ザ・グレート・展開予測ショー

雨(2)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/ 8/23)

2a
一人、二人、三人。
「ちっ」
横島は手に溜めた霊気を刃には変えず、左手をくたびれたジーンズのポケットに突っ込む。
閃光。
放たれた銃弾はジーンズの安っぽい繊維ごと、左手に穴を開ける。
血。
ポケットから血がにじむ。
気にした様子もなく、横島は立ち尽くしていた。
目の前の三人は、動かない。
どこかから狙っているはずのもう一人も、なぜか追撃を加えようとはしなかった。
時が、止まる。
風。
三人が、同時に動いた。
前、横。
一瞬で広がった男たちをよそに、横島は動かない。
やられる。タマモは反射的に目を閉じる。
ずぶり
右手の霊気が二本の刃に変わって二人を貫くのと、横島が左腕にナイフを突き立てられるのが、同時だった。
今度は流石に痛そうに顔をしかめる横島は、けれども動揺した様子はない。
一瞬で、二人。
死角での出来事にかすかな動揺を見せる男に、横島は横島は瞬きの間に接近。霊波刀を振り下ろす。
伸縮、変幻自在の刀に、初動で遅れた男が逃げ切ることなどできようはずも無かった。
かろうじて行われた標的の横移動を、刀は追うようにぐにゃりと歪み――。
そのまま、振り下ろされた。
「……めちゃくちゃね」
左腕に「癒」の文殊をかけながら、ぼんやりと立っている横島に、そう声をかける。
というよりも、そんなことしか思いうかばなかった。
ほとんど動かず、三人。
それも術で幻惑したわけでも、力でねじ伏せたわけでもない。
ただ、単純に「殺した」のだ。
「ん。……まあ、な」
タマモの頭に手を置きながら、横島が答える。
目の前でその手によって行われた殺人にもかかわらず、なぜかその手に嫌悪感は無かった。
それどころか。
タマモは少し目を細める。
ごろごろ。
もう少しで鳴らしそうになるのどを、あわてて自制する。
「んじゃ、いくか」
それに気がついた様子も無く、横島は声をかける。
こくり。少し頬を染め、頷くタマモ。
完全に日の落ちた公園から立ち去る二人。
横島が着る長袖のシャツに滲んだ、血が乾き始める。
「反射」の二極文殊が、手を突っ込んだままの左手のポケットでさらさらと霊気に戻っていった。

