ザ・グレート・展開予測ショー

似た者同士・2


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 6/17)

 昼休み。


「あ……あの、ブラドー先輩……。も、もし良かったら、これ食べて下さいっ……!」
「あ、ありがとう……」
 校内でのピートの女生徒人気は三年生に上がっても衰えるところを知らず、お昼時になると連日何人もの女生徒がピートにお弁当を作ってきていた。
「もろ青春て感じよねー」
「富の偏在だぜ……」
「まあ……、わっしには魔理しゃんがおるから良いですけんど……」
 そんな事を駄弁りつつそれを生暖かく見守るのは、今日も今日とて仲良く連んでいる除霊委員の面々。
「けっ、バカップルが」
「言わんでくんしゃいよ……」
「青春よねー」
 言ってる内に、ピートが戻ってくる。
「が……」
「え?」
「それがないと俺の生命が危機に瀕すると言うのも、また事実ッ!持つべきものは友だぜ、ピートぉっ!」
「タンパク質ムムムムっ!」
 ……と言う訳で、ピートに差し入れられる女生徒の愛情籠もった弁当は、こうしていつもの如く横島とタイガーに残らず食い散らかされてしまうのであった。
 まあ、師匠のお陰で極貧生活を余儀なくされていると言うのはピートとて同病相憐れむ仲だし、ヴァンパイア・ハーフのピートは薔薇の花から生気を吸い取ってエネルギーに替えられるので呑気なものだ。
「若い内の苦労は買ってでもしろ……。これもまた、青春よねー」
 そう言う愛子は、幾つなのだろうか。




「ピートぉーん!エミ、淋しかったぁ〜ん」
「ピートおにーさまっ!見て下さい、これ。新開発のマシンなんですよっ」
 放課後、学校近くの公園にて。
「あっ!何よ、小娘。私とピートの貴重な一時を邪魔するんじゃないワケっ」
「それはこっちの台詞ですよ、おばさんっ!」
「お、おばっ……!?」
 ……説明するのも馬鹿らしい。
「おにーさまだって、どうせなら若い方が良いに決まってますよねー!」
「い、いや、僕は……」
「どうなの、ピート!」
「おにーさまっ!?」
「いや……、その……」
 エミとアン=ヘルシング嬢が、ピートを取り合っていると言うこの光景も、最近では見慣れたものとなっている。……とか思うのは、何故か居る除霊委員の面々。
「もてんのも大変なんだな……、羨ましい……」
「横島さん、人事じゃないですじゃー……」
「焼き餅妬かれてる事は分かるのに、何で好意を持たれてる事には気付かないのかしら、横島くんは……」
 そんな事をぼやいている間にも、エミとアンの罵りあいはヒートアップの一途を辿っていく。
「おむつも取れないお子ちゃまが、偉そうな事言うんじゃないワケっ!」
「んなっ……!お、おむつなんて履いてませんっ」
「自立してから、出直してくるワケっ!」
「はっ!汚れりゃ良いって訳でもないでしょう。そんなだから、お肌も不健康に真っ黒になんですよッ」
「ぬあんですってぇえ!?」
「あ、あの、二人共落ち着いて……」
 などと当事者であるピートが言ってみたところで、収まる筈もない。その言葉が届いているのかさえ怪しい。
「あんな師匠を見て、どう思うよ?タイガー」
「横島さんには、言われたくないですのー……」
「醜い……。けどこれも、若い内だからこそよねー」
 ジャングルジムに腰掛け、高みの見物な除霊委員。何やってんだ、あんた等。
「でもさー、何かあんま嬉しそうじゃねーな?ピート。折角もててんのによー」
「うーん、常にもててると、いっそうざくなったりしちゃうんじゃないんですかのー」
「成る程……。て言うか、確かにアレは迷惑だよな。ピート自身にも、とばっちりは掛かってきてるし」
「そうですのー。でも、横島さんにだけは言われたくないと思いますけん、ピートさんも」
「え、何でだ?」
「いや……」
「青春よねー……」
 そんな、幸せな日々。





