ザ・グレート・展開予測ショー

離れないで


投稿者名:浪速ののペガサス
投稿日時:(04/ 7/ 4)




 雨が降っていた。土砂降りの雨。そんな中、美神令子は歩いていた。
その姿は、彼女をよく知っているものですら別人と思うほど意気消沈していて。
見ようによっては彼女は、泣いている様にすら見えた。
が、雨の中ではそんな事は分かるはずも無い。
彼女は、懐から携帯電話を取り出し、メモリーから一つの番号表示させ発信した。


 Piriririri…


 表示された画面。それは【美神除霊事務所】










―――――離れないで―――――










 時は少しばかり、ちょうど朝ぐらいまで遡る。
美神令子はその時、助手である横島忠夫に色々と注意事項を述べ終えてたところだった。


「良い?二日だけ私は留守になるけど頼んだわよ!
珍しくアンタ一人だけなんだからね!!」

「まかせて下さいよ!!
美神さんがいなくたってこのGS(見習い)横島がバリバリ仕事片付けますからね!!」


 満面の笑顔をして胸を右手でどん、と叩いて。さらに胸を張る横島。
よっぽど留守を任せられるのが嬉しいのだろう。
その様子を見て同じように笑顔を見せる美神。しかし、どこか不安げでもある。

 先ほど美神は横島に対し「アンタ一人だけ」と言っていた。
本当に事務所には横島一人しかいなかったりする。
と言うのも、みなそれぞれの用事があり外出しているから。
おキヌは学校の勉強合宿。シロは里帰り、タマモもそれに同伴。
誰もいない事務所、最初の頃のように二人だけの事務所。
まぁ、場所が違うのはご愛嬌。


「これが装備のおいてある部屋の鍵。これが精霊石の箱の鍵。
アンタの事だから文珠でほとんどまかなえると思うから問題は無いと思うけどね。
あ!でも、できるだけお金はかけたくないからやっぱりやめようかしら?」

「んな殺生な!俺かて色々道具使ってみたっていいじゃないですか。
俺だってたまには神通棍使ってビシッと決め台詞とか言ってみたいっすよ!」

「冗談よ。いくら私でもそこまで外道じゃないわよ。」


 まんざらでもないけどね。
最後に美神が呟いた事を横島はとりあえず聞かなかった事にした。



 今日は美神令子、京都に向かう事になっている。いったい何故?
民間GSの一人である彼女だが、GS協会に属しているのは周知の事実だろう。
で、そのGS協会だが、年に一度だけだが重要人物を召集して京都で特別に集まりがある。
実際はお偉方や有名どころなどを集めてただどんちゃん騒ぎをするだけなのだが。
 本当は仮病でも何でも使ってキャンセルしようかとも美神は考えた。
が、実際これに出席する事は一種自分の格を業界中に見せ付けるチャンスでもあるわけで。
しかも情報収集や顧客らを新たに確保するチャンスの場でもあって結局行く事に決めたわけだ。
日帰りにでもしようかなとか考えたが、泊まっていくことに決めたそうな。
どうやら金は向こうもちらしいから。



 ちなみに京都にする理由は特に無いらしい。



「それじゃあ行って来るわね。後の事ヨロシク!」

「はいは〜い。いってらっしゃい!」


 手を振り、にこやかな笑顔で美神を見送る横島。
それを見て、珍しく爽やかに返す美神。
このとき横島は密かに、何か恐ろしい事を考えてるのか?とか考えたが口には出さなかった。
美神は美神で、今日の会合での算段を練っていて思わず笑顔になっていたりしたわけで。
でも、何か心に引っかかっていたような感じもしていて。


なんだったっけ?何か忘れてるような…?


