ザ・グレート・展開予測ショー

幸せのカタチ


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 8/21)

 それは、とある晩夏の日の事でした。


 都内のとあるアパート、横島くんのお家。
「ふう……、大分涼しくなってきたね」
「今年の夏は暑かったですものねー」
 漫画の中の時間の流れがどうなってるのか知りませんけどと、言ってはいけない事を口にしながらお茶を啜るのは、この部屋の住人たる横島忠夫くんと、その同僚の氷室おキヌちゃん。
「仕事の無い日曜日ってのも、偶には良いもんだねー……」
「そうですねー……」
 などと、二人してまったりしてみたり。
 常に命を懸ける職業に就いてる彼等にとっては、こんな平和な時間は珍しい。特に何も無い時間が、この上無く大切に思えてきたりする。
「あ、お茶切れちゃった」
「入れ替えてきますね」
「うん」
 そう言って、急須を持って台所に向かうのは、特に用もないのに当たり前のようにこの部屋に存在しているおキヌちゃん。
 その事に、本人も横島も全く違和感を感じていない。
 正確にはおキヌちゃんの方はちょっとくらい意識してくれよとか思っているのだが、今のこの居心地の良い関係を壊すのも勿体ないような気がするので、敢えて口にはしないでいる。
 そんな事を言ってるから、どこぞの蛍娘やら何やらに横からかっ攫われてしまうのだが、まあ、それはそれで。
 目下のところ最大の恋敵は大好きな姉貴分だったりして、そんな訳にもいかないけど出来れば決着着いて欲しくないなぁと、どこか人事のように思っちゃったりなんかしてしまう、複雑なお年頃のおキヌちゃんである。流石に三百年も十五歳をやってただけあって、青春の苦悩っぷりも磨きが掛かっている。
 と言うか。そう言う事で、実はかなり不利な立ち位置に居たりする訳なのだが。
 一方の横島は、ボーッとテレビを観ながら尻出しの渋茶を啜っている。
 まあ、今更おキヌちゃんにかっこつけても仕方あるまい。抑もからして第一印象は最悪だったのだから、滅多な事ではこれ以上評価が下がりもしないだろう。スケベなところも情け無いところも、全て一番近くで見られているのだから。
 据え膳食わぬはと言うような台詞がこの状況で脳裏の端にも昇らないのは、まだ幽霊扱いしているからだろうか。それとも矢張り、今の関係を崩したくないからか。ぐうたら兄貴とお節介な妹のような、居心地の良い今の関係を。
 それはそれとして、どうせ俺なんてと常に思ってしまうのは、どこまでも自分に自信の無い横島である。推薦受験どころか、まともな会社なら面接で落とされてしまうだろう。そう言う意味では、美神の元へ就職出来たのはラッキーと言える。何にせよ、才能を開花させる事が出来たのだし。
 幽霊を押し倒した男として、来世にまで存分に語り継いで下さいよと。いや、おキヌちゃんに当たっても仕方無いだろうと、セルフツッコミ。
 何がやりたいのか自分で分からなくなる、そんな平和な気怠い休日の午後。



「あ、もうこんな時間。そろそろ晩ご飯の支度をしなきゃ」
「ん、もうそんな時間か〜」
 うとうとしていた目を擦って二人が窓の外を覗いてみると、空は既にオレンジ色に染まり、二匹の鴉が鳴きながら飛んでいた。
「それじゃあ、私、もう帰りますね、横島さん。お買い物していかなくちゃなりませんし」
「うん。って、そうだ」
「何ですか?」
「いや、今、給料日前じゃん? ちょっと苦しくてさー。荷物持ちするから、たかりに行かせてくれない?」
 まあ、それも。いつもの事である。





