ザ・グレート・展開予測ショー

雨(5)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 8/27)

10
お茶が、湯気を立てている。
どうやら色も香りも均一だ。
「それで、何時まで手をつないでいるつもりだい?二人とも」
西条の言葉に真っ赤になるタマモ。
「ん、ああ。タマモ、また、頼む」
横島の言葉にそそくさと狐に戻ると、膝の上で顔うずめて丸くなってしまった。
その様子に苦笑する二人。
横島は気にした様子もなく、タマモを撫でる。
「……んで?」
「む、ああ。そうだな。まず始めに、僕らの敵はこの国だというところからはじめようか」
さらり
西条は夕飯の献立でも言い渡すかのような気軽さで、言った。
「……国。ねぇ」
受けるほうも、受けるほうだったらしい。
「信じられないかね」
「いや、ぴんとこなくてな。タマモを国が。ってのはなんとなく分かるけど、なんで今なのか。とかな」
「そこだ。それには僕も気になって調べてみたら、裏にある大物政治家が関わっていることが分かった。玖珂建造。知らないかい?」
「あのなぁ、俺もテレビくらい見るっての。」
「うん。知ってのとおり参謀も勤めたことがある大物で、そういう人間にありがちな黒い噂が絶えない。正直かなり危険な男だ。」
「そいつが、タマモを?……なんで?」
「その辺はよくわからないが、考えられるとすればいま落ち目の道路属最後の意地、か。タマモ君が見初めた者に出世の力を与えるっていうのは、知る人ぞ知る話だからね」
「……それだけのためにタマモを?確かに首相が蔵だから道路が……とかテレビで聞いた覚えがあるが、流石にそのためだけにここまで大げさな真似しないだろ。他に方法がいくらでもある。」
「……君にしては鋭いね。いま僕のほうでもそれを調べてるよ。ただ、今はあまり関係ないんじゃないかい?ただその男が、タマモ君を狙っているってだけだ。国を使って、ね」
「……ま、そうだな。それにしても、出世の強運か……。西条、出世ってどんなもんだ?」
横島が唯一組織に属する西条に問う。
「うーん。上がれば上がるほど、自分の望んでいたヒーロー像から離れていく感じだな。最近ではデスクワークばっかりで実働は各地の分隊に依存。かといって本部だから大きな仕事が。ってわけでもない。役名が変わっても日本に居る限りやることはこれ以上変わらないしね。正直、なんだかんだと理由つけて実働のほうにまわらなきゃ、自分が腐っていく気さえするよ」
「……ピート、ちゃんとやっていけるのか?」
「ああ、それは大丈夫。高卒の彼はまず成れても小隊長までだ。望む望まないに関わらず実働から離れることはないさ。」
暗い。暗すぎるぞ西条。
「あ……そ。……ん?まてよ。それなら、タマモも命までは狙われないって事か?」
「うん。もしもタマモ君を狙っているのがその政治家。……だけならそれで良かったのだけどね」
「まだ、なんかあるのか?」
「ああ、実質的な淘滅要請を請け負う二つの組織には、僕と神父の押さえが聞くんだが……。問題なのはその玖珂って男が、国を使って呼び寄せた大陸系の連中と、この国に元からある組織だな」
「……よく、わからん」
「タマモ君を恨んでいるのは日本より中国って事さ。金も出すとなればいくらでも請負手はいる。正直そういう連中に玖珂の意思がいきわたっているとは考えがたいね。もともと、国の意思という体裁を整えるためのカモフラージュに近いだろうし……。本隊、玖珂の命令どおり動くのは、少数の精鋭と見たほうがいい。それと、これはあまり考えたくないんだが……」
「この国のほう。ってやつか?」
「ああ。陰陽連という組織を知ってるかい?」
「……平安時代の話だろ?」
「ああ、成立はね。……だけどそれが、今もある。といったら?」
「……」
何時の間にか、ステンドグラスの向こうで雨が降り出していた。
タマモを撫でる手をそのままに、横島は黙り込む。
「……なぜ、キリスト教がこの国に浸透しなかったと思う?」
じっと二人の会話に耳を傾けていた唐巣が、初めて口を開いた。
11
唐巣は雨音に耳を傾けながら、沈黙を保つ。
