ザ・グレート・展開予測ショー

マニフェスト・デスティニー


投稿者名:NAVA
投稿日時:(04/ 8/ 2)



――――今、私の目の前で彼女らは戦っている。――――

片方は力を失い、片方は力に満ちている。傍から見る分にはどちらが勝つかなんて分かりきってしまうくらいに、一方的な戦いだ。
だが追い詰めている方も、追い詰められている方にも笑顔はない。
ふたりで何事か叫びながら、まるで互いに望まぬ戦いかのように振舞っている。
だが力の差は歴然としており、追い詰められている方は一発逆転を狙う力もないようだ。ただひたすらに時間稼ぎに終始している印象は否めない。

――――だけど私は知っている。――――

その窮地を救うために颯爽とひとりの人間が現れ、そして一発逆転が成されることを。

――――だけど私は知っている。――――

その結果、ひとりの魔族が死ぬことを。

――――そしてそれを止めるために私は居る。――――

それが私の贖罪だから。








◇◇――――マニフェスト・デスティニー――――◇◇







アシュタロスは消え去った。己の望みを果たして。
世界に平和が戻った。ひとりの少年の血涙をもって。
私は目的を果たした。多大な悔恨を秘めて。


全ての終わりを見届けて、私は過去へと舞い戻った。しばらくの間、そう6〜7年程は身を潜めなければならないだろう。未来を知る私の行動は、未来そのものを変えることとなるから。しかし・・・しかしと私は想う。

――――あの犠牲は本当に必要だったのか。――――

と。横島君のために命を捨てた魔族ルシオラ。惚れた男のために、己の命を燃やし尽くした少女。
そう、彼女の青さは女と呼ぶには語弊がある。青い。本当に青い。確かに美談ではある。そして少女なら一度は憧れる行動なのかも知れない。しかし、この手の行動にはひとつの観点が明らかに抜けている。残された男の気持ちだ。本気で愛し合っているなら、男は女の死に計り知れない衝撃を受けることだろう。女の一方的な思い込みだけであるなら、男はむしろ女のその想いを重荷と感じることだろう。
そういった相手の立場を思いやれない行動は本当に青い子供のもの。大人である私には不可能なことだ。だけどそれを否定することも出来ない。何故なら彼女のその行動が世界を救う一因であったことは、横島君とルシオラの淡いロマンスが世界を救う要因であったことは確実なのだから。

何とか、何とかならないものか。

私は日々思い続けた。世界も彼らも救いたい。勿論、娘の令子の犠牲があってはならないし、私自身も死にたくない。

何か、何か良い手はないものか。

それは歴史を変える行動、未来を閉ざすかも知れない行動でもある。私はそれを恐怖する。タイムパラドックスの恐ろしさは時間移動能力に付き惑う問題。時間移動能力者がそうと認識されることは少ない。我が美神の血筋は強かであり、非常に慎重であった。故に時間移動能力を持つ一族として在る。何故に時間移動能力者が世に出ることが少ないのか。それは簡単に言えば欲望に負けたからだ。過去を変えたいという誘惑は一度ならず、時間移動能力者を襲う。それを成すだけの力を持つのに、それを成してはならないというジレンマ。しかし、禁忌であることを知りつつ、変えなければならない過去もある。そして、存在が消えてしまうのだ。過去を変えることによるタイムパラドックスは、世界や歴史の修正力・・・つまり宇宙の意思によって正される。その要因は消えてしまうのだ。そう、アシュタロスのように。そしてそれは非常に分かりやすい方法で成される。存在の消滅だ。何故に美神の先達がそれを知り得たのかは分からない。しかし、それが代々伝わる時間移動能力の秘密。娘の令子は非常に聡い。私はそれを彼女に伝えた覚えは無いのだが、時間移動能力を封印してしまった。恐らく、それが一番良い方法なのだろう。悲劇を変えようとして、更なる悲劇を巻き起こすことなど珍しくもない。そして珍しいのは、時間移動能力を使って悲劇を上手く回避したという事例なのだ。

まぁ、それはともかくだ。私は夫である公彦さんと久々の安らかな生活を満喫する気分ではなかった。数年後、自分のせいで引き裂かれて涙を流す若人達の姿を見ながら、どうして私は安息を得られようか。
そんな私の思いは隠そうとしても隠し切れるものではなかった。殊にテレパシストたる夫の前では大っぴらに喋っているのと大差無かったようだ。そして夫は苦笑しながら私にこう言った。

『君は正義の味方になりたかったんだろう?正義の味方の戦いは、最後はハッピーエンドでなければならない。君や僕の時のようにね?』

その言葉を聞いて、私は何もかも笑い飛ばしたくなる気分になった。そうだ。私は正義の味方を志していたのだ。正義の味方は悪に敗れてはならないのだ。どんな困難にも立ち向かい、最後はみんなが幸せになるのだ。そしてあのままでは幸せになれない少女が居た。少年が居た。彼らを見捨てることは・・・・正義の味方のすることではないっ!

