ザ・グレート・展開予測ショー

見つめる(2)


投稿者名:緑の豚
投稿日時:(04/ 7/ 6)

「ぬおっ!」「くうっ!」
如意棒と竜剣とが激しくぶつかり合い、その衝撃でお互いの身体が吹き飛んだ。実戦訓練で俺が老師を弾くなど有り得なかったのだが。
そのお陰で、自分を取り戻した。だから、気づいた。
老師は本気だ。間合いを取る猿神は、その本質、荒ぶるハヌマンの本性を隠そうともしていない。
対して、俺の両腕には鱗模様の篭手が装されている。鏡でもあれば気付いたのだろう、頭には対の竜角。

「超加速!」
ブンッ・・・と、周りの景色が溶け出す。ただひとつ、対峙するハヌマンの姿を除いて。
自然に身体が動き、剣を振るう。居合いに代表される日本流の直線的な動作ではなく、まるで円を描くように。
そうか・・・意外だな。小竜姫様が剣術を習ったのが、選りによって老師の喧嘩相手だったとは。
如意棒を化頚のように振るい、猿神は俺の刃を払う。
「その演舞!知識だけは持っておった小竜姫が為し得られなかった剣の流れ!まるで、あ奴の様じゃのぉ!」
いにしえの、天宮での闘い。それが再現された。物語の通り、長く、激しく・・・

少しずつ、俺は焦り始めていた。
負けはしないだろう。だが、このままでは勝てない。俺は戻らなきゃならないんだ。仲間たちの元へ。
だが、ハヌマンと化した老師の形相は、本気で俺を殺そうと襲い掛かってくるモノ。勝たなきゃ・・・勝たなきゃダメなんだ。
俺はソレを使う。
「ナっ?ナンじゃあ?」
超加速状態の中、蝶が乱舞する。

知らなかったよ。
雨を降らせてお前たちを弱らせた事があったよな。
忠実に襲い掛かりながらも、如意棒に潰されて行くお前ら。眷属とはいえど・・・いや、眷属だからこそ、その苦しみが俺にも伝わってくる。
あの時のパピリオも、こんな気持ちだったんだな。
それでも、俺は進まなきゃならないんだ。ごめんよ。
絡み付く蝶たちに視界を奪われ、もがき暴れる猿神に向かって、一直線に剣を突き出す。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
息をつくのも苦しい。超加速が解けた修行場。竜剣は、斉天大聖老師の左胸を貫いていた。
「・・・見事じゃ・・・」
インドにまで名を轟かせたハヌマンは、その姿をかつてゲーム猿と揶揄された頃に戻していた。
そして、その瞳には、妙神山での初めての修行を終えた時に見せてくれた、あのどこか懐かしい優しさ。

「ゴボッ!」斉天大聖の口から血が吹き出る。
「老師っ!今スグっ!」
「バカモン!」
駆け寄る俺を激しく叱る。文珠『治』を掌に持ったまま、俺は立ち尽くす。

「コホッ・・聖書級崩壊・・は・・神魔の起した事。それを終わらせるのを・・人間たる・・お主に託さねばならぬ・・・」
「けど、老師。血が・・・」
「だからこそ・・あのふたりは・・グフッ!・・・最初に溶融されるのを・・望んだのじゃ・・・」
「すみません。俺・・・こんなつもりじゃ・・・」
「あやつらの気持ち・・ワシにも・・よく分かる・・・」
ニヤリ、と、老師の笑顔。

「ワシの力も・・・持って・・・・・ゆけ・・・・・・・」
絶命した斉天大聖老師。その霊力を『溶/融』し、取り入れる。
「パピリオ・・・小竜姫様・・・老師・・・」
恨みます。こんな使命は俺には重すぎる。だけど、もう俺は逃げられない・・・逃げるわけにはいかない。
拾い上げた如意棒。その感触はまるで、千年以上使いこなした武器のように手に馴染む。

時間圧縮の結界が解けてゆく。
中空にゆっくり、別の映像が重なる。現世の風景。そこに立つ禍禍しい魔族たちが、嬌声をあげながら襲い掛かかってくる。
振るった如意棒で一瞬のうちに薙ぎ倒し、力を溶融する。よもや、文珠の助けも要らない。
それが俺の、修行の終わり。




圧縮結界の中で感じた数十年に及ぶ時間は、現実世界ではたったの1週間。
その間に、戦局は大きく変貌していた。
理性を失った神々は、その出自ごとに分裂し、魔族たちも勢力ごとに分かれていた。
群雄列挙・・・なんてイイもんじゃない。敵を見つけては無分別に殺しあう。滅ぼされてもまた復活し、狂ったように敵を探し、また殺しあう。その繰り返し。

