ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 4>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 8/ 8)

屋根の上にせり出したキューポラが目を引くバロック風の優雅なホテルを横目に歩いていくと、今はアメリカ大使館となっているポンコンパーニ宮の白い建物が近づいてくる。
広いヴェネト通りはここで宮殿を避けるようにして大きく右に曲がり、S字型に蛇行しながらバルベリーニ広場へと続いていく。
その歩道に植えられた落葉樹の並木は緑濃く、雲ひとつない空を隠すかのように繁り、道行く人々に恩恵を施していた。

緩やかに弧を描くように建ち並ぶ店のウインドゥの前を、ベスパはゆったりと、だが相変わらず測ったように正確な歩幅で歩いていく。
横島はベスパを追い抜いてしまわないように注意しながら、ふと同じ魔族の女性のことを思い出した。

「そういえば、ワルキューレはどうしてる?」

「さあね。あたしとは所属も階級も違うからわからないけど、いろいろとやってるんじゃないか」

「そっか。ま、元気ならそれに越したことはないか」

「お前は気楽だね」

まるで同級生の消息でも尋ねるかのような横島の口ぶりに、ベスパは思わず苦笑いをしてしまう。
いくら肩を並べて共に戦った間柄とはいえ、本来は人間に厄災をもたらすべき魔族なのだから、息災ということはあまり有難くないことのはずである。
ましてや、二人の共通の敵として対峙していたのは、まぎれもない自分なのだから、いやはや何というべきであろうか。

また俺をバカにして、と横島はむくれてみせていたが、ほんの少し真顔になって小声で話す。

「・・・なあ、さっきからあからさまに怪しい奴らがつけて来るんだけど、知り合いか?」

横島が見られないようにして親指で後ろを示す。
当然、ベスパも振り返るような迂闊な真似はしない。

「おや、気づいたのかい。わりといいカンをしてるね」

「あれは誰が見ても怪しいだろう?」

俺は本当にバカにされているんじゃないか、そう思った横島の声が少々荒くなる。
その指の先には彼の言う怪しい奴らが、ビジネスマンや一目でそれとわかる観光客に混じって、いや、くっきりと浮かび上がってこちらの様子をうかがっていた。
皆一様に喪服のような黒いスーツにサングラスを掛け、髪はきっちりとオールバックに撫で付けていて、まるでハリウッドの映画に出てくるエージェントのような装いであった。
これで帽子をかぶれば、まるでブルース・ブラザーズだな、ふとそんなことを思いついた。

「そうなのかい? てっきり流行のイタリアン・ファッションかと思ってたんだけど」

本当に意外だ、という感じでベスパが聞き返す。どうも人間の好みというのはよくわからない。

「そんなわけあるかい」

と、横島はツッコミを入れるが、正直言って少々不安に思っていた。
もしかしたら流行っているのかもしれないな、あまり関わりたくない、ごく一部の世界で。
様子を見る限りではただの人間のようだったが、ここのいるベスパと同様に擬態を施している可能性は否定できない。
いずれにせよ、厄介な相手には間違いなさそうだった。

「で、どうする? 逃げるか、それとも―――――」

考えうる最悪の事態を想定して、横島は片手に意識を集中させつつ、小声のまま尋ねる。
今いるこの地であの手の連中が狙うとすれば、それは間違いなく隣に立っている女だろうし、今までの経験から言えば自分が巻き込まれるのはほぼ確実だった。
だが、ベスパの表情には一向に気にする気配は見えず、横島の手を軽く制して言った。

「やめときな。そんなことをしたら、他の人たちに迷惑じゃないか」

「はい?」

横島は思わず自分の耳を疑った。
魔族であるベスパが、まわりの人の迷惑を考える?
自分の雇用主である美神に聞かせてやりたいな、と本人に知れたら殺されそうな思いが頭を掠めた。

「連中だって、こんな街中で何か仕掛けてくるほどバカじゃないさ。気にすることはないよ」

ベスパはそう請け負うが、横島には納得がいかなかった。
どこの誰ともわからないあの連中が、何もしないという保障はどこにもないのだから。

「―――もし、バカだったら?」

その問いにベスパは一瞬足を止め、申し訳なさそうな笑顔を見せて呟いた。

「そのときは―――――仕方がないね」

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