ザ・グレート・展開予測ショー

核弾頭と呪いの女王(後編)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 9/ 3)

 そうして冥子が結界の展開にもたついている間に、エミとタイガーは既に屋敷に忍び込んでいた。
「何か人気がありませんノー、この屋敷」
「陽動と人払いの結界で、屋敷には組長一人になるように仕向けといたからね。伊達に何週間も掛けてたワケじゃないのよ」
 広範囲な知識と大仰な儀式の実行を必要とする呪術を扱うエミは、ゴーストスイーパーの中でもマメな方だ。勿論、GSとは常に死地に飛び込む仕事なのだから、どこのスイーパーでも事前の綿密なリサーチや準備を行うのは当然な訳だが、彼女のそれは拘りを感じさせる程に気合いが入っていた。
「冥子達が屋敷の中に入れたのは、あの鬼道とか言う陰陽師が私の張った結界を破ったからでしょうね……。ちっ、面倒臭いのがくっついてるわねッ」
「どうするんですかいノー」
「仕方が無い。私が組長さんに近付くまでの間、鬼道の精神にも干渉して私の姿を隠して欲しいワケ。能力の制御は私に任せて、全力で行きなさい」
 そう言うと、エミは笛を取り出した。自身の強力過ぎるテレパシー能力を制御しきれないタイガーを、彼女はこの笛の音でサポートするのだ。
「で、でも、二種類の幻覚を同時に見せて、しかもそれで騙しきるなんて……」
「大丈夫。鬼道の分は、ほんの一瞬、奴の注意を逸らせれば充分だから。それに、スイーパーなんてのは、慣れない術には脆いもんなワケ。おたくのポテンシャルなら、あいつ等だって問題じゃ無い」
 そう弟子を励ますと、エミは自分も霊気を集中させる。
「行くよ!」
「応!」
「虎よ、虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃えて。そも、如何なる不死の手、はたは眼の造りしか、汝が由々しき均整を!」
 笛を構えたエミが呪文を唱え始めると、タイガーも集中し始める。
 そして……
「我が命により封印を開き、再び目覚めるが良い! 虎よ、虎よ!」

ピルルルルルルルルルルッ!

 鳴り始めた笛の音に乗せて、身を潜めていたタイガーは、冥子と政樹に精神波をぶつけた。




「わ〜〜、うさぎさんだわ〜〜」
「え……?」
 政樹は、不意にあらぬ事を言い出した冥子に驚いた。
 彼女の視線の先を追ってみても、いや、この部屋のどこにも兎など陰も存在しない。しかし彼女は、その存在しない筈の兎を追い掛けて、トテトテと部屋の中を走っているのである。
 まあ、自分などとは比べものにならない霊力を誇る冥子だ。殆ど消滅し掛けたような弱い霊体でもが見えているのかも知れないと考えた政樹だったが、数瞬の後にはそれが間違いだったと悟る。
 彼の視界が、突然に失われたのだ。
「――なっ……!?」
 自分の瞳に何もが映らない暗闇の中で、政樹は混乱に陥った。
 そして数秒の後、暗転した彼の視界が再び光に照らされた時には、目の前で組長が見覚えのある色黒の女にナイフを突き付けられていた。
「何を――」
「フリーズ!」
「……!」
 動こうとした政樹を、女が制した。
 彼女の握るナイフが、組長の首筋に紅い線を引く。
「動かないで……。少しでも動いたら、このナイフが組長さんの頸動脈を切り裂くわよ?」
 女が、冷たく言い放つ。その言の葉には、確実に殺意の魂が含まれていた。
 そこで漸く、政樹は彼女の顔に見覚えがある事に気付く。
「あんたは……、小笠原エミ……?」
「あら、覚えててくれたワケ? 挨拶した覚えは無いんだけどね」
 小笠原エミ。冥子の友人だと言う彼女は、業界でも有名な呪い屋だ。そして彼女が……疑いも無く、今回の“敵”だったらしい。
 冥子はと言うと、相変わらず政樹には見えない何かを追い掛けている。
「……冥子はんに、何をしなはったんや」
 心持ち低い声で、政樹はエミに尋ねた。動揺を、必死に鎮めようとしながら。
「夢を見てもらってるだけよ。まあ、いざとなったら貴方より先に私が飛び掛かれる位置で、だけどね?」
「くっ……!」
 不覚。
 自らの油断に腹が立つ。業界最高の実力を持つあの美神令子でさえ、冥子と組むと任務失敗に終わる。政樹もまた、冥子のペースに巻き込まれていたと言う事か。
 部屋の外では、野太い男の咆吼が木霊している。
「ち……、冥子はんに幻を見せてるのは、あんたのお弟子さんかいな。一文字の彼氏――確かテレパスなんやったっけか」
「分かってるなら、話が早いワケ。人払いの結界を破ってこの屋敷に入り込んだのは流石だったけど、残念ながら準備が足らなかったようね」
「……」
 政樹は唇を噛む。
 全く、エミの言う通りだった。電話で仕事の依頼を受けた冥子に付き添って、この屋敷に初めてやってきたのが、つい先刻。こちらとしては、顔合わせと事情聴取くらいのつもりだったのだ。
 来た途端にタイミング良く敵と遭遇するなんて、そんな偶然、全くではないが想定していなかった。こちらの準備も整わない内に、全く運命の神様は嫌らしい程に気が利いている。



