ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 07 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 9/ 8)




「ンギャギャギャギャ・・・またてめえらか・・・能無しのバカども、ンギャギャギャ・・・。」

 天井に貼り付いた屍蜘蛛を見上げながら、美神は表情を変えず声を掛けた。

「良く似た別の奴って訳じゃないみたいね・・・私の記憶じゃ、アンタはそんなにお喋りじゃなかった筈なんだけど?」

「ギャギャ、しょぼいザコ霊でもたらふく喰らえば力が貯まり知能も上がるのさ。あの時とは違う・・・だけどもっともっと喰って強くならなくちゃいけねえ。ここからさっさと逃げ出す為にな。」

「・・・逃げる?」

 美神は相手のその言葉に首を傾げた。自分が倒した時の屍蜘蛛は言葉なんか殆ど喋れなかったし、体だって一回り小さかった。この建物での暮らしが屍蜘蛛に力と知能を与えたのだろう。
 倒した筈の妖怪がこんな所で安穏と雑霊を捕食しているのも不可解な話だが、自分をそこまでパワーアップさせた餌喰い放題のこの場所を何故「逃げ出し」たがっているのか?

「どう言う事かしら?アンタにとっては結構楽園じゃない・・・知恵がついたら、自由が欲しくなったのかしら?」

「ンギャギャギャギャ・・・そうか!てめえは分かってねえ奴なんだな!?“奴ら”と一緒じゃねえんだな?コイツは意外だったぜ・・・グギャッ、ギャギャッ!・・・いいか、馬鹿ども、ここは楽園なんかじゃねえ・・・俺達を燃料代わりに使い捨てる、エンジンの中だ。」

 耳障りな声で笑いながらも屍蜘蛛の口調は余裕のない吐き捨てる様なものに変わっていた。

「この近くにおかしな装置があるだろ・・・あれが発動すればこの中にいる奴は残らず一度に霊力を吸い上げられる。人間の霊はそのまま成仏しちまうし、俺みてえな妖怪はパワーゼロ状態でそのまま土地に封印されちまう。」

「その“奴ら”ってのは何者よ?ここで何をしようとしているの?」

「ギャギャッ、知らねえよそんな事。“奴ら”が何か『内から呼び出す』『分離してすぐ押さえる』とかボソボソくっちゃべってんのを聞いたが俺にゃ訳分かんねえ。それに・・・そんな事はもうどうだって良いんだよ、馬鹿ども。」

 気配の変化を察し、美神とタマモは二手に分かれて飛び退く。次の瞬間、二人の立っていた場所に続け様に糸の束が突き刺さった。

「―――危ないっ!!」

 美神が顔を上げると屍蜘蛛の姿は宙にあり、彼女めがけて急降下している所だった。

「貴様を喰らえばァッ、段違いにパワーがつくぜええッ・・・ここから出られるほどにィィィ!!」

「あら?そんな事しなくたってアンタは出られるわよ?・・・この美神令子がアンタを極楽に逝かせてやるんだからねっ!!」

――――バシィィィッ!ドドドドドッ・・・!

 神通棍を構えた美神は上空の屍蜘蛛にそれを思い切り振り上げた。激しく打ち合う事数回、止めの突きで屍蜘蛛はあっけなく粉砕された。

「ふんっ、多少パワーアップした所で相手の格が元から違うっての。」

「そんな事より美神さん・・・あ、あれを見て・・・。」

「―――え?」

 タマモは呆然とした表情で部屋の一角を指差していた。美神がそこに目を向けると、タマモが焼き払った糸から解放された霊達がざわざわと騒いでいた――何だか先程よりもパワフルに見える。
 何事か気付いた様に美神は屍蜘蛛の倒れた場所に視線を戻した。前回はどこへともなく四散して行った霊気・・・部屋中の霊達が余す事なく吸収している。

「・・・ヤバい。」

 屍蜘蛛の力を取り入れた霊達は寄り集まって霊団となり、一斉に美神達の方へ注意を向けた――屍蜘蛛以上の強敵となる事は間違いない。
 美神が再び神通棍を構えた時、タマモの制止する声が飛んだ。