「あーーーーっ!!!」

「な、なんスか!?」


 突然大声を上げた美神に驚く横島。そして美神は横島のほうへ近づいた。


「手、出して。」

「は?」

「いいから!」


 忠犬よろしく、言われるままに右手を前に出す横島。
そして美神はバッグをごそごそして、何かを取り出す。


「携帯電話?」

「そ。事務所のよ。忘れるところだった!
アンタにこの事務所任せるんだからね。
二日間だけだけど、アンタは今から所長代理よ!
普段はこれでお客と連絡取ってるの知ってるでしょ?
頑張んなさいよ、所長!」


 ウインク一つ投げかけて、美神は激励してやった。
自分が留守を任せられるまで成長している事、横島はそれが単純に嬉しくて。
所長代理と呼ばれて激励された事、それがとても誇りに思えて。
彼は一人前の男の顔で精一杯答えた。


「はい!!」

「よろしい!横島所長代理!じゃあ今度こそ、ね。」

「いってらっしゃい美神所長!!」


 彼女は見送られ、彼は見送った。





◇  ◇  ◇  ◇  ◇






 京都について。
眠りを誘うお偉方のくだらない話を聞いて。
そしてお酒の席に入っていった。
周りにはいつものように唐巣神父やエミや冥子がいて。
いつもの面子を連れて、飲みなおしにいろんなところに回って。
その後しばらくしてみんなと別れた。
自分の名前を売って、新しい客を見つけて。
ちょっと良い気分になった美神。
珍しく車を使わず、地図を片手に歩いて宿まで向かっていった。
ちなみにいつものコブラは車検に出して。



 どのくらい歩いただろう?公園が見えてきた。
地図を見て、この公園を通れば少しは時間の短縮になる。
そう考えると美神は公園の中に。
公園は当然の事だが誰もいなかった。
真っ暗で、主のいないブランコや滑り台などの遊具が少しさびしげで。
そんな中を歩いていると、美神は一本の桜の木を見つけた。
そしてその幹にいる、一人の女の子の霊も…。



―――公園に桜の木、か…。いやな事思い出しちゃったな。―――



 いつもの彼女ならおそらく何も考えないでそのまま無視したろう。
だが今夜の彼女は気分がよく、しかもほろ酔い、だった。
そしていやな事を思い出した。なんだか居た堪れなくなった。
悪霊の類ではない事を一発で見分けると美神は話しかけた。
思わず、話しかけてしまった。


「アンタ、地縛霊ね。何してんのよ。
もし逝き方がわからないなら特別に祓ってあげるけど?」


 霊は少しうつむいて、ぼそぼそとつぶやき始めた。


「…………………。」

「なに?」

「お母さんと、お兄ちゃんを待ってるの……。」



 その言葉を聞いた時、美神の顔から一瞬驚愕し、そして優しい顔になった。
それは彼女を見知る人も見た事の無いような穏やかな顔で。


「………大丈夫。アンタのお兄ちゃんとお母さんは、必ずアンタを迎えに来るよ……。」

「本当……?」

「本当よ……。だから待ってなさいな。いつまでも、待ってなさいな。」


 それだけ言うと美神は逃げるようにその場を去った。
女の子の霊はひどく嬉しそうな顔で。
美神に向けて手まで振って。
彼女はそんなもの見たくなかった。
だって
来るかどうかは本当はわからないから。だって自分は嘘をついたから。
自分があの時、誰かについて欲しかった嘘だったから。





☆  ☆  ☆  ☆





―――――西条お兄ちゃんがいなくなった

     私は残るしかなくて

     お母さんの事もあるから残るしかなくて

     でもずっと待ってようと思った

     いつまでも待ってようと思った    ―――――





 それは小さい頃、思い描いていた苦い記憶。
ひたすらに待ち続けた記憶。










―――――1年、帰ってくること無いのわかってた

     だけど待ってた。家の前にある公園の、桜の木の下で

     あそこにいればすぐに分かるから

     お兄ちゃん、帰って来るよね?




     2年、帰ってくる気配も無くて

     あ〜あ、2年かぁ

     でもあきらめないもん!

     お兄ちゃんはきっと帰ってくるもん!!




     3年目、三度目の正直!!

     だけどお兄ちゃんは帰ってこない

     一日たりとも欠かさず待ってたんだけどなぁ

     でも、くじけないぞ!




