ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 06 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 8/11)




 ゴミと埃の積もった床に白いチョークの線が引かれている。それを指差しながら美神は、シロとタマモに作業を説明していた。

「――この線に沿って霊を寄せつけない空白地帯が細長く、中継しながら伸びているわ。あんた達にも感じ取れるでしょうけど。」

 そこで言葉を切り、二人を見る。横並びでそっぽを向き合っている二人は、まるでオカルトGメンの捜査に始めて参加した日の様でもあった。

「これはこの廃墟をこんな風にした奴の使っている通路じゃないかと思うのよ.・・・で、あんた達には、この線から手がかりになりそうなものをイロイロと嗅ぎ取って欲しいの。どんな匂いや霊気が残留しているか、それは建物の外へどう伸びているか、とかね。」

 実の所、シロとタマモにとってその線上に残る匂いは、嗅ぎ取ろうとする必要さえないものだった。幾つかの良く見覚えのある気配――その中で最も強く刻み付けられている、最も彼女達にとって身近だった匂い。
 だが二人がその事を口に出したり、互いに顔を見合わせたりする事さえもない。バラバラな動きでチョークの線の周りを嗅ぎ始めた二人を見て、美神は小さく溜め息をついた。
 線上から嗅ぎ取れた匂いや霊気を辿り外へと向かうシロ、その匂いの中身を細かく嗅ぎ分けようとするタマモ。仲が悪くなっていても――それ故に、か――二人の間には自然と役割分担の様なものが生じていた。

 「突然、PCルームで霊波刀や狐火を出して喧嘩を始めた。」二人の諍いの発端について、美神が聞いているのはそれだけだった。
 ピートが割って入る事でその場は何とか収めたが、二人の関係の修復には至らず、また、他の職員達と二人――特にタマモ――との間の距離も広がってしまっているらしい。

「身内に人間以上の能力を持った妖怪がいる、と言う事の危うさを過剰に実感してしまったのでしょうね・・・。」

 娘から前回の調査報告を受けるついでに二人の衝突について触れ、美智恵は憂いの浮かぶ表情で言った。
 ピートは西条と美智恵に喧嘩の原因を「互いにイライラして会話が噛み合わなかったから、らしいです。」と報告して来たが、もっと詳しく知っている様な感じもする。彼に訊ねてみると良いかもしれない。美智恵はそんなアドバイスを美神に与えた。

「早く仲直りしてもらわないと、こっちにとっても厄介事だからね。こいつらの喧嘩は・・・。」

 美神は呟きながらも、彼女達をそのままにその場を離れた。気になっている事は他にも山程あるからだ。


 美神が去った事を確認すると、タマモは作業をやめて顔を上げた。分かり切った事を分からないフリして調べる。こんな馬鹿らしい事もない。・・・この“道”に残留しているのは、見覚えのある匂いばかりだ。
 たまに事務所を訪れる大柄な老人とアンドロイドの少女、自分達の先輩でもあるピート、あまり馴染みはないが横島と良くつるんでいるあのデカイ男と小さい男・・・そして、横島本人。
 タマモは立ち上がって近くの客室に入る。群がって来た霊を狐火で払いながら進み、奥の窓から外の光景を眺める。ちょうど正面入口から四つん這いのシロが辺りを嗅ぎ回りながら出て来る所だった。

「・・・・・・バカ犬・・・。」

 タマモの口からは自然と言葉が漏れた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「不愉快なのよ、バカ犬!」

「容赦しないでござるぞ女狐!」

「二人とも止めろ!!」

 それぞれの武器を手に相対するタマモとシロ。その間に割って入るピート。

「落ち着いて下さい・・・シロさんも、タマモさんも。こんな場所で暴れたら大変ですし、同じGメンの仲間同士、無闇に争って解決しようとせず冷静になって話し合ってみましょうよ。・・・まず、どうしてこうなったのか聞・・・」

「―――うるさいっ!」 バシュッッ!!

