ザ・グレート・展開予測ショー

奥様は役立たず!


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 7/25)

 旦那様の名は、忠夫。

 奥様の名は、ヒャクメ。

 ごく普通の二人が、

 ごく普通に恋をし、

 ごく普通に結婚しました。

 ―――――……が

 唯一つ違ったのは、奥様は

 『役立たず』

 だったのです。

(どーせ私は、役立たずの神様なのね〜……)






 朝。
 東側の窓から差し込む日差しが、横島忠夫の眼を射抜く。
「ん……」
 惚けた頭で自分が目を醒ました事を悟り、布団の中でもぞもぞと蠢いて枕元の目覚まし時計を探る。
「……もう、九時かぁ〜……」





「……え?」
 九時。
 九時である。
 確か横島くんの雇い主である美神令子さんは、昨日の晩、明日の朝は九時に事務所集合ねとか言っていたような気がする。
 そして、今現在ここは横島くんの自宅。事務所までは、三十分近く掛かる。
 繰り返すが、現在の時刻は九時である。
「ち……遅刻だぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
 今頃事務所で憤怒の表情を浮かべているであろう上司の様子を思い浮かべ、横島は恐怖と焦燥に叫んだ。
 取り敢えず、電話をひっ掴むと遅刻してしまう旨、事務所に連絡した。
「すんません、遅刻します!」
『はあ!?何考えてるのよ、もうみんな支度出来てんのよ!』
 電話に出たのは、彼が恐れて……もとい、敬愛して止まない我が師匠。
『で、遅刻の理由は?』
「えっと、その……寝過ごしちゃいました……」
 怒られると分かっていても、師匠の怒鳴り声を耳にすると咄嗟に気の利いた嘘も思い付かない横島である。
『良い加減にしなさいよ、あんた!プロ意識ってもんがないのか!』
 案の定、怒鳴られた。
「すっ、すいません〜〜〜〜〜!すぐ行きますっ」
『当たり前よ!あんた、後でどうなるか覚悟してなさいよ!?』
 それだけ伝えて、電話を切る。
 早く出社せねば。
 急げ。
 行けばどうなるか分かったもんじゃないと思いつつも、行かなければその先に待っているのは、最早人智を超えたワンダーワールド。そんなトコに足を踏み入れる勇気は無いから、少しでも被害を減らすべく急ぐしかない。
 服装をぐだぐだ言う職場じゃないから、着替えには時間掛からない。
 しかし、朝食は残念ながら抜いてしまう他にないだろう。早く起きて作ってくれた愛妻には申し訳ないが……
「――って、あれ?」
 そこで横島、妙な事に気付いた。
 妻の姿が見えない。一体、どうしたと言うのだろうか。
 そうだ、大体、起きているのならこんな時間になる前に起こしてくれる筈だろう。
 と……、そこまで考えて、ふと背後を振り返る。
 背後にあるのは、布団のみ……の筈だが――
「すぴー、むにゃむにゃ……」
 その布団には、彼が心より愛する奥方様が全裸に近い格好で呑気に眠りこけていた。
 横島宅は、安い賃貸マンション。狭い部屋である。あれだけばたばたした中で寝ていられるのは、何とも図太い神経である。
「むにゃむにゃ、横島さぁ〜ん……」
 もう一度言おう。
 奥様の名は、ヒャクメ。
 遅刻常習の、元・ダメ調査官である……。



「だぁ〜〜〜〜〜っ!」
 怒りのままに(と言うか、勢いで)、横島は布団をひっくり返した。
 勢いで動く時の横島は凄い。それなりの質量がある筈(失礼)のヒャクメの身体は、布団から落ちた勢いでゴロゴロと転がって、見事に壁に激突した。
「あいたたた……、何なのねー?」
 流石に目を醒ましたらしいヒャクメが、打った頭を押さえて起き上がる。
「何だじゃねーだろ、今、何時だと思ってんだ!?」
 欠伸をするヒャクメをビシィ!と指差して、横島が怒鳴る。
 それに対し、ヒャクメは平然としたものだ。
「九時」
「……あのな」
 全く悪びれないその様子に、脱力してしまう横島。
「あれ?そう言えば横島さん、何でまだ家に居るのねー?昨日、明日は九時からって言ってたような……」
「だから!七時半に起こしてくれって言っただろーが!?」
「えー……と、あれ?」
「あれ?じゃねえ!」

スパーン!

 と、小気味良い音を立て、横島の張り手がヒャクメの頭を捉えた。
 本場仕込みのノリツッコミである。
「いたたたた、何するのねー、横島さん」
 因みに、法律では神族との婚姻は認められていないので、ヒャクメは飽くまで横島くんの隠し妻(違)。別に彼女に苗字は無いので「横島さん」と呼ぶので正しい。
「こっちの台詞だ、馬鹿野郎」
 普段、女性に手を挙げるなど絶対にしない横島だが、ヒャクメに対してはこうして同棲どころか同衾するようになっても、どうにも悪友気分が抜けずに思わずツッコミを炸裂させてしまう。
「んあー、て言うか、横島さんが時間通りに起きれば良い話だったのねー」
「いや、そりゃそうだが……」
 憤慨する横島に、冷静なツッコミで返すヒャクメ。
 横島が逆切れと分かっていても妻を責めてしまうのは、まあ、要するに甘えたいと言う事なのである。
 ヒャクメもそれを分かっているから、怒られたとて殆ど気にしない(気にしろよ)。一応、(物凄く)年上の威厳を見せたい彼女にとっては、これは結構ささやかなプライドを満たしてくれるので、寧ろもっと甘えて欲しいくらいだ。
 横島が、そんな彼女の内心まで考慮に入れていたかは分からないが、そんな事を考えるまでもなく、こんなやり取りはいつもの事となっていた。
「でも、ほら、男の夢だろー?朝になったら、嫁さんが飯作って優しく起こしてくれるってのはさー」
「男尊女卑なのねー」
「……分かった、俺が悪かったよ」
 と、取り敢えず騒いだ方が折れて終わりである。
 横島とて我が妻にそんな事は望むべくもないと言う事は重々承知しているから、そうそう強くは言わない(それどころか、そんなトコも可愛いとか思っちゃってる辺り、もう駄目だ)。
 それに、共働きの両親を持つ横島は、男の夢云々にも余り現実味を持っていない。まあ、毎日毎日ボロアパートに飯を作りに来てくれる幽霊少女や、早朝を爽やかに目覚めさせてくれる狼少女などがとっても身近にいたりしたが、それは兎も角。
「んじゃ、行って来るわ」
「はいはーい、早く帰って来てなのねー」
「遅刻しないでたら、そう出来ただろうけどな……」
 と、捨て台詞を残して出社して行く旦那様と、経済的にも精神的にも彼におんぶに抱っこなので今度こそ反論出来ない奥様。
 しかし、二人は笑顔である。
 夫婦で気を遣い会うなんて、性に合わない。彼等にとっては、これくらいが丁度良いのだ。





 昼。
 人間界に戸籍の無いヒャクメには、何もする事が無い。
 取り敢えず買い物にでも行くかと、昨晩から散らかりっ放しの台所を極力視界に入れないようにして出掛けるヒャクメさん。
 因みに、今日の彼女の昼食はもう面倒臭かったのでカップラーメン、朝食は結局抜いた。日々仕事に追われる現代人を象徴するかのようなやる気の無い食生活である。いや、今の彼女は専業主婦なのだが。しかし、だったら尚更自分の為だけに腕を振るうのは馬鹿らしい。この間まで仕事一筋に生きてきた彼女は、食事を作るのが得意でもなければ、特別好きな訳でもなかった。
 とは言え、夕食までそうする訳には行かないだろう。
 何と言っても、夜には愛しの旦那様が帰ってくる。ヒャクメとは仕事を取ったら取り柄は胸だけと言うコンプレクスを同病相憐れむ仲の鬼上司に、死ぬ程扱き使われた彼に対してレンジでチンじゃ余りにも酷い。
 それに、体力を回復してもらわないと夜の事がごにょごにょごにょ……。ここのところ仕事が忙しいらしく、暫くご無沙汰だった事だし。明日は久々の休暇となれば、若奥様、顔に出てますよ。いや、若いかどうか知らんけど。
 そんな訳で、含み笑いをしながらうふふふふと出掛けていくヒャクメ様。
 若いって良いですね。いや、若いかどうか知らんけど(しつこい)。