「ダメよ!そいつら倒したら、またその周りの奴らが・・・!」

 その周りを倒したら更にその周りへ・・・最後は館内全ての霊力を集めた化け物と戦う破目になる。美神は構えを解いてタマモに同意した。

「そうね・・・逃げた方が良さそうだわ。」

 二人は部屋の外へと駆け出す。廊下で白線の上に立つと霊団は目に見えない障壁で進行を阻まれ、しばらく二人の周囲をぐるぐる回っていたが、やがて去って行った。

「いなくなったわ・・・美神さん、次はどうする?」

「最上階の霊的装置を何としてでも見ておきたくなったわ・・・今の装備だけで上手く行くかどうか分からないけど、“あぶり出し”てみようと思う。シロも呼び戻して、上に行くわよ。」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「あっ・・・・・・。」

 昼からの暑く淀んだ空気の中を、肌に心地良い風が通り抜けた。おキヌは立ち止まる。下る坂道の先に見える街は赤く照らし出されていた。
 振り返ると坂の上、彼女の歩いて来た道に、赤く巨大な光球が覆い被さる様に沈み、溶けて行くのが見えた。

「夕陽、だ・・・。」

 光球は見る間に姿を消し、赤い空は青い闇へと変わり始めている。

「本当に・・・一瞬、なんだね。」

 意識せず口に出ていた―――誰から聞いた誰の言葉だったのかも思い出さぬ内に。



「やー、ワリィワリィ、結局ついさっきまでかかっちまったよ。」

 雑踏の中、待ちぼうけのおキヌにしつこく話し掛けていたスカウトマンを片手を振って(ガン飛ばしながら)追い払うと一文字魔理は気まずそうに笑った。

「思いの外しぶとい奴らでさ、今日中に片付けないと違約金取られるって所まで来ちまって社長も随分焦ってたし・・・とまあ、言い訳になっちまうけど。」

「ううん、ただ、何か事故とか心配だったから・・・一文字さんが無事で良かった。」

 誰かがそう言い出した訳でもないが、おキヌの留学が決まってから彼女の友人達は頻繁に彼女を遊びに誘うようになっていた。
 魔理や弓かおりも例外ではなかったが、大学へ進学せずシークレットサービス型のGS会社に就職した魔理、相変わらずの優等生ぶりに加え家の用事にも追われる様になっていた弓はそう頻繁にと言う訳にも行かなかった。

 ・・・彼女達が時間を取れない理由はそれだけでもないのだが。



「あーーーっ!ぷりくらだーーーっ!」

「わっ!?こ、こらっ、やめろって。」

 向こうでのおキヌの滞在先が決まったとの事で、電子手帳にその住所を記録しようとしていた魔理だったが、裏に貼り付けてあったタイガーとの2ショットを酔っ払ったおキヌに目ざとく発見され、取り上げられてしまった。

「ほら返せって。誰だよ!?氷室にこんなに飲ませた奴は!?」

「誰って、今日は一文字さんと私しかいませんよぅ。いーじゃないですかぁー、こんなにラブラブなんだからあ・・・あれ?この日付・・・もーーっ!あの日久し振りに弓さん来てたのに来なかったのは、こーゆー事だったんですねぇっ?」

「ばっ、バカ野郎っ。お前そう言うけどな、弓の奴だっていつも忙しい忙しい言ってるけど、実際その3分の1はあのチ・・・伊達さんと会ってんだぜ!?」

 焦りながら矛先を弓に向けようとする魔理。そんな彼女をじとーーっと見ていたおキヌだったが、急にテーブルの上に突っ伏してやがて呟き始めた。

「・・・・・・みんなシアワセなんだ・・・いーないーなー。」

「・・・氷室?」

 おキヌの変化に気付いた魔理が呼び掛けるも、返事はない。

「へんた・・・横島さんと何かあったのか?」

「・・・なんにもないですよう・・・。」

「何もないって・・・そう言う感じじゃねえだろ。」

「本当ですよう・・・本当に何も、何もないんです・・・横島さんなのに・・・どうしてなんでしょうね・・・。」

 魔理は横島についてあまり知らない。たまにおキヌから聞かされる彼の話も不快なエピソードが多いので半ば意図的に忘れ去っている。
 しかし、傍目で見る二人の姿に魔理は恋愛感情の絡まない「兄妹」の様なイメージを抱いていた。