 タマモの右手が一閃し、言葉途中のピートめがけて狐火が叩き付けられた。

「ピートどのっ!?」

「何が仲間同士よ、私もアンタも人間の職員から完全に仲間外れになってんじゃない。何、いい子ぶってんのよ!?・・・気に入らないっ!・・・私は気に入らない事に我慢なんて絶対に・・・しな・・・い・・・から・・・」

 狐火が命中した筈のピートの姿はその場から掻き消えていた。次の瞬間、室内に霧が立ちこめる。タマモの手元の火が握り潰される様に消え、シロの霊波刀は閃光と共に弾け飛んだ。

「「!!」」

 霧の中から朧げにピートの上半身が浮かぶ。冷たい視線で射抜かれて二人はビクッと身を震わせた。牙を覗かせた口元で、彼は静かに言い放つ。

「・・・やめろと、言っているんだ・・・。」

 凝縮した霧が再び彼の全身像となる頃には、二人は渋々ながら構えを解いていた。

 ピートは彼女達を別の部屋で一人ずつ呼び出し――二人同時に喋らせると争いを蒸し返す恐れがあった為――事情を聞く事にした。
 最初に呼ばれたタマモは不機嫌な顔のままで聴取室に現れ、何故喧嘩になったのかと言う彼の質問に「バカ犬がイラつくからよ。」と小馬鹿にした口調で答えていたが、それを無言のまま静かな視線で見つめ返す彼の前に口を噤んだ。
 長い沈黙の後、タマモが口を開いた.。

「ねえ・・・あのさ・・・。」

「ん?どうしました?」

 ピートも再び、何事もなかったかの様に聞き返す。それに続いたのは、逆に彼女の方からの質問だった。

「・・・・・・“アシュタロス事件”って何なの?“コスモプロセッサ”って?・・・・・・その事件で何が起きたの?・・・アイツに・・・横島に。」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 チョークの線に沿って伸びていた幾つもの匂いは、ホテルの建物を出た所で枝分かれし、思い思いの方向に散っていた。霊に襲われる心配の無い外で決まったルートを進む必要は無いから当然の事だと言える。
 シロはその内の一つを辿った。どれを辿るか、彼女にとって迷う所ではなかった。

「・・・・・・せんせえ。」

 シロは横島の匂いだけを繰り返し辿っていた。それだけが、彼女にとって重要だった。
 横島の匂いは建物前を通り、枝分かれした他の匂いと合流してそこで途切れていた。そこに車で乗りつけて来たのだろう。鼻を地面に寄せながらシロは呟いた。

「同じ匂い・・・新しいのと古いのが重なっているでござる・・・せんせえはきっと何度もここへ来たのでござろうな。」

 車を降りて真っ直ぐ建物へ向かっている匂いもあれば、周囲を巡ってから向かっているものもある。

「せんせえは・・・どんな気持ちでここを歩いたので、ござろうか?・・・何度も・・・何年も・・・ここへ来る度、何を想ったのでござろうか。」


 過去を想い、悔やみ悲しんでいたのでござるか。
 現在を想い、虚ろい淋しがっていたのでござるか。
 企ての先にある未来を想い、喜び胸弾ませていたのでござるか。


 それとも。


 過去も現在も未来も無く、ただただ一心不乱に、“あの方”を想ったのでござるか。


「・・・・・・こればかりは匂いを重ねて嗅いでも分からんでござるよ・・・。」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 次にピートに呼び出されたシロは、最初の内こそタマモの態度への怒りを露わにしながら経緯を説明していたが、話している間に口調から不安や自信のなさと言った感情が浮かんで来ていた。