「それで、どういうことなんですか?」
氷室キヌ。少女は雇い主に問う。
少女には、分かっていた。
これが、ただの家出でも、ちょっとしたお出かけでもないことを。
明らかに狼狽している美神。
書類に落とした目は、一枚の紙の間を何度も往復するだけ。
タマモのことで駆けていった師匠にすねていたシロも、美神の動揺を文字通り「嗅ぎ付けた」。
「なにか、あるのでござるか!?」
普段は喧嘩している仲とはいえ、やはり気になる。
シロは、美神に食いつく。
「……」
いつもなら不都合なことは強引に流す美神もなぜか、このときは何も言おうとしなかった。
「美神さん」
氷室は、少し苛立ったように告げる。
口調は変わらなかったとはいえ、彼女の優しさはタマモに対する心配に焦っていた。
何かあったことは間違いない。
だが、あの美神が躊躇いこそすれ流してしまうことも出来ないほど、大きなこと。
氷室には、想像できなかった。
「……知っておいたほうが、良いのかもしれないわね」
しばらくの逡巡の後、美神は一言そう呟いた。
「……人工幽霊一号。お願い」
そして、彼女は「屋敷」に令をだす。
「……はい」
ひとりでにテレビの電源がつき、事務所の光景が映し出される。
そして。
いつもの機械的な合成音もまた、このときばかりは躊躇っているかのようだった。
3,5
殺気を感じて、少女……タマモは目を覚ます。
立ち上がり、急いで着替えを済ませると、外に出る。
「お気をつけて」
ドアを閉めると同時に、事務所から声がかかる。
タマモはその声に返事もせず、五感を研ぎ澄ませる。
殺気は自分に向けられたものだと知り、ひとまず安堵する。同居人。彼女が気に入っている数少ない人たちに、危険は無いだろう。相手は一人、どうやらたいした強さじゃない。とはいえ、殺すつもりで向かってくる人間に油断はできない。明らかに格下であるのにもかかわらず、少女は人間に二度も敗北している。
気配の隠し方も知らずに近づく人間のほうに目を向けた。
閃光。
とっさによける。
麻酔や精霊石ではない。本物の鉛の玉。
「へえ、いい度胸してるじゃない。私を殺そうって言うの?」
暗闇でも彼女が敵を見るのに不自由は無い。相手もゴーグルのようなものをしている。
暗殺者。術士や霊能者ではない。道具と力で殺すための人間。
何でこんなやつが自分を狙うのか。
考えている暇もなくまた閃光。
よける。相手も無駄玉を使うつもりは無いらしく狙って打ってくる。閃光。閃光。
先端の道具、サイレンサーとか言うものだと最近よく見るドラマでやっていた。
音がしない以上人も集まらない。好都合だ。さっさと片付けてしまおう。
一瞬で背後に回りこみ首筋に一撃を、のはずだった。
「!?」
消えた。気配も無い。辺りを見回す。殺気を撒き散らしていたのが罠だと気づくのと
閃光に胸が貫かれるのと同時だった。
とっさに体をひねり急所をはずす。
痛みと血があふれ出し、少女は理性を失った。
雨が体に当たり、私は意識を取り戻す。熱の無い少女の炎はさっきまで生きていた命と体を黒い消し炭へと変えていた。辺りに立ち込める匂い。死の香り。
懐かしいその匂いをかいで彼女の意識はまた遠のいていく。さまざまな感情が渦巻く。
絶望、恐怖、憎悪、そして長い間忘れていた、獲物を屠ったときの歓喜。
わけもわからず叫びだす。叫び続けながら、意識が段々遠のいていき、最後に消える瞬間、なぜか彼女の頭に浮かんだのは夕日を見つめて寂しそうに笑うアイツの横顔だった。
3a
だれも、何も言うことが出来なかった。
「こういうこと。よ」
最後に事務所から逃げるように走り去っていくタマモの姿を映し、ブラウン管は暗闇へと変じた。
「どういうこと。でござるか」
シロは呆然としながらも言う。
「だから、見たまま。これ以上でもこれ以下でもない。これが起こったこと。よ」
「それで、美神さんは、どうするつもりなんですか?」
青ざめてはいるが、氷室も何とか口を出す。
「……どうしようもないわ。起こってしまったのですもの」
霊獣の淘滅。そんな仕事も、たまに来ないわけではない。
人に手を出した動物は処分される。人より強い動物は手を出す前に処分する。
保護下にあったとはいえ、人に手を出した人より強い動物。
答えは、明らかだった。
「美神……さん」
積極的に関わるつもりは無いだろう。例え何十臆つまれたとしても。だが。
「……嘘。ですよね」
氷室には分かった。
いくら最強の誉れ高いとはいえ、組合の世話なしに続けられるほど、GSは世間に浸透した商売ではない。
そして、その多忙さに対する忌諱から必要以上の関わりを避けていた彼女は、組合において常務でも理事でもない、一人の商店主。
たいした影響力も持たないのだ。
アシュタロス戦役も、政府関係のものならばともかく、役に立たなかった組合に借りも貸しも無く。
その戦役について、何一つ公式な発表を行わないような組織が、その関係者を苦く思いこそすれ、重用するなどありえなかった。
美神には何も出来ない。そして彼女は商店主だ。組合に睨まれたくは無い。
「美神……さん」
―――美神は、タマモに対するありとあらゆる手段を、自分に禁じた。
そう、「ありとあらゆる」―――。
4b
ぱちぱち
ごうっ
火。二人の影。
どことも知れぬ森の中、横島とタマモは二人、ぼうっと火を眺めていた。
淡々と続いた独白も、先ほど終わったところだ。
「……そうか」
それを聞いた横島の言葉は、短いものだった。
そして、火が燃えている。
「……そうか」
もう一度、彼は言う。
「んじゃ、寝るか」
「……へ?」
なにがじゃあ、なのか。
何も思わないのか。聞きたいことはいろいろあったが、横島は手招きするだけだった。
……手招き?
「ほら、こっちこい。寝るぞ」
……へ?
とりあえず言われたままに近寄る。
ぽすっ。
横島はタマモを抱きかかえ、ひざの上に置く。
「……」
真っ赤になって、うつむくタマモ。
「……」
真剣にそれを見つめる横島。
「……」
「……早く、狐に戻ってくれないか?凍えるほどでもないが、この森の中じゃ少し寒い」
横島は、真顔で言った。
確かに、夏も終わりに近づき、森の中ということもあってか、辺りは少し冷えている。
「……」
「な、なんでそんなに怖い顔でこっちを見る?タマモ?うわ、顔赤いぞ。熱でも――」
横島の必死の説得にもかかわらず、狐に戻ったタマモはそのあと一晩、一言も口を開かなかった。
深夜。
火は消えているが、流石にもう一度起こそうというほど寒くは無い。
それに、火をおこそうにも膝の上のタマモは動かないだろう。
「……そう。か……」
だれにともなく、横島は呟く。
心労から眠りにつくタマモに、横島は「癒」の文殊を押し当て、当に血の固まった少女の胸の傷を、慈しむような、それでいて辛そうな目で見つめていた。
雨が、降り始めたようだ。

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