど、時間と場をわきまえてよね?」
「じゃあ、おはようのキッスを…(メシャっ)」
 拳骨が顔にめり込んだ。横島は声を上げずのたうちまわっている。
「それもまた今度よ!」
 とは言いながらも彼女もなんとなく想像して顔を赤らめていた。相変わらず見てるこっちが赤面しようかというほどのベタベタぶりであるが、今日の目的はそうではないと彼女は自問していた。
「じゃあ、なんだっていうんだよ!?」
「あさごはん…」
 彼女は呟いた。
「えっ?」
「朝ごはん、作ってあげるって言ったじゃない…。忘れたの?」
「あっ…」
 それは何日か前のこと。
『ねぇ、カップラーメンばっかりで栄養偏らないの?』
『ん? あぁ。そうなんだけどな。給料がアレだし。これだと安いし、まぁ良いかなぁと思って』
『だめよ、そんなの! 若い頃からこんなのばっかり食べてちゃ後が怖いのよ? そうだ、私が作ってあげる』
『作るって、ルシオラ。お前が?』
『あら、何か不満でもあるの?』
『そうじゃなくて、料理作れたっけ?』
『心外ね、私だって作ろうと思えば作れるわよ』
『ほんとかぁ〜?』
『なによ? その顔は?』
『べぇ〜つにぃ〜?』
『疑るなら作ってあげるわよ、朝ごはんでも何でも! 見てらっしゃい…その美味しさに舌を巻かせてあげるから!』
 …という会話があった。砂糖水で事足りる彼女が作れるのかという点で横島にとって半信半疑であったのである。が、今ここに彼女はやって来ていた。よく見れば、白いビニール袋を両手持ちでぶら下げていた。
「あぁ、そういえばそうだったな……でも大丈夫なのか?」
「何がよ」
「いや、ただ作れるかどうかって事が、だよ」
「何よ、まだ信用してないわけ? 大丈夫、この日のために特訓してきたわ。おキヌちゃんとつきっきりでね!」
「特訓? ってお前、作ろうと思えば作れるって」
「え? あ、あぁ、それは言葉のあやよ、あ・や! そんな事よりも早速作ってあげるから着替えて待ってて。台所はどこ?」
「台所は玄関の横だけど」
「あ、そ。じゃあ、待ってて」
 そう言うと、ルシオラは横島を玄関口から追い出すと、手前にあったガラス戸をぴしゃりと閉めた。
「なんだか、体よく追い出されたような」
「フン、フン、フフン♪」
 戸の向こうで彼女の鼻歌が聞こえる。陽気で楽しそうではある。
「まぁ、まともなのが食えれば越した事はないか…な?」
 横島は周りを見渡した。部屋は布団が万年床になっている。ついでにエ○本が山積散乱してもいた。おまけにゴミも。洗濯物も中に干したっぱなしのがいくつか見受けられた。
「こりゃ、ルシオラが飯持ってくる前に整理しないとな」
 そう言って、彼は急いで着替えるとあっという間に応急の部屋整理を施した。要は押入れに全部押し込んだだけであるのが、ゴミだけはきちんと袋に入れてきちっと口を縛った。
「ふう」
 ゴミ袋一つ分が一杯になったくらいゴミを溜め込んでいたのにちと後悔しつつも。部屋は先程とは見違えるほどに綺麗になっていた。四畳半の畳が全部見えているのは久々なくらいだ。
「そういえば今日、ゴミの日だったな。出しに行ってくるか」
 彼はゴミ袋を持つと玄関へ向かおうとして、ガラス戸を開いた。目の前にはルシオラが立っていた。今日の服装はタイトなジーパンにYシャツという簡素ないでたち。その上にエプロンを付けていた。Yシャツの裾はジーパンの中に入れられており、おかげで体のラインがくっきりと分かる。細長い脚にくびれる腰、その上にすらりと伸びる背中。さらに白い肌のうなじが髪の毛に見え隠れしている。
 たんたんと包丁の鳴る音がする。時々、ばきっとかぐしゃっとかあり得ない音がするのだがあんまり気にしないようにした。と、その時。
「あっ」
(ひゅっ)
「へっ!?」
(かっ)
 何かが頭上を飛び交った。はらりと髪がほんの少し床に舞い落ちた。横島はそ〜っと自分の頭を上目遣いで見てみると、包丁がぶらぶら揺れながらとの縁に突き刺さっていた。
「るるるるるる……っ!?」
 驚きのあまりに舌が回っていない横島。
「ごめんなさいっ、大丈夫? 怪我はない?」
 こくこくと大きくせわしく首を縦に振る。どうやれば後方に包丁が飛んでくるのだろうか? 横島はそればかりを頭で考えながら、混乱していた。ほんとに彼女に任せて大丈夫なのか? いや、その前に包丁が飛んでくるってどういう事だろうか? でもルシオラは、彼女は朝ごはん作ってくれてるんだし。こうして俺の部屋で来てくれるんだし、断るに断れないっ……どーする? なんてことをごちゃごちゃと考えていると。
「ねぇったら!」
 目の前にルシオラがやってきていた。上目づかいで横島を方をじっと見ている。
「わぁっ!?」
「あっ、あぶないっ!」
 横島はそれに驚いて、飛びのいたが場所が悪かった。
(さくっ、ぶっしゅーーーーっ!)
「ぎゃーーーーっ!?」
 明け方のアパートの一室に鮮血が飛び散り横島の咆哮がこだました。
「ヨ、ヨコシマ!?」
「なんじゃ、こりゃ〜〜っ!?」
 ぶしーッと彼の頭から血が吹き出ている。鯨の潮吹きみたいにそれはもうぴゅうぴゅうと。
「血がッ、血がッ、血がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、ヨコシマっ!!」
「死ぬ、死ぬ、死ぬぅぅ〜っ!?」
「これくらい大丈夫よっ、いつもそうじゃないのよ!? だから安心して、ね?」
「こうなったらルシオラ押し倒して、この世に俺が存在した証明を……っ!!」
「何やるつもりよっ!?」
 かいしんのいちげき ヨコシマに ちめいしょうを あたえた!
 合掌…。
「えっ、ちょ、ちょっとヨコシマ!?」