 と言う訳で、商店街に繰り出す横島くんとおキヌちゃん。
「……ねえ、おキヌちゃん?」
「はい。何ですか、横島さん」
 連れ立って歩く二人に、商店街の皆さんの好奇の視線が注がれている。
 ……と言うか、“歩いてる”のは一人だけだから、なのだが。
「……俺の肩で懸垂するの、止めてくれない……?」
「ああっ、ごめんなさい! 幽霊だった頃の癖でっ」
 いや、健康ドリンクのコマーシャルじゃないんだからと。つっこむべきはそこじゃないような気もするが、どこからつっこんで良いのか分からないのだからしょうがない。
 取り敢えず、そんな物凄い事をするおキヌちゃんの意外な体力と筋力に敬服する事しきりである。サポート専門とは言え、ゴーストスイーパーなどやってると、やっぱり筋肉が付いてしまうのだろうか。
 女の子なのにとか言う横島ではないが、それでもほら、やっぱりおキヌちゃんだし。ちょっと悲しい気持ちになってしまうのも、無理は無いような気もしてくる。
 しかし、それを癖と言い切るおキヌちゃんこそが、真に驚嘆に値する訳なのだが……。通称“横島の背後霊”(元)の本領発揮と言うところであろうか。
「うん……、それで、今夜は何にするの、おキヌちゃん」
「えーっと、そうですね。取り敢えずお店屋さんを見て回って、何が安いかで決めましょう」
 普通の主婦なら、ここでスーパーのチラシを見て夕飯のおかずを決めるところだが、敢えて商店街を回ると言うのがおキヌちゃんだ。幽霊時代も含めて、今やおキヌちゃんは商店街のマスコットガール的存在になっている。
「おう、おキヌちゃん。今日は大根が安いよ」
「いつもありがとうね、おキヌちゃん。じゃあ、ちょっとおまけしてあげよう」
「ミス・おキヌ、ティッシュ・貰って・下さい」
 サービスしてくれたり町の裏情報を教えてくれたりと、おキヌちゃんの顔を見るとみんな親切にしてくれる。
 人徳、と言う奴だろう。
 誰にでも親しみ易い雰囲気と、居るだけで場が明るくなるような存在感を彼女は有していた。
「おキヌちゃんは、人気者だねー。人望あるって言うか……」
「えへへー、そんな事ないですよぅ」
 そう言って照れ隠しに頭を掻くおキヌちゃんだが、実際のところ彼女の人望の厚さは誰もが認めるところだ。師匠と兄弟子がアレなだけに、それは尚更際立つのかも知れない。……などとは、言ってはいけない。
「……ふふっ」
「? どうしたの、おキヌちゃん」
「何でもありませんよっ」
「?」
 こうして横島の隣に居られるだけで、幸せを噛み締められる。
 そんな慎ましい性格が、彼女の長所でもあり、短所でもある。



 一方その頃、横島の部屋。
「横島さーん、居ないんですかぁー?」
「おう、小鳩」
「貧ちゃん。横島さん見なかった?」
 肉じゃがの入ったタッパーを抱えて呼び鈴を鳴らすこの三つ編み少女は、Y氏の隣人・花戸小鳩。と、その守護神たる福の神の貧ちゃん。
 愛しの横島さんの為、自らも貧乏なのにも関わらず余分に肉じゃがを作ってお裾分けしてあげようとしたのだが……。
「横島なら、さっきおキヌと一緒に出てったで。何や、また飯たかりに行く言うとったな」
 間の悪い娘である。
「そ、そんな……。折角横島さんの為に、肉じゃが作ったのにぃ……」
 思わぬ不運に、滲み出るのは心の汗。決して悲しい訳じゃありません!
「負けたらあかんで、小鳩ッ! 銭の花は白い! せやけどその根は、血のように紅いんや!」
「……誰がお金の話をしてるの?」
 相方(?)のボケた態度が、小鳩の頭に冷静さを取り戻させ、再び闘争心を燃え上がらせる。
「そうね、貧ちゃん。私、負けない! ひまわりさんに笑われちゃうものねっ」
「せや! その息や、小鳩っ」
「コートの上では泣かないわ!」
 薄暗い晩夏の空を見上げて、涙を拭う。
 耐えるのには、慣れている。
 決意は固く、遺志は強い。

「試合終了のゴングは、まだ鳴ってないもの……!」
 うふふふと、陰惨な笑みを漏らす小鳩であった。

 これもまた、幸せな日常のカタチ。





 さて、事務所に着いた。
 着いてしまった。
「お帰りなされ、おキヌ殿! あ、先生も一緒でござるか!」
「あはは、給料日前でちょっと懐がさー」
「……油揚げ買ってきた?」
 少し甘酸っぱいような、そんな幸せな二人きりの時間は終わりを告げ、いつもの喧騒の中に巻き散らされる。
 まあ、それも良いだろう。
 彼女の望む幸せは、この中にあるものなのだから。
「駄目よ、タマモちゃん。油揚げは、ご飯出来てからね」
 そんな事を言っているから、いつまで経っても先に進まないのだし、その内に鳶に油揚げを攫われる事になってしまいそうなものだが。
 しかし、この日常には“今の”横島が不可欠だ。
 逃げと言われようとも、彼女にそれを崩す事など出来ない。誰かがやるのならば自分がと、そんな台詞を捻り出せる程、彼女は器用な質ではない。
 永遠でないのは、分かってる。
 不変でないのは、分かってる。
 それでも。
「なぁに、横島。あんた、また来たの?」
「しゃあないじゃないっすか、美神さん。薄給の身なんすから」



 この日常がもたらす穏やかな幸せを、今は抱き締めていたいから……。


 それが彼女の、幸せのカタチ。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa