ザ・グレート・展開予測ショー

核弾頭と呪いの女王(前編)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 9/ 3)

 ある日の昼下がり、小笠原エミは自らの事務所に仕事の依頼人を迎えていた。
 小笠原エミ。個人でゴーストスイーパーオフィスを営む若手女流GSだが、除霊をよりも専ら黒魔術を得意とし、呪術師としては業界随一の実力を誇っている。
 そんな彼女に今回仕事を持ち込んできたのは、警視庁に身を置く某警視。現在、全国を上げて実施されている暴力団撲滅運動の網の目をかい潜り未だに元気なとある暴力団に、呪いを掛けて脅しつけようと言うのだ。
「……他の署は、次々と結果を上げている。我々だけもたついている訳にはいかんのだよ」
「それで、呪い屋に依頼すると言う裏技に出るワケですか……」
「何か、意見でも……?」
「いえ、何もございませんわ。私は、依頼された自分の仕事を果たすのみです」
「……」
 課の中では出世コースに乗っている方である警視だが、警察と言う組織の中でここまでのし上がるのには大変な労力を必要とした。
 今、そんな彼の目に映っているのは、まだ二十台も前半の褐色の美女。こんな小娘が、仕事を依頼しにきてやった自分を揶揄している。
 当然の如く彼の中に芽生えた不快感が、彼に余計な事を言わしめた。
「違法な呪い屋など、我々は簡単に潰す事が出来る……。君の為にも、上手く行く事を願ってるよ」
「おや、これは異な事を。超常犯罪を取り締まるのは、オカルトGメンの仕事の筈でしょう? それとも貴方に、その知識がおありですか」
「ぐ……」
 が、結局は恥の上塗りとなってしまったようだ。
 勿論、警察の人間がオカルトGメン――I.C.P.O.超常犯罪課――に対して良い感情を抱いていない事を知っているからこそのエミの嫌味である。
「と、兎に角、頼んだぞ。絶対に、失敗は許されないからな」
 彼が取れる行動は、エミの気を損ねない程度にお茶を濁して、そそくさとその場を立ち去る事くらいしか無かった。



「ふふん、小物め。課の出世頭が聞いて呆れるわ」
 事務所を離れる警視の姿を二階の窓から見下ろし、エミは目を細めて鼻で笑う。
「まあ、何にしても私は仕事をするだけなワケ。奈落組……ね。えーと、組長宅の住所は、と……」
 そう言って、エミはタ○ンページを開いた。





【核弾頭と呪いの女王】





 それから数週間。エミは、泥梨会系暴力団『奈落組』の幹部組員達に呪いを掛け、次々と病に倒した。
 そして、この日。いよいよ組長に自首するようにと脅しを掛けるべく、エミは組長宅の近くまでやってきていた。



フッ

 奈落組の組長宅近くの空き地に停められたワゴンの中。
「! これは――」
 霊衣を纏い呪術師の粧を施したエミは、儀式の途中で不意に顔を上げた。
 髑髏の香炉で焚いていた炎が突然に消え、黒い煙が昇ったのだ。
 その頬に一筋の傷が生じ、赤い血が垂れる。
「呪詛返し……!」
 呪いの類と言うのは、失敗したり若しくは誰かに防がれたりすると、掛けた呪いが自分に返ってくる諸刃の剣だ。それが強力な術であればある程、還された時のリスクのも大きい。
 どうやら、誰かがエミの術を弾き還したようである。
 とは言っても、日本国内においては最高の呪術師であるエミの呪いを弾き還すなど、誰にでも出来る事ではない。この場合、普通に考えて還したのはターゲットである奈落組の組長に雇われたゴーストスイーパーだと推測されるが、並みのスイーパーではそんな事は不可能だ。
「私の呪いを防げる程の実力を持っていて、尚かつヤクザのボディーガードなんて仕事を請け負うスイーパーと言えば……」
 エミには、そんなスイーパーに一人だけ心当たりがあった。いや、彼女の中では最早その一人だけしか思い付かないと言うべきか――。
「令子の奴ね! 面白いじゃない、今度こそ再起不能にしてやるワケっ」
 日本最高のゴーストスイーパーと呼ばれる美神令子こそは、自他共に認めるエミのライバルであり、呪い屋とそれを防ぐGSとして、これまで何度と無く刃を合わせてきた相手である。
 今回は彼女との考えていなかった為、準備は万端とは言えないが、令子が出てきた以上、エミも意地に掛けて引く事は出来ない。
「令子が相手と分かったら、もう手加減は無用ね! 見てらっしゃい、組長さん。脳天禿げるまで追い詰めてあげるワケ」
 頬の血を拭い、エミは拳を叩いて気合いを入れた。
 ……と、そこに、顔に入れ墨を施した男が、優に二メートルはあろうかと言うその巨躯を縮ませ、ワゴンに入ってきた。
「エミさん」
「タイガー。どうだった?」
 彼の名は、タイガー虎吉。こう見えて、強力なテレパシストだ。エミの助手を務める、スイーパーの卵である。掛けた呪いの効果を確かめる為に、エミが組長宅の偵察に行かせていたのだった。
「それが、ターゲットがスイーパーを雇ったらしく、エミさんの術が防がれしまってるんですジャ」
「分かってるわ、令子ね。こうなったら……」
「いや、違うんです」
「え?」
「ターゲットに雇われてるのは、美神さんじゃないんですジャー」
「令子じゃ……ない?」
 意外な答えだった。エミとしては、肩透かしを喰らったような感じである。しかし、エミの呪いを防ぐとなるとただ者ではない。この仕事を完遂するには、どの道そいつを出し抜かなければならないのだ。
「で、どこのどいつなワケ。その雇われたスイーパーってのは」
 しかし、タイガーの口から出たその名は、エミの全く想定外のものであった。
「冥子さん……ですケン」
「……め……」
 エミの顔が、一瞬固まる。
「冥子ですってぇええ〜〜〜〜!?」
 数拍遅れて、辺りにエミの絶叫が響き渡った。




