ザ・グレート・展開予測ショー

ー在りし被災ー  (前編)


投稿者名:AS
投稿日時:(04/ 7/30)

どんな人間にも、いつの間にか胸の奥に辿り着いてしまい、掘り起こさなくなる思い出がある。
毎日が充実していればしているほど、過去のことは思い起こさなくなるものだ。
そしてそれは彼女、小笠原エミも例外ではない。
「こんな事もあったワケね」
苦い笑いが、彼女の口元に浮かぶ。
今彼女の手には、古ぼけて焼け跡まで残る一冊の鞄があった。


これから掘り起こす思い出は、その仕事で数回しか味わった事のない苦い記憶。
それと同時に彼女にとって…それは一人の強烈な友達との出会いの軌跡だった。



ー在りし被災ー

 (前編)



簡素な宿泊施設しかないホテルの一部屋に、黒い肌の少女がいた。
年に似合わぬ風格を纏った少女の名は小笠原エミ。
年端もいかない現在を、手を汚すことで過ごしている、そんな少女。
その界隈では、知る者に取れば彼女は傑出したプロフェッショナルと認識されていた。
証拠も残さず、呪いとしか言えない手段で殺害を成し遂げる。
この闇の中で、彼女はそうして生計を立てていた。


今エミの手には、差出元もわからない一枚の封筒があった。
その封筒の封を無為に千切ると、一枚の紙切れが出てくる。 紙切れには何かが書き殴られている。
読み取るとそれは簡潔な一行。
『目立つよう殺せ』
その一節のみ書き殴られた紙切れを、表情も変えず小笠原エミはライターの火で燃やした。
『要・焼却』
これは彼女に舞い込む依頼の時に、行われる暗黙のルールだ。
エミは仕事はこなすものの、依頼人と直接会うことはない。 依頼人との交渉はすべて第三者の存在がはたしている。
その際、いくつかの取り決めがあった。
まず今回の場合、エミが普通に過ごしてる間であろうとおかまいなしに、決められた仕事のターゲットの名前がエミの脳に念話によって直接届けられる。
それから正確に秒単位で三日の時間が経過すると、彼女の元にはどこからか一枚の封筒が舞い込むのだ。
更にそれら段階を経て、封筒が舞い込んでから秒単位で一日が経過すると、また脳裏に、今度はやや細かな情報が念話で届けられる。
これらの手順で依頼が届けられる場合は、情報が多々ターゲット側に漏れてるということ。
そのために暗殺の遂行を容易にする条件、暗殺者が誰か、暗殺の時間はいつか、暗殺の手段はどんなものかの三つを、可能な限りアトランダムにする為の措置だった。
これ以上に複雑で難解な手順は面倒とエミ自身も嫌っている為、エミも何ら文句はない。 手順が面倒になるか、情報が漏洩し抵抗が面倒になるか、だけの違いだからだ。
勿論エミが動き出すまでのこの間にも、護衛の目をくらますダミーの情報や殺し屋像が、対象やその家族の元にもたらされてるのだろう。
遂行は自分。 裏工作は他に任せておけばいい。 エミはそう割り切っていた。 壁に掛けられた時計を見る。
(詳しい情報はあと23時間と34分12秒あとか)
もうその時間の間は特にすることもない。
ターゲットがどんな人間であろうと、存在であろうと、実行の日が訪れれば殺害の為行動できるよう、エミは準備を怠っていないからだ。
(六道冥子、か…)
ソファに身をもたれさせ、目を閉じる直前に…エミは今回のターゲットの名をそっと一度だけ思い浮かべた…。


