ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 独立編 幕


投稿者名:斑駒
投稿日時:(04/ 6/14)

 全ての感覚が失われた真っ暗闇。
 視覚や聴覚、触覚といったものはもちろん、時間や空間の感覚も無い。
 完全な機能停止状態。
 なんとなく、『死』という言葉が連想された。
 そんなマリアの意識に、走馬灯のように様々なシーンが浮かび上がってくる。

 暗転。
 カオスと共にヴァンパイアを倒すため、地中海に行った時の映像。
 カオスに新しい機能をつけてもらい、仲間と共に戦った記憶……
 あの時、初めて使用したジェット・エンジンは、それ以降無くてはならないものになった。

 暗転。
 カオスに送り出され、魔族と戦うために月まで行った時の映像。
 自らの身を投げ打ってでも、仲間を守りきった記憶……
 あの時、カオスは報酬の全てを投げ打って、即座に自分を修理してくれた。

 暗転。
 世界の命運を賭けて魔神と戦った時の映像。
 ただ夢中で駆けずり回り、結果として世界を守りきった記憶……
 あの時、仲間と共に守った世界を、自分は守りきれただろうか。

 暗転。
 一転して色や線が鮮明になる映像。
 『ならば……。あとのことはわしに任せろ。』
 これは、直前に聞いセリフのリフレイン。

 暗転。
 ピートとパシリクスが除霊の仕事に臨んだ際の映像。
 お互いがお互いを信じ合い、協力しあって生きる信頼の記憶。
 その時の、背中を互いに預け合う二人の姿が強く印象に残る。

 暗転。
 マミーシーカーM・3がたくさんの子供に囲まれて、子守りをする際の映像。
 子供の身を案じながら、その成長を温かく見守る慈愛の記憶。
 その時の、子供にキスされて頭を撫でて返すといったやりとりが強く印象に残る。

 暗転。
 M7874-1182が家のお嬢様と一緒に編み物をする際の映像。
 ただ一緒にいるだけで、傍に居るだけで寂しさを忘れさせる安らぎの記憶。
 その時の、他愛ないおしゃべりと軽やかな笑い声が強く印象に残る。

 暗転。暗転。暗転。
 マリアの意思に関係なく、思わず胸が熱くなるような光景が、次々と展開される。
 事故現場でMシリーズが身を挺して人命を助け、助けた人間に泣きながら感謝される映像。
 営業を仕事とするMシリーズが、その成果を認められて社内で表彰され同僚全員から祝福される映像。
 家庭用のMシリーズが、孤独な老人の世話をしてその最期を看取る映像。

 マリアは自分の記憶では無いことをどこかで自覚しながら、流れ込む映像を自分のことのように実感していた。



『ああ。ドクター・カオス…ドクター・カオス…ドクター・カオス……!!』

 ことに、最後の映像は他人事とは思えなかった。
 自分の目の前で永きの眠りについてしまったカオス。
 それがせっかく起きたのに、今度はカオスの目の前で永きの眠りについてしまった自分……

「おう。なんじゃ? そんなに呼ばんでも、わしはここにおるぞ」

 突然聴覚に飛び込んできた声に、マリアはパチリッと目を開いた。

「!!! ドクター・カオス!!?」

 開いた目の先には、横たわるマリアを見おろすカオスの顔があった。

「ここは………天国…」

「そのボケはもういいっ!」

 未だ呆然とするマリアに、間髪を入れずにつっこむカオス。

「安心せい。おまえもわしも死んではおらん。それどころか世界中のMシリーズは一体たりとも機能停止なんぞしとらんわい!」

「きのうていし……」

 マリアは半ばうわのそらで、カオスの話を聞き流していた。
 見慣れた天井、見慣れたベッド。間違いなくこの場は自分が守り続けてきた木造アパートの一室で、自分が寝かされているのはカオスがずっと眠り続けていたベッドだった。
 その事に思い至るや否や、次々と現実が思い起こされる。

「マリア・機能停止して…他のMシリーズも…? …ドクター・カオスは・眠ったままこのベッドに……理解不能!」

「落ち着け。まあ、混乱するのも無理はないがな。詳しくは、そっちのわしに聞くがよかろう」

 マリアの様子に苦笑いしながら、傍らに目配せするカオス。
 マリアがその方向に視線を移すと、そこには例の若カオスの映像が浮かんでいた。
 しかしその姿はだいぶ薄れて見える。

「聞いたぞ。私がおまえに手渡したディスクを、Mシリーズ機能停止プログラムと勘違いしたらしいな」

 若カオスはさも面白そうに、笑いながら話し掛けてきた。

「まったく早トチリも良いところだ。私はMシリーズを“止める”プログラムとは言ったが、それは“反逆を止める”という意味で、“機能を止める”プログラムと言った覚えは無い。まあ、今回は結果オーライだな。おまえもさっきエネルギー切れでスリープモードに入っていた間に、プログラムされた夢の内容は見ただろう?」

