ザ・グレート・展開予測ショー

距離と想い


投稿者名:浪速のペガサス
投稿日時:(04/ 8/11)



 昔のお気に入りのホームドラマの冒頭にこんなものがあった。


『旦那様の名前は―――

 奥様の名前は ―――

 ごく普通の二人が

 ごく普通に恋をし

 ごく普通の結婚をしました

 ――――――・・・が

 ただ一つ違ったのは・・・・・・』


 修行の苦難を除けば、私の人生は幸せに満ちていたと自覚できる。
 それを否定する気も、否定される気も毛頭ないし、されたくも無い。
 だけど。どこかで。
 こんな風にどこか非日常的な家庭を望んでいる自分も確実にいた。
 そうしたら毎日楽しいだろうな、だけど絆は強そうだな、とか思って。
 きっと想いなんかも言葉にしなくたって通じてるんだろうなぁとか。




 実際そんな事はこれっぽちもなくて。




 絆は強いのかしら?強いと思う。だってこんなに距離が離れてるのに私たちは愛し合ってる。
 毎日楽しいかしら?とんでもない。いつもいつも恐怖と孤独とにさいなまされているもの。


 そして想い……。言葉にしなくても通じ合える……?



                            答えはNO。



 想いなんてものは言葉にしないとうまく伝わりはしない。
 たとえどれほど強く望んでも。
 眼と眼が重なれば自分の想いが一瞬にして通じる。
 そんなことやっぱり漫画やドラマでしかありえない。
 それは結局ただの願望でしかなく、間違った事なのだと気づかされた。
 でも、それでも人はきっとそれを信じてるんだと思う。
 だからこそ人は傷ついて、悲しくて、間違ってるんだな。



 私はそう思った。
 そろそろあの人が帰ってくる。
 迎えに行かなくちゃ……。









―――――『奥様はタカビー』改め『距離と想い』―――――









 喫茶店の一区画、男と女がいた。
 賑わう人の中で、そこだけはこの空調の聞いた店のように冷えてて。
 だからといってそれは無機質な冷たさってワケでもない。
 ただ、ちょっと近寄りがたく、ちょっと甘そうな冷却された空気で。
 その空気を放つ一人、弓かおりは、手元にあるアイスコーヒーをストローでかちゃかちゃと鳴らしていた。
 鳴らしながら、氷を見つめているフリをして、実は自分の向かいに座る男を見ていた。
 男はただ黙ってブラックのコーヒーをすすって。だけどその顔には微妙に微笑を浮かべて。
 ガラス一枚向こうの景色も暑さも人だかりも、今だけはまったく別世界だった。


「暑いな。」


 彼はネクタイを緩めボタンを少しばかりはずすとパタパタと襟を動かした。
 一月ぶりの彼の仕草、暑さとテレからくる妙な声、そして……。
 彼女にとって彼の行動の全てが懐かしく、そして愛おしく。





 弓かおりは目の前にいる男、雪之丞と半年前に結婚した。
 そして彼は「弓雪之丞」となりGSをしていたのだが、なかなかうまくいかず現在雪之丞はフリーで活動してる。
 詳しい話ははしょるが、闘龍寺は名門とはいえあくまで二流であり。
 そして伊達雪之丞は日本での有名さは悪い方でしか認知されなかった、ということだ。
 それゆえ二人は苦渋の決断の下、雪之丞の本拠地であった香港を拠点とし仕事を行っていた。
 が、かおり嬢の親御がせめてかおりでも日本にいて地道に認知度を上げたら、と言う提案の元二人は別々の国にすむ事になった。
 と言っても彼女は日本にいて。彼は、世界中を飛び回って。
 そしてこの日は、二人が分かれてからちょうど四ヶ月目だった。







「そうね。」


 ぶっきらぼうに答える。幾分か棘があるように聞こえるその口調は、やはり意図してのことだろう。
 彼は気づくだろうか―――彼のことだ、気づいても触れようとはしないはず。
 ただ、言わせるだけ言わせるに違いない。彼女にはその確信がある。
 彼は、窓の外の光景を眺め続けていた。
 目を細めて、懐かしそうに。
 そして少しの寂しさと、切なさを交えながら。
 それは街に対してなのか、それとも。


