ザ・グレート・展開予測ショー

八月半ば


投稿者名:veld
投稿日時:(04/ 8/10)


 朝だと言うのに、窓から差し込む陽光は強い。カーテンを透かしても、尚変わらない白色の輝き。
 昨日よりも良い天気でござるな。と、シロは微笑み。
 疲れた様子で横たわり、不機嫌そうにうめく横島の言葉を聞いていた。

 「帰ってきたら部屋はびじょびじょになってるし・・・あのあほな両親の所為でつかれきった俺の身体をさらに疲れさせやがって・・・おいっ、きいてんのかっ、シロ!?」

 聞いてるでござるよ。シロは不機嫌そうに唇を歪ませた。

 「びじょびじょに濡れたのはわらびもちを作った所為でござるよ・・・先生と一緒に食べようと思って作って・・・・・・・・・で、先生が今日はいないことに気づいて、で・・・で・・・」

 「・・・あー。解かった解かったからっ」

 面倒くさそうに手を振り、そっぽを向いた。隠れて、微笑みながら。
 それに気づかず、シロはむぅぅっ、と眉を寄せ、頬を膨らませ―――。

 「先生っ、解かってないでござるよっ、そもそも、先生が拙者を一緒に先生のご両親の御郷に連れてってくれれば良かったんでござるよ!」

 「・・・いや、てか、何でそうなる」

 苦笑しつつ、応える。シロは大げさな素振りで顔を覆うと、そのまま崩れた。

 「あうー!先生は拙者のことなんてどうでも良いんでござるなっ、拙者は捨て狼なんでござるなっ!あんなに尽くして尽くして尽くし倒したのにっ、先生は拙者のことなんてぼろ雑巾と同じようにっ、捨てちゃうんでござるなぁぁぁ」

 さっき、横島がぞうきんを放ったゴミ箱を指差しつつ。
 えーん、えーん、えーん。

 「てか、お前だって里に帰ったときに俺を連れて行こうとせんかったろうがぁぁぁ!!」

 慌てて起き上がり、横島は吼え―――。
 そして、自分の失言に気づく。
 (あほか、俺は―――)
 これじゃぁ・・・まるで。

 「じゃぁ、一緒に里へ行くでござるよっ、先生と拙者の二人でお里へ帰るでござるよー!」

 「・・・嘘泣きかよ」


 さぁ?―――拙者には何のことだか、解からないでござるよ。
 シロは無邪気に微笑んだ。
 横島は頭を掻いて、苦笑した。









































 皿の上に山盛りになったわらびもちが、陽光に輝いている。ふるふると震え、涼しげにしているが、実際は生ぬるい。爪楊枝で一つつまみ、口の中に含みいれたのだから知っている。
 シロはやや、不満そうに眉を寄せた。美味しくはない。何故なら、何もつけてはいなから。何故なら、冷たくないから。
 決して、一人で食べている所為ではない。決して、後ろめたいからではないのだ。


 窓から差し込む光はやや翳りを帯びている。夏も八月を半ばに過ぎ『残暑』と言われる時期に差し掛かる。しかし、温度計は未だに高い位置を指し示しているし、皆、夏を楽しんでいるに違いない。
 しかし、翳りを帯びている。ひらひらと舞う白色のカーテンを透すと、その熱は若干和らぎ、そして、涼しい室内を持続させる。ぶーん、と回る扇風機も、生ぬるい風を送ろうとはしない。
 氷を浮かせた麦茶を含み、シロはまた、一つ、わらびもちを口に運んだ。

 たたみ床がじっとりと、濡れている。
 その上に、身を横たえる。
 少しだけ、背中が濡れたのに、どきりとした。
 まるで、誰かの冷たい指先に触れられたような気がして―――シロはわずかに頬を強張らせて、そして、緩ませる。

 そういえば。
 床を濡らしてしまったでござるよ。
 先生、ごめんなさい。


 その部屋は、彼女の慕う、横島の部屋であり。
 その部屋の住人は今、遠い両親の元へ行っている。
 彼の両親のお里へ行ったそうだ。

 彼女を置いて。

 ・・・考えてみればちっとも謝るようなことじゃないでござるよ。


 シロはわらびもちをまた、一刺しした。先ほどまでよりも、深く、深く、爪楊枝を突き刺す。

 肉を刺すほどにも抵抗はない。が、弾力はある。
 そして、それを口に運ぶと、少しだけ、苦いような味がする。
 起き上がり、シロは・・・。

 冷蔵庫の中に味付けが出来そうなものがないか、と物色し始めた。




 なかった。





 「・・・せんせい〜」

 何も、なかった。

 「本当に、いないんでござるな・・・」

 いつもだって、あんまり入ってはいない。
 でも、それでも、いくらかは入っているものだった。
 しかし、それらも、ない。

 そういえば。
 里に赴く前に、両親が彼の部屋を訪れ、掃除をしていったらしい。
 冷蔵庫の中にものも、あらかた捨てられた、のかもしれない。

 数ヶ月も賞味期限の切れたものなどは捨てた方が良いとも思っていたものだけど。
 五日六日過ぎた程度のものなら、彼は寧ろ好んで食べる。
 そう言う彼だから―――。


 いないんでござるな。
 空っぽな部屋なんでござるな。

 少しだけ、ほうける。オレンジ色の光が奥から注ぐ冷蔵庫の風を感じながら。



 みーん・・・と、蝉の音が響き始める。
 はっ、と意識を戻すと、シロは傍の流しの下の棚を見た。

 砂糖や塩はそのままに置いてあった。
 だから、それを皿に振って、戻る。


 山の上のわらびもちまた一刺しし、口に運ぶ。


 砂糖は甘い。
 塩は塩辛い。
 何もつけないと味気ない。
 麦茶を飲んでみても変わらない。

 本当は・・・何かつけても、味気ない。






 「・・・美味しくないでござるよー」

 ぐったりと、また、部屋の中に寝転がる。
 今度は起き上がることも無く。
 ただ、ずっと、天井を眺めていた。

 考えることはたくさんあるけど。
 頭があんまり良くない、とこっそりとひっそりと自負するシロは答えを考えようなどとは思わない。
 答えを導き出せない、というのもあるし、その思考に意味を見出せない、ということもある。
 延々と虚しい思考をしていても暗くなるだけだし。

 シロは大きく伸びをした。

 「ん・・・」

 少し、肩が気持ちよかった。

 身体を大の字に伸ばして。
 大きく、大きく、息をする。
 そして、吐いた。

 かつん、と麦茶の入ったコップが倒れ、また、床を濡らす。
 しかし、彼女は気づかない。
 目を閉じた彼女の口や鼻からは、穏やかな寝息が立っていた。








 夏の日である。
 しかし、何故か、程よく涼しい。
 夏は暑いものな筈なのに。
 やけに、涼しい。


 それは、あなたがいないせいなのかもしれない。





























 浴衣を纏った自分が、先生と花火を見ている。
 団扇を仰ぎながら、涼しげな虫の音を聞きながら。
 窓の外に華やかに咲いた、火の華を―――

 寄り添って。
 窓の外、同じ視点で見ている。






















 目が覚めた。いや、まだ、まどろみの中にある思考。



 どんな夢だったろう?
 思い出そうとしても、思い出せない。
 いい夢だったような気もするし、嫌な夢だったような気もする。
 目が覚めると、拙者の隣で、寝息を立てる先生がいた。
 その手の傍には雑巾がある。

 帰ってきたんでござるな。
 と、微笑が自然と浮かび。
 また、眠気に襲われる。
 起きていたい、とは思えなかったから、その衝動に身を委ねる。

 その前に。

 無理矢理に彼の体の中に身を置いて。





 んっ。
 と、強く抱き締める。

 静かな体温は、やや冷めた風に吹かれて。
 それでも、少しだけ、高くなっていった。





 彼女の持ってきたわらびもちの入った皿は、すっかり空っぽになっており。
 爪楊枝には、誰かの噛み締めたような跡がある。
 二つ礼儀よく並んだコップの片方には。
 溶けきった氷の残滓が、闇の中でぎらりと輝いていた。





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