「ユメ………?」

 言われてマリアは、状況を整理するために思い返した。
 プログラム・ディスクを渡された時の言葉。
 エネルギー不足で使えなくなったジェット・エンジン。
 プログラムの実行と共に途切れた意識。
 次々と流れ込んできた、自分のものだけでは無い記憶。

「Mシリーズたちが反逆したのと全く逆のプロセスだ。おまえのメモリーをベースに、人間とMシリーズが親愛の情を結んだ記憶を呼び起こすようなプログラムを組み、認識信号にのせて次々と伝播させた。これなら理論上、反逆していた機体は人間に協力的に戻るし、もともと人間に協力的だった機体――どうやら、特に人間と親密な関係を保っていた機体は、悪夢の影響を受けなかったようだがな――彼らには影響を及ぼさないというわけだ」

 したり顔で解説する若カオス。
 その姿が、また一段と薄れる。

「ドクター・カオス!?」

 マリアは、思わず呼びかけた。

「ん? ああ、私がどうして寝たきりから解放されたか……か?」

 若カオスは、自分が呼ばれたとは思わなかったらしい。
 傍らに腰掛けて苦笑いしながら様子を見ているカオスの方にちらっと目をやり、説明を始めた。

「調べてみると、私がボケたのは頭の中の記憶が整理されずにゴチャゴチャに溜まり、もうこれ以上新しい記憶も入らないし、昔の記憶もバラバラになって呼び出せないし、もうにっちもさっちも行かなくなったせいらしくてな…」

 マリアは、ふと、痴呆の症状を発しはじめたカオスの様子を思い返していた。
 新しいことは全く覚えられず、やたらと昔のことを話すようになり、自分が昼食を食べたかどうかすら覚えていない状態だった。
 だいぶ前にピートが訪ねて来た時も、記憶が混乱しているようで「おお、よく来たな小僧」などと言っていた。

「それまではトコロテン式に過去の記憶を忘れたりもしたらしいが、記憶の上書きを繰り返すうちに脳内の空き領域が細切れになり、ついには脳が全く機能できない状態に陥った。それで寝たきりになったわけだ」

 脳の機能停止。
 それは、普通の人間では死を意味する事態なのだろう。
 しかし不老不死であるカオスの身体はそのままの状態で生き続け、自律神経系の働きによってあたかも眠ったような様子になっていたのだ。

「それで私はおまえにディスクを渡して送り出したあと、私を起こすために私の記憶の整理を始めた。脳内のデフラグ作業をしたと言った方が、おまえには通りが良いかだろうか。霊体であることを利用して、私自身に乗り移ってな」

「あっ……」

 その作業をしていたのは、ちょうどマリアが、部屋の入り口に佇んだまま若カオスの言葉を待っていたときのことだ。
 あのとき若カオスは、次の作業に忙しくてマリアにかまっていられなかっただけだったのだ。

「その作業が終わったら、今度はカオスフライヤーZの製作に取り掛かった。この廃墟では材料の調達が難点だったが、おまえのためだと言ったら、町の人間がずいぶん協力してくれたぞ。ホウキやら三輪車やら、住居の屋根材やらパイプやら色々とな。あとでおまえから礼を言っておいてくれ」

「町の…人たちが……」

 マリアは、驚いた。
 今までずっとMシリーズの襲撃から守っては来たが、何かをしてもらったことはなかったし、特に何かをしてもらおうとも思わなかった。
 そんな彼らが、自分のために協力してくれたということに。

「あとはまあ、おまえも知っての通り、“私”を叩き起こしておまえのフォローに向かわせたわけだ。ともかくなんとか間に合って良かったよ」

 間に合ったと言えば、まさにギリギリのタイミングだったろう。カオスの到着が少しでも遅れていたら、マリアは地面に衝突して大破していた。
 若カオスは、頭の後ろをかくような仕草をしながら、苦笑いを漏らした。
 そんな彼の体が、また少し薄れてゆく。

「ドクター・カオス! 体が……」

 マリアにそこまで言われて、やっと自分の事に思い至ったらしく、若カオスは薄れ行く自分の体に目を移した。

「おお、そうだ。間に合ったというのは、私が消えるまでに間に合ったという意味もあってな。実は私の霊体は一日しか持たんように設計してしまっておったのだが。いやあ、焦った焦った。おかげでおまえの腕も、もげたままになってしまって、スマンかったな」