「近くにいたのに、ずっといたのに・・・じゃなく、だからこそ、何でもなくなっちゃうんですか、何でもない私はこんな時にも何も出来ないんですか・・・?」

 恐らくはそこだ。横島も自分とおキヌとの間に「兄妹」のイメージを抱えている。魔理はそんな風におキヌの悩みについて考えを整理しようと試みる。
 その時、おキヌが再び口を開いた。

「でもね・・・本当に分からないのは横島さんの事じゃなくて、私自身の事なんです。『何もない、今まで通り』は私が望んでいた事じゃないんですか?だから横島さんの事より自分の事を優先した・・・引き止められるんじゃなく、見送ってもらえる、そんな絆を保つ為に。じゃあ、それが不満な私は一体何なんですか・・・?」

 テーブルの木目を眺め、呟きながらおキヌはぼんやりと思い返していた。横島の過去様々な姿、そして昨日見た震える姿。
 「今まで通り」の延長線上でみんなが離れて行く時、横島さんには「今まで通り」じゃない誰かが必要だったのかもしれない。夢に捕まらないように――「今まで通り」じゃなかった、失った“あの人”の夢に。
 だけど、そう思いつつ名乗りをあげられない自分がいる。彼を置いて行く事を予定付けている自分が。
 魔理はおキヌが突っ伏している間にグラス二つを店員に注文していた。グラスが届くとおキヌを促しながらようやく答え始める。

「何かややこしい感じだけど・・・誰だってそんなモンだろ?何か考えてる時、同時に全く逆の事も考えてたり。月並みなアイデアだけどさ、自分の心に何か納得行かねえ事がある時は、無茶苦茶でも良いからとにかく動いてみるんだよ。波風、立ててみるんだよ。そこで見えて来る答えってのもあるんじゃねーかな・・・と、思う。」

 おキヌは顔を上げる。目が合うと魔理はニッと笑った。

「まあ、もう一杯飲みな。話が見えねえから何がどうなってんのか詳しく聞かせてもらうぜ。その後で作戦会議だ。」

「・・・やっぱり、一文字さんが私に飲ませてるんじゃないですかあ・・・。」

「そーだな、アハハハ・・・。」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 ごく稀に長距離トラックと擦れ違うのを除けば、他に通る車も人もない深夜の一本道。その上を一台のBMWが静かに走り続けている。
 ハンドルを握っている一人は整った顔に金髪碧眼の少年――実際には“少年”でも“人”でもないが――。
 助手席にもう一人。助手席の男は影差す中、少し険しい目付きを運転席に向け、話し掛けていた。

「公用車が外車か・・・オカルトGメンって今そんなに予算貰ってんのか?」

「いやー、殆どアイテムや損害賠償で消えて行きますよ。・・・これは西条さんの自腹で。」

「そりゃ大変だ・・・まあ、アイツは金持ちだからいーのか。」

 気のない声で呟くと助手席の男は再び前を向いた。

「万が一、Gメンクビになっても食うには困んねえか・・・。」

「その前に、あれ程の人なら仕事に困らないでしょう。」

「お前も言う様になったじゃねえか、ピート。自分の上司がクビになるかもって話で。」

「――なっ!?ち、違いますよ、雪之丞!僕はただ、西条さんはGメンの枠を超えて内外に評価されてるって事を・・・。」

 クックッと笑っている助手席の雪之丞に助手席のピートは口を尖らせて反論した。

「まあその前にあいつは自分の尻尾を掴まれるヘマなんかしねえさ。いざとなったら全部俺らに被せて知らん顔だ。
しかし怖えーな。美神の大将が見合いなんかおっ始めて余裕ねえのかもしれんが、自分の恋敵を排除する為なら不正行為も危ない橋もOKか・・・。」

