ザ・グレート・展開予測ショー

『  Shower For The Sweethearts  (後編) 』


投稿者名:墓無し春夏
投稿日時:(04/ 8/15)

さんざん泣き通した後、公園を出て適当にぶらついてた。辺りはまだにぎやかな商店街。
でも俺はとても陽気になんてなれなかった。
腐った顔して、死んだ魚みたいな目をして、下ばっかみてふらふらとヨタついてた。

……どうすりゃいいんだろうな……

どがっ!!

「……ってぇなぁ、気ぃつけろや。オォッ!?」

誰かにぶつかって、ぶっ飛ばされた。
見てみると、そこにはガラの悪い奴らが何人も。
揃いも揃って俺をギロリと睨んでた。

「五月蠅ぇっ!!お前が気ぃつけろっ!!!」

多分普段の俺だったら、地べたに頭すりつけて土下座して、
涙をぶわーって流して謝ってただろう。
だけどあいにく、流す涙なんてのは――もう枯れ果てた。

「ああっ?逆ギレしてんじゃねぇよ。このボケがぁっ!!」

相手の一人がいきなりパンチを入れてきた。
……美神さんより、ずいぶんとぬるいパンチじゃねえか。

でも、そのはずみで上着のポケットに入れてた携帯電話が落ちて転がっていく。
慌てて拾いに行こうとする俺に、またもパンチが浴びせられた。

「ぐっ……!上等だコラァッ!!」

頭に血が昇りきっていたとしか言いようがない。
後の事なんか考えず、心の痛み、今のイライラ、それら全てを勢いにまかせて言葉と拳を返す。

怒号に継ぐ怒号、拳の応酬。
もうそれからは相手の良いようにやられまくってた。
羽交い締めにされて、何発も殴られて。
似ても似つかない相手なのに、殴られる度に何故か美神さんの顔が浮かんできた。

怒った顔。

……美神さん……!

笑ってる顔。

………美神さん……!!

寝てる時の顔。

…………美神さん……!!!

あの時の、素直になってた顔。

……………美神さん……!!!!



――――……美神……さん……――――



ガッシャァン!!

「おーおー、これっぽっちでおちまいでちゅかー?ヒャハハハハ!」
「次からは口のきき方に気ぃ付けるんだな!!」

殴られてゴミ捨て場にぶん投げられる俺。
男達が去っていった後も俺はただその場に突っ伏していた。
腫れぼったい目からうっすらと見える空。
さっきまであんなに晴れてたのに、いつの間にか真っ黒な雨雲で覆われて――



……ぽつっ、ぽつっ……ザァァァァ…………



雨に降られて惨めな俺。
ゴミ捨て場で必死になって、落とした携帯を探す俺。
さっきまでは枯れ果てたと思っていた涙が雨に溶けていく。

もう、消えてなくなってしまいたかった。
雨に打たれて、水たまりに溶けて、そのまま…………





さっきより強くなる雨。
いつまでもあそこに転がってる訳にもいかないから、雨宿りできるところを探してとぼとぼと歩く道。
明日から仕事どうしようとか、傷心旅行って言ったら北だよなぁとか考えながら歩く雨の道。
その冷たさなんて、心よりもずいぶんと生ぬるかった。
少しばかり歩いた後で、近くの軒下で雨宿り。
何となくポケットに手を入れて中をまさぐると、そこには携帯電話があった。
そういえば、まだあの留守電メッセージを聞いていなかった。多分美神さんからだろう。
携帯を出そうとして――手を止める。

メッセージを聞くのが怖い。
罵詈雑言を聞くのも怖いけど、それ以上に怖いのは慰めの言葉。
そんなもん聞いたら、今よりもっと惨めになるだけだから。
惨めになって、そのうち壊れてしまうんじゃないかって思うから。

携帯の真っ黒なサブディスプレイを見つめると自分の顔が写っている。
ひどい顔だった。
目は色あせて、髪は雨に濡れたせいで垂れ下がって。
顔色は悪くて、バンダナもへにゃりとなっていて。

「…………」

ふんっと、自嘲するように鼻で笑って携帯の電源を入れる。
もう、構うもんか。
壊れるなら、壊れろ。これ以上の惨めさなんてないんだから。
その後のことなんて、それからでいい。

『メッセージ は 16 件 です』

無機質な音がスピーカーから流れた。そのまま、再生。

『あー……雪之丞だ。今度の仕事のことでちと相談がある。とりあえず、近いうちに連絡を――』
『横島さんカー!実は来週のテストで横島さんにお願いがあるん――』

こんなんが何件か続いた。
言葉にできないいらつきがどんどんこみ上げてくる。
頭では聞きたくないのに、心ではどうしようもなく聞きたいと思うのは、何故だろうか。

『…………』

7件目くらいに、何も聞こえてこないメッセージがあった。
耳をスピーカーに押しつけてみる。その瞬間、

『……横島クン?今ドコにいるのかはわからないけれど……早く連絡しなさい。じゃあね。』

美神さんの声が聞こえてきた。静かで、ひんやりとした声。
多分、俺が逃げたすぐ後の事だろう。

『……あのね、聞いてるの?どんだけ私がここで待ってると思ってるの?さっさと連絡しなさい!』

あれ?この声、本当に待ってるのかな?
まさか、美神さんに限って……

『よーこーしーまー……いい加減にしなさいよ。ここまでやられたらいくら温厚な私でも怒るわよ?』

何言ってるんすか。もう怒ってるくせに。
声でわかるんすから。

『横島ァっ!!アンタふざけるのも大概にしなさいっ!大体アンタねぇ、何であの時……って、雨っ!?嘘っ!!?』

雨?あぁ、喧嘩してたあの時か。あの惨めな……くそっ。
でも雨が降ったんなら、美神さんも帰ってるよな。雨、キライだし。

『……ハァ、ハァ……』

へ?

『ふっざけんじゃないわよ……人をこんなに走らせて。せっかくオシャレしてきたのに雨で服はびしょびしょだし……
 靴はどっかいっちゃうし……全部アンタのせいよ。いい加減に、連絡ぐらいよこしなさい!横島クン!!』

え?
一体何がどうなってるんだ?あの美神さんが雨の中を走ってる?
何で……まさか、俺を捜しに?
そんな訳ないだろ……何でこんな俺なんかを……

その時だった。
呆然としていた俺の右手から着メロがけたたましく鳴り始めた。
俺がセレクトした曲。その人のために、考えた音。
美神さんからの着信音。

「…………」

言葉を失って、心地よい音を奏でる携帯をずっと見つめてた。
震える指がゆっくりと通話ボタンに動き――ボタンを押す。

「……はい……横島で――」
『コラ――――――――――――!!!!!!』

耳をつんざくような、美神さんの声。
思わず俺は、携帯を落としそうになった。

『アンタっ!何携帯ずっと留守電にしてんのよっ!何で返事しないのっ!それよりドコにいるのよっ!』
「あっ……い、いやその……」

頭の中がパニックになって、真っ白になった。
何て言えば良いんだ?それともただ謝ればいいのか?そもそも何で俺は怒られてる?
思考が頭の中で無限ループ。あたふたとするしか無かった俺の耳に聞こえてきた音は――

『ツー ツー ツー ツー ツー ……』

いつの間にか電話が切れていた。声なんて何にも聞こえない。
電波でも悪くなったのかと思って、今度はこちらからかけ直す。

「あっ、美神さんっ!?どうしたんすか一体?急に電話切れちゃって……」

スピーカーから聞こえたその返事は、俺の真後ろからも聞こえてきた。

「電話を使う必要がないから切ったのよ、横島クン?」





「みっ……!?」

驚いて振り向くと、そこには美神さんが立っていた。
全身びしょびしょのずぶ濡れで、髪とかはすごく乱れてて。
服は肌にぴったりとくっついていたし、履いていたはずのハイヒールなんて影も形も無くて裸足のまんまで。
携帯電話を持ちながら、俺を見つめて肩で息をしていて。

今までずっと走り回ってたんだって事は、俺でもわかった。

「美神さん……何で……何でここに……?」
「何で……ですって?アンタを捜してたに……決まってるでしょうが……。
 勝手にどっか行っちゃって……心配かけさせるんじゃないわよ、まったく……!」

留守電のメッセージを聞いた時、まさかとは思ったけれども本当に捜してたなんて……。
美神さん、このひどい雨の中を必死で走り回ってたんだ。こんな、俺なんかのために。

何なんだよ、さっきまでの俺は。
美神さんがこんなにもなって俺のことを捜してくれてたってのに、それなのに俺は……っ!