「・・・それとも、やはりタマモの言う通りなのでござるか。拙者には何が何だか・・・拙者が何を分かってないと言うのか、それすら分からんのでござる。」

「うーーーん・・・。」

 一通り話を聞き終えたピートは考え込んだ。二人の喧嘩は直接の原因に横島が絡んでいる。彼の過去に何があったか、今何を考えているのか、彼女達が知らないから起きたトラブルだと言えるだろう。
 過去はともかく今、横島がやろうとしている事について、ピートは“彼ら”から口止めされていた。だが、時と場合による。
 彼女達の疑問やトラブルが解決されるのにそれらを知るのは・・・自分の知っている範囲を教えるのは必要である筈。そう思ったからピートは先程、タマモには「全て」話した。・・・・・・だが。

 目の前のシロは真剣な表情で彼の答えを待っている。
 タマモだって自分で思っている程に冷静さや客観的な見方を保てる性格ではない――もしそうであったなら、この喧嘩は起きなかっただろう――が、シロはそんな彼女と較べても明らかに直情的だった。また、横島との精神的距離も違う。
 全てを知ったシロがそれを「他人の事情」としてどこかで線を引けるとは考え難い。どんな形で“彼ら”や状況に関わって来るか、予測さえ出来ないものがある。

「・・・タマモさんはシロさんに、横島さんの事でシロさんが何の努力も考えもしていない。だから横島さんはいずれシロさんから離れて行ってしまうだろう。・・・そう言っていたんですよね?」

 ピートが事実の確認をすると、シロがこくりと頷いた。どこまで話すかは相手の様子を見ながら考えようと決め、彼は言葉を続けた。

「半分は当たってるけど、半分は違ってる。僕はそう思います・・・タマモさんが悪い訳でも、シロさんが悪い訳でもない。・・・喧嘩した事自体はそれと別の意味で悪いですけどね。」

「・・・半分?」

「ええ。・・・シロさんが特別に何かをする必要なんて本来なかったし、普段通り、君の思うままに彼と接していればそれでよかった・・・筈なんです。シロさんに何か足りないから彼が離れて行く訳じゃない・・・欠けているものがあるとすれば、それはむしろ横島さんの方になんです。」

 シロはピートを凝視した。横島に非があるとも受け取れるピートの言葉は、彼女にとっては自分の至らなさを責められるよりも受け入れ難いものがあった。

「せんせえに・・・落ち度があると言うのでござるか?」

「悪いとかミスがあるとか、そんな話じゃないんですよ、欠けていると言う事は。横島さんのそう言う部分についてタマモさんもシロさんも知らなかった。
タマモさんは何となく気付いていたけど、その分もどかしくて苛立っていた。それが彼女の態度の理由の一つな訳ですが・・・これも仕方のない事なんです。
彼は君達に知られないようにしていたのですから・・・特に、彼を慕っているシロさんに対しては。」

 ピートはそこで言葉を切り、シロが話の内容を理解し終えるのを待つ。

「せんせえが拙者に隠し事をしている・・・?せんせえが・・・拙者に?」

「ええ、色々と・・・でも、“君達に”ではなく“君達だから”です。周りの為に隠すべきだと彼は考えているんですよ。
確かに美神さんやおキヌちゃんは過去起きた事ぐらいは知っています・・・その時彼がどんな気持ちでいたのかも。だけど、今どんな気持ちでいるか、この先どうしようとしているのかまではやはり知らないでしょうね・・・。」

 そこで視線をまっすぐシロの顔に向ける。不意に見つめられて彼女は動揺したが、続いて彼の口から出た問いには更に動揺させられる事となる。

「シロさんは、今まで通りの関係の中から、横島さんがもっと近くへ来てくれる、ずっと傍にいてくれるものだと思ってましたか?・・・・・・でもね、やっぱり、そうはならないんですよ。」

「ピートどのも・・・タマモと同じ事を言うのでござるか・・・。」

「その点ではね。・・・これが“当たってる半分”なんです。誰が悪い訳でもない。普通に考えればシロさんのやり方で彼の傍にいる為の努力として、足りないものも間違っているものもない。
だけど・・・彼自身が誰かの近くに行く事を・・・求めながらも放棄しているならば・・・その結果は、タマモさんの言う通りであるかもしれません。」