「夏、なんだな。」

「ええ。」


 何のことはないただのくだらない話。
 だけど視線はじっと彼だけを見つめて。
 彼はそれに気づいたのか、窓の光景から目をそらし自らのコーヒーに口をつけた。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 そして彼女に視線を――これまたゆっくりと――移し、優しげに、苦しそうに呟いた。


「………次は、もうちょい、早く帰る。」


 ゆっくりと。一語一語をかみ締めるように。
 気取った言葉や飾った修飾はなく、唐突に、要点だけをぽつんと。
 いつも、いつもそう。結婚の時も。家を出る時も。家に帰る時も。
 内心の憤りとは裏腹に能面のように作られた笑顔で、至極冷静に、だけど悲しみを帯びて彼女は返す。


「ゆっくりしてくればいいじゃない。疲れてるでしょうに。楽しい事だって…。」

「そういうわけにはいかねぇし、そういうもんじゃねぇだろ。」


 妻の言葉を遮り、彼は少し語気を強めて答えた。
 いかんせん、いつもの彼の口調と比べると力が無い。
 だけどそこにあるのは明確な、重い、思い、想い。
 かおりはその時、ほんの少しだけ心から笑おうと思い、すぐにそれを止めた。
 理由は簡単だ。






「ありがとう、な。」


 暫しの沈黙を破ったのは、唐突に言われた、聞き覚えの無い彼からの謝辞。
 彼女は内心驚きつつも表情には出さず、彼の顔をうかがってる。
 頬を恥ずかしげに赤く染め。まるで照れくさそうにプレゼントを渡す子供のように、彼は頬をかき。
 溶解した氷がカランと音をだして黒く白い水に混じっていき。
 雪之丞とかおりは互いに自分の飲み物を飲み干し、再び視線をそれぞれ向けた。
 男は頬杖ついて窓の外を、彼女はただ、男だけを。



 ――俺はさ、他のやつとは、違うから――
 あの日彼は少し苦しそうに呟いていた。窓から見える、通りを歩く人々を見て。
 ――小さい頃はそういうのにあこがれた。実際なると、ただ苦しいだけでさ――
 少し、自嘲気味の笑いを加えて。
 ――らしくない、な。こんなこといきなり言い出すなんて、さ――
 その瞳は酷く切なげだった。



 分かれる前夜、同じ寝床で話をしたことを、かおりは少し思い出した。
 くしくも、自らと同じようなことを考えていた現実。そしてその心中の吐露。 
 らしくなかった。それは酷く彼らしくないこと。
 だけど彼らしいやりかたでらしくないことをしていて。
 それは彼でないにもかかわらず彼自身だった。私しか知らない、彼すらも知らない、彼自身。


 二人に流れる空気は少し変わってしまって。
 今は、互いにこの場にとどまる時間をもてあましていた。
 そこにあったのは、ただ居心地のよくはない空間だけ。













 ―――――俺は一体何をしてるんだろうなぁ?

 お互いに、昔より遥かに素直になってる。
 お互いに、昔より遥かに互いを思いやれるようになった。
 その結果としての一時的な、別れ。
 それが自然となりつつあり、それが自然となることに違和感も同時に覚えている。
 自然であり、妙だ。

 雪之丞は時々思う。今が幸せであればあるほど同時に怖くなる。
 同時に、今が永遠に続いて欲しいとも思ってしまう。

 きっと自分は幸せに慣れてないから、幸せを失うのが怖いからと考える。
 そして、自分は幸せを享受すべきでない、なくなって当然だからと思う。
 二つの相反する感情を持っている自分。だからそんなことを考えてしまうんだと思う。
 そして同時に、一人という環境、別れるという環境に違和感と自然なものを感じるんだ。

 一箇所に留まりたい。愛する人といたい。
 留まりたくない。それを失うのが怖いから。
 俺が俺でなくなる。それが、怖い。しかし、同時に甘美でもある。 
 それが自分の幸せに、相手の幸せに繋がるから。


 とりとめもない、だけど彼にとっては嘘も偽りもない気持ち。




 だけどやっぱり。俺も幸せになりたいし。あいつも幸せにしたい。
 失いたくもないし失わせたくもない。





――――――我ながら何考えてんだろうな――――――
















 「あなた?」


 はっと――意識を――顔を上げる
 外はもう、夕焼け。
 人の姿はやや減っているように見え、逆に増えてるようにも見える。
 声をかけた愛する女性を見ると――彼女は微笑を浮かべながら――どこか悲しげにも見えた。


「出ましょう?」


 雪之丞は、頷いた。







「お支払いはご一緒ですか?」


「「別々に」」


 今の心境そのまま。二人は不文律。
 お互いに。
 今の、境遇そのまま。




















 二人は歩いていた。夕日の中で手を繋ぎ。
 互いに黙ったまま。
 しばらくそれが続いて。いきなり。それを破る一声。


「………次はいつ会えますの?」

「出来るだけ早く……。」

「はっきりして。」


 ―――――彼女は泣きそうな声で言った。
 実際は泣いていないのは分かった。否、心で泣いているのが分かったから。
 本当のことを言うと、雪之丞こそが泣きたかった。
 どうして、そんなことを聞くのか。
 本当に分からないし、俺だってお前とはいつだってこうしていたいってのに。
 しばらくの沈黙の後で。


「雪が降る前には絶対に帰る。」

「絶対よ。」


 二人はきゅっと、固く、固く。互いの手のぬくもりを感じて。
 互いの思いの強さを確かめるようにして。
 手を握り合った。


「あぁ。絶対……帰って、くるから。」


 確証のない言葉。
 だけど雪之丞の言葉には苦いものがなくて。
 その表情には、すがすがしいという表現が似合うような。そんな様子。
 かおりは、何も言わない。
 言わないで、ただ手をきゅっと、握ってる。


「俺たち…夫婦じゃねぇみたいだな…。」


 かおりは頷く。


「最後にあったのが四ヶ月前だからな……。」


 また、頷く。


「さびしい思い、させてるよな。」


 また、頷く。


「ゴメンな。」


 頷いたまま、顔をおこせなかった。
 彼の顔を見るときっと泣くのがわかっていたから。
 何をしてもこの人は止められない、自分に出来るのは、実を震わせることだけだから。
 悔しい。
 情けない。
 かおりは思った。



 肩がつかまれる。
 ぐいっと、彼のほうに体を引き寄せられる。
 そっと頬に手を付けられた。
 唇が。
 触れた。





     長くて、短くて、甘くて、切ない、時間。





 想いなんてものは言葉にしないとうまく伝わりはしない。
 たとえどれほど強く望んでも。
 眼と眼が重なれば自分の想いが一瞬にして通じる。
 そんなことやっぱり漫画やドラマでしかありえない。
 それは結局ただの願望でしかなく、間違った事なのだと気づかされた。
 でも、それでも人はきっとそれを信じてるんだと思う。
 だからこそ人は傷ついて、悲しくて、間違ってるんだな。
 かおりは思った。




 ―――――馬鹿。

 口の触れ合いの後に囁かれた、泣きそうな小さな言葉に雪之丞は頷いた。
 そしてはっきりと。
 目の前にいる愛する人にだけ聞こえるように言った。


「愛してる。」

























―――――なぁ?―――――


―――――なに?―――――


―――――俺、雪が降る前に帰ってくるって、言ったろ?―――――


―――――うん―――――


―――――そしたらさ、今後のこと考えないか?―――――


―――――え?―――――


―――――俺、お前と一緒にいたいからさ。
     日本に残るか、お前連れてくか、話し合おう?―――――


―――――うん―――――










       ―――――ごめんな―――――










       ―――――馬鹿……―――――






〜FIN〜



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