ザ・グレート・展開予測ショー

ファントム・ペイン


投稿者名:詠夢
投稿日時:(04/ 8/ 3)



私はここにいる─。

死んだはずの私は今や、たゆたうように揺らめくだけの存在。

私が死んだとき、魂それ自体に欠落部分が生じていたから、私は『私』としていられないはずなのに。

恐らく、今の私は幻影なのだろう。

皆の記憶、心にある『私』が重なり合って投影された、たんなる虚像。

幻よりも不確かな、一種の夢のようなもの。

それでいて、私はしっかりと意識を持ちえていたのだ。



欠落した魂の、その安息感とも空虚感ともとれる、奇妙な感覚とともに。



その意識は常に、『私』を想う人々へと向けられている。

彼らの内にある想いによって縁取られた存在なのだから、当然のことなんだろうけど。

私という存在に、たくさんの人が映りこむ。

短いひと時ではあったけど、ともに過ごした人たち。

生まれたときから、ずっと一緒にいて…やがて、それぞれの道を選んだ二人の妹たち。

そして、あの事務所─。

あの事務所でともに暮らした二人には、とても感謝してる。

私の生きる場所を認めてくれた、あの二人には。

まあ、少しは釈然としないものもあったみたいだけどね。

そこまでを思い出し、私の意識は急速に、ただ一点へと向けて集中される。

私のことを今なお強く想う、私の魂の欠落した欠片を持つ、ただ一人の『あの人』へと向けて。



私の魂の失った部分が、しくんと疼いた気がした。



あの人は、ぽつんと立っていた。

大きな夕日の見える東京タワーの上、私が死んだその場所に─。

あの人は悲しんでいた。

ああ…あの人の悲しみが、私の中に流れ込んでくる。


  ─…仕事中のミス。

  ─…窓から差し込んだ夕日に気を取られたせいで、皆が危なくなった。

  ─…結局は皆、無事だった。

  ─…軽い注意は受けたが、激しい非難をうけるほどではなかった。


でも…許せないのね?

また、自分のせいで失っていたかもしれないと思うと。

本当はそんなことないのに、あなたはそう思ってしまうのね?

私のときのように。

その人は、泣いていた。

決して涙を流していたわけではないけれど、泣いていた。

自分の弱さを嘆いて。

自分の迂闊さを呪って。

…私のことを思い出して─。



私の失ったはずの魂が、ずきんと疼く。



その疼きは治まることなく、さらに強さを増していく。

失ったはずの魂が、激しい痛みを訴えて疼き続ける。

堪えきれなくなって、私は疼きを言葉にする。


《 泣かないで ヨコシマ… 》


届くはずもない言葉。

私はすでに死んでいる。

魂さえ失くしているから、幽霊ですらない。

幻は、触れることも聞こえることもない。

でも、私にはわかっていた。

その声で、彼が振り向くことは。


「 ルシオラ…? 」


聞こえたわけではない。

感じたわけではない。

それは、幻聴─。

彼のたんなる思い込みにすぎない。

私は幻に過ぎないのだから。

それでも、彼に笑顔を取り戻させるには充分なもの。

きっと、『死んだ人たちがいつでも見守ってくれる』という言葉は、あながち嘘じゃない。

私のような幻影が、その人たちの傍でこうして囁いているのだろう。

幽霊ですらないような、思い出によって映し出されるだけの、ただの幻影が─。



私は祈る─。

私を想ってくれる人たちへ向けて。

届かない。

気付いてくれるはずもない。

私は『存在しない存在』なのだから。

それでも、どこかで私の祈りが繋がっていく。

彼らの思い込み、内よりの声として。



私の魂が疼く─。

彼らがただ幸せであることを願って。

儚く。

されど確かさをもって。



私はここにいる─。

いつの日か還る、その時まで。

私はここに、みんなの傍にいるから。

この『ファントム・ペイン』を抱きしめて─。


fin...

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