ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 7>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 8/22)

妖蜂から報告を受けたベスパが、厳しい表情で道路にのびている横島に怒鳴る。
すでにエンジンはかけ直され、アイドリングの音がやけに大きく響いている。

「いつまで寝ているんだい! さっさと乗りな!!」

「やっと俺への愛に目覚めてくれたか!? Ti amo!(愛してるよ!)」

「そんなことやってる場合じゃない! 奴らが来るよ!」

「えっ? マジ?」

「いいから早く乗りな!」

「さっきは降りろって言ってたくせに」

さして不服そうにもなく横島が言う。
ベスパはにやりと笑って返す。

「気が変わった。お前が言ったとおり、今日はとことん付き合ってもらうよ」

「付き合いますとも。ベッドの中まで」

「それじゃ行くよ!」

そう言って横島が飛び乗ると同時に、ベスパはタイヤを軋ませて急発進させた。
たかが50ccしかないスクーターが、ありえない猛スピードで走り去っていく。
その光景に目を白黒させた通行人の目の前を、今度は黒塗りの車が追いかけて行った。

「わわわ、危ないってば! もっとゆっくり―――」

「そんな暇ないよ! 後ろを見てみな、お客さんだよ」

振り落とされないように注意しながら恐々と後ろを見ると、古めかしくも真新しい黒い車が見事なドリフトをかけて角を曲がってくるのが見えた。

「うわっ! ギャングセブン!?」

思わず子供の頃見たアニメの車が口をついて出てしまう。
無論そんなはずもないが、言い得て妙でもあった。
中身はまったく違うものとはいえ、その外見はまさに禁酒法時代のリムジンである。
先程の黒ずくめの男たちといい、この車といい、ひょっとして自分たちはマフィアに追われているんじゃないか。
今にもドラム式のマシンガンをぶっぱなしてくるんじゃないか、横島はそんな気がしてならなかった。

「しっかりつかまってな!」

ベスパはそう言うと、ぎりぎりまで車体を傾けてスピードを落とさずに角を曲がる。
このスクーター特有のモノコック・スチールのボディが路面をこすり、激しく火花を散らす。
横島の頭のすぐ先を、髪の毛を掠めるようにして路肩のポールが通り過ぎていった。

路上のベンチに腰掛けて、午後のひとときを楽しんでいる男たちの目の前を、けたたましい音を立ててスクーターが走り去っていった。
一体何事かと、ワインやグラッパを飲みながらするチェスの手を止めて顔を上げるが、続いて激しく鳴らされるクラクションの音を聞いて、慌てて転がるように車を避ける。
黒塗りの装甲車にも似たリムジンが、文字通りテーブルやベンチを吹き飛ばして去っていく。
男は呆然と走り去った先を見つめながらのどを鳴らし、けして手放さなかったグラスの中身をぐびり、とあおった。

白い壁の間を縫うようにして、ベスパの操るスクーターが狭い下町の道を、縦横無尽に駆け巡る。
だが次第に追い詰められているのか、角を曲がるごとに追跡車の数が増えていった。

「ちいっ!」

今また角を曲がった先にこちらに向かってくる車の姿を見つけ、思わずベスパは悪態を漏らす。せっかくのナビゲートもあまり有効ではなくなってきていた。
U字型にカーブする道を抜けると、前方から二台の車が道をふさぐようにして猛スピードでやってきている。
この先はローマ市街を見下ろせる切り立った丘の上になっていて、他に車が通れるような道はなかった。

「ど、どうする!?」

八方ふさがりになったのを見て、横島は前方のベスパに問い掛ける。しかし、その返事はない。
ベスパはなおもアクセルを開き、加速をつけて突っ込んでいく。
その先には、辛うじて人が通れるほどの狭い階段が見えた。

「お、おい、ベスパ!? ひょっとして―――――!?」

「離すんじゃないよ!!」

「やっぱりーーーーーっ!!」

その意図を察知したリムジンが前を遮ろうとするのをぎりぎりでかわしてすり抜ける。
タイヤが路面を離れる瞬間にベスパはハンドルをぐい、と力強く引き寄せ、スクーターを高く宙に躍らせる。
奇しくも運転者と同じ名をもつスクーターは、青く澄み切った空に吸い込まれるようにして飛び出していった。
その下には、頭上を舞う彼らの姿を、ぽかんとした表情で見上げる老婦人の姿があった。

彼らの前を遮るものは何もなく、横島は得も言われぬ浮揚感を味わい、どこまでもこのまま二人で空を飛んでいけるかのように思えた。
しかし、それは錯覚に過ぎないということをすぐに思い知らされた。
万有引力の法則に従って、彼らの身体は地上へと引き寄せられる。
自由落下のときの、あの脊髄から魂が抜けそうな感覚が横島を襲う。

スクーターは二度三度バウンドしながら、跳ねるように階段を駆け下りていく。
そのたびに横島は振り落とされるようになるが、なんとか手を放さずにしていた。
身体が宙に浮いて後ろに引っ張られそうになるたびに、ベスパの腰に回していた両手は上にずれて、ちょうど胸をつかむような形になる。
だが、今の横島にはその感触を楽しむどころか、せっかくのチャンスに指を動かす余裕すらなかった。
そしてベスパもまた、それを気にする様子はない。
それどころか、今まで横島が見たことのない、子供のような笑みを浮かべてさえいた。

「ベ、ベスパ! お前、絶対楽しんでいるだろっ!?」

「おや、わかるかい?」

「その顔見れば誰だってわかるわっ!!」

「ふふふ、こんなに楽しい思いをしたのは久しぶりだね」

「そ、そ、そりゃよかった。で、でも、もう勘弁してーーー!」

その願いは聞き入れられることはなかった。
階段の中腹の踊り場でさらにアクセルをめいっぱい回すと、上半身を起こしてスクーターを再度宙に躍らせた。

「それーーーっ!」

「うーーーーーわーーーーーぁーーーーーっーーーーー!!」

その掛け声と共に身体が一際大きく舞い上がり、風にたなびくブロンドの長い髪が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
横島の悲痛な叫び声が奇妙なドップラー効果を残し、二人の姿は階段の下へと消えていった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa