ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 6>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 8/15)

小さな四角い石が余すところなく敷き詰められた小路を、二人乗りのスクーターがゆっくりと登っていく。
水を撒いた路面がつやつやと黒く光り、午後の日差しがきらきらと輝いていた。
横島はバランスを崩さぬように注意しながら、後ろを振り返ってほっとため息をつく。
気のせいか、スクーターのエンジン音までが安堵の息を漏らしたように聞こえた。

どうやらうまく逃げることが出来たようだが、それとは別に新たな問題を抱えるはめになった。
ベスパにしがみついたままに右往左往して、どこをどう通ってきたのかさっぱりわからない。
確か橋を渡ったことは覚えているが、ここがどこだか見当もつかなかった。

「なあ、ここはいったいどのあたりなんだ?」

「トラステヴェレあたりだね。ローマの下町みたいなところさ」

ああ、なるほど、と横島は思った。

車がぎりぎり行き違いできるぐらいの幅の道や、古くてところどころ補修されているが大切に使われている建物。
頭上にはためく、三階建ての家の窓から差し渡した真っ白い洗濯物。
格子を開いた窓から漂う、フォッカチャの焼ける香ばしい匂い。
その隣から聞こえる、エプロンをつけた太ったおばさんが、まくし立てるように電話に向かって喋っている声。
道路の端でサッカーボールに戯れる子供たちと、風の抜ける白い壁の上で気持ち良さそうに寝ている野良猫。

街の雰囲気が先程までの川向こうとは違って見えた理由が、ほんの少しわかったような気がした。

「こういうのは、どこでも変わんないんだなあ」

初めて来たはずなのにどこか懐かしい感じのする街並みに、横島は子供の頃過ごした町の風景を思い出して、感心したようにしみじみと言った。
ベスパは黙ってスクーターを走らせていたが、やがてぽつりと呟いた。

「・・・羨ましいね」

「へ? 何が?」

「お前には思い出の場所があってさ」

ベスパは表情を変えず前を向いたままだが、その声はどこか寂しそうに感じられた。

「あたしらは造られてからまだ一年しか経っていないからね。知識はあっても、思い出になるような経験はないのさ」

去年のあの日のことは―――ベスパはそう言いかけてやめた。
あれはまだ思い出になるには早過ぎるし、そしてもう遅過ぎた。
そう、今となっては。

「―――――」

期せずして聞かされた台詞に、横島は擬視感に襲われる。
かつて同じ言葉を語った、二人がそれぞれに愛した女の幻影に。

「ベスパ―――――」

横島は首を伸ばすようにして、前を覗き込む。が、顔は見えない。
なおもハンドルを軽く動かすその後ろ姿に、あのときと同じような気持ちが湧き上がってきた。
今、自分はベスパの腰を抱いている。
やはり細くなっていたその腰にとまどいを感じながら、ほんの少し力を込めて抱きしめた。
近づく背中もまた、幾分か小さくなったような気がした。

ベスパは急に引き寄せられた腰を感じ、またぞろこの男のセクハラかと思い、肘鉄でも食らわせてやろうかと考えた。
首を傾けて振り返ると、手を回したままこちらを見上げている横島と目が合った。
ゆっくりと走る小路の上で、一瞬だけお互いの視線が絡み合うが、無言のまま前を向いて背中の感触に身を任せている。
その胸の内には、ほの暖かい何かと共に激しい痛みが募っていく。


やがてサン・パンクラツィオ門に差しかかろうとしたとき、急にベスパがスクーターを停めた。

「どうした?」

二度三度あたりを見回すベスパを見て、横島が怪訝そうに尋ねた。

「ん? ああ、別にたいしたことじゃないよ」

「てっきり道に迷ったのかと思ったぞ」

「そんなんじゃないよ」

素っ気無くそう返事をするが、まだ何か気になるらしい様子だった。が、再びアクセルを回して走り出す。
二人はドーリア・パンフィーリ公園を右手に眺め、オリンピア広場のほうへと降っていった。

「なあ、ひょっとして前にも来た事があるのか?」

「まさか! 魔族のあたしがこんなところにそうそう来れるはずもないじゃないか」

「そのわりにはよく道がわかるじゃないか。俺にはもう、どこがどこだかさっぱりわからんぞ」

「あたしにはこいつらがいるからね」

そういってベスパは上を指差した。
指の先に、眷属である妖蜂が数匹飛んでいるのが見えた。
それで納得がいった。

「ああ、それでさっき―――――」

「そう、こいつらが先回りして情報を送ってくれたってわけ」

「なるほど、ナビ付きってわけか」

見ればしきりにあちこちから妖蜂が飛んできては、また元来たほうへと飛んでいく。
どういうふうなコミュニケーションなのかはわからないが、なにやら役割分担がなされて指揮系統がしっかりと構築されているところがおもしろい。

「なあ、もうひとつ聞いていいか?」

さっきから俺は質問してばっかりだな、と横島は思わず苦笑するが、きっかけがあるうちに聞いておきたかった。

「何だい?」

「俺たちを追い掛け回していた奴らは何者なんだ? なんかお前は知ってるみたいな口ぶりだったけど」

「なんだ、知らなかったのかい? 奴らはお前のお仲間だよ」

「GSか?」

「というより、Gメンのほうが近いかもな。ヴァチカンの連中だよ」

ベスパは再びスクーターを路肩に停め、横島のほうに振り向いて言った。

「降りろ」

「なんだよ、突然」

「これ以上あたしと一緒にいるとまずいことぐらい、お前にだってわかるだろう?」

「わからんね。俺は知り合いの女と一緒にローマ見物をしてるだけさ。別に悪いことをしてるわけじゃあない」

「魔族と一緒にいるだけで、人間にとっちゃ罪さ」

「そんなのは、今に始まったこっちゃないよ」

人類の敵と呼ばれていた去年のことが思い浮かび、どこか懐かしそうな顔をして横島が言う。
実際、あれだけひどい扱いを受けたというのに、何故か悪い気はあまりしなかった。
ベスパはそんな横島を睨むように見つめていたが、やがて根負けしたように頭を振った。

「まったく、お前はバカなんだか、なんなんだか・・・」

「なんだ、今ごろ気付いたのか」

「自慢するな!」

「だいたい、追われているからといって、この俺が女の身体を手放すわけがないだろう?」

そう言いながらきつく抱きしめていた手を緩め、さわさわと摩るようにまさぐる。
不意に来たこそばゆい感触に、ベスパは思わず可愛らしい声を漏らしてしまう。

「こんなところで何をしとるか、お前はっ!!」

「はうっ!」

今度は食らわせることが出来た肘鉄が、ものの見事に横島の顔面にヒットする。
が、慣れているせいか、あまり堪えた様子はない。
なおも弄る手を休めず、徐々に上のほうへと伸ばしていく。

「それじゃ、これからホテルに戻ってじっくりと―――」

「やめんか!!」

先程とは比べ物にならないぐらいの勢いで肘を突き上げられた横島は、仰け反るような格好で宙へと舞っていく。

「そりゃないぜ、ふ〜じこちゃ〜〜〜ん!」

「誰がっ!」

怒りと気恥ずかしさで耳まで真っ赤になったベスパの姿に、緊急警報を告げに来た妖蜂も一瞬ためらうように上空を旋回するだけだった。

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