二日後の朝。
「なんだか別世界へ紛れ込んだ気がする…」
鏡に映した自分の姿をまじまじと見つめる。
自分の年なら身につけて然るべき服ではあるが、彼女はこれまでの人生におき、一度として着たことのない服。
学び舎で世事を学ぶ前に、裏世界で生きる術を学んだ彼女にとって、何よりも縁遠いと言える服。
即ちその服とは、学生服。
エミはターゲットである六道冥子の通う学園で採用されるのと、同じ制服を身に着けていた。
自身が纏う空気と、学生の象徴らしく制服が纏う瑞々しさと。
合致しないそれらに、少々気の滅入る中で、エミは届けられた情報を反芻した。
今回の依頼ーーターゲットである六道冥子とは、日本古来の代表的な霊術…式神使いのその伝統ある名門の一人娘だという。
六道冥子の母は、情報によればだが、とぼけた風体に似合わぬ胆力としたたかさを持つ女性らしい。
その母の手腕により、六道家は現代においても隆盛を失ってないという話だが…それ故に必ず…妬み嫉みをどこかで生んでしまう。
それが逆恨みであるかどうかはわからないが、どうやら六道家は今回、実の娘を殺意の対象にさせるという下手をうったようだ。
だが…そんな殺す相手の事情などはどうでもいいのだ。 送られてきた情報と指示の内には、そんな相手側の事情などは脳裏の隅に追いやるものがあった。
『一際目立つよう殺せ。 昼間の学園の中庭など見晴らしがよく、暗殺などとは縁遠い場所が好まれる』
かなり屈折した殺意が見て取れる依頼内容だ。 そしてそれ以上に面倒な依頼内容だ。
(よっぽど大枚の入る仕事なワケね…こんな面倒な仕事請けるなんて)
この仕事をエミに当ててきた上役に心中で嫌味を投げかける。
目立つように殺せ…馬鹿げてる。 が、そういった依頼だけならエミは幾つかクリアしてきた。
白昼堂々…衆人の目に触れるよう、中庭で殺すだけならば、エミにはそれほど難しくない。 遠巻きから呪い殺す術など幾らでもある。
しかしだ。容易にソレを行えるのは、ターゲット側が無警戒な場合に限られる。
今回は追い討ちがあったのだ。
『呪術による暗殺が嗅ぎ付けられた』
阿呆か…。
下手をうったのは、こちらもだったようだ。
『情報を交錯させ、負担はなるべく減らす』
なんの慰めにもならない。 情報操作でどうこうしようと、一人娘に殺害の危険があるなら、どんなに欺こうと警護は万全にするだろう。
しかも間違いなく呪術に対しての警護、だ。
呪殺に対する護衛がおそらくピッタリと張り付いている状況では、普通に標的だけを呪おうとしても不測の事態が生じかねない。
つまり、面倒にも護衛から全て先に排さねばならないワケで…そのあとで、六道冥子を無防備な状態で中庭まで誘導させ、そこで直接呪術を仕掛ける。
…面倒この上ない…対象と直接向き合うなんてしたくない…しかし仕事は仕事だ。
エミは制服から動きやすい私服に着替えると、鞄をさげて陽も登らぬ内にホテルの部屋を出た。


午前7時46分。
陽射しは厚い雲に遮られ、小雨が降っている。
風もなくおそらく当分止まないであろう小雨の為、遠くまでならば見通しの悪いそんな朝に、エミは登校中の六道冥子を視認した。
数メートルの遠めからだが、見ると容姿は可憐というより幼い印象を受ける少女。
だというのになぜか、彼女の周囲にはぽっかりと空間があるだけ。 彼女のそばに近寄った学生はすべて、足早に立ち去っている…?
多少訝しみはするが、家柄の為周囲が萎縮しているのだろう。 そう思い気を取り直したエミは、次いで六道冥子の周囲を探る。
護衛が張る場所、とは常に六道冥子の周辺を視野に入れ、瞬間的に護りに入れる位置、しかしそれは、常に殺せる位置とも通じるのだ。
その位置をエミは己の経験と勘とを総動員し、余さず探ったところ、見つかった護衛は僅か二人。
上役が行ったであろう情報操作が効いたのか、ごく少ない人数だった。
しかし六道家で雇われる護衛なだけあって、霊力もなかなかの手ごたえが伝わってくる。
また直接の警護の選ばれてるのだ。呪術、体術…どちらにおいても、まともに相手するには面倒な手練であろう。
呪いに抵抗する手段も、呪いから護衛の対象を護る手段も当然のように講じてあるはずだ。
エミは神経を研ぎ澄ます言葉を唱えると、二人の護衛との静かなる水面下の戦いに入った。


数刻後。
エミは護衛の排除に成功していた。
呪術には激しい抵抗を受けたが、その間隙をついての一般の第三者を介した暗示。
いかな手練だろうとも、暗視により一人の素性さえ知れれば、もはやエミにとっては脅威でない。
名が知れた相手に行うエミの強力な呪術に、真の意味で抵抗できる霊能力者など稀にしかいないのだから。
護衛を操り、昏倒せしめる間に、六道家には今のところ警護に問題なし、継続するとの報告をさせることも抜かりなく行う。
障害を取り除いたエミは制服に着替えると、六道冥子に用がある、逢いたいという内容の手紙を生徒の一人に書かせた。
屋上で明らかに授業をサボってる男子生徒がいたのは幸運だった。
瞬く間に呪術で掌握したその男子生徒に書かせたその手紙には、当然呪術が施してある。
六道冥子という少女は恐らく中庭には降りてこないだろう。 差出人もわからない手紙を警戒もせず一人でやってくるわけもない。
そんなことはわかりきっている。 その場合には、呼び出しに従わぬ場合発動する呪術による強制力が働くだけだ。
生徒が呪術による暗示状態のまま、その手紙を持って校舎へ戻る様を、エミは顔色ひとつ変えずただ見ていた。


