ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 3>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 8/ 2)

狭い階段を上がり、ローマというよりもロンドンのパブを思わせるようなハリーズ・バーの脇を出ると、ピンチアーナ門の赤いアーチが見える。
アウレリアヌス帝によって築かれた赤レンガの城壁は予想以上に高く、これほどの建造物が造り得たローマ帝国の繁栄と、これほどまでにせねば守りえなかった衰退とを物語っていた。
かつてはこの門より内側がローマとされ、そこから伸びる道は今も幹線道路としての機能を十二分に果たしている。

そのヴェネト通りをほどなく歩いたところにある一軒のカフェに、横島とベスパはいた。
見るからに高級そうなホテルが建ち並び、道行く人もどこかエレガントな雰囲気を漂わせている街にあって、横島はどことなく落ち着かぬ気配を感じていた。
テラス席に座っている自分はものすごく場違いに見えて、おそらく一人では立ち寄ることさえしなかったに違いない。
だが、ベスパはそういった街並みに至極当たり前のように溶け込み、もしかしてここで生まれ育ったのではないかと思わせるほどだった。
自然と釣られるようにして、こうしてカプチーノを飲んでいる自分に少なからず驚いている。

「Si,grazie」(ええ、ありがとう)

ベスパは若いウエイターと二言三言話をしていたが、納得がいったようにうなずいて見せた。

「何だって?」

話の内容がまったくわからない横島が聞いた。
女の会話をいちいち尋ねるのも無粋だが、まだ若い彼にそこまでの余裕はない。

「たいした事じゃないさ。それより―――」

意外と可愛らしいシガレット・ケースを取り出して尋ねる。

「いいかい?」

「あ、ああ。かまわないよ」

ベスパは数の減ったタバコを一本取り出し、慣れた手つきで火をつける。
細身で淡いピンク色のタバコを、つややかなルージュを引いた唇につける様を、横島はじっと眺めていた。

(こいつは生まれてまだ一年ぐらいしか経っていないというのにな。それにひきかえ俺は―――)

未だに子供のままの自分が、ふっと馬鹿らしく思える。そんなことが横島の頭をよぎった。
カプチーノを飲みながらこちらを見つめる横島に気づき、ベスパが不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだい、急に黙りこくっちゃって」

「い、いや、なんでもないよ。ほら、俺の周りの女の人ってタバコ吸う人いないからさ、ちょっとめずらしくて・・・」

少々慌てながら、取り繕うようにへらへらと笑う。
ベスパに見惚れていたなんて、とてもじゃないが言えなかった。

「ふうん、ミカミなんか吸ってそうに見えるんだけどな」

「あの人は酒はそれこそ浴びるほど飲むけどね。そっちは見たことないな」

「じゃ、ほら、なんてったっけ、あの女の母親は」

「美智恵さんか? 隊長も昔はわかんないけど、今はひのめちゃんがいるしな」

そういや、暮井先生はかなりのヘビースモーカーだよな、とも思ったが、ベスパが知っているはずもないのでやめた。

「そうか。なら、迷惑だったよな。悪かったね」

「いや、普段見慣れないから、なんというかこう新鮮で・・・あああ、ぼかぁもう!」

「バカ」

おどける横島の頭を軽く叩くと、テーブルの上に大げさに頭を抱えてみせる。
やがて顔を上げると、どちらともなく笑いあった。

そんなやりとりがきっかけになると、あとは自然に話が弾んだ。
事務所に増えた新しいメンバーのこと、美神に出来た二十歳違いの妹のこと、妙神山で修行中のパピリオのこと、魔界での軍隊のこと―――――
でも、本当に話したい事には、お互いにまだ触れようとはしなかった。

次々に話題の変わる取り止めのない会話を交わしながら、横島はふと向かいの席に座っている男の事が気にかかった。
タバコを口にくわえているが、オイルでも切れたのかしきりにカチカチとジッポーのようなライターを鳴らしている。
焦っているようにも見えるその様子にさすがに気の毒に思い、ベスパのライターを貸してやろうとしたが、こちらの視線に気づくと勘定もそこそこに慌てて立ち去っていった。
変なヤツだなぁ、とも思ったが、ベスパとのおしゃべりを再開すると、その男の事はすぐに忘れ去られていた。
そのとき、ベスパの表情が一瞬だけ曇ったが、横島はうっかり見逃してしまっていた。

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