ザ・グレート・展開予測ショー

かき氷


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 7/11)

日の当たらぬ山陰に坑を掘り、真冬に氷池(ひいけ)に張った氷を切り出して貯えておくところを氷室という。
かつては氷室守と呼ばれる職を置き、夏の盛りに朝廷へ献上氷として供されたという。
当然、遠路遥々と運ばれてくるうちに氷は解けていくために至極貴重であり、京に届いた氷は一説には同量の銀と等価であったともいわれる。

時代が下って江戸の頃になると、庶民でも氷を口にすることが出来るようにはなるが、それでも今のようにいつでもというわけではなかった。
旧暦の六月一日(新暦の七月七日頃)を氷室の節句と呼び、前年の冬に寒風に晒して作った氷餅(折餅)と共に氷を供えて、五穀豊穣と無病息災を祈ったと伝えられる。
何れにせよ、暑い盛りに口にする冷たい氷は庶民、特に子供たちにとっては大きな楽しみであり、それは今も昔も変わらない。


「くぅ〜〜〜、ちべたいでござる」

最初の一口目の冷たさにシロは思わず目をつぶり、口をすぼめる。よく見ればしっぽも緊張して膨らんでいるように見える。

「バカね。あわてて食べるからよ」

相変わらず迂闊な友人を見やりつつ、タマモは手にした小さなスプーンでそろりそろりとかき氷の山の中腹を突付いていく。
上からふんだんにかけられた色鮮やかなシロップは、染み入るように器の中を染め降り、その山頂は早くも色を失いつつあった。
細かに掻き分けられた氷が熱気になじみ、ほんの少しやんわりとし始めた頃合を見計らって、最初の一口を頬張る。
ちなみにタマモが頼んだのはイチゴ、シロのは事もあろうにブルーハワイであった。

「〜〜〜〜〜」

入念に準備を済ませてきたので、辛うじて声を上げることはなかったが、それでも短いナイン・テールが小刻みに震えたのをシロが見逃すはずもない。

「―――どうでござる?」

「―――ちべたい」

タマモは決まり悪そうに、氷の冷たさとシロップでほんのり色を増した舌をぺろりと出した。
シロが、そらみろ、と言わんばかりに笑いかけた。


二人がいるのは、氷室神社の参詣道沿いにある一軒の茶店。
昔懐かしい葦簾張りの店先にはためく旗の下、縁台に並んで腰を掛けて一休みしている。
眩く霞む夏の日差しの中、一服の涼を求めてやってくる観光客に混じって、シャクシャクと氷を手繰る手を忙しく動かしていた。

重みさえ感じる蝉時雨に誘われて一人、また一人と席を立つと、周りには誰もいなくなった。
小さく聞こえるバスの音も、次第に遠ざかっていく。

「―――それで、どうするの?」

ほとんど氷の解けかかった器を手にしたまま、タマモが聞いた。
シロはしばらくの間スプーンを咥えたままでいたが、器にたまったシロップを茶碗酒のようにごくごくと飲み干して息を吐いた。

「無論、帰るつもりでござるよ―――拙者は」

「あんたはそれでいいの?」

「いいかどうかはわからぬ・・・いや、たぶん、ここにいた方が楽でござろうな」

「なら、どうして?」

「熱はいつしか冷めるものでござろう?」

シロはまた小さく笑った。
この間から時折見せるようになった、陰のある、それでいてしっかりとした笑顔だった。

タマモはひとつ息を吐くと、器を盆にのせて言った。

「あんたとは、永い付き合いになりそうね」

「何を今さら」


それきり二人は何も言わず、ただ足を投げ出して光の中に身を任せていた。

やがて、蒼々と茂る草木の向こうから一台のバスが近づいてくる音が聞こえた。
またぞろ観光客が騒がしく降りてくるのを感じ、どちらからともなく席を立った。
相も変らぬ日差しに一瞬視界を奪われつつも、ゆったりとした足取りでざわざわとする気配とは反対の方へ歩いていった。

「そうすると後は―――」

「おキヌ殿次第でござるよ」

「そうね」

そう言ってタマモは前を見つめた。
視界の先には、熱気にゆらゆらと揺れる氷室神社の石段があった。
ふと歩みを止めて、傍らに立つシロを軽く見上げた。

「でも、氷はいつしか溶けるものよ」

シロはその視線を受け止めることが出来ず、前を向いたまま、そうでござるな、とだけ呟いた。

空の雲は高く、明日もまた暑くなりそうであった。

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