ザ・グレート・展開予測ショー

ルシオラより愛をこめて -From Lucciola With Love-


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 6/17)

   ふろ―――む らっしゃ――――― ういずら―――――ぶ

何とはなしに鼻歌交じりで口ずさんでいると、横にいたルシオラがくすくすと笑いかけた。

「なーに、そのヘンな歌」

不意にたずねられて一瞬戸惑いを見せ、横島は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
口に出しているとも思わなかったのか、顔がちょっと顔が赤くなっているが、今のルシオラにはそれすらも愛しく感じられる。

「あ、いや、子供の頃に見た映画のでさ、なんとなく好きなんだよね」

「ふーん。どんな歌なの?」

「ゴメン、意味はよく知らないんだ、俺」

「ダメじゃない」

などと他愛のないことを言いながら、原生林の中の遊歩道を進む。
紅葉の季節にはまだ早いとはいえ、湿り気を帯びた森の空気は肌寒く、虫の音の落ちた景色は寂しさを募らせる。
折り重なるように早々と落ちた葉の感触を確かめるように、二人はゆっくりと踏み締めて歩いていく。

「うわぁ、きれい」

ほどなく歩いていくとやがて森を抜け、二人の視界が大きく開かれた。
海を眺める見晴台脇の階段を下り、海岸へと降りていく。
平日ともあって人影はまばらで、互いの声も顔もわからぬ程度にぽつりぽつりと並んでいる。
後ろには客足の途絶えた浜茶屋の旗が、所在なげに海風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。

「ね、あっちまで行ってみない?」

ルシオラは沖合いのほうを指差す。
その先には三ツ石と呼ばれる小さな岩場があり、ちょうど潮が引いて歩けるほどの岩礁が岬から伸びていた。

「そうだな。行ってみようか」

手を引かれるようにして横島もついていく。
静かに打ち寄せる波の音が間近に響き、濡れる石の上を蟹が慌てて横切っていった。
ルシオラは潮溜まりに取り残された小魚たちを興味深そうに眺めたり、小さなイソギンチャクを突付いて歓声をあげたりしている。

ちょうど門のようにそそり立つ岩を抜けると、眼前に大海原が広がっていた。
穏やかな天気の下、海天一色の果てに浮かぶ遥かな島の影が映る。
そよと吹く風と波の中に身を任せ、二人はじっと佇んでいた。

「・・・あの二人、大丈夫かな」

沖合いを進む船に目を向けたまま、横島がぽつりとつぶやく。
誰とは言わなくても、ルシオラには痛いほどわかっていた。

「・・・大丈夫、だと思うわ」

ルシオラも沖合いを見つめたまま、そっと返事をする。

「・・・そうか」

陽は早くも傾き始めていた。
今さら迷うような時間は、残されてはいなかった。



「そろそろ戻りましょうか。パピリオが心配するわ」

とうに見えなくなった船を眺め続ける横島に声をかける。
今日は夕陽を見ないで帰ろうと決めていた。見れば未練になってしまうから。

「・・・そうしようか」

それとなく気持ちを察して、横島はゆっくりと踵を返す。
来たときと同じ石の門をくぐり、滑らぬようにルシオラの手を取って下へと降りていく。

「あらら」

「どうしたのヨコシマ」

ふと立ち止まって間の抜けた声をあげた横島に、いぶかしそうにルシオラがたずねる。

「いや・・・道がなくなっちまった」

苦笑する横島の肩越しに覗き込むと、たしかにさっき渡ってきた道が潮に満ちて、波間に消えてしまっていた。
それでもまだ所々に岩場は見え、靴さえ濡らせば渡れぬほどでもない。

「しょうがないわね。飛んでいきましょう」

やれやれ、といった感じでルシオラはため息をつく。
だが、横島はしゃがみこんで何かごそごそとしている。

「ルシオラ、悪い。これを持っててくれないか」

そういって靴紐の両端を結び合わせたスニーカーを手渡すと、そのまま海の中へ足を踏み入れた。
あっけにとられているルシオラに向き直って、古い映画の役者のようにうやうやしく大げさなお辞儀をしてみせた。

「お姫さま、お手をどうぞ」

ルシオラは芝居がかった仕草に笑いながら、差し出された横島の手にそっと重ねる。
こちらも興をのせて、古めかしくスカートの裾をつまんで、軽く会釈をしてみせる。

「ありがとう、王子様」

そのままルシオラの腕を自分の首に掛けさせ、腰からしっかりと抱き抱えて持ち上げた。
はずみでちょっとバランスを崩して足を踏み込むが、なんとか無事に支えることが出来た。

「だ、大丈夫、ヨコシマ?」

「平気、平気。じゃ、行くぞ」

足元の感触を確かめつつ、ざぶざぶと波を掻き分けて歩く。
さっきより満ちてきた潮がジーンズの裾を濡らすが、不思議と嫌な感じはしなかった。

海の上を歓声をあげて運ばれるルシオラの身体は軽かった。
こんな華奢な身体のどこに、あんな強い力が潜んでいるのか不思議なくらいだった。
それでも両腕に感じられる確かな重みは、ルシオラが生きているという証だった。

その証を得るためにこそ、今夜二人は離れ離れになる。



「また来ような」

ひんやりとした海風を背に受けながら横島が呟く。
二人の影が、浜から上がる階段を先に登っていく。

「・・・うん」

「今度は俺たちだけじゃなく、ベスパやパピリオも一緒に、な」

「・・・うん」

短い会話を交わし、二人は静かに家へ帰っていく。今夜限りの家族の元へ。

彼らの背後に拡がる夕陽を、ルシオラは振り返ろうとはしない。

いつの日にかもう一度二人で、
いや、四人で見ようと決めたから―――――

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