「いちいちそんなヒネクレた物の見方しなくても良いじゃないですか。西条さんだって横島さんの為に、出来るものならあの悲しい結末を覆してやりたいって思いがあったんですよ・・・きっと・・・たぶん・・・。
だからっ、リスクを承知で計画に適した物件を用意してくれたり、今までそれを目立たなくして来てくれたりしてたんじゃないですか。」

「でもピート、お前は反対してるんだろう?邪魔や口外はしねえが、協力も出来ねえ。・・・秘密厳守の約束だって部下の心情優先だ。」

 再び雪之丞がピートに顔を向けた。しばしの沈黙の後、ピートが静かに答える。

「ええ。・・・だって、何度も繰り返し言って来ましたが、この計画は横島さんにとって危険過ぎます・・・余りにも。」

「・・・まあな。でも、全てが上手く行くかも知れねえだろ?奴も“ヤバいと思ったら中止する”と言っている。それに・・・奴がそう決めた事だ。
法に触れるって意味でも自分の霊体にって意味でも危ねえ事を分かった上でな。もし、俺が奴だったらやっぱりやるだろうよ・・・
だから、俺達が奴の為にしてやれんのは手伝う事と、無茶やらねえ様見張る事ぐらいだ。」

 ピートは横目でちらと雪之丞を見て再び前を向く。
 大きいカーブを通過した直後、彼は不意に雪之丞へ問い掛けた。

「雪之丞だったらと言うのは・・・“誰を”思い浮かべての話です?」

「――何だと?」

「君の場合、二人思い付きます。どちらも君にとって大事な人です。そして・・・そのどちらを言っているのだとしても君は実際にはやらないと思います。
それをやる事はもう片方、あるいは両方の雪之丞への想いを無視してしまう事になるのですから。これは僕が反対しているもう一つの理由・・・横島さんの考えは自分勝手でもあるんです。」

「チッ、小難しく話すなよ・・・要するに、ママと弓、どっちも軽くねえって事だろ?それでも横島に“もう片方”なんてモンはねえ訳だろが。あの時と違って世界は滅ばねえぞ?」

 その後、ピートからの返事はなかった。彼は雪之丞のその言葉には同意せざるを得ないでいた。―――横島に“もう片方”はなかった。今まではないままでいられた・・・そして、いられなくなった。
 その空白が意味を持ち始めてしまった・・・少年から大人になる事で。

 道の先、木々の上から廃ホテルの姿が闇の中にぼんやりと浮かび始めていた。



 建物前のスペースに車を乗り入れると大柄な人影が一つ、ぽつんと立っているのが見えた。タイガーは今日は来ない筈だし、その影はタイガーにしては細身であった。

「遅いぞお前ら。ワシャ随分待たされたわ。・・・横島の小僧はとっくに来て、もう始めとる。」

 先に車から降りた雪之丞が影に向かって声を掛けた。

「始めたっつー事は・・・妙神山で聞いて来たんだな?ドクター・カオス。」

「おうよ。お前らの見立て通りチョーチョ娘がバッチリ知っとったわ。」

 次に降りたピートがカオスに尋ねる。

「お久し振りです、ドクター・カオス。・・・あなたが妙神山へ一体何をしに?」

「ん?ああ・・・猿めがネットゲームやりたいとか駄々こねて小竜姫を困らせとってな。妙神山に回線通してやったんじゃ。
科学とオカルトの融合した錬金術がないとあそこへは引けんのじゃよ。あと、契約とか出来ないからちょいとばかし・・・な?」

「そのついででパピリオに・・・?」

「おうとも。ワシも面白半分で引き受けたとは言え、乗りかかった船じゃからな。決め手の記号が分からなくて頓挫など口惜しくて堪らんわ。
チョーチョ娘はこの計画の話を聞いて小躍りしとったぞ。喜んで教えてくれたわ・・・勿論、小竜姫にはバレないようにな。」

「確かに小竜姫もクソ真面目だからな・・・即座に知られるのは避けたいけど、横島の説は度が過ぎてるぜ・・・テンパリ過ぎて世界全部が敵に見え始めてんじゃねえのか?」

「冗談で片付けられない冗談は止めて下さい、雪之丞・・・」

「何はともあれ行くぞ。小僧は上で小召喚陣での性能実験に入っとる。知識欲と好奇心に乏しいお前らでも知りたいじゃろう?・・・自分達の計画が本当に可能なものかどうか。」