   ♪


 匂いがした。これはどういう匂いだろう? 甘い匂い? 良い匂い? 花の匂いか? いいや、違う。
甘いような辛いような酸っぱいようなしょっぱいようなほろ苦いような…。よく分からない。とにかく匂いはした。そして腹が減った。
「んっ、うぅん……」
「ヨコシマ?」
 彼女の声が聞こえる。自分を呼ぶ声が彼の耳に入る。重いまぶたを徐々に開いていく。視点がおぼろげで焦点があっていないがそれも次第になおってくると、視界には天井と自分を見下ろしているルシオラの顔があった。
「おれは……?」
「大丈夫? 頭をぶつけて気絶してたのよ? まったくドジなんだから」
「ほっといてくれ、…っ! 痛ッ」
 起き上がった瞬間、頭に痛みを感じて手を押さえてみると包帯が巻かれている。
「…なんで包帯巻いてるんだ? おれ」
「え、あっ、それはその…、! 一応血が出たみたいだから、そう、そうよ!」
 なにかしどろもどろになってるルシオラ。何かを必死に隠そうとしてるようにも見えなくない。
「本当か?」
「本当よっ、疑うの?」
「いや、ならいいんだけど。なんかもっとひどい目にあったような気が」
(ぎくっ)
「そそそそんなことないわよ、それよりもほら! 朝ごはん出来たわよ!」
「声が上ずってるぞ…」
「もう、ヨコシマったら。私が隠し事してると思ってるわけ?」
 ずずいっとルシオラは彼の体に擦り寄ってきた。彼女の吐息が首に当たって、なんだか気分が変な感じに高まってくる。
「私がヨコシマに嘘ついたことがあるかしら?」
 おでこが当たりそうなほどに彼女は顔を近づけている。きめ細かい彼女の白い肌を目の前にして横島は胸が高鳴っていた。唇が目の前にある。すぐにでもキスが出来そうなくらいにそれは近い。そして彼女から香る甘い匂いに頭がくらくらする。これは彼女から発せられる色気だろうか、それともフェロモンだろうか。どっちでもいい。それに中てられていたかった。
「いや、そんな事は…」
 横島はルシオラの問いを適当に返した。もう我慢ならなかった。もう一気にこのまま。
「ルシオ…」
「そう♪ 良かったわ、じゃあ朝ごはん食べましょ?」
「だぁっ!?」
 ルシオラはにっこり微笑むとすぐに横島の体から離れてしまった。肩透かしを喰らった横島は畳の上に前かがみに倒れ落ちた。
「あら、なにやってるの?」
「いや。なんでも…」
「変なヨコシマ」
(ちくしょう、あと少しだったのに…)
「さぁ、食べましょう?」
 ルシオラは反対側に座り込むと、どこにあったのかわからなかった炊飯器の蓋を開いていた。湯気がぶわっと出ると白いご飯が現れる。それをしゃもじでかき回して、これも何処から持ってきたのかお茶碗によそってくれた。
「はい、どうぞ♪」
「ん、サンキュ。ところでルシオラ、そのエプロン…」
「あぁ、これ? おキヌちゃんに借りたの、似合ってる?」
 白いエプロンを肩にかけている。素っ気無いデザインであったが、なにか可愛らしくも見えた。
「道理で見たと思ったよ。うん、似合ってる」