自分の心が渦巻いているのがわかる。
逆ギレしてた自分が情けなくなってきて、自分のことしか考えられずにいた事に幻滅していた。
それでも心のどこかでは美神さんが来てくれた事に、どうしようもない嬉しさを感じていて。
そういったものが全部混じり合って、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

「うぐっ……ぐっ……っ…………」

自然と涙が出て来ていた。
悲し涙でも、嬉し涙でもない。
まるで湧き水の源泉のように、心の奥からじんわりと涙が溢れてきて止まらなかった。

「うぐっ……すんません、美神さん……俺……俺……っ」
「横島クン……」

ぽんっと俺の肩に美神さんの手が置かれる。
雨で濡れてるはずなのに、その手はどこか温かくて。
そこだけ他とは全く違う場所のように感じられた。

「帰るわよって言いたいところだけど、まだハッキリとさせなきゃならないことが残ってるのよ……?」
「……ぐっ……ひっ…………へっ?」

思わぬ言葉に、思わず泣くのも止めてしまった。
美神さんが俺にハッキリさせたい事って、何だろうか。

……もしかして、こないだ依頼人のねーちゃんにちょっかい出したことか?
それとも美神さんの下着を青少年らしい好奇心から盗もうとした事か?
あーもう!心当たりがありすぎてわからーんっ!」

「聞・こ・え・て・る・の・よ!」

ボキベキゴリゴリィッ

「あ゛ーっ!!また声にっ!?あでででででででっ!肩の肉鷲掴みにしてゴリゴリするのは――――!!」
「ったく……まあ良いわ。それより横島クン?正直に答えなさい?」

美神さんの目が真剣な物に変わった。
こんな時にふざけて答えたら、本当にどうなるかわからないことは俺にもわかっていた。

「アンタ、さっきの電話で言ってたわよね?『あのチケットか?ちゃんと使ったよ』『お前のおかげだ』って」
「えーと、はい、まぁ……」
「じゃあやっぱりあのチケットは他の人から貰ったモンなの?」
「そうっすけど……」
「その事、私に言ったっけ?」
「いえ、言ってないです……」
「そう……やっぱり……本当に……そうだったのね……」

そう言った美神さんの表情は正直言って険しかった。
大きく開いた眼を全然動かさず、ただひたすらに俺の顔を凝視している。
小さく歯ぎしりが聞こえてくるように歯を噛み締めている。
走ってきたせいかまだ肩で息をしているけども、そこから感じる雰囲気は俺をビビらせるには十分だった。
俺の肩に置かれた美神さんの手が小刻みに震えている。段々とその手に力がこもっていくのがわかる。
今の美神さんはきっと――

「あのー、美神さん?何でそんなに怒ってるんすか?」
「…………」
「み、美神さん?」
「……アンタね……私が何で今こんなに怒ってるか……わかる?」

頭の中で美神さんの怒りそうな理由が挙げられていく。
電話に出なかったから……?美神さんの前から逃げ出したから……?
それとも……いや、もうこれしかないだろう……考えるまでもなかったな……。

「……いやだって、俺みたいな奴が美神さんに告白なんかしたりしたから美神さん、イヤになって……」

どばぎゃっ!!!

言った瞬間、震えていた美神さんの手に思いっきり力が込められた。
その痛みに顔をしかめると、次に目に入ったのは美神さんの拳だった。
今までで一番の衝撃。
ぶっ飛ばされて、今なお雨が降りしきる道路の真ん中に俺は叩き出された。

「なっ、何すんすかー!?」
「うるさいっ!!」

顔を上げてみれば目の前には美神さんが仁王立ちしていた。
拳を堅く握って、わなわなと震えて、あの時――俺が告白した時――の眼で俺を睨みつけていた。

「すーっ……」
「?」

美神さんが深く息を吸い込んだ。何がどうなったんだろうかと不思議がる俺。
次の瞬間、美神さんが俺の胸倉を掴んできた。

「ふっざけるんじゃないわよっ!一体誰がいつドコでアンタの事をイヤだって言った!!?
 いつ私が横島クンを嫌いだって言った!?私にはそんな覚え全っ然ないわよっ!!
 私があの時アンタをぶったのも、さっきから怒ってるのもそんな事なんじゃないっ!
 私が言いたいのはアンタが他人から貰ったチケットで私を誘ったこと、そんでそのことを隠してたって事よっ!!
 いいっ!?誰だって誘われたら嬉しいものなの。ましてやそれが結構気になる人だったらなおさらよっ!
 ……これでもね、アンタに誘われた時、結構嬉しかったのよ!?
 横島クン、『私と一緒に見に行きたいからチケット取ったんだ』って言ってたわよね?
 映画終わった後で『美人だ』なんて言ってくれたわよね?……全部、まともに顔も合わせられないくらい嬉しかったのに……
 それが……何?
 私のために取ってくれたっていうチケットは、実は他の人からの譲り物?
 しかもそれをまるで『俺が取ったんです』みたいに嘘ついて?あまつさえ、それを隠した上で告白ですって?
 どんなに嬉しくても、そんな嘘だらけで隠し事だらけの告白に素直に喜べるはずないでしょうっ!?
 そんなの、裏切られたも同然よ!」