「さぁて、組長さん?」
 為す術も無く黙り込んだ政樹を一瞥すると、エミは自ら羽交い締めにしている組長に、冷たい声で宣告した。
「私の要求は分かってるわね? このまま殺されたくなかったら、とっとと自首して欲しいワケ」
「……!」
 最早、完全にエミに生殺与奪を握られた組長だが、しかし彼は地獄組の組長よりは少しだけ肝が据わっているようだった。
「極道を舐めんなや、小娘……。その程度の脅しに乗る思たら――」
「脅しぃ?」

プツ……

 組長の首にナイフが食い込み、鮮血が珠となって滴り落ちた。
「私は本気よ……」
「ぐ……!」
 殺される。
 組長は、本気でそう思った。
 闇に生きる者としての本能で悟った。間違い無い、これは――この女は人殺しだ。これまでの人生で、殺人を経験してきている。しかも、自分の勘が正しければ、それはきっと一度や二度じゃない……。
 目的の為なら、人殺しなど厭わぬ者の空気だ。
 大勢の団員を纏め、数々の修羅場を潜ってきた組長も、今度こそは万事休すかと観念しかけた。
 しかし彼は、恐怖の中に最後に残った強烈なプライドで、なお数分間も持ち堪えた。
 ――幻覚を見ている冥子以外は誰も動かず、息の詰まるような時間がゆっくりと経過した……。



ドサッ

 沈黙を破ったのは、部屋の外から聞こえてきた物音だった。
 何かが落ちたような音――それは、冥子にテレパシーを発し続けているタイガーが膝を着く音だった。
「ぐ……あ……、エミさん……っ」
「タイガー! 大丈夫!?」
 組長や政樹から注意を逸らさないようにしたまま、しかし微かに動揺を滲ませてエミは叫んだ。
「ふ、笛を……! わっしはもう……!」
「落ち着け、タイガー! もう少しなワケっ」
 タイガーの精神感応能力は、強力な分、制御が難しい。限界を超えると、理性が吹き飛び内なる野獣が目覚めてしまう。
 エミの奏でる笛でのサポートは、最初の数秒だけに限られた。それから十分近く、タイガーは間断無く冥子に幻を見せ続けているのだ。
 限界は近い。
「タイガー!」
「ぐぉっ……!」
 タイガーが、脂汗を垂らして肘を着いた。
 しかし、恩人でもある雇い主の命令に飽くまで忠実なこのアシスタントは、理性が吹き飛ぶ寸前までも、冥子にテレパシーを送るのを止めなかった。
 そして、真っ白になっていく頭でタイガーが冥子の頭に送ったのは――