「ありがと。はい、お味噌汁」
「おう」
「おかずも作ったわ。ほら、目玉焼きに野菜炒め……ヨコシマ?」
 見ると横島は涙ぐんでいた。
「いや、なんか嬉しくて…、それよりもまともなものが出てきてすっごく安心してる」
「もう。一言多いわよ。言ったでしょ? 作ろうと思えば作れるって」
「そうだなぁ…、じゃあ、ありがたくいただきますっ」
「はい、どうぞ」
 横島は箸と茶碗を持って目の前のおかずにがっついた。ルシオラも一緒に作った自分の分を手に取っている。
「ねぇ、ヨコシマ?」
「……」
「こうしてると、私たち……その」
「……」
「夫婦、みたいじゃない?」
「……ぉぃ」
「なんか恥ずかしい…っ、でも結婚したらこんな感じよね? 私が朝ごはん作ってヨコシマを起こしに行って。そこでキスなんかしちゃったりして…、きゃっ♪ 私ったら何考えてるのかしら? まだずっと先のことなのに」
「…おい」
「あら。どうしたの、ヨコシマ?」
「このご飯、どうやって炊いた? それにこの味噌汁も目玉焼きも野菜炒めも!」
「どうって普通によ?」
「じゃあ、なんてだってこんなに甘いんだよっっっっっ!?」
「……砂糖水で炊いたのが不味かったかしら?」
「うぉいっ」
「だってしょっぱいの苦手なんだもの…」
「だからって、何もかも甘くする必要ないだろっ!」
「…ヨコシマだったら食べてくれるかなぁと」
「おれだって、限度というものがあるわっ!」
「そう、そうよね……、ごめんなさい」
 しょげるルシオラ。それを見る横島もさすがに罪悪寒を感じたのか。
「でも、作っちゃったものは仕方ないよな、食べるよ。ルシオラが俺のために作ってくれたんだし」
「…ヨコシマっ!」 
 彼女は横島の顔を見てぱっと嬉しそうな顔をした。
「嘘でも嬉しいわ、ヨコシマ」
「おれが嘘言ったことあるか?」
「ないわ」
「だろ」
 二人は見つめ合うと笑った。朝日は二人を祝福するように光り輝いていた。今日また晴れそうだ。
「失敗しちゃったけど、たんと食べてね? 今度はヨコシマに美味しいの食べさせるように頑張るから」
「これだけ作れるんだ。きっと上手くなるさ」
「そうね」
「じゃあ、食べるか」
「えぇ。三合あるからどんどんおかわりしてね♪」
「あ、あぁ」(……おれ、死ぬかも)
 しかし、言うに及ばず彼女の笑顔に負けて全て平らげた横島。その後、一週間ほど下痢に悩まされたのは言うまでもなかった…。頑張れ、横島! 未来はきっと明るいぞ。きっと…、たぶん。



 了


 いかがだったろうか? これはあったかもしれない、なかったかもしれない物語。いわば仮定のお話。続こうと思えば続くし、続かなければ続かない。そんな都合の良いお話。そう、都合の良いお話だろう。
きっとそうに違いない。えぇ、そうに違いない。これを読んでくれた皆さんが喜んでいただけることを祈って、幕を下ろす事にしよう。では。


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