ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 8>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 8/29)

ゆるやかに降る水路に沿って、道は静かに流れていく。
あの連中はまだしつこく追ってきてはいたが、丘の上からぐるりと迂回してこなければいけないため、すぐに間を詰めることは出来そうにない。
こちらのスクーターは傷だらけになってしまったが、足回りは思いのほか頑強で、なおもスピードを落とさずにがんばっていた。
少し曲がってしまったハンドルをベスパがいたわるように軽く叩くと、大丈夫だと言わんばかりに陽気な音を立てて走り去っていく。

人通りの少ない専売公社の裏道を通り、いくつかの教会を抜けるとテヴェレ川にかかる二本の橋が見えてきた。
妖蜂の報告によれば、連中は橋を封鎖すべく慌しく動いていたが、このまま行けばなんとかぎりぎり突破できるかもしれない。
ベスパは一か八かそれに賭けることに決め、アクセルをめいっぱいふかして広場へと向かっていく。

もはやほとんど火花が出ないほどに磨り減ってしまったボディを傾け、往来する車の間をすり抜けるようにしてピシヌーラ広場へと飛び出す。
荒っぽい運転で有名なタクシーの運転手もさすがに驚き、けたたましくクラクションを鳴らして応戦するが、ベスパは一向に気にするそぶりも見せない。
これ以上ないほどの理想的な放物線を描いた先には、車列が広いパラティーノ橋へと一直線に続いていた。

橋の袂では黒服の男たちが、突然の理不尽な通行止めに腹を立てて怒鳴り散らしているトラックの運転手と口論している。
その内の一人がやってくるベスパに気付き、あわてて無線に何事かを話しているが、もはやこうなっては彼らにはどうすることも出来ない。
初めて相対する魔族を無為に恐れ、動かすべき身体が動かせない。実践経験のない新人特有の反応であった。
が、結果として彼は自分の役割を立派に果たすことになる。

「ちょっと遅かったね、ボウヤ」

まだ若いその男を眺め、からかうようにベスパが笑う。
後で上役に怒られるであろう彼の姿を想像して、なんとなく気の毒な気さえした。
だが、魔族の前でそんな醜態を晒したにもかかわらず、命はおろか怪我一つしないでいられるのだから、幸運というほかはない。
授業料としちゃあ安いもんさ、とベスパは慰めるように呟いた。

ほんの少し気を緩めていたベスパの視界に、急に小さな何かが飛び出してくるのが見えた。
それは歩道から転がってきた小さなボールと―――――小さな女の子だった。

「―――――!!」

ベスパはあわててブレーキを掛ける。
だが、限界以上のスピードで走っていたスクーターが容易に停められるはずもなく、すぐにブレーキパットのゴムが焼けただれる匂いが鼻をつく。

「くっ!!」

ベスパは急いで片足を降ろし、車体を横滑りさせながら渾身の力を込めて路面を踏み締める。
たちまちお気に入りのシューズの底が削られていくが、徐々にスピードが落ちていった。

「ど、どうした!?」

半ば気を失いかけていた横島が異変に気付くが、ベスパにはそれに応えている余裕はない。
怯えて足がすくんでしまっている女の子との距離が、みるみるうちに近くなっていくのがわかった。
歩道から女の悲鳴が上がるが、それが誰かは確かめたくもなかった。

「―――――!!!」

もはやヒールが跡形もなくなってしまった足に最後の力を込めると、ガクンとした衝撃を受け、寸でのところでスクーターは停止した。
だが、前輪と片足を軸にして止められたスクーターは後輪を大きく滑らせ、それまでの運動量は当然のことながら後方にあるものほど大きく作用する。
行き場の失った運動量は適当な何かを放出することで相殺することを求め、ちょうどいいものがそこには存在していた。

「のわーーーーーぁーーーーーっーーーーーー!!」

あたかもハンマー投げの投擲のように横島は斜め前方へと一直線上に飛び、派手な音を立てて果物売りの屋台へと突っ込んでいった。
しかし、あわや凄惨な事故を予想していた人々にとって、そんな横島のことなど誰も気にするものでもなく、女の子が無事な事にほっと胸をなでおろしていた。
歩道のあちこちで安堵のつぶやきを漏らす声が聞こえた。
あるいは、ベスパもその一人であったかもしれない。

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