 同じ頃、組長宅のリビング。
「わ〜、凄いわね、まーくん〜。呪いがすっかり消えちゃったわよ〜〜」
「こ、これで儂は助かったんでしょうか!」
「何の、まだ油断は出来まへんで……」
 今、リビングに居るのは、エミのターゲットである組長と、彼にボディーガードとして雇われた六道冥子GS。そして、彼女の補佐に付けられた鬼道政樹の三人。
 エミの呪いによりリビングで荒れ狂っていたポルターガイスト現象は、政樹の霊波によって封じられていた。
「それでまーくん〜〜、これからどうするの〜〜?」
「どうするのやないでっしゃろ……。僕は、飽くまで冥子はんのサポートで来たんでっせ。全部僕がこなしたら、意味無いやおまへんか」
 チキサインでお気楽に訊いてくる冥子に、政樹は呆れたように言い返した。
「え〜〜、でも〜〜、冥子どうしたら良いか分からないの〜〜。お母様には黙ってるから、まーくんやってくれない〜〜?」
「んな訳にはいきまへんて。そんなんでっから、いつまで経っても……」
「あ〜〜ん、そんな事言われてもぉ〜〜」
 冥子は、式神“十二神将”を操るオカルトの名門・六道家の跡取り娘だが、幼くお気楽な性格の持ち主であり、仕事で少しでも恐い事がある度に式神達を暴走させ、結果として失敗に終わらせてしまう事が多い。
 何でこんなんに研修期間終了を認めたのかと、冥子の師である彼女の母に問い詰めたいのは、今回そのお守り役を任された政樹である。教師の責任をどうこう言う前にまずは家での躾をしっかりしてくれと思ってしまう彼は、冥子の母が理事長を務める『六道女学院』の霊能科で教鞭を執る現役教師だ。
 彼自身も千年以上もの歴史を持つ陰陽師の家系に生まれた優秀なゴーストスイーパーなのだが、首根っこを掴まれ六道家の傘下に入っていると言う立場上、そんな不満を口にする事すら出来ない。
「て、あの〜。もしかして儂の依頼は、彼女の練習台とかにされている訳ですか……?」
 やるせなさに脱力してしまっている政樹に躙り寄って、恐る恐るそう囁く組長。エミの呪いに苛まれた彼の様子には、組を束ねるリーダーの威厳は感じられない。
「ま、有り体に言うとそうでんな。気の毒ですけども」
 溜息をつきながら、政樹は答える。可哀想とは思うが、ヤクザなどに同情するには彼は少々真面目過ぎた。
「――言うても実際問題、十二神将にゃ防御系の奴はおらへんし……」
 普段、式神に頼り切っている冥子にとって、これは結構キツイ仕事になる事は間違い無い。六道女史も、娘に厳しいのか甘いのかどっちかにして欲しいと政樹は思う。
 敵の正体も分からないこの状況で、またその攻撃方法であろう呪いの類に関しても有効な手立てを持たない冥子としては、採るべき方策は普通に考えて取り敢えず籠城しかないだろうが……。
「けど、それもなぁ……。別の意味で危険やで」
 何せ冥子自身が、いつ爆発するやも知れない核爆弾なのだから。
 主に恐怖による感情の昂りから発動する冥子のコントロールを外された式神達の暴走、通称『ぷっつん』の威力は、政樹自身が身を以て熟知している。
 少なくとも、この屋敷を全壊させる事くらいの仕事は、彼女(と、その式神達)にとっては朝飯前だろう。




