ザ・グレート・展開予測ショー

雨(8)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 9/ 6)

21
「おい、本当に大丈夫なのか?」
声。
怖かった。
目の前にいる彼が。
そして、それほどの傷をただひたすらに隠し続ける彼が、たまらなく悲しかった。
怖かった。
それに触れることで、自分が拒絶されることが。
そして、何よりそれが怖いと思うほど、彼に惹かれている自分が。
その傷が、彼の暖かさを作っているのか。それとも彼の暖かさが、その傷を生み出したのか。
自分が何も知らないことが、たまらなく怖かった。
「おい……」
「大丈夫?それは、こっちの台詞よ!」
また、叫んでいた。
恐怖を、振り払うように。
彼がどうしてこんなにも深い傷を負ったのか、それは分からない。
だが。
少なくともその傷を、無遠慮に触れ続け化膿させ、そこから流れる血を啜っていたのは。
だれでもない。自分達だった。
彼の傷は、心を腐らせ、膿みきって、もはや壊死寸前。
いや、当に死んでいるのかもしれなかった。
「なんで、誰にも言わなかったの!?どうして、こんなに成るまで放っておいたのよ!?」
叫ぶ。
放たれる声と共に、降りしきる雨と共に、自分の罪と、いまなお成長していく彼への想いが―――。
流れていってしまえばいいのに。そう思った。
暗闇の中、雨は地に流れ落ち、また新しき雫がその後を追う。
そこに切れ目など、在りはしなかった。
22
「……落ち着いた、みたいだな」
「……ええ」
「それじゃ……寝るか」
昨日と同じ言葉。あれからまだ一日しかたっていないことに気がつき、驚く。
何も聞かず、何も、言わない。
ただ、彼がこの話を早く終わらせたいと思っていることは明らかだった。
昨日なら。
昨日なら、彼の暖かさに包み込まれ安らぎを得ることも出来たのだろう。
その暖かさが流れ落ちる彼の血液であることを知らなかった、昨日なら。
「ふざけないで!!」
止まらない。
拒絶。出来ないから。
彼が再び自分に向けたとき、その暖かさを拒否できないから。
いっそ、嫌ってくれればいい。
それは、たまらなく怖いことだけれど。
「あんた、自分をなんだと思ってるのよ!!」
これ以上彼を傷つけたくない。
それ以上に。
「たとえそれでもいいから安らぎが欲しい」。そう思う自分を否定してしまいたかった。
自分が、やっと見つけた暖かさ。
過去に追われ、今を捨て、先は判らず。
それでも自分と共にいてくれる者。
初めて出会った「やさしさ」。
それが、彼にとって苦痛だと知りながら、なおすがりたいと思う自分の浅ましさ。
「答えて。あなたは何?そしてあなたにとって私って、何?」
23
横島は戸惑っていた。
これほどまでに強い感情を見せるタマモを、見たことがなかったからだ。
「なにって……。仲間だろ?」
「違うっ!仲間なら、どうしてそんなに平気で騙せるの?」
「騙す?一体何の……」
「あんたは守りたいわけでも、ここに居たいわけでもない。自分を「殺したい」だけじゃない!!」
「……」
違う。言えなかった。
それは、自分が常に何より否定しながら、何よりも強く心の内にあったものだから。
「私のそばにいれば、私を狙う誰かが、ついでにあなたも殺してくれる。それが、あなたの望み……違う?」
タマモの声。
否定して欲しいのは分かっていた。
だが。
「……」
声が、出なかった。
「……なにも、言わないのね」
「……」
「タマモ」
「……何」
「お前は、俺の仲間で、守るべき者の一つだ」
これだけ言うのが、精一杯だった。
「確かに危なく見えるかもしれないが、あれが俺の戦い方だ。死ぬつもりは、ない」
「……死ぬつもりはない。でも、死にたい、でしょ」
「……違う」
「そうかしら。ならなんで、さっきそう言えなかったの?……いいわ。もう一度、言ってみて。「自分は死にたくないし、死ぬつもりなんかさらさらない」って」
「……」
「……言えるわけ、ないわよね。だって、とっくに気がついてるんでしょ?自分はどうしたいのか、どうして、文殊が発動しないのか―――」
「……だったら、なんだってんだよっ!!」
24
びくり
怖い。
怖い。
怖い。
彼が。ではない。彼に拒絶されることが、怖い。
どうして言ってしまったんだろう。
口に出しさえしなければ、このまま、まやかしでも暖かいままでいられたというのに。
ずきり
その想像が、胸を打つ。
ああ、そうか。
自分は、まやかしでは耐えられなくなっていたんだ。
暖かいだけでよかったのに、何時の間にか、本物が欲しくなって……。
こうして彼の傷をえぐる自分だって、見ぬ振りをして血を啜るのと、同じくらい醜いではないか。
もう、やめよう。
勘違いということにして謝れば、きっと彼はまた「偽りの」笑みを向けてくれる。
「「あの」文殊が発動したとき、あなたの心が流れ込んできたわ。あれはもう、人が持つようなものじゃない。堕ちた天使や、禍つ神が持つような、すさまじい「狂気」。あんな者を抱えて、よく人でいられるものね」
そんなことに、耐えられるわけが、無かった。
「……もう、いい」
「いい?良くないわ。死ぬために私を守る人間に、どうして私が任せられるの?そんなやつに守られるくらいなら……」
「死んだほうが、マシか?」
「……」
「お前は殺させない。俺は死なない。お前は俺が守る。それで、いいだろう。どこに問題がある?例え俺が俺をどう思ってようと……」
「よくないから、言ってるんじゃない!!」
「!?」
「答えなさいよ。あんたがそんなになったのは何のせい?ねえ、「三年前」に、一体何が起こったのよ?だれも、何も言わないのは、なんで?……答えなさいよっ!!」
25
静寂。
立ち上がりこぶしを握り締める少女。
岩に腰掛け、うつむく青年。
森の中。
雨。
静寂。
青年が、少し口の端をゆがめた。
「ああ、分かったよ。答えてやる。それも、簡単明瞭に、だ。「俺は自分の未熟さのせいで恋人を殺した、本来なら死ぬのは俺だったにも拘らず。そして、奇跡的に与えられた復活の機会を、俺自身の手で、意思で握りつぶした」これだけだ。簡単だろう?なあ、これで満足か?これが、聞きたかったのかよ」
息を飲む。
彼の声は、冷たかった。
初めて聞いた気がする。
彼の放つ、これほどまでに冷たい声を。
「……死にたいなんて、思うわけ無いだろう。「死ねない」んだ。俺はルシオラの命で生きているから。それに「死ぬことで助けられることの辛さを、知っているから」。なあ、もういいか?この話は、終わりにしよう」
「……はいそうですかと、私が聞くと思う?」
「これ以上、何を話せって言うんだよ?」
「いいから、続けなさい。「死ねない」って言うなら、話が終わったら、私が「殺して」あげるから!」
怒りと、嫉妬で、目の前が真っ赤になっていた。
ルシオラ。
彼が愛した、彼が見つめた、彼が微笑んだ、彼が触れた、彼が傍にいたいと思った、彼が―――。
彼が殺した、女性。
何よりもそのことにタマモは、とてつもない嫉妬を覚えていた。

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