ザ・グレート・展開予測ショー

悲しい歌が、響いて。


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(04/ 8/30)



「あれ、美神さんたちは?」

扉を乱暴に開け放って駆け込んできた少年が、息を弾ませながら尋ねる。

「あぁ、美神さんなら急な仕事が入ったみたいで、シロちゃんとタマモちゃん連れて出かけちゃいました」

尋ねられた少女は、食事の準備をする手を止めて、微笑みながら答える。

「よっぽど報酬が魅力的だったんだろうなぁ」

そう苦笑しながらソファーに身体を預け、安心したような表情を浮かべる。
それを見た少女は、悪戯っぽい微笑みでもって、歌うように言葉を紡いだ。

「遅刻ですね?美神さんに言いつけちゃいますよ?」

そう言った時の、彼の狼狽振りといったら。
余りに期待通りの反応を返してくれるので、思わず笑ってしまった。

「大丈夫ですよ。ちゃんと時間通りに来た、って言っておきますから」

心底ホッとした彼の様子に、何故か嬉しさを感じながら。






「そういえば……コレはなんで此処に?」

彼が指差した先には、見慣れた机。そして、その上に置いてある古いおもちゃのピアノ。
先程から目の前に在った物だが、そこまで気が回らなかったらしい。

「あぁ、それですか」

机の方に歩き出しながら少女が答える。

「さっき依頼人の方が持ってこられたんです。強い思いが込められてるみたいで。
 悪意じゃないから大丈夫だろう、って美神さんは言ってましたけど」

「へぇ………」

しげしげと眺めてみるが、特におかしな点は見つからない。

霊が憑いているわけでもない、只のおもちゃのピアノ。
彼も一応、世間ではGSと呼ばれる職業に就いているのだが。
強いて挙げるならば、通常のピアノとは鍵盤の色が逆になっていた。
ちょうど、ピアノの元となった楽器、チェンバロのように。
しかし、彼がそのような事を知っている筈もない。

「おかしな色だよなぁ…なんつーか、いかにも縁起悪そうな…」

「でも、綺麗じゃないですか」

確かに、出来をみれば、おもちゃという言葉が似合わない程の一品であった。
お嬢様へのプレゼント、といったところだろうか。
相当古くはあったが、手入れも行き届いているようだった。



「少し、弾いちゃいましょうか?」



この少女は、ときに突拍子もないことを言い出す。

「いや、でも美神さんが…」

「大丈夫ですよ。悪い気も感じませんし…それに私、弾いてみたいんです。このピアノ」

駄目だ。こうなったら止められない。
余程惹かれるものがあったらしい。
目を輝かせてピアノを見つめる彼女。

(…こうゆう所は妙に行動力有るんだよなぁ……)

「分かった。でも、危ないと思ったらすぐ止めるよ?」

ハイ、と笑顔で答えて彼女はピアノの鍵盤に指を置いた。
















――どきり、とした。






黒が殆どを支配する鍵盤の上で、彼女の白い指が儚げで。



でも、とても綺麗で。



頭を強く振ってそんな思考を追い出す。

危険は無いと判断した。
それでも、何が起こるか分からない。
気を抜く訳にはいかなかった。






――ポロン…






懐かしい、音。 心の中に、ゆっくりと浸み込んでくるような。

白い指が鍵盤に吸い込まれる度、それは空間を満たしていった。

決して、曲の形を成してはいなかったけれど。


そういえば、昔――

似たような音色を聞いたことがあった。

男女の壁が無かった程幼い頃に。



(…夏子が、こんなん弾いとったなぁ…)












気付けば、聴き入っていた。













音が止んだ時、拍手を送ろうとしてやっと気付いた。






泣いていた。


小さな肩を、震わせて。

鍵盤にポタポタと涙が落ち、込み上げる嗚咽に耐えられない様子で。




―――声も、出なかった。

どう言葉を掛けていいのか分からなかったから。




どれだけ、時間が過ぎただろうか。




長い沈黙の後に、少女が語り始めた。ぽつり、ぽつり。言葉を無理に押し出すように。


「持ち主の娘の、気持ちが、入って来たんです」

 

見知らぬ少女がピアノを弾く風景――



「病気で、一歩も外に出られなくて。ピアノだけが、友達だったんです」



  とても、とても悲しい風景――



「優しい娘、だったんです、只、誰かに聞いて欲しくて。なのに、なのにっ…!」








強く、抱きしめた。







そうしなければいけない気がしたから。
そうしないと、壊れてしまいそうな気がしたから。

死者の気持ちを全て受け入れてしまえる程、優し過ぎる彼女だったから。
死者の気持ちを誰よりも理解できる彼女だったから。


胸の中で泣き続ける少女を見つめながら、精一杯の声を絞り出した。





「いつか墓参りに行こう――――二人で」


ぐつぐつと煮立った料理の匂いが鼻に付いた。

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