ザ・グレート・展開予測ショー

竹取物語


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 7/ 7)

「はあ……」


 月。
 月神族の城。


「一体、どうなされたのだろうか、姫は」
 月警官の長・神無が、玉座を仰ぎ見て呟く。


「はあ……」


 その視線の先には、物憂げな表情で溜息をつく、女王・迦具夜の姿があった。


「……恋、じゃないのかな?」
「朧」
 いつの間にか、神無の隣に姉の朧が居た。彼女は、迦具夜姫付きの官女である。
「恋、だと?」
「ええ、そうよ。だってほら、あの眼差し。警官隊の娘達が貴女に向ける視線にそっくりじゃない」
「止めろ……」
 頭を押さえて、姉を制止する神無。男気溢れる彼女は、女神しか居ない月神族の間では密かどころではなく人気があるのだ。
「冗談、横島さんの事考えてる時の貴女みたいよ」
「……」
 姉の言葉に、今度は顔を背けて紅くなる神無。満更でもない様子で、慌てて話を変えてみる。
「しかし……、姫が恋とは?」
「訊いてみようか」
「いや、しかしそんな無礼な……」
「良いから良いから、どうせ暇なんだしさ」
 朧の言う通り、普段は何事も無く平和な月世界である。





【竹取物語】





「あのー、姫様」
「おや、何ですか。朧、神無」
 二人が側に行って声を掛けると、迦具夜姫はゆっくりと振り向いた。
「何をお考えになってらしたのですか?」
「お、おい、朧……」
 女王付き官女と言う役柄故か、朧は迦具夜にも殆ど気兼ね無くずけずけと質問をする。普段は女王の側に侍る事も無い生真面目な妹には、目眩がするような光景だ。
「ふふ、大した事ではありませんよ」
「私達も暇なんですよ、お話し願いませんか」
「朧!」
 流石に無礼だと思い声を張り上げる神無だが、迦具夜は気にした風も無く応えた。
「本当に大した事ではありませんよ。少し、横島殿の事を思い出していたのです」
「横島さんの事を?」
「!」
 “横島”と言う単語に、神無も反応して押し黙る。その名が出た途端に、姉を制止するのも忘れてしまったらしい。
「ええ、余りにも私の初恋の方にそっくりでしたので」
「横島さんが、ですか」
「そうです。……聞きたいですか?」
 二人の部下を見て、迦具夜は悪戯っぽく微笑む。
「はいっ、是非聞きたいです!ね、神無」
「え!?いや、私は……」
「何を言ってるのよ。素直になりなさい」
「……」
 ばつ悪そうに俯いて黙り込んでしまった神無を見て、迦具夜と朧は顔を見合わせて苦笑した。
 そして迦具夜は、淡々と昔語りを始めたのだった――

「あれは、今から千年と百年程前の事です……」





 私は、生まれて十数年を地球で育ちました。
 何故そうなのかは、私にも分かりません。物心付いた時には、私は地球人――日本人の老夫婦に養われていました。お仕事は、野山に混じりて竹を取りつつよろづの事に使いけりです。
 その内に、当たり前の事ですが私は育っていきました。自分で言うのもなんですが、美しい容姿を持っていたと思います。
 それ故でしょうか。それとも違うのかも知れませんが、私は養父母共々藤原氏(その頃、日本の政界で最も勢力の強かった貴族の家です)の某と言う方のお屋敷に引き取られる事になったのです。平安京の一等地ですよ。何やら、養父母の何れかがその方と遠い血縁関係にあったとか無かったとか聞きますが。



「某?」
「ごめんなさい、お名前は忘れてしまいました。何せ、もう千年以上も前の事ですので……」
「意外と白状なんですね……」
「そう言えば、メドーサ討伐の恩返しも、まだしておりませんね」
「……まあ、それはさておき」



 それでまあ、私も年頃と言う事で縁談などが来る訳ですよ。その頃の宮廷は、多夫多妻制なのですが、矢張り本夫本妻と言うのは決めておいた方が何かと都合が宜しいもので。特に、藤原氏のような大貴族ともなりますと。
 宮廷内での恋愛の手順と言えば、まずは手紙――和歌でのやり取りをし、脈有りと見れば殿方が夜這いを掛けてこられる……と言うものなのですが、庶民育ちの私にはどうも馴染めませんでした。
 と言うか、歯の浮くような訳の分からない詩で誤魔化して、顔も見ない内に夜這いとか有り得ないでしょう。そんな訳で、私は返事を返す事も無く全ての殿方からの書状を破り捨てていました。
 ですが、その中にしつこい方々がおられたのです。しかも、悪い事にその方々は(親の七光りですけど)官位の高い方々でしたから、家の方も断り切れなかったらしく、返事をせざるを得なくなりました。
 そこで、私はお返事のお手紙にこう記しました。私の望むものを持ってこられたら、お会いする事と致しましょうと。

 石作親王様には、至高のオカルトアイテム“文珠”を。
 車持親王様には、妙神山の主・斉天大聖老師の如意棒を。
 阿部御主人右大臣には、ザンス王家の精霊獣を。
 大伴御行大納言には、古代フトール文明の悪魔・グラヴィトンの神像を。
 石上麻呂足中納言には、時の関白様の尻子玉を。それぞれ所望したのです。



「そ、それで、どうなったのですか?」
「勿論、誰一人として指定した品物を持って来る事の出来た方はおりませんでしたよ。と言うより、一体それは何なのかがお分かりにならなかったようですね」
 にっこりと満面の笑みを浮かべる迦具夜に、朧と神無は薄ら寒いものを感じた。
 実はこの人(神)って、物凄い性格悪いのではなかろうかと。この人に付いていって、大丈夫なのか。何で彼女が精霊獣やらグラヴィトンやら知ってたのかとか言う事より、まずそちらが気になって仕方無かった。



 そんなこんなしている内に、時の帝(日本で一番偉い方の事ですよ。世襲制で、祭司的な性格の方が強いですが)までが私をご所望なされました。帝のお召しとあらば流石に断る事も叶い難く、取り敢えず参内だけでもしろとのたまわれまして、帝の元へ参じるべく着替えをしていた時の事です。
 あの方と出会ったのは――。

「……?何やら騒がしいですね」
「はい、何かあったのでしょうか」
 お屋敷の庭の見える部屋で着替えをしていた私は、何やら表が騒がしいのを感じ、手伝ってくれていた端女とそんな会話を交わしました。
 表からは、数人の男達の怒鳴り声が聞こえてきます。

「待たんか、こいつ!」
「陰陽寮の面汚しが!」

「何が起きているのでしょう」
「さあ……」
 その時です、あの方が私の前に現れたのは。
「くっそー、このまま捕まって堪るか!」
 狩衣に身を包んだ殿方が、お屋敷の塀を乗り越えて庭に侵入してこられたのです。
 そう、彼のそのお顔は横島殿にとても良く似ておられました。いえ、横島殿が彼にそっくりだったのですね。地球との通信で横島殿のお顔を拝見した時には、本当に驚きました。
 烏帽子をしっかりと被った様はそれなりに見られるお顔でしたけれども、何やら焦っておられるご様子でした。
「ぶ、無礼者!何だ、貴様は」
 その侵入者に大して、端女は勇敢にも啖呵を切りました。何かから逃げておられるご様子でしたそのお方は、彼女の声に釣られてこちらを振り向かれました。
 そして、次の瞬間――
「生まれる前から、愛してましたぁっ!」
 塀の上で辺りの様子を窺っておられた筈の彼は、縁側に座る私の手を取って口説いていたのです。
「え……と……?」
「おおお俺、高島って言いますッ!あんた、名前はっ!?」
「か、迦具夜です……」
「迦具夜さん、俺と……」
「アホか、お前はーーーーーっ!」

ズガァン!

