ザ・グレート・展開予測ショー

雨(3)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 8/23)

4a
「やれやれ」
すっかり口癖になってしまったこの言葉に、西条は苦笑する。
深夜。白々しい電灯のともるオフィスの一角で、伸びをしながらパソコンから目をそらす。
外は、雨が降っていた。だが、まあこれくらいなら雨具は要るまい。
いつの間にか灰皿には吸いカスが山のように溜まり、缶コーヒーのスチール缶は家庭用ゴミ袋の三分の一を占めていた。
一体何日まともに帰っていないのだろう。
キヨの食事が懐かしい。
そういえば生まれたときから変わらない彼女は、一体いくつなのだろう。
一度切れた集中力という物は、簡単に戻りはしない。
取り留めのない思考が頭を支配する。
「あら、まだいたの?」
上司。美神美智恵が声をかけてきたのは、そんな時だった。
「先生……」
慌ててつけたばかりの煙草を灰皿に押し付ける。
何か言われたことはないが、彼女が煙草をあまり好まないのは知っていた。
「いいのよ。気にしないで。令子のところに寄ろうと思ったら明かりがついていたから」
冷や汗を煙草の残り火と共に念入りにもみ消す。
「ええ、まあ趣味みたいなものなんで」
笑いながら缶コーヒーのプルタブを空ける。
ここしばらく、煙草かコーヒーがなければ生活できなくなっていた。もちろん、共に箱で買い置きしてある。
「あら、仕事が趣味なんてろくなことないわよ。家の旦那なんか……」
適当に相槌を打ちながら缶を傾ける。
すっかりおばさんになった師の姿は、西条にとって自分の成長の証のように見え、少し誇らしかった。まあ、それだけではないのは百も承知だが。
「……なのよ。あら、もうこんな時間。早めに帰ってあげないと、キヨさん待ってるんじゃない?」
ええ、そうします。答えながら西条は缶を袋に放り込む。
帰らないという連絡はとっくに入れてあった。
ひのめも寝ているだろうし、今日は帰る。
美智恵の言葉に、少しほっとする。
いつか知られるだろうが、それが今である必要はない。
母親として、おばさんとして、平凡に身をうずめつつある師の後姿。
姿が見えなくなったのを確認して、西条はデスクの引き出しを開ける。
緊急の赤線が引かれている「霊獣淘滅」の指令書が折りたたみ、仕舞われていた。

「失敗?どういうことだね」
その壮年の男が静かに放った一言は、電話の相手を震え上がらせるのに十分だった。
電話を通して、必至で申し開きをする醜さ。
見えもしないのに、ぺこぺこと頭を下げる気配。
こういうときに、電話口の向こうで堂々と構えている一物持った人間のほうが男は好きだった。
怒鳴りつけたいのを我慢して、言う。
「もういい。次は、ないぞ」
がちゃり
余計な言葉をこれ以上聴いていたくなかった。
電話を叩きつけるように置くと、障子の向こうに人の気配がした。
「お前に、頼むことになるかもしれん」
影は一つ頷くと、消える。
「やれやれ」
男は、不快そうに息を一つはく。
「ふん。気には食わんが……」
男はもう一度受話器を取り上げると、珍しく自分で手帳を繰りながら、ダイヤルを回していた。

目を覚ます。
暗闇。
ごそごそと体を動かす。
光。
頭を突き出す。
横島の顔にぶつかった。

きょろきょろ
自分が横島のシャツの中にいたことを知り、真っ赤になった。
首だけを、彼のシャツの胸元から出す格好になっている。
雫。
どうやら夜の間に雨が降っていたらしい。
庇ってくれていたようだ。
ありがとう。
心の中での呟きに答えるように、横島はくしゃみと共に目を覚ます。
「あれ?ああ。おはよう」
笑み。
なぜか体が熱くなる。
至近距離におけるそれの攻撃力は、タマモの防御力をはるかに超えていた。
「ん?大丈夫か?」
慌てて顔を引っ込め、シャツのすそから脱出する。
木々の雫が太陽の光を返し、さわやかな光景が広がっていた。
「それで、どこかあてはあるの?」
タマモは人に姿を変じながらきく。
胸元の傷が治っていた。
「ん。ああ、西条んとこ。話、ききにいく」
思わぬ名前に驚く。
仲が悪かったはず。それも、相当。
「ま、いろいろあって。な」
そう問うと横島はまた少し笑った。
「とりあえず飯にするか……。ま、ここ出りゃ食えるとこくらいあんだろ」
手を差し出す横島。その仕草があまりにも自然で、タマモもまた自然にその手を取っていた。
「傷。ありがとう」
また赤くなる自分を打ち消すように、早口でそういった。
「ん。ああ、気にすんな」
ふと、気付く。横島が自分を狐の状態にしたのは……。
「ありがとう」
今度はごまかしではなく、心から出た言葉だった。
「……ああ」
横島は握った手に少し力を込める。
途端、タマモはそれを意識してしまった。忘れようと努めていたそれを。
「さて、腹も減ったしさっさと……って、なんでそんなに顔真っ赤なんだ?タマモ」

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