【似た者同士・2】





 それから一年が経ち、高校を卒業した除霊委員の面々はそれぞれに各々の道を歩んでいった。
 横島は、今まで通りにゴーストスイーパーを。
 タイガーも、前年に取得したスイーパーライセンスを持って、エミの元で修行に励んでいる。
 愛子は、学校の備品なので当然の事、学校に残った。これからも、学校妖怪として校舎と生徒達を護り続けていくだろう。

 そしてピートは、念願叶いオカルトGメンへと入隊する事が出来ていた。



 オカルトGメン東京支部、ロッカールーム。
 ピートが自分のロッカーを開けると、何やら障気のようなものが漂ってきた。
「……またか」
「どうしたんだね、ピート君」
「あ、西条さん。実は、また何かエミさんの呪いの形跡が……」
「はは、もてるねえ」
「笑い事じゃないですよ……」
 Gメンに入ってからも所内での彼の人気は留まるところを知らなかったし、エミやアンの熱烈なアタックもまた止まなかった。最も熱心な彼女達が全く普通の人間でないと言うのが、彼の不幸である。
「じゃあ、気晴らしに出張でも行ってくるかい?」
 凹むピートに、西条はどこからか取り出した書類の束を見せた。
「出張?」
「ああ、父島の妖力探知機に、何か大きな妖気が引っ掛かったらしいんだ。今のところは何事も起こっていないらしいが、念の為に見てきてくれないか」
「……」
 ピートは暫し顎に手を当てて考え、やがて顔を上げた。
「はい、了解しました」





 と言う訳で、その日の内に父島へと向かったピートは、翌日の朝から島の探索を始めた。
 しかし、一日掛かりで島中を探し回ったがこれと言った成果も無く、港から見える海原には夕陽が沈もうとしていた。
「ふう……」
 波止場に座り込み、夕陽を眺めるピート。
 特に気になる妖気などは発見出来なかったが、まあ、何も無いならそれに越した事はない。
 観測所で件の妖気が探知されたのは、一昨日。昨日今日とは特に強い妖気を観測されなかった事を考えれば、恐らくは誤診だったか、若しくはもう既にその妖怪は別の場所へ移動したのだろう。明日、周りの島々を一通り見て回って、特に何も無いようだったら、それで終わりとしよう。
 そんな事を考えていると、どこか非日常的な波止場の風景に、不意にいつもの日常が現実味を帯びて迫ってきたような気がした。
「……」
 言う迄も無く、いつかは決着を付けねばなるまいとは、ピートとて承知している。
 自分に言い寄ってくる女性達――、取り分け、最早“執着”と形容しても良いようなエミとアンの二人である。
「ふーーーーっ……」
 ピートは、大きく溜息をついた。



「おや?お前は、確かポチの仲間……。こんなところで何をやってんだい」
 不意に、ピートは後ろから声を掛けられた。
「え?」
 どこかで聞いたような声に振り向くと、そこには以前に見知った顔があった。
 腰まで伸ばしたブロンドの髪に、それから飛び出る二本の触角。気の強そうな目元を縁取るは、隈取りのような模様。
「貴方は確か……、ベスパさん?」
「よう、久しぶりだね」
 嘗てのアシュタロスの眷族、妖蜂の化身・ベスパだった。