 彼の育った、草深いジャングルの光景だった。





「……ふぇ――」
 突然、立ち止まった冥子が涙眼になった。
「え!?」
 エミと政樹が、青ざめた顔で同時に振り向く。
「〜〜〜〜〜……………っ!」
 冥子の頭の中では、ジャングルに棲む邪精霊達が彼女目掛けて襲い掛かってきていた。
 そののんびりとした童顔が、恐怖に歪む。

 起爆装置は、作動してしまった。

「ちょっ……、タイガー!?」
「冥子はん、落ち着いて……!」
 血相を変えて叫ぶ二人に付いていけない組長が吹き出しの中に疑問符を浮かべる中、冥子の双眸から大粒の涙が溢れ出す。

 導火線は、燃え尽きた。



「ふえぇぇえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっっ!」




ドガガガガ!








 そして。
 爆弾娘の炸裂したその後には、当然の如く廃墟しか残らなかった。


「は……はは……。儂の屋敷が……」
 瓦礫の山に呆然とし立ち尽くす組長さんは、暫く戻って来れないだろう。
「やっちまったな……。大丈夫かい、にーちゃん」
「はっ!? わ、わっしはまたやってしまった……!?」
「いやいや、気に病むな。あんさんの所為じゃおまへんで」
 結局(冥子の)仕事は失敗に終わり、六道女史からお叱りを受ける羽目になるであろう政樹は、よろよろと立ち上がったタイガーに肩を貸した。
 結局、冥子の『ぷっつん』を発動させてしまった。これで彼の今月の給料は、半額以下に天引きされるかも知れない。政樹は、暫しの間カップラーメンで生きていく覚悟を決めた。
「ふえ〜〜ん、エミちゃぁ〜〜ん。冥子、恐かったの〜〜」
「あのね……」
 そして、その惨状を現出した張本人は、(彼女の中では)何故か側に居た友人の胸に飛び込んで泣いた。
「だってだって、兎さんを追い掛けてたら、いきなりジャングルにテレポートしちゃって〜〜」
 涙を拭いながら、可愛らしく友人を見上げる冥子。
「……」
 普段なら、そんな動作はエミの神経を逆撫でするだけの効用しか無かったが……、清々しいまでの失敗(警察としては、エミには飽くまで秘密裏に脅迫してもらいたかったが、暴力団の組長宅が全壊したとなるとマスコミも黙ってはいないだろう。尤も、六道家からの圧力が掛かるだろうから、エミや冥子、エミの依頼人である警察の名前が出る事は無いだろうが)を前にして彼女の中に生じた達観にも似た諦観が、それを冷静に見つめる余裕を作った。
 ――冥子は、好きでゴーストスイーパーをしているワケではないのだ。
 それは薄々分かっていたが、到底エミの共感出来るものではなかった。呑気過ぎる彼女の性格は、エミの肌には合わないものだったし、それは矢張り、人間の中に当然に巣くっている上流階級への妬心と反発心からきたものだったのだろう。
 しかし、どうやらそれは間違った認識だったらしい。

 ――この子は、私と同じだ……。

 街で女一人生きていく為に、才能を売るしかなかったエミ。
 家に縛られ、否応無しにスイーパーの道を歩まされた冥子。

 唯一つ違うのは。
 自分の仕事と才能に誇りと生き甲斐を持てたエミに対し、冥子はそれを持つ事が出来なかった。
 それだけ。
 たったそれだけの事が、これ程までに――。
「ふえっ……、ふえっ……」
「……」
 しかし、エミが冥子に抱く感情は、憐憫でも同情でも無い。
 ただ――



 そっと、胸の中にある冥子の頭を撫でる。
 優しく。
「やれやれ……」
 冥子が泣き止み落ち着きを取り戻すまで、エミは彼女をずっと抱き締めてやった……







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