美神さんの言葉がどんどん俺に浴びせられる。
何も言い返す事ができないで、俺はただたじろぐしかなかった。
口から出てくるのは「あう……」とか「だっ、その……」とかいう言葉にならない言葉だけ。
その上俺には美神さんが今言った事があまりにも理解できないでいた。

「はぁ……はぁ…………げほっ……」

美神さんは肩で息をするのも辛いみたいで、膝に手をついて息をしている。
走り回った後であのマシンガントークをしたんだから、そうなるのも無理はないのかもしれない。

それでも俺は未だに美神さんの言葉を理解できないでいた。
貧相な頭をフル回転させてみても、何をしてもハッキリとはわからない。

「何よ……その顔……?」

ようやっと息を整えた美神さんが俺にそう聞いてきた。
多分、頭の上で「?」マークがグルグルと回ってるような――そんな顔を俺はしてたんだろう。
怪訝な顔をしているだろう俺に近づいてきて、険しい眼で見つめながら美神さんは言った。

「……アンタ、これだけ言ってもまだわからないの?私は隠し事をしてたって事が何より納得いかないの!
 私の知らないところで何もかもが計画されて、私はただそれに乗っかってるだけでいいっていうのが!
 どうして隠す必要があるの?嘘をついてまで誘う必要なんてないはずでしょ?正直に言えばいいじゃない!
 そんな横島クンは私の……、私の知ってる横島クンじゃない!!」

頭をズガンッと殴られたような重い衝撃が俺を襲った。
そうか、俺は美神さんに決してしちゃいけない事をしたんだ……。
だから美神さんはこんなに怒ってるんだ。そんな事にも気付けなかったなんて……。

俺は、子供だったんだ。
無理して大人になろうとして、飛ばしちゃいけない段階を飛び越そうとしていたんだ。
美神さんの本当の気持ちを考えないで、自分の考えだけで動いてたんだ。
自分の気持ちも確かに大事なんだろう。でもそれ以上に大事なのは相手の気持ちなんだ。
自分の事だけを考えるんじゃない、相手のこともちゃんと考える。それが本当の意味での大人なんだ。
美神さんは、俺を捜しに来てくれた。俺は一人で愚痴ったり逆ギレしたりしていた。
俺は、ただのガキだったんだ。

気づけば美神さんの顔が目の前にあった。もう怒ってるようには見えなかった。
どこか満足したような、どこか嬉しそうな表情で俺を見つめていた。

しばらくして美神さんが、そんな俺を見てくすっと微笑んだ。
でも今までが今までだったせいか――俺はまた殴られるんじゃないかって思って身構えてしまった。

「でもね……?」






ふわっ……






強ばっていた俺を美神さんが抱きしめてくれていた。ゆっくりと、優しく。
美神さんの髪の匂いが、背中に回された腕の温もりが――全てが心地よく感じられた。
雨が降っているはずなのに、本当は二人とも冷たくなってるはずなのに全身が温かかった。
空間に色が付く。ほんのりとした色、あったかい色が俺たちを包み込む。
きっとそれは美神さんの優しさなんだ。

視界の端からわずかに見える美神さんの頬が紅く染まっている。
俺もきっと、そうなってる。嬉しくて、少し気恥ずかしくなって今までとは違う涙がどんどん溢れてきた。

「でも、次はもっと……上手くやるのよ?……待ってるから……」

もっと上手くっていうのは詳しくはまだわからない。
でも、今の俺にはおぼろげだけど見えていた。もう美神さんに嘘はつかない。もう隠し事なんてしない。
それが美神さんを一番傷つけるってわかったから。

「……はい…………美神さん……」
「何?」
「俺も抱きしめて……いいすか……?」
「……バカ……少しだけだから……」

抱きしめた美神さんの身体は本当に温かかった。美神さんの背中に腕を回すだけでそれがわかる。
美神さんは少しだけなんて言ってるけど――我が侭を言えば、もう離したくなかった。




――そういえば、まだちゃんとした返事してなかったわね。

――返事……?何のです?

――そりゃその……なっ、何でもないわよっ!

――美神さん、顔が赤いっすけど大丈夫っすか?この雨の中じゃ風邪引くんじゃ……

――う、うるさいわねっ!この馬鹿たれがーっ!!




めきゃっ

結局、何の返事なのかはわからずじまいだったけど、俺はまた前みたいに殴られて。
でもそこからまた感じる事のできた優しさや温もりは前よりも遙かに大きくて。
さっきまで降ってた雨はいつの間にか止んで、空は星が見えるほどスッキリしていた。

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