「はいよ、五百二十円ね」
 八百屋のオヤジは、そう言ってレジ袋を差し出した。
「はいはい、えっと……」
 財布をまさぐるヒャクメの脳裏に、オヤジの心の声が飛び込んでくる。

――うお、でっけぇ胸だな、この女。髪型と化粧、変だけど――

「……」
 なんて思われて、微妙に沈んでしまうヒャクメ。
 聴かないようにと思っていても、彼女の百の感覚器官は街行く人々の心の内に潜む醜い声を捉えてしまう。

――ちっ、くそ、あの馬鹿先公め。殺してぇ――

――おっ、美人発見〜。偶には、ああ言う地味系のコを落としてみるか――

――なーによ、あのオヤジ。たった二万でヤらせろなんて、ふざけんじゃないわよ――

――私は強い、私は賢い、私は美しい、私は正しい……。誰よりも、誰よりもだッ!――

「はあ……」
 思わず溜息が漏れる。
 全く以て、嫌な能力だ。
 何が嫌かって、いきなり内面を見せつけられる事によって、その一面だけを取ってこの人は醜いと断定してしまう自分が嫌だ。理屈では理解出来ているのだが、感情が追い付かない。強烈過ぎる第一印象は、簡単に変えられるものではない。
 しかし今は、それを表に出さなければ取り敢えず問題は起こらない。その限りでは、全てはヒャクメの心の内での問題だ。
 けれどそれしか能の無い彼女が神界で生きて行くには、自らその能力を万民に明かさなければならなかった。
 軍部は彼女と彼女の能力に飯の種と働くべき場所を与えたが、同時にその職場での人間関係(神様だけど)は彼女に孤独と疎外感を与えた。
 他人(神様だけど)の心の内を読み取れる奴に、好んで近寄る者などいない。プライバシーを進んで侵害されたい馬鹿はいないし、何か弱みでも握られたらと思うと恐ろしくて目も合わせられない。
 いつしか、彼女は軍内部の規律を乱す危険人物(神様だけど)と見なされていた。上に地位に居る者程、ばれるとまずい過去の所業を隠している。彼女がその気になれば、どんな要職にある者でもその地位から引きずり降ろす事が可能なのだ。
 そして彼女は、職を追われた。
 理由は、職務怠慢。千里眼や読心の能力を持っていると言うだけで諜報部へと配属された彼女は、仕事にミスが多かったのだ。
 勿論、彼女なりに仕事に真剣だったのだが。いや、仕事に没頭する事でしか、己の存在意義を見出せなかったと言うべきか――。
 兎に角彼女は、そうして住所不定無職となった。
 居場所を無くした彼女は、頼りを求めて人間界へと向かう。この時、ヒャクメが思い浮かべたのは、唯一とも言って良い二人の友人。
 一人は、底抜けに糞真面目故に殆ど裏表の無い、妙神山修行場の管理人・小竜姫。
 そして、もう一人は――

「おい、ねーちゃん!」
「えっ!?」
 八百屋のオヤジの呼び掛けで、ヒャクメは我に返った。
「何だよ、ボーっとしてよ。ほら、五百二十円だよ」
「は、はい。ごめんなのね〜」



 そしてもう一人は――言う迄も無く、愛しの現・旦那様。
 路頭に迷ったヒャクメが転がり込んだその先は、ゴーストスイーパー・横島忠夫さんのお宅でしたのです。





 夜。
 今日も今日とて容赦無く酷使され、疲労困憊の体で帰宅した横島。
 ……を、迎えて玄関に飛び出したヒャクメ様。
「お帰りなさーい、あ・な・た!ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?な〜んちゃって、あははー!」
 自分の言った台詞に照れたのか空笑いをかます彼女の格好は、何と漢の夢・裸エプロン。
 エプロンと言っても、勿論、あの腰に巻くタイプではないのでご安心を。
「……て、あれ?」
 てっきり飛び掛かってくるかと思った旦那様の、意外なノーリアクションに首を捻るヒャクメ。見ると、彼は頭を押さえて蹲っている。
「ど、どうしたのね、横島さん。大丈夫?」
「いや……あのな、お前。何だ、それ……」
「何って、裸エプロンなのねー?横島さんは、裸エプロンじゃ萌えない人?」
「あのさ……、俺ってば、今、凄い疲れてんすけど……。そう言うのは、もっと余力のある時にしてくれないか……?」
「むー、偶にはバカップルってのを体験してみたかったんだけどなー」
「て言うか、そんな格好で玄関出るなよ!」
 アニメやネットなどのメディアに触れる機会の少ない貧乏人な横島くんの性癖は、現代人とは思えぬ程に極めてノーマルである。
 と言うか、それ以前の問題として、現役巫女少女やら尻尾付き獣娘やら色気付いた幼女やらを見慣れている彼に裸エプロンくらいで萌えてもらおうとは、元・調査官にしては甘い読みだったと言わざるを得まい。
「俺の趣味なんて、訊かなくても分かるだろ……?」
 ふらふらと立ち上がった横島は、虚ろな眼で言った。
「でも……」
「俺の心なら、幾らでも読んだって構わないってば」
「あは、横島さんはすぐ顔に出るから、読むまでもないのねー」