 シロの返事はなかった。ピートは再び彼女の言葉を待つ。先程よりも長く、沈黙が流れた。

「・・・拙者は、何をすれば良いのでござろうか・・・このままタマモに何も言えないのも・・・せんせえが離れて行ってしまうのも・・・いやでござる。」

「どう行動するかは、僕に指図されるのではなくて自分で考えて決めるべきでしょう。全て・・・彼に何があったのか、今何をしてるのか・・・隠されていた事を知った上で。
僕の口からそれについて話そうと思っていましたが・・・本当に、聞きたいですか?」

 沈黙を破ったシロの切実な問いに、ピートは何故か、知っている事を話す上での念を押して来た。

「全てを知れば・・・自分の採る道も見えて来るでしょう・・・自ずと、いや、否応なくね・・・これから話すのは、聞いた後で聞く前に戻る事が出来なくなる、そんな話です。彼への気持ちも接し方も変わる・・・変わらざるを得なくなる・・・それでも、聞きますか?」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 自分を呼ぶ声がする。それが近くなるのを感じたタマモは部屋を出て、床を嗅ぎ回っているフリに戻った。

「タマモ、そこは一旦置いといて、ちょっと来てちょうだい。」

 一言そう言うと美神は踵を返す。タマモは身体を起こし、早足で彼女の後を追った。
 階段を下りて、一階クリーニングルームへ・・・ドアを開けると辺り一面、霊物質の糸で真っ白だった・・・その奥でもぞもぞと動く大きな数本の手足を持つ影。
 タマモはしばらくその影を見つめていたが、突然、何かを思い出した様に口元を震わせた。

「これは・・・っ!?」

「・・・見るだけじゃなく、匂いでも確かめてみてね。・・・記憶にあるかしら?」

「間違いないわ。あの時の奴よ。」

「そうね・・・去年の秋、アンタも駆り出して倒した“屍蜘蛛”だわ。あの時もこうやって霊の溜まり易い廃屋内で派手に糸張ってて・・・」

「・・・最初に私が糸をまとめて焼き払ったのよね。こうやって・・・」

 美神の言葉が終わらない内にタマモの挙げた右手が光った。その指先に灯る狐火。タマモが確かめる意味で美神の顔を見ると、彼女は無言で一度頷いた。
 タマモの放った狐火は瞬く間に部屋中の糸を舐め尽くす。捕らわれていた雑霊達が一斉に飛び回り、奥の方で影がじたばた暴れ出す・・・あの時の除霊と同じ様に。

「分かってるわね、次、来るわよ・・・気を付けなさい。」

――――シュッ!!

 炎に包まれた部屋の奥から糸の束が飛んで来た。二人が素早く避けると束の端はその後ろの壁へと貼り付く・・・コンクリートを大きくめり込ませながら。
 影が跳躍し、天井に張り付くのが見えた。あの時と同じおぞましい姿。
 2メートル近くある毛むくじゃらの胴体から生えた、8本の鉤爪付きの折れ曲がった脚。大昔の中国風に髪を結った人間の男の顔・・・デフォルメされた様に歪んで膨れ上がっていたが・・・背中まで曲がり、美神とタマモをねめ付ける。

「ンギャギャギャギャ・・・またてめえらか、また俺を除霊しに来たのか・・・同じ様にやるのか、やれると思ってるのか。能無しのバカども、生きてても死んだ後も低能な人間ども。ンギャギャギャ・・・。」

 哄笑しながらも、屍蜘蛛の口からは涎と糸とがだらだらと垂れ落ちる。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「ただい・・・」

―――ガシャアァンッ!―――ガタガタガタバタン!!
・・・・・・どさっっ


 大学から帰って来たおキヌは、二階で大きな物音――何かが立て続けに倒れる様な――を聞いた。
 彼女が階段を駆け上り、未だに音の聞こえるドアを開けると、テーブルや棚やゴミ箱が横倒しになっているその中央・・・ソファーの下で横島がうずくまって倒れていた。

