西瓜
投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 6/28)
おキヌが少し長い休暇を取った。
別に、相変わらず進展せぬ日常に嫌気がさしての逃避行とか、アバンチュールなひと夏の出会いを求めてカリブの島へ、ということではない。単なる御呂地村への帰省である。
いつもと違うのは、今年は氷室神社の建立三百年にあたるため何かと行事も多く、その手伝いも兼ねて長居をしているというところが一つ。
もう一つは、どんな気まぐれか知らないがシロとタマモが一緒について来た、ということだった。
「事務所は今ごろ大丈夫でござろうか」
ふっと天をつく入道雲わ見上げて、シロが心配そうに呟く。
だが、縁側に座って早物の西瓜をシャクシャクとかじっている様子からは、それほど深刻に受け止めてる様子は感じられない。
「あの二人なら平気でしょ」
さして興味もなさそうに、そっけなくタマモが答える。
今はそれよりも、いかにして西瓜の種をシロよりも遠くへ飛ばすかが大事なのだ。
「いや、拙者が心配しているのは部屋のほうで・・・」
去年の有様を思い浮かべて、シロは眉間に軽くしわを寄せる。
おキヌに頼り切ってしまっているあの二人の惨状は目も当てられぬほどで、それが嫌で一緒について来たというのも理由のひとつだった。
遅かれ早かれ戻った暁には、おキヌを手伝って大掃除をしなくてはならないことに変わりはないのだが、今はそのことを頭の外へ押しやるようにしていた。
「あー、なんかもう、帰りたくないでござるなぁ・・・」
二切れめの西瓜を手にしたまま、どこか遠くを見つめてシロが言った。
御呂地村に来てからというもの、ほとんど毎日のように野山へ繰り出し、これでもかといわんばかりに夏を満喫していた。
精霊石を外し、変化を解いて駆け巡る開放感は、他の何物にも代えがたい大きな魅力だった。
その傍らでタマモは相変わらず種を飛ばすことに熱中しつつも、そうね、と素っ気無い感じで相槌を打つのだった。
「したら、ずっとここにいればいいでねえべか」
部屋で昼寝をしていたおキヌの義姉・早苗が、寝返りを打ったまま声を掛けてきた。
「あんたらだって無理に都会で暮らすよりも、こっちのほうが性に合っているんだべ? そうしたほうがいいんでねえべか」
早苗はひとつ大きく伸びをして身を起こした。
「家だってそんなに大勢というわけにはいかんけども、あんたらの一人や二人養っていくのはできるべ」
「それができたら、さぞや良いでござろうなぁ」
「んだべ? 家に来なって」
のそのそとやってくる早苗をじっと見ていたが、つと視線を西瓜に逸らして言った。
「・・・でも、やっぱりそういうわけにはいかないでござるよ」
「なしてさ?」
早苗はシロの横に腰を下ろし、西瓜に手を伸ばしながら聞いた。
「拙者にもタマモにもそれぞれ事情がござって、そう軽々しく決めるわけにも参らぬのでござるよ。それに・・・」
「それに?」
先を促す早苗の相槌にすぐには答えず、手にした西瓜を一口かじる。
心なしか、ほんのりとしょっぱいような味がした。
「・・・やはり、未練、でござろうか」
そう言って小さく笑った。
容姿に見合わぬ含みのある笑顔に早苗は、そっか、とただ一言だけ言って、黙って西瓜を食べた。
やがて首を振るように無造作に種を吐き出すと、それは見事な放物線を描いていく。
あっ、という二人の驚きを後ろに受けながら、黒い種はシロのよりもずっと遠くへ飛んでいった。
今までの
コメント:
- う〜ん・・・スイカ良いですねぇ・・
私は種ごと飲み込む性質なのでタマモに負けますねw
赤蛇さま、貴方様はもしかして八百屋さんの回し者ですか?(んなわきゃない)
前回の作品の後、無性に桃が食べたくなって、買ってきたのにっ!
今度はスイカですか!ようし!明日早速買ってこなければっ! (純米酒)
- 別に、夏の果物シリーズというわけではないのですが・・・
始めはおキヌちゃんの話を書くつもりだったのに、そこへたどり着く前にこんなのになってしまいました。
カレーを作っていたのに、いつのまにか豚汁にしてしまうような、計画性のない自分がなさけない。。。
とある事務所の関係の変化を想定して思わせぶりに書いたつもりですが、はたしてそれがどこまでにじみ出ているかどうか、それがかなり心配です。
最初の予定通り、おキヌちゃんまで持っていこうとは思っているんですが、上手くいくのだろうか。。。 (赤蛇)
- >純米酒さん
JAの回し者、赤蛇です(笑)
昨日の今日で申し訳ないのですが、西瓜にはやっぱりまだ早いです。
作中も旧暦の六月一日あたりを想定していたりしますし。(何故旧暦なのかは、まだ内緒です)
もうしばらく、もうしばらくお待ちを! (赤蛇)
- おおっ!?前回の桃に続き今回は西瓜でございますか。その味覚もさることながら種を飛ばすのも西瓜の楽しみの一つですからね。一生懸命西瓜の種をシロより遠くに飛ばそうとしているタマモがツボでした♪
>「・・・やはり、未練、でござろうか」
この一言がものすごく気になります。一体何があったのだろうか・・・ (殿下)
- >殿下さん
自分はついつい種を噛んじゃうクチなので、最初に全部ほじらないと気がすまないタチです(笑)
>未練
それはもう、あんなこととか、こんなこととか・・・ (赤蛇)
- 「未練」という事は、シロは既に………。
いやいや、赤蛇さんに限ってそんな事は………。
………信ジテイマスカラ、ネ?(笑顔) (黒犬)
- >黒犬さん
そうか、そういう解釈もできなくはないんですよね。
私が想定していた「未練」とは、おそらく逆の方向ですが、これはよい事を伺いました。
早速、参考にさせていただきます。ありがとうございました(にっこり) (赤蛇)
- 種飛ばしは…殆どした事がないです。広い庭のある縁側で食べるとかのシチュエーションがなかったからでしょうね…。
「ここにいたらいい」なんて話を結構簡単に言ってしまえる早苗ちゃんに、彼女の新たな性格とそれを育んだ氷室家の大らかさを感じましたが、それだけでもないような…やはりおキヌちゃんが向こうに行ってしまって寂しかったのかなと勘繰る所でもあります。
シロの笑顔にある含み、いつも通り野山を元気に駆け回る彼女の背後にある急激な内面の成長を感じさせられます。 (フル・サークル)
- >フル・サークルさん
すんなりとおキヌちゃんを養女にしたり、記憶が戻ればあっさりと東京へ送り出したりしたところを見ても、氷室家の人々は相当に大らか何だと思います。
シロの成長を促すものは果たして何か、「まだ」であるべきか「もう」であるべきか、そこのところが悩ましいテーマであります。 (赤蛇)
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