 あ。
 少し、元気が出てきた。

「じゃあ、今の俺が何を求めてるか、分かるよな?」
「『疲れたから、さっさと寝たい?』」
「良く分かってんじゃねーか」

 やっぱり、楽だ。
 この人と居ると。

「えー、ご飯はどうするのねー?」
「明日、食うから」
「絶対なのね〜!?」
「分かってますよ、奥方様っ」





 夫婦の間に、気遣いも遠慮も要らない。
 愛の確認も、誓いの言葉も必要無い。

 そう、私達の間には。















「――と言う、夢を見たのね〜」
「お前……、良くこの状況で寝てられるな……」
「あー、でも私、そんなのも良いかなー、なんて思っちゃったのよね〜。ひょっとしたら、正夢にならないかな〜」
「そりゃ良いよな。俺等が、こっから生きて帰れるって事だから」
 そんな横島とヒャクメの前に、幼いご主人様がやってくる。
「ポチー、ペスー、餌の時間でちゅよ〜」
 その名はパピリオ、ピッチピチの0歳児。
「沢山食べて、大きくなるでちゅよ〜。そして、早く子供を作るでちゅ!」
「つがいかよ、俺等!て言うか、こんなの食えな……」
「何か、文句があるでちゅか?ポチ」
「いえ、何でもありません……」
 檻の外から差し出された謎の物体Xを、泣く泣く掻き込むポチ(犬飼に非ず)。食わねば殺されるのだから、仕方無い。
 賢明なる読者の皆様は既にお察しかと思うが、ここは妙神山へと飛行する逆天号、パピリオのペット置き場。
「子供……、子供かぁ〜。私と横島さんだったら、どんな子供が出来るのかな〜」
「ちょっ、ヒャクメー!?何、トリップしてんだよ!戻って来〜いッ!」
「そうそう、どんな子供が出来るか、パピリオも楽しみでちゅ!」
「……」
 その時、色んな意味で極限状況に在る横島の中で、何かが音を立てて切れた。
「だああ、馬鹿らしい!幾らでかくなりそうな話だからって、何で俺だけ真面目にやってんだよ。こうなったら、俺も現実逃避してやる!ヒャクメぇーーーーっ!」
「いやん」
「ああっ、交尾始めたでちゅ!記録しなきゃっ、カメラ、カメラ!」







 旦那様の名は、ポチ。

 奥様の名は、ペス。

 ごく普通の二匹が、

 ごく普通につがいになり、

 ごく普通に結ばれまちた。

 ―――――……が

 唯一つ違ったのは、奥様は

 『役立たず』

 だったんでちゅ!




「パピリオ!妙神山が見えたよ!攻撃に入るから、戻って来な!」
「あ、はーい、でちゅ」


「え、妙神山攻撃!?」
(うおー、危ねぇ。危うく、一線を越えるトコだった……。でも、ちょっと残念だったかも……)

「こ、こんな事してる場合じゃないのね〜」
(ちぇっ、もう少しだったのに)



 さてさて百の感覚器官で見た夢は、果たして現実のものとなりますや否や。
 その結果は、天のみぞ知る。


「よーし、それじゃメカ戦だーーッ!」
「今週のびっくりどっきりメカーー!」
「ね、ネタが古いわよ、パピリオ」


 まずは、腐れマッチョと蟲娘共の手から、地球の平和を取り戻してからだ!

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