「へえ、それでわざわざこんなとこまでねえ……」
「ええ……」
 南海の島で思い掛けず知り合いと出会った二人は、そのまま波止場に座り込んで世間話を始めた。
 両者とも生真面目な性格故に、会話もし易い。常に茶化して絡んでくる奴と話すのが嫌いではないが、しかし極度に体力を消耗してしまうのが彼等なのだ。
 特に気負い無く普通の会話が出来る奴と言うのは、この手の人間(じゃないけど)には有り難い存在である。普段、周りがそれとは逆の連中ばかりであり、その中に居心地の良さを感じてしまっているなら尚更だ。
「そう言うベスパさんは、どうしてここに?」
 自分が今、こんなところに居る経緯をベスパに話し終えたピートは、そう言ってベスパに話を向けた。
「あたしかい?あたしは、軍から休暇を貰ってね。つっても、パピリオに会いに行くくらいしか行くとこも無いしね。暇を持て余して、この辺りに来てたのさ。ああ……、例の強い妖気とやらは、あたしのもんだろうね。一昨日っつったら、あたしがここに来た日だ。妖気の押さえ方にも、まだ慣れなくてね」
 独り言でも呟くように、ベスパはそれだけ言い切った。
 ピートも、口を挟まずに聞いていた。
「ま、そう言う訳さ」
「でも、何故この島なんです?」
 と言ったピートの疑問は、当然の事だったろう。ベスパと父島、接点が見えない。
「ん、ああ……」
 ベスパは、ふっと淋しそうな微笑を浮かべると、オレンジ色に染まる海原に眼をやった。
「アシュ様が亡くなったのは、この辺りだろ……」
「! あっ……」
 ピートの顔が、戸惑いに歪む。
 どうも自分は、こう言う部分の配慮が足らない。察しが悪いと言うか、場の空気が読めないと言うか。要するに、真面目過ぎるが故に他人の心理の機微にまで考えが回らないのだ。
「すいません……」
 あれから、まだ二年も経っていない。ベスパには、辛い記憶だろう。
 だが、彼女は苦笑してこう言ったものだ。
「ん、良いよ、別に……。今更、どうこう言う事でもないだろ。気にするな、構わないから」
「……はい……」
 強いな、とピートは思う。無論、ベスパがである。
 自分が大切な人――例えば、唐巣神父や横島など――をあのように悲劇的に失ったとしたら、こうも強く在れるだろうか。
 見たところ、強がっている様子は無い。そう言えば、横島もアシュタロスの乱終息後はかなり無理をしていたように見えたが、今はそんな事も無い。自分よりも遙かに年下だと言うのに、二人とも芯のところが強いのだろう。
「……」
 とは言え矢張り幾らか辛かったのか、溜息を一つついて、ベスパは話題を変えた。
「それ良かどうしたんだい、浮かない顔して」
「え?」
「顔色悪いよ。どうした、悩みでもあんのかい」
「……いや、その」
 目下悩みと言えば、エミとアンの事であるピート。ベスパに声を掛けられた時にその事を考えていたから、顔色が悪いとは恐らくその事を指すのだろう。
 しかし、ベスパに話すような事でもない。さて、どうしたものかと思っていると、ベスパが笑いながら言葉を継いだ。
「聞いてやろうか」
「は……、何を?」
「何をって、何か悩み事があんだろ?」
「ええ、まあ……」
 曖昧な笑顔を作って、ピートは応える。こんな時は、どうすれば良いのだろう。
「見たとこ、あんたも内に溜め込むタイプだろ?どうせやる事もないしね、暇潰しに聞いてやるよ。あたしなら、後腐れ無くて良いだろう」
「……はあ……」
 確かに、それも良いかも知れない。
 人によっては馬鹿らしいと言われる悩みだし、あまり人に話せるようなものでもない。
 だが、このまま一人で悩んでいても、解決するどころか事態は益々ややこしくなるだけだろう。
 とすれば、それなりに重要な知り合いでありながら、この後あまり付き合いの無さそうなベスパに、すっかり話してしまうのも良いかも知れない。他人に打ち明けるだけでも、幾らか違うかも知れないし。
「そうですね……」


「……と言う訳なんですよ」
「ふーん……」
 ベスパは、ピートの悩みを茶化すこともなく聞いてやった。根が真面目で、面倒見も良いタイプなのである。
「それで、何が不満なんだい。女衆にもてて、しかも心に決められてる女が二人も居るなんざ、結構な事じゃないか」
「いや、まあ、それはそうなんですけど……」
「なんだけど?」
「僕は、人間じゃないですから……」
 そうだ。
 結局のところ、問題点はここに尽きる。
「それの、何が問題なんだ?人間とそれ以外がくっつくなんざ、別に珍しい事でもないだろう」
「はい……、と言うか、僕自身半分は人間ですからね……」
「いや、だから何の問題があるんだよ?」
「……寿命ですよ」
「寿命?」
 艶やかな髪を重そうに揺らして、ベスパは首を傾げて見せた。まだ良く分かっていないらしい。
「ええ……、勿論、僕だってエミさんやアンちゃんを嫌いな訳ではありません。まあ、どちらかを選べと言われたら、現時点では困りますけど……。でも、二人の気持ちは嬉しいです」
「で?」
「しかし、今は良くとも、徐々に寿命の問題が表面化してくる筈です。何せ、老いて死んでいく速度が、僕と相手とでは全然違うのですから」
 こう見えても、ピートは七百歳を超えている。人間を母に持つピートだが、それでもまだ寿命の半分も生きてはいないのである。
「それで……?結局、だから何に困ってるんだい」
 だがベスパは、それでも分からないと言った風で眼を細めた。
「いや、ですから……」
「相手も、あんたが半妖だって事ぁ承知で言い寄ってんだ、そんくらいの覚悟は出来てる筈だろ?」
「それは……」
 そう言えばそうだ、とピートは悟った。何せ、もうかれこれ二年もアタックされ続けているのだから。
 じゃあ、僕は何故こんなにも悩んでいるんだ?
 いや、問題は単にこれだけに限定するものではないのかも知れない。
 幸せな日々の中で、僕が常に感じている不安――。
「結局、別れるのが恐いんでしょうか……」
「あ?」
「別に、それに限った話じゃない。正直、今まで生きてきてこれ程友人が出来た事は、質的にも量的にもありませんでした。けれど、彼等は人間。何れ近いうちに、僕を置いて天へと召されてしまいます――」
「……ま、そうだろうね」
「僕は、それが恐いんです。嫌なんだ、それが……」
 そこまで考えが至り、ピートは頭を抱えた。
 思えば、無意識のうちに考えないようにしていた事だった。しかし、それは確実に認識しているのだから、検証すれば出てくる事は自明の理。
 矢張り、話さない方が良かったかも知れない。これからは、常に悩まなくてはならない――。
「……ぷっ」
「え?」
「あっははははははッ!」
 そんなピートの様子を見ていたベスパが、突然に笑い出した。それはもう、心底おかしそうに。
「な、何ですか、ベスパさん。急に笑い出したりして……」
 幾らか気分を害された表情で、ピートが問う。
「あっははは……、いや、悪い。けど、お前、見てくれに拠らずボケキャラなんだね」
「え……?」
 ピートは、混乱した。
 ボケキャラ?何の話だ。僕の知らない間に、話題が変わっていたのか?
「あのな……、出会いがあれば別れもある。そんなの、人間だろうが妖怪だろうが変わらないだろ?人間だって親しい人が自分より先に死んだら悲しむし、淋しい気持ちにもなる。別にお前だけの事じゃないだろ、そこまで気に病むような問題じゃないと思うけどね」
「いや、まあそれは……」
「お前の論理で言ったら、生後一年にも満たない内に父と姉に死なれたあたしはどうなんだい」
「! あ……」
 そうだった。
 また同じ事を……。ピートは、自分の迂闊さを呪った。
「あたしはあの時、まだ生まれて一年も経ってなかったけど、アシュ様やルシオラが死んで、悲しかったよ。ま、口に出すと何か嘘臭いけど、今でも当然悲しい。なあ、そう言うもんだろ?」
「……はい……」
 そう言うものなのだろうか。
「人間だろうが神様だろうが妖怪だろうが、本質は変わらないもんだ。……ポチを見てると、特にそう思う。あいつ、偶に妙神山に遊びに来てるらしいけど、あそこの連中とも仲良くやってるよ。全然違う種族なのにな」
「……」
「勿論、人も魔族もいつかは死ぬさ。けど、それでも承知で付き合ってんだろ?それとも、何かい?お前はあいつ等が死んだら、もう友達は作らずに一生過ごすつもりかい。そうじゃないだろ」
「……ええ……」
 そう頷くピートの顔は、暗いながらもどこか先程とは違っていた。
「死んじまったら、そん時に悲しめば良い。今から相手が死ぬ時の事を考えて付き合うなんて、そりゃ失礼ってもんだよ」
「……かも、しれませんね」
「だろ?」
 そう言って微笑むベスパの顔は、ピートにはとても眩しかった。
「ま、ポチの奴ぁ殺しても死なないような奴だし、長生きしてくれるだろうさ。他の連中は良く知らないけど、そう簡単にくたばる奴等でもないだろ」
 立ち上がって伸びをしながら、ベスパは言った。
「下らない事だよ、悩むような事じゃない」
「そうですね……」