「……それだけじゃない。あえてこれに関わる話に絞るなら、オカルト先進国日本にあるGメンが小さなオフィスビルの一角であり、GS連はこの国でだけ独立運営を勝ち取れたのはなぜだと思う?この国でしか取れない霊的資源は相当に貴重なものばかりだというのに、だ。ことオカルト分野においてこの国にはおかしなことがたくさんある。でも、実はその答えは簡単なんだ」
やがて口を開いた唐巣の言葉は驚くべきものだった。
「東京の地下がそうであるように、政府が変わろうが時代が変わろうがそれに頓着しない、完全に確立されたオカルト組織がICPOのオカルト部門やGS連盟の成立の遥か以前から、この国にはあった。ということだ」
「……そんな話。聞いたこともないんですが」
「それは、そうだろうね。僕もそれを知ったのはちょっとした偶然だ。彼らはよっぽどのことがない限り動かないし、「動いたことを世間に知られることはない」」
「……っ。それが動けば……って事ですか」
「……そういうことだね」
「だから、可能な限り彼らを刺激したくない。はっきりいって彼らが動いたら、僕等に出来ることなんて、何もないだろうからね」
「でも、相手は国なんだろ?動かないわけが……」
「玖珂はたたき上げだ。それは実力があるという面では厄介だが、この国のそういった機構は何より血を重視するからね。実際、その由来通り彼らが積極的に動くのは皇家に関わることぐらいのものさ」
「天皇に喧嘩売るなって事か?当たり前だっての」
「それを当たり前と思えるくらい君が日本人であるなら、まあ問題はない」
「……」
沈黙。
雨脚が激しくなってきたようだ。涼やかな雨音があたりを支配する。
「それで、どうするんだ?これから」
横島が言った。
「ああ。「彼ら」を刺激しないためにも、出来ればしばらく身を潜めていてもらいたい。彼らにとっても、金毛白面九尾の存在は、看過できるとは限らないからね」
「……非常にいやな予感がするんだが……どこに?」
待っていた。というふうに西条と唐巣は顔を見合わせる。
雨音も心なしか囃し立ててさえいるようだ。もっとも、涼やかな音であることに変わりはなかったが。
ゆっくりと頷きあい、タイミングを見計らったように二人は言った。
「「Vaticanだ」よ」
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「……はぁ!?」
横島は声を上げた。無理もない。
「そう声を荒げないでくれたまえ。いま説明するから」
「……ああ」
「実は僕も君の行き先には、些か頭を悩ませていたんだ。何しろ相手は暗殺者だからね。変なところにとばしたんじゃ身元不明の死体で海だか土だかに還りかねない。君の場合異次元かもしれないが……。そういうわけで候補として絞ったのが脱獄不可能といわれたアメリカの某刑務所とバチカンの地下牢と、網走刑務所だった」
「ちょっと、いいか?」
「なんだい?」
「なんで全部牢屋なんだ?しかも最後日本じゃねえか」
「君にふさわしいところを探していたら、自然とこうなってしまったんだよ。僕のせいじゃない……」
「……」
「……話を続けると、そのうちどれにするかを考えていたところで、唐巣神父がバチカンとなら話がつけられるとおっしゃってくださったのさ」
「神父まで絡んでるんですか……というか、破門されたんじゃ?」
「まあ、いいじゃないかその辺は。うん。というわけで君の行く先は決定だ」
「いや、まて。本気で牢屋なのか?」
「生まれて五年もたたない幼女に手を出す外道なんざ、十分死罪に値すると思うが?」
これでは軽いくらいだよ。と西条は横島の膝の上で眠るタマモを見ながら言った。
「というより、西条君なりの配慮なんだよ。存分に思いが遂げられるようにというね。あそこなら遂げたあとの贖罪もばっちりだ。エリート神父が君の懺悔をいくらでも聞いてくれる。何なら永住するかい?優遇するように言っておくが……」
唐巣も笑いながら追い討ちをかける。
「なんで手を出すこと確定なんですか!しませんよ!そんなこと絶対……多分……おそらく……まあ……」
叫び声に驚いて目を覚ますタマモ。寝ぼけ眼のまま上目遣いに横島を見る。