中庭で待つこと数分…。
中庭で待つこと十数分…。
…。……。
(やれやれ…)
ジャッジャッと布いてあった呪術陣を舌打ち混じりに踏み消す。
そうしてエミは、クルリとそれまで立っていた中庭に背を向けた。
…男子生徒には手紙を渡すだけという呪術暗示しかかけていない。
六道冥子がいるクラスも知っているとその男子生徒には確認済みだ。 屋上からその教室まででアクシデントが起きたとも考えにくい。
ならば手紙は渡っているはず。 それならば考えるべきは次のケース。
六道冥子が手紙の裏の殺意を看破した? いや、その場合は手紙に込めた呪いの強制力が発動する筈だ。
ならば、また次のケース。
標的の六道冥子が、式神使いの名家の血筋として、霊能力者として並々ならぬ技量を…自分の呪いをも跳ね除ける力量を持っているとしたら?
もしそうならば、もはや不測の事態の只中。であるならば、ここにとどまっていても益はない。 仕切りなおして次の手を考えるべき。
エミの判断は素早い。 行動は更に迅い。 既に中庭を後にしたエミが校門を視界にとらえたちょうどそのとき。
背後から、間延びした声がかかった。
「あら〜?」
何となく引かれるものもあり、背後を見ると、知った顔の少女が辺りをきょろきょろ見ていた。
「この手紙で呼んでくれた方、どこにいるのかしら〜?」
エミは考える。
手紙は届いていたのだ。 それは結果だ。 ならここまで時間がかかった理由を推察し始める。
ああしてとぼけた振りをして、網を張っているのか? 周囲にそんな気配はない。 しかし不測の事態において確信がなければ動くわけにいかない。
「め、冥子さん…」
第三者の声。 既にエミは冥子の姿を認めた時点で近くの樹で自分の身を隠している。 そっと冥子達のところを見てみる。
「て、手紙で呼び出した人は…いた?」
「うぅん、いないの〜」
第三者は冥子のクラスメイトか、おどおどしてる節のある学園の女生徒だった。
おかしい。
今その女生徒が発した言葉で、手紙が届いてたのはわかった。
ならこの時間の経過はどういうこと? 屋上から教室までの短い間に、自分が動かした男子生徒に本当にアクシデントでも起きたのか?
罠か? あるいはそうではなく絶好の機会なのか…。 もはや判断しかねたエミは、賭けてみることにする。
「あら? 貴方が六道冥子さんなワケ?」
やんわりと朗らかに。
木陰から姿を現し、エミは冥子に声をかけた。
「あら〜? 冥子を呼んだのはあなた〜〜?」
その瞬間だった。
ゾクゾクゾクゥ!!
脳天から背筋に、悪寒が疾る。
(な、なんなワケ!?)
わからない。 一体今の悪寒は?
ただ彼女と目を合わせ、声をかけられただけ。
それなのに…なのに何故か、これから自分が決して触れてはならない何かに触れようとしているようなーー? そんな確信に近い予感がエミの胸に拡がっていく。
そうエミが困惑する内に、冥子がとてとてと、エミの近くに寄ってきていた。
ギョッとする。 悪寒のため気がそれたとはいえ、警戒は怠ってない。 しかしこの娘はそれをすり抜けてきたのだ。
「わたし六道冥子〜あなたのお名前は〜〜?」
なんだろうこの娘は? パタパタとせわしなく無邪気に動く…そう、子供を相手にしてるような空気。
冥子の背後では、あちらもパタパタと足早に、何か…脅える小動物を思わせて女生徒が駆け去っていく。
予期せぬ事態に困惑を隠せないエミをよそに…。
「えへへ〜〜?」
六道冥子はニコニコと無邪気に笑顔のままだった。


「おーい、生きてるかぁ?」
学園の廊下で、バシャァ! と水がかけられる音がした。
「おい、マジでこれ死んでんじゃねぇか?」
「や、やだ…怖い事言わないでよ!」
バケツからボロボロな何かに水をかけた男子生徒に向かって、女子生徒が非難の眼を向ける。
「しかしなぁ…」
空のバケツを置いて、男子生徒は『ボロボロ』を、見た。
焼け焦げた跡やら激しく殴打された跡やら…そして絶大な恐怖に見舞われたような蒼白な表情。
ボロボロ、は同じ学園の男子生徒だった。 素行に問題があるといつも教師に呼び出されることで有名な男だ。
「ひっどい有様だよなぁ…今回のは、あの???にどう触れたんだ?」
「…後ろから肩を鷲づかみにしたのよ」
「それだけか?」
「それだけよ…何か手紙を届けに来たみたいだったけど…」
「そっか」
「そうよ」
降りる沈黙。
そして沈黙を二つ重なるため息が破った瞬間。
ゾクゾクゾク!! ゾクゾクゥッ!!!
どこぞの離れた場所の誰かに、更なる悪寒が走っていた。




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