 照明もない建物内部にうっすらと赤い光が差している。光源は至る所に書いてある方術や魔術の呪文、記号、線図などであった。
 その中を話し込みながら歩く三人。

「・・・じゃあ、『治癒待機』『急性霊体不足対応』はともかくとして肝心の『崩壊阻止固定』については何の保障も出来ねえままだって言う訳か。」

「ああ。“理論上は可能・・・な筈”と言うだけの事じゃからな。何せ実例がない・・・どこの世界に“魔族と霊基構造レベルで融合している人間からその魔族を取り出す”などと言う実例があると思っとるんじゃ?」

「じゃあ、今回解決するのは、あくまでも『魔界外からの召喚』についてだけなんですね?」

「だけと言っても今それが人間界で出来ると言うのは凄い事なんじゃぞ・・・今、人間界で中級以上の魔族の召喚を行なうのは事実上不可能な筈なんじゃからな。」

「その話は何度も聞いたぜ・・・召喚に必要な七大魔神の記号配置しても当の魔神が一体欠けてるから作動しねえんだろ?」

「ああ・・・小僧がアシュタロスに止めを刺した者として便宜上の魔神として認識できる場合があると言う事、また“彼女達”がそれによって小僧の所属として認識出来、召喚出来る可能性があると言う事・・・アシュタロスの記号を記すポジションに小僧の名前と血液を置く事で・・・」

「でも『崩壊阻止』こそが一番重要なんじゃねえか・・・分離だけならジークの所にいるあの土偶でも出来るんだろ?」

「分離ではないぞ・・・小僧の霊体から、小僧自身の名前の下に小僧の身体を媒介に“召喚”するのじゃ。」

「だからそれはどう違うんだよ?それが『崩壊阻止』にどう・・・」

「しいっ!・・・横島さんの声が聞こえます・・・。呪文を詠唱しているみたいですね・・・。」

 三人がホールに足を踏み入れると、すぐ前に横島が立っていた。
 三人に気付く事なく、目の前の足元に意識を集中している。その床は眩い光を放ち彼の全身から放たれる霊波と繋がっていた。

「・・・小僧、その分じゃ、呼び出せはしたようじゃの。」

 カオスが近付いて声を掛けると横島はようやく振り返る。

「ああ・・・来てたのか。小さい装置だからこれだけだけど・・・ほら、見てくれよ・・・アイツだよ・・・アイツがここに・・・・・・。」

 小召喚陣の上に何かが浮かんでいる――三人にはそれが羽を広げて飛ぶ蛍だとすぐに分かった。
 そして発光する直径30cm程の円の中央には前は記されてなかった魔術記号―今まで分からなかった“彼女”の記号―が大きく記されている。目の前の光景は、この召喚装置で横島の霊体から“彼女”を召喚する事が可能であると実証された事を意味していた。

 横島は少し顔を上げ、目の前に広がる直径数mの召喚陣を見つめる。彼らの前で大召喚陣は隠される事なく、複雑に絡み合った線や文字を赤く光らせて浮かび上がっていた。

「もうすぐだぞ・・・また、逢える・・・・・・」

 目の前の蛍、そして向こうの大魔法陣を見つめながら横島はうわ言の様に呟き、心の中にあり続けたその名前を口にした。 
 





・・・・・・・・・・・・ルシオラ。






 光芒に包まれながら両手を翳し続ける横島。不意に雪之丞はピートに声を掛けた。

「・・・・・・なあ、ピート。」

 ピートは振り向かずに、横島を見つめたまま返事する。

「・・・何ですか。」

「奴は言った・・・約束した・・・“誰かに危害を加える事、自分の命を粗末にする事はしない”と・・・
もし、計画の土壇場・・・あの女を召喚している最中に、そうしなくちゃ続けられなくなった時・・・
奴は、その約束を守ると思うか?」

 ピートは顔を伏せ、黙って首を横に振った。

「・・・・・・そうか。」

 雪之丞はそれだけ言うと、やはり沈黙した。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



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