――――例えそれがパラドックスを引き起こすことになろうとも、彼らは救ってみせる!――――

そしてまた笑いたくなる。私もまだ青いなぁと。
とは言え、パラドックスを起こさないに越したことはない。タイムパラドックスとは、過去や未来を知る人間によって起こされる矛盾によって生じる。ならば。私の知る未来に則って、彼女を救って見せなければならない。

ルシオラを死なせない方法はないか?
――――あの場にもう一人、同レベルの存在を置けば良い。
パピリオを配置するか?
――――駄目だ。あの場にパピリオが居ないと、今度は私達が死んでしまう。
他に方法は無いか?
――――彼らに危険を告げることは出来ない。それはパラドックスだ。

不退転の決意をしても、何度も同じ思考がループする。詰まってる脳みそが変わるわけでもないのだ。何十通りも、何百通りもシミュレーションを行う。今の私の行動で与える影響が最小限で、最大限の効果を得られなければならない。例えば、私がルシオラとべスパの戦いに介入した場合はどうなるのか。そんな歴史は存在しないから、私の存在が消滅して結果は同じことだろう。恐らくは・・・・介入しようとした途端に私は消滅する。

何度も、何度も微妙に行動を変えても、私が行動すること自体が矛盾を引き起こす。繰り返すが、私の行動が矛盾を引き起こしてはならない。こうして私は何日も何週間も、考え続けた・・・。











それは大したことではなかった。単に、夫が持っていた騙し絵の画集を目にした時だった。例によって、考え事をしながら夫の部屋を掃除していた時、机の上に何気なく積んであったそれを、大して意味もなく開いたのだ。
人間の目の錯覚を利用した不思議な世界は、原理が分かっているとは言え、それなりに面白かったのだ。やはり何気なくページを進めた私はひとつのイラストに目を奪われた。それは小さな庭園のようなイラストだった。周りには城壁のような階段があり、その階段の脇に小さな水の流れる側溝がある。上の方から左側の方へ流れ込み、下を経由して何故か右側から上に流れ込む。当然、その脇の階段も左側を経由して降りていったはずなのに、右側を通る時には何故か登っているのだ。このイラストにおける上とは単に奥側ということであり、三次元的な上という意味ではない。何度も何度も辿っても、降りたはずなのに登っていく。例えて言うならメビウスの輪のような物だ。表が気がついたら裏になり、それをそのまま辿ると今度は表になる。その繰り返しを立体的な図法で記しているだけなのだが、それは私に天啓とも呼べる閃きを与えてくれた。









私の思考は未来から帰った時点までで止まっている。ならば・・・私がする干渉は、私が過去に帰った後に影響を与えれば良いっ!!!








そして私は安息の日々を迎えた。そう、アシュタロスの乱が開始するまで。















ルシオラ、べスパ、パピリオが世界中の神魔の拠点を襲い始めた。


病室から横島君が攫われていく。


ヘルメットを被った私が、TV局の階段をバイクで登っていく。


横島君を利用して、空母戦を繰り広げる私。


アジトを逃げ出す横島君。


横島君の成長ぶりに可能性を見出す私。


そして南極決戦。


仮初の勝利。


令子の魂がアシュタロスの手に渡る。



全て、全てが私の知る未来と同じ道を辿っていく。私は誰かが傷付くのを見るたびに、心の中で謝罪する。助けてやらない私を許してと。しかし、決して助けるわけにはいかないのだ。一番、割を食う形になる二人を助けるために。その二人を助けることが出来たなら、仲間達は誰も私を責めないだろう。必ず、必ず、二人を助けてみせるから。今は、私を許して・・・。









そして今、私の眼下では横島君が飛び出して来た。べスパの渾身の一撃をその身で受け止め、ルシオラの一撃がべスパに命中する。
べスパは倒れ、同時に横島君も倒れる。慌てて横島君に走り寄るルシオラ。ルシオラは絶叫している。遠くから眺めている私にも、横島君が死んでいくのが良く分かる。