     4年目、お母さんが倒れた。

     お兄ちゃん、お願い

     帰ってきて

     このままだと私………                ―――――






 五年目は無い。
その年の秋。美知恵が死んだ(ことになった)。
そして美神は唐巣神父の元で暮らす事になった。
西条は、その頃美知恵の訃報をイギリスにて知った。
だが、Gメンの研修のためやむにやまれず日本行きを断念して。
結局はこの五年後に日本に再びやってくる羽目になる。
美神の想いは、打ち砕かれた。


 家の前の公園の桜の木の下で、兄が帰ってくるのを待った。
母が元気な姿で帰ってくるのを待った。
その想いは圧倒的なまでの運命の荒波に打ち砕かれた。
しかも彼女は誰かに言われたわけではない。

 彼女は誰かに言って欲しかった。
ただ待つのに疲れてしまったから。
うそでも良い、一言こういって欲しかった。
「必ず帰ってくる」と。



 こうして彼女は少し大人になった。
母親が「綺麗」と言ってくれた、兄が「かわいい」と言ってくれた髪を切って。





☆  ☆  ☆  ☆





 逃げるようにして公園から走り去った後美神はうつむいた。
うつむいて歩いた。
そこにあるのは自己嫌悪や、過去の痛い記憶を思い出した痛み。
そして、深い、深い孤独感。


 しばらくして、雨が降った。
雨は一瞬にして降ると、一気に盛大な音を奏でた。
まるで空が美神に対して「泣いてもいいよ」というように。






◇  ◇  ◇  ◇  ◇





 そして話は冒頭に戻る。
しばらくのコール音の後、電話に出たのは横島。



『はい!!こちら美神所霊事務所!
現在は所長は留守のため所長代理の横島がやっております。
御用は一体どのようなもので?』


 美神は答えない。答えたいけど答えない。
それは言葉にしたら泣きそうだから。自分が抑えられなさそうだから。
電話をしてみたはいいけどやっぱり意地があって。



『………?もしも〜し?どうしたんすか?』



 相変わらず間抜けな声。だけどそれが今はひどく心地よくて。
自分を安らいでくれて。いつからだったろう?
こんなにも彼を大切に思い始めたのは



「横島クン、あたしよ。」

『み、美神さん。どうしたんすか?一体何かあったんですか?
あ!俺がちゃんとやってるか不安になったんでしょ?
大丈夫ですよ!人口幽霊一号もいますし!!』

「…………」

『美神さん?どうしたんすか?
……怒ってるんですか?』



でもさっきから降ってる雨音、これもひどく心地いいのも事実で。
泣いてもいいよって言ってるようなきがして。



『…雨の音がしますね…。
美神さん。
泣いてるんですか?』


 もぉ駄目だった。とどめの一撃だった。
この男は、普段馬鹿なくせにこういうところのは機微で。
雨音の優しい音色がその感情をより一層強めて。
泣き声にならないように、泣きたいけど、泣かないように。
美神は静かに、ゆっくりと話しかけた。


「横島クン、聞きたい事があるの。」

『………なんすか?』

「あなたは、いつも一緒にいてくれる?
私が待ってるって言ったら、必ず来てくれる?」


 美神の状態がなんだか尋常じゃない事を横島は電話越しで即座に察していた。
だからこそだろう。この男の優しいところでもある。
それは時に残酷で、時に本当に優しい。


『無理ですよ。今だってすでに離れてるじゃないですか俺ら。』


 そうよね。
美神は落胆しそうになって。
だったら自分はこのまま突っ張ろう、そう思って言葉を続けようとした。
でも


『でも。
でも俺は出来るだけそばにいようと思う。
出来るだけ約束は守ろうと思います。
自分がそんな大それた人間じゃないのもわかってるけど。
自分の大切な人との大切なものを守るために俺は精一杯頑張ります。
これじゃ…、だめでしょうか?』


 涙が出た。声に出ないで涙がほほをつたった。
あぁこの男はなんて。
この男は…。






 電話はつながったまま。だけど横島はきろうとしない。
美神もきろうとしない。
電話越しに彼らは今つながっていたから。
雨は未だに彼女を叩き続けたがそれはどうでもいいことだった。
その叩きようは痛みではなく安らぎ。
そのつながりは本物。

そして

彼女が本当に望んだものが今手のひらにあった。




 美神は泣いた。





 横島は、ただ黙ってそれを聞き続けた。




     ―――――FIN―――――

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