「―――横島さんっ!?」

 おキヌは横島に駆け寄った。

「横島さん!横島さん!大丈夫ですか!?」

 何度名前を呼んでも横島は反応を見せない。その肩が小刻みに震えていたので、意識はある様に思えた。
 ようやく横島は顔を上げておキヌを見た――彼の表情は尋常ではなかった。
 怯え、怒り、猜疑、失望、苦痛、後悔、悲哀・・・様々な負の感情に彩られ憔悴した真っ白な顔。彼は無理矢理口元に微笑を浮かべる。

「・・・やあ、おキヌちゃん・・・おかえり。」

「おかえり、じゃないですっ。一体どうしたんですか!?」

「いやあ、何でもないよ。今日、俺、居残り番でさ・・・ちょっと昼寝してたら・・・夢見が悪かったんだ。」

「・・・夢?」

 横島は立ち上がろうとするが少し時間がかかった。まだ肩の辺りが震えている。

「うん、夢・・・だから、心配する様な事じゃないんだよ。」

「どんな夢、だったんですか?」

 一瞬、横島の顔から微笑が失せたが、一息つくと軽い口調で答える。

「どんなって・・・普通の夢さ。」

「普通の夢でそんな風にはなりません。この仕事では悪夢一つでもいい加減な片付け方出来ないって、横島さんだって分かってるでしょ?」

「・・・まー、ナイトメアみたいな奴もいるからな。でも、妖怪の仕業とかじゃないよ。俺一人で見た夢だ。」

「じゃあ何か、悩みとか抱えてるんじゃありませんか?凄かったです今の寝起きは。何でもないなんてものじゃありません・・・どんな夢だったのか、話してくれませんか・・・?」

「だから、普通の夢だって。」

「横島さん・・・っ!」

「いや、ホントに・・・普通に、普段通りの毎日が出て来る夢なんだ・・・。」

 茶化すような横島の返事に、心配を募らせたおキヌの語気が少し荒くなる。彼はそれにも構わずぽつぽつと夢の話を続けた・・・笑顔を作っていたがその顔色は真っ白なままだった。

「・・・朝起きて、ここへ来て、みんながいて、仕事して・・・仕事してるだけじゃなく、サボったり、バカやったりして、そうして一日が過ぎて行くんだ・・・」

「そんな夢でどうして・・・。」

 おキヌはそこまで言いかけて口を止めた。その質問に反応した横島から浮かべた笑顔が消えた時、彼の顔色も光失せた目も変わっていない事に気付いたからだ。

「似てるとかじゃなくて、一日一日、実際にあった事と殆ど同じなんだ・・・俺が高校を卒業してそのままここに就職したり、おキヌちゃんの留学が決まったり・・・あの日こんな悪霊と戦ったとか、この日はこーゆーヘマをしたとか・・・全く同じで・・・。」

「一日一日・・・?以前から何度も見てる夢なんですか?」

「うん。でもそんなにじゃない、たまにさ。・・・それで夢の中の俺も実際の俺と殆ど同じで・・・何か昔ほどに突っ走ったりしなくなって来て・・・・・ちゃんと周りの事とか相手の事とか考える様になって来て・・・色々と諦めたり我慢したりも出来る様になって来ていて・・・だけど・・・だけど・・・一つだけ、一つだけ、違うんだ・・・。」

 しかし、その言葉が最後だった。横島は俯くと激しく身震いした。
 「だけど」の先にその夢を悪夢たらしめている何かがある、そう思いつつもおキヌは彼に不用意にここまで答えさせた事を後悔してもいた。

「横島さん――もう、いいです、横島さんっ・・・だから、落ち着いて!」

 顔を両手で覆ったままガクガク震えている横島をなだめようとするおキヌ。彼の肩に触れようと近付いた時、小さく呟く声を聞いた。

「ここにいない・・・ここにはいない・・・同じなのに、いない」



 横島は確かに、そう言っていた。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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