人類がほとんど滅んでしまっている中、仲間たちは持ちこたえていた。東京−と、かつて呼ばれた霊都の中枢で。
みんなは暖かく迎えてくれた。
よもやバケモノになってしまった俺を。

守った。
俺は、みんなを守るのに全霊を費やした。
幾千もの文珠を生み出し、襲い来る神魔たちを蹴散らし、溶融した。
だけど・・・

守りきれなかった・・・・
みんな死んでいった。
最後まで俺に付き添ってくれた金髪の妖狐。前世の記憶を呼び戻し、ヒンドゥ系神魔のトリッキーな攻撃に翻弄される俺に助言と激励を投げつけながら、インダラ神の雷に撃たれた美少女。
奴等を溶融し、彼女の骸を弔いながら、俺は泣いた。
それが、最後に流した涙だった。

山脈は崩壊し、海洋は蒸発し、大地は断裂した。
月さえ戦乱に巻き込まれ、その様子は地球からも見て取れた。助けにも行けずに。
それでも、戦い続けた。老師の言葉を思い出しながら。
俺だけが、このハルマゲドンを終わらせることが出来る。

そして今さっき、最後に残っていたサッちゃんと呼ばれた魔界の最高指導者を屠り、溶融した。

これで・・・このバカげた争いの終焉。
当然だが、勝利者などドコにもいない。

俺は、とっくの昔に人間ではなくなっている。横島忠夫という男は、この凶悪な俺を構成するカケラ程の量でしかない。
肩口から欠損した右腕。両足は膝から先が無い。
胸には文字通り、風穴が開いている。
内臓は、腐って溶け落ちてしまっていた。
ゾンビさながらに・・・そう・・・まさに死霊そのもの。

何度も致命傷を負っては、文珠で回復していた。が、やがてそれも止めた。
敵を滅しては力を溶融し、また戦う日々。ソレを繰り返すうち、俺の霊気は肉体に頼らず自立できるようになっていたからだ。
今の俺は、高密度に圧縮された霊力のブラックホール。それに比べれば、元々の人間としての魂など微々たるもの。

生物としては、とっくの昔に死んでいた俺。だが、戦い続けてきた。

でも、それも、これで終わり・・・すべて終わり・・・

聖書級崩壊は、母なる地球さえ壊してしまいかねない最悪なモノだった。ソレを食い止められただけ、上出来だったんだな。
だから、こうして、夕陽けを眺めていられる。
奇跡的に壊されなかった富士山の美しい稜線。その影に半分沈み込んでいる太陽。赤い光線が、散逸を免れた大気がもたらす雲を染めあげる。
息を呑んでしまう程、美しい夕焼け。
「きれいだな・・・」

俺が座りこんでいるのは崩れかけた鉄塔。かつては、東京タワーと呼ばれていたモノ。
麓に、死んでいった仲間たちを埋葬してきた。
これは、鎮魂の碑・・・みんなの、そして・・・アイツの・・・

身体が崩れてゆく。

ルシオラ・・・俺・・・もう疲れたよ。
娘として生まれて来てくれたら、絶対幸せにする自信があったんだけど・・・済まねぇな。
一緒に見た夕陽。おまえが愛した一瞬の風景。
俺はただ、コイツを守りたかっただけだったんだ・・・

よもや、存在し続ける意味を見い出せない。それが、俺を維持していた意思の力を消し去った。
それとともに束ねていた霊気も、くびきから解放され、拡散を始める。
かつては名だたる神魔たちの物だったソレらは、よもや何の自我も持たず、ただ虚空に薄く広がってゆくだけ。

遠い将来、この星の上で、偶然に霊気が凝り固まることもあるだろう。
それがもし、上手く生き物に取り込まれれば、新たな知的生命へと成長する核になるハズ。
何万年後か、何十万年後かに。
お前等は、もっと上手くやれよ。そして、夕陽を見た時何かを感じてくれるのなら、それでいいよ・・・それでいいだろ?

バッドエンドの舞台はもう終幕だ。
カーテンコールも無い。役者はただ舞台から降りるだけ。

「俺もすぐ・・・溶けてゆくんだろ〜な」
かりそめの肉体は首だけを残して消滅していた。
みんな・・・もうすぐ俺も側に行くよ。この鉄塔・・・墓標だけを残して・・・

眼を瞑り、俺は、俺自身が消え行くのを待った。
最愛のひとに、最後の呼びかけをしながら。


・・・ルシオラ・・・


・・・ヨコシマ・・・


アイツの声が聞こえる。
幻聴なのは分かっている。滅びゆく俺にとっては、最後の慰めの響き・・・・・・・・・

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