 一方、ワゴンの中のエミとタイガーは。
「冥子か……。よりにもよって、厄介な奴が敵方にいたもんね」
 吐き捨てて、エミは臍を噛んだ。
 (主に美神令子を媒介にして)共闘する事も多いエミと冥子だが、性格的には極めて相性が悪い。
 十代前半で呪い屋として開業し、女一人で実力が全ての裏社会を生き抜いてきたエミにとって、持って生まれた才能と家格だけでのほほんと生きる冥子の存在が、決して愉快なものではない事は容易に想像が付くだろう。
 それが自分とは関係の無い世界のお姫様だと言うなら兎も角、専門は違うとは言え同業者なのだから堪ったものではない。最低限の家族の温もりさえ知らないエミには、良く冥子の面倒を押し付けられる美神令子や鬼道政樹のような余裕は無い。
 そして更に胸糞悪いのは、自分が自らのゴーストスイーパー資格取得試験の試合、準決勝でその冥子に敗北を喫してしまったと言う事だ。
 しかも、エミを『ぷっつん』で下した冥子はそれで霊力を使い果たしてしまい、決勝戦では殆ど何もせずに敗北、“あの”美神令子に優勝を渡してしまった。こうして後に往年のライバルとなる美神とエミの対決は、その正式なスタートにおいて令子が一歩リードした訳だが、その事をネタに令子が事ある毎にエミをからかうようになったのも、ある意味必然と言えようか。
 そんな訳で、性格・生い立ち・プロポーションに至るまで全く正反対のエミと冥子は、それなりに親しいながらも全く馬の合わない同士なのであった(尤も、それを自覚しているのはエミの方だけなのだが)。
「依頼は、飽くまで組長さんを自首させるように脅し掛ける事……、殺してしまっては元も子も無いワケ」
 エミは呟く。それ故に、今まで追い詰め過ぎないように気を払ってきていたのだ。
「しかし、組長さんの側に冥子が居るとなると厄介なワケ!」
「どうしてですかいノー」
「馬鹿ね、タイガー。一般人(ヤクザだけど)が“ぷっつん”に巻き込まれて、無傷で済むと思ってるワケ?」
「あ、成る程。そうですたいノー」
 手を叩く弟子を眺めて、エミは溜息をつく。とは言え、このままここでもたついている訳にもいかない。
「こうなったら、仕方無い訳ワケ! 危険だけど、組長さんのお屋敷に乗り込むしかないわ」
「な、何と!?」
「タイガー、あんたがテレパシーで冥子に幻覚を見せてあやしてる間に、私が力尽くででも自首に追い込む! 最早これしか無いワケ!」
 冥子と違って、エミは失敗すれば命があっても即おまんまの食い上げとなる以上、どんな危ない橋でも渡らねばならないし、どんな理不尽なオーダーでも実行しなければならない。
 ブーメランと笛、それにナイフをひっ掴むと、必死に興奮を鎮めながらエミはワゴンのタラップを踏んだ。




「え〜〜と〜〜……。それでこの後、どうすれば良いんだっけ、まーくん〜〜」
「あー、もう! 自分、結界もよう張らんのかいな。しかもそれ、誰にでも使えるような結界札やないけ」
 結局、籠城策を採る事になった冥子達。結界札を持った冥子が、扉の近くを右往左往している。
「あ〜〜ん、ごめんなさい、まーくん〜〜」
「……いや、僕に謝られてもどうしようもないけどな」
 疲れる。
 政樹は、心底そう思った。
 実際、彼女はどの程度に真剣なのだろう。家柄によって否応無しにゴーストスイーパーの道を歩まされてきたであろう彼女だが、政樹の目には彼女が現行の仕事に向いているとは、とてもじゃないが思えなかった。
 それでも冥子にスイーパーを続けさせるのは、結局のところ家の柵だろう。家格では冥子の家に遠く及ばないとは言え、自分もそうだから良く分かる。彼女が自分の仕事に決して熱心ではなく、プロである誇りも自覚も持ち合わせていないのは、彼女の仕事ぶりを見れば一目瞭然だ。
 勿論、それは彼女が自らの家格と霊能力を否定していると言う訳では決してない。式神達への可愛がり振りから、それは見て取れる。
 だがしかし、やっぱり彼女はゴーストスイーパーと言う仕事に向いてはいないし、それを好きと言う訳でもないだろう。一番の問題点は、冥子は間違い無くスイーパーの道を選ぶとして、それなら才能だけでもやっていけるだろうと甘やかして育てた親にあるのだと言える。
 そう教師の目で冥子を見た政樹は、とは言え今更性格の矯正など殆ど不可能である事も理解していた。
 彼女には、護ってあげる存在が必要だ。彼女が他の仕事なり専業主婦なりを務められるかは兎も角としても、このまま無理に気の乗らないスイーパー稼業を続けていれば、いつか取り返しのつかない事になってしまうだろう。一瞬の油断が死に繋がるような、そんな仕事なのだから。幾ら才能があると言っても、今まで冥子が生き残って来れた事自体、奇跡に等しい。
 そんな方向に考えが及ぶにつれ、政樹は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。折しも彼の視線の先には、哀願するように政樹を窺う冥子の姿があったりして……。
 政樹は、堪らず視線を逸らした。







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