妙に潤んでいるそれとじかに目が合い、だんだんと語尾に力がなくなっていく。
「……決まりだね。だが、幼女でも危ういのに獣とは……君は少し自制心というものを持ったらどうだい?」
「大丈夫。一生懸命懺悔すれば神は必ず君を救うとも。うん。多分ね」
「神父……」
脱力しておとなしくなった横島をしばらく見ていたタマモは、まだ寝ぼけているのか狐の体を横島のシャツに擦り付け始めた。
ごろごろ。すりすり。
完璧な追撃に、もはや成すすべなく横島はタマモを撫でる。
彼の背中から、何かが抜けていくのが見えた。
やがてまた眠りに落ちたタマモを力ない目で見つめながら、横島は言った。
「ああ、もうどうでもいいです。どこへでも連れて行ってくださいですとも。どうせ俺なんて、俺なんて……」
畜生に手を出すド外道とか変態ペド野郎とか不穏な自虐が聞こえるが、この際無視することにすると、西条と唐巣は口々に話は終わりと彼をからかい始めた。
「というわけで、バチカンへ旅立つのは三日後だ。チケットがなかなか取れなくてね。まあ、それまでは君たちの愛の力で乗り切ってくれたまえ」
「大丈夫。どんなにそれが人道からかけ離れたものでも、愛である以上神は救い給う……かもしれないよ」
13
「私の知らない間に、こんなことになっていた。なんてね」 
美智恵は一つため息をついた。
「霊獣淘滅」赤線が引かれた文字。
書類の右上に記されている日付は、一昨日のものだった。
昨日いけなかった事務所へ、ひのめを引き取りにいき、初めて事態を知った彼女。
「西条君にまかせっきりだったとはいえ、私も焼きが回ったものね」
西条が、この「最優先」の書類を、自分のところで握りつぶしていたのは自明である。
ICPOは、世界にまたがる組織である。さらに彼らの所属する部署は事がオカルト関係だけに、宗教も思想も違う地において、本部が一手に統括することは事実上不可能に近い。
よって、国ごとにおかれた中枢支部と、さらにその支部が独自に働くことになる。
そして、オフィスビルの一角とはいえ日本支部の中枢である「ここ」に「命令」を出せるものがいるとすればそれは二つだけ。
アシュタロス事件での反省から、即決で決定、配備された英国本部からの直接指令か、もしくは。
「これじゃ、西条君も忙しいわけね」
事務所を置かせてもらう上、経営資金の補助を受けている「支援国」からの自国支部への命令。
この書類は、明らかに後者だった。
おそらく「最強のGS」たる自分の娘にも、同じ指令が届いていることだろう。
GS連のなかで唯一「独立経営」で成り立っている日本GS連の名の下に。
娘はそんなことをおくびにも出さなかったが。
「それで、暇そうだったわけ。か」
「胡散臭い」を地で行くこの商売において、たとえ「最強」でも直接依頼が来ることは少ない。
被害者による連盟への連絡、その仕事に最適な事務所の斡旋。それがあった上ではじめて、次回からの口コミや、信用によるCM効果が望めるのだ。
その形が大部分を占める以上、連盟ににらまれることは仕事を干されることとほぼ同義である。
でなければ、何をわざわざ胡散臭い人間の証明たるライセンスなど必要とするものだろう。
そして日本GS連の「独立経営」を支えているのは、やはり政府の「支援金」だった。
アシュタロス事件の被害国であると同時に、ICPOを筆頭に他国の組織の援助が一切得られなかった国が、自国を災害から守るための組織を自国で運営しようとする意思を、だれが止められようか。
世論の追い風に乗り時の政府は「特別予算」をはじき出し、二つの組織に対する「支援金」と引き換えに、指令権を得る。
何も出来なかった双本部側の負い目も手伝って、この契約はスムーズに完了していた。
雨脚が強まっていく。
美智恵は一つため息をつく。
「西条君、どこに行ったのかしら」
美智恵は、知らなかった。
「契約」の前から強かった日G連の独立色を確立したのが自分の師であること。
そして、双方の組織に対し、「負い目」よりももっと強力に独立を支援した要素が、この国の最深部に眠っていることを。

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