 そこまで言ったところで、高島殿は後から来たロン毛男にどつかれて吹っ飛ばされました。
「な、何をする、西郷!人の恋路を邪魔するなっ」
「お前と言う奴は、脳味噌が入ってないのか!貴族平民問わず、若い娘の居る家に片っ端から夜這い掛けて指名手配になっておるのだろうが!この上、今度は藤原氏の姫にまで手を出すか!」
「だ、だって見ろよ、あのねーちゃん!めちゃめちゃええ女やで!?」
 高島殿とロン毛は何やら私の事で揉めておられるご様子でしたが、当の私は言うと我を忘れてポーッとしておりました。
 正直言って、こうも面と向かって好きだと言われたのは初めてだったのです。それに今まで文を下されたのは、女などステータスだくらいにしか思っておられぬ方々ばかり。こんなに情熱的な方は初めてでした。
「兎に角、もう逃げられんぞ、高島。既にこの屋敷の周りには検非違使達が取り囲んでいる。流石にこの邸内には踏み込めぬが、ここを出たら即お縄だ」
「西郷、手前ぇーーーーっ!同期の好とか言うのは無いのか、お前には!」
「馬鹿もん!貴様なぞと同期なんて、今すぐにでも取り消したいくらいだわ!……ま、一陰陽師の分際で藤原氏の姫にまでこうして無礼を働いたとなれば、間違い無く死罪だな。せめてこれ以上悪事を重ねない内に死なせてやるのが、私の示せるせめてもの友情だな」
「そんな友情はいらーーーーん!」
 どうやら私は、彼に惚れてしまったようです。



「そ、それで、どうなったのですか!?」
 勢い込む朧に対し、迦具夜は微笑を浮かべたままできっぱりと言い切った。
「どうにもなりませんでしたよ」
「へ?」
「結局、高島殿はロン毛や検非違使に連れて行かれて、それっきりです。風の噂によると、その後すぐに、本当に死罪になられたとか」
「は、はあ……。そうなんですか……」
「初恋とは、実らないものですよ」
 それだけの話。意外にあっさりとした結末に、朧も神無も些か拍子抜けしてしまった。
 不満げな二人の表情にそれを見て取ったのか、迦具夜はくすりと微笑うと続きを話し始めた。
「つまらなそうですね。では、その後私がどうなったのかをお話し致しましょうか」
「あ、いえ、その……」
「そして、高島殿が死罪に処せられてから数週間が経った頃の事です――」



 私の元に、月から石船が参りました。月神族のお手紙を乗せて。
 曰く、手違いで赤ん坊のお前を地球に降ろしてしまったが、月神族が地球に留まる事は原則的にまかりならないので石船に乗って帰ってこい、と……。
 自分が周りの人間達とは違うと言う事は薄々気付いていましたので、意外と余り驚いたりはしませんでした。折しも帝からの入内命令を断り切れなくなっていた頃でしたので、私は文字通り渡りに船とばかりに月へ帰る事にしたのです。
 お爺さんとお婆さんに事情を話し、形見分けをした私は、こうして月へと帰っていったのです――。



「その時、私は帝にも置き土産を致しました。と言うのは、彼の求婚が余りにも高圧的且つしつこくてウザかったので、嫌がらせに不老不死の妙薬を置いてきたのです」
「? 不老不死のお薬が、何故に嫌がらせになるのです?」
「考えてもみなさい、朧。人生五十年、人間の寿命たるや長くても百年かそこらでしょう。不老は兎も角、そんな中を何百年何千年と一人生き続けていたら、気が狂いますよ」
「は、はあ……」
 幾らウザかったからと言って、この先一生顔を合わせる事も無い相手に、普通そこまでやるだろうか。やっぱりこの人(神)、実はかなり性格悪いのではなかろうかと、冷や汗の止まらない朧と神無であった。
「まあ、尤も、帝は何を血迷われたのか、折角お贈りしたお薬をわざわざ富士山まで行って焼いてしまわれたそうですけどね」
「そうなんですか……」



 月に帰った私は、重大な事に気付きました。
 初めてみる故郷、月世界。ここは、魔力濃度が地球の百倍近くあり、逆に重力は地球の六分の一しか無いのです!
 地球で生まれ育った私は、メドーサの言葉を借りるなら「鍛え方が違う」と言ったところでしょうか、魔力も身体能力も他の月神族を遙かに凌駕していました。
 そして私は、その力を以て月神族の全てを従え、月世界を制圧して王の座に収まったのです。



「めでたし、めでたし」
「え、ええっ!?」
「そう言う話だったんですか!?」
 清楚な女神と思っていた女王の意外に武闘派な過去に、二人の部下は驚愕する。
「そう言う話だったんですよ」
 華の咲くような笑顔で、月の覇王は頷いた。





――了――

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