――――ああ、ごめんなさい。今だけの辛抱だから。――――

やはり私は内心で謝罪しつつ、ルシオラが己の霊気構造を横島君に与えているのを眺めている。そして力尽きて壁に寄りかかるルシオラ。程なくして横島君が目を覚ます。ふたりは何事かを喋っているようだが、さすがに私には聞こえない。聞こえないが、恐らくは横島君を遠ざけるためにルシオラが精一杯の虚勢を張っていることだろう。

そして横島君が立ち去る。それを見届けて、満足した表情でルシオラが倒れる。



さぁ、私の出番だ。









遥か遠くで、コスモプロセッサが崩壊するのが見える。この後は究極の魔体戦か・・・。
こんなに遠くなのに、横島君の絶望と怒りが感じられるよう。ごめんね。もう少しだけ待ってちょうだい。もう、私は、貴方は賭けに勝ったのよ。
歴史は繰り返されなければならない。そして知らざる未来は紡がれなくてはならない。
歴史にIFはないけど、未来にIFはある。IFを実現するための布石を投じることが出来るなら、それはもはや仮定ではないの。

さぁ、大人しく消滅なさい、アシュタロス。







同じ時代に2人の私が居る。表舞台に立てるのが一人だけであるならば、間違いなく、過去の私がこの時代の私であると言えよう。だからこそ、この私は過去の私が帰るのを待ち続けているわけだが、ルシオラの霊波片が足りないと判明した時の横島君の表情は痛々しい。
それを見た時の心の痛みが甦る。

でも、これも必要なこと。私にルシオラを救おうと決心させるその表情は必要な痛み。





やっと令子たちに顔を見せる。

驚いたというか、呆れ顔の彼女達。

お腹が膨らんでいることで笑いを取れたけど、横島君の表情はどこか痛々しい。

そして差し出す『ルシオラの霊波片』。

欠けた魂を補完するそれは彼に笑顔を取り戻す。





過去に戻った私は霊波片が足りなかったことしか知らない。私はルシオラが死んだことしか知らない。私は私が過去に戻った後に、未来で令子達に顔を合わせる状況を知らない。つまり、私の行動が与える影響は、私が知らない未来に対して効果を発揮する。既に起きた過去(未来)を変えることに対してしか、タイムパラドックスは起き得ない。そして霊波片が足りないという事実に変わりはないし、霊波片が足りなかった理由は判明していない。

何てことも無い。
霊波片が足りなかったのは、私のせいだったのだ。最初――――この言い方が正しいのかは知らないが――――の私が霊波片を拾ったのは、霊波片が劣化しないための保護措置だったのかも知れないし、何か他の理由だったのかも知れない。しかし、それ以降の私達は同じ行動を繰り返していたのだ。つまり、霊波片の回収をだ。当然、私達が回収したために霊波片は必要量を持ち得ない。そして私達は失意の横島君に心を痛めつつ、過去に戻り、懊悩し、同じ結論に達して、未来で霊波片を回収する。

これは時間移動能力を用いた、一種の歴史の必然だったのだ。
最初の私がどうやって歴史の改ざんを成したのか。それは分からない。だが、結果が既に生じている以上、最初の私は余程上手く立ち回ったのだろう。
或いは、私の行動自体が宇宙の意思なのか。
疑問は尽きないのだが、考えることは後に回しておこう。どうせ推測の域を出ないのだから。

何故にそんな余計なことをするのか。余計なことをしたのか。
ルシオラの霊波片を回収しなければ、彼女はその場で復活出来たのかも知れない。だけど私はその選択は出来なかった。
確かに、たかが女魔族の生死が歴史に与える影響など高が知れているのかも知れない。しかし、湖面に石を投げ込むと波紋が広がり湖全体に波及するように、彼女の生死は確かに、何か他のことに影響を与える。殊に、最終決戦における中心は横島君であり、彼の胸中に深く存在するのも彼女なのだ。彼女の生死が一番影響を与えるのは横島君なのだ。

繰り返すようだが、誰も彼も救われるようにしたい。横島君を救ったがために、他の誰かが救われないなどということも認めたくない。この結末は最終的にはあのアシュタロスさえ救われる結末なのだ。或る意味、理想的とすら言える。
だからこそ、歴史がそのままトレースするように、ルシオラには死んだままで居てもらう必要があったのだ。

そして最後には、ルシオラが復活する。
今現在の私がかつて、過去に戻った後も、同じようにルシオラは復活したことだろう。
そう、全ては歴史の必然。これは・・・・。








『マニフェスト・デスティニー(明白な天命)』






FIN




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