 そうだ。
 確かに、そうなのかも知れない。
 今の自分は、彼等と出会う前の自分ではないのだから……。







 それから、百年の時が流れて。




 ピートは、墓前に花を添え、手を合わせて目を閉じた。
 その墓に刻まれるは、“横島忠夫”の文字。
 刻まれて、もう三十年近い。その文字も、徐々に風化してきている。
「……」
 静寂の中で、ピートはあの楽しかった日々に思いを馳せる。
 横島もタイガーも西条も、エミもアンも死んだ。
 オカルトGメンの重鎮として社会的地位を確立し、多くの友人達との交流を楽しむピートだが、しかし彼等と過ごした日々は、ピートの八百年の人生の中で一際大きな輝きを持って存在し続けている。
 詮無い事と理解しつつも、懐古の念は未だ消える事はなかった。



「……よぉ」
 不意に、後ろから声がした。
 そこに立っていたのは、百年前と毛程も変わらぬ容姿を見せる、少なくとも見た目は若い女性。
「ベスパさん……」
 ベスパは、担いでいた桶から柄杓で水を汲み出した。

パシャッ……

 やけに澄んで見える水が、墓石にぶつかり、瞬く間に染み込んでいった。

カタン……

 柄杓を戻した桶を地面に置くと、ベスパはピートの傍らに屈み、墓前に花を添えた。
「ベスパさんも、お墓参りですか」
 聞かずとも分かる事を、ピートは敢えて訊ねてみる。
 何故だろうか。恐らくは、自分と同じ気持ちの者がいると思いたかったのだろう。
「ああ……、ポチには、世話になったからね」
「……」
 墓前に手を合わせるベスパの横顔を見て、ピートも再び目を瞑った。
 キリスト教徒のピートが、こんな事をするのはおかしいだろうか。いや、しかしそれは、彼が身も心も日本人になったと言う証かも知れない。


 暫くして、ベスパが立ち上がった。
「ふう……、早いもんだね、ポチが死んでもう二十五年か……」
「二十七年、ですよ」
 ベスパの問い掛けを、ピートが訂正する。
「ああ、そうか……。まあ、そんな事どうでも良いか」
「良くないですよ……」
 墓石を見つめたまま、ピートは呟いた。
 ベスパが、小さく溜息をついた。
「やれやれ……、まだ未練があんのかい。ポチも他の連中も、人間にしちゃ長く生きた方だろ?」
「ええ……、分かってるんですけどね……」
 覇気の見えないピートの返事に、ベスパは困った顔で頭を掻いた。
「何つーか……、上手く言えないけどさ。お前がそうやって縛られる事なんて、あいつ等は望んでちゃいなかったと思うぜ?」
「……そうですね」
 ピートの口元に、薄く笑いが浮かんだ。
「たく……」
 ベスパは、もう一つだけ溜息をつくと、蹲ったままのピートの尻を蹴り上げた。

ドカッ!

「痛ッ……、何するんですか、ベスパさん」
 尻をさすりながら、ピートが立ち上がる。
「どうもお前は、人に鼓舞されないと前に進めない質らしいね……」
「……」
 ベスパの指摘に、ピートは冷や汗を掻いた。
 今まで考えた事も無かったが、言われてみればそうかも知れない。真面目と言う事を、免罪符にしてきたつもりはないが……。
「仕方無い……」
「え?」
 汗を拭いたピートに、ベスパは悪戯そうに笑い掛ける。
「お前が座り込みそうになったら、あたしが尻を叩いてやるよ」
 自分を指差しながら、ベスパははっきりとそう言った。
「……」
 一瞬ベスパの言っている事の意味が分からなかったピートだったが、すぐにその意図を推測し、顔を朱に染めた。
 とは言え、流石に生後八百年、もて慣れている彼はそんな事で狼狽えたりはしない。
「良いんですか?僕は、ベスパさんより全然早く死んでしまいますよ」
「心配すんな、墓くらい建ててやるよ」
「……ふっ」
「はははっ……」
 ピートは笑った。
 ベスパも笑った。
 静かな霊園に、晴れやかな笑い声が響く。


 ある初夏の日の、穏やかな昼下がりの事だった。

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