「………!!」

 若カオスは、さも何でもないことのように、さらっと言ってのけたが、マリアは絶句してしまった。
 今まで若カオスの命令や行動は、全てマリアのことなどお構い無しに為されていたように感じていた。
 そう、あたかも身勝手で傲慢な人間であるかのように。
 しかしそれは単に、時間制限に焦りを感じていただけだったのだ。
 話を聞いてよくよく考えてみると、若カオスは人間のためや自分のためというより、ずっとマリアのためだけに全ての作業をしてくれていたように思われる。

「ドクター・カオス!!」

 マリアは、思わず叫んだ。

「おいおい、紛らわしいな。私はもう消えるから、その呼びかけは本物の私だけにしてくれ」

 紛らわしいといいつつも、若カオスは迷わず自ら返事をし、また老カオスの方も無言で腕組みをしたままだった。
 『本物の』……と言うが、その二人は二人とも、まぎれもなくマリアがよく知るカオス本人に相違なかった。
 はじめから分かっていたはずなのに、その事実を信じるのにずいぶん時間がかかってしまったような気がする。

「いいえ。ドクター・カオス! あなたは・ドクター・カオスです!!」

 マリアは、確認するように若カオスに呼びかけた。
 その反応に、若カオスと老カオスが思わず顔を見合わせて笑った。

「ありがとう。……さて、私はもう消えるが、最後に一言だけ言っておこう」

 そう言って、若カオスは咳払いし、まっすぐにマリアの顔を見つめた。
 マリアも、まっすぐに見つめ返す。

「おまえがまた私を必要としたときには、必ず現れてやる。良いか、忘れるな。私はいつでもおまえと共にあるということを……」

 言いながら、若カオスの姿はどんどんフェードアウトして行き、虚空に消えた。

「イエス…ドクター・カオス………」

 マリアは、若カオスの消えた方をずっと見つめながら、そっと呟いた。



「……ぅほんっ!」

 静かな部屋の隅で、突如として咳払いが起こった。
 マリアが思い出したように振り向き、叫ぶ。

「ドクター・カオス!」

「やれやれ。これではどちらが本物か分からんな。それとも、おまえは若いわしの方が好みだったかな?」

 カオスが、皮肉な笑いを浮かべながら、椅子から立ち上がった。
 そのカオスに向かって、マリアが思いっきり飛びつく。

「バカ! バカ・バカ・バカ! ドクター・カオスの・バカッッ!!」

 カオスを壁にぐいぐいと押し付けながら、今まで言いたかったことを全て投げつけるつもりが、たった一つの単語しか出てこなかった。

「やれやれ。しばらく見ないうちに、とんだ不良娘になったものだ。しかしまあ、成長もしたかのう」

 されるがままのカオスが、マリアの頭にそっと手を置きながら、ふっと呟いた。

「成長…? マリアが……?」

 不思議そうな顔をして見上げるマリアの目の前で、カオスはかたわらの窓の外を指差した。
 ふっとマリアがそちらに目を移すと。

「マリア〜〜〜! ひゅーひゅー!」
「よかったね。よかったね。マリア!」
「やったな!マリア!!」

 アパートの下に集まった子供たちが、こちらを見上げて歓声をあげていた。

「マリアさま〜〜! ご無事でしたか!?」
「さっき数体のMシリーズが復興の手伝いをしたいって町に……!」
「もう、この世界は平和なんですね!!」

 大人たちも、興奮した様子でこちらを見上げている。
 その中には、つい最近助けた男の姿もあった。

「…………」

 マリアは、そんな彼らの姿を、呆然と見つめたあと、カオスの方に向き直った。

「おまえは、成長した。わしが居なくても、自分で判断して何でもできるようになった。コイツがその結果じゃよ。ホレ、責任持ってなんか返事してやらんか」

「あっ……」

 カオスが茶化すように言って、マリアの脇腹をつつく。
 マリアは、ふらふらと窓際に歩み寄り、窓枠に手を着く。
 眼下には、見上げる人々の笑顔、笑顔、笑顔。
 マリアが全て独りで守り抜いた風景が、広がっていた。

「あ…さ、サンキュー! みんな・ありがとう・ございます!!」

 マリアの言葉に、人々がまたワッと沸いた。
 気恥ずかしくなったマリアは、窓から顔を引っ込める。

「命令されたから何かをするのではなく、自ら考え、自らの判断で行動し、その結果に責任を持つ。それが一人前の人間というものだ。今回の事件があって、わしはやっと、真に人間の似姿たるアンドロイドを完成させたと言えるのかもしれんな……」

 マリアの傍から窓の外を見下ろしていたカオスが、人間と握手を交わすMシリーズの姿をまぶしそうに眺めながら、呟いた。
 それから急に、マリアの方を振り向いて、おどけた調子で問う。

「……さて、ここで、一人前になったおまえに聞こう。これから、どうしたい?」

「え? ま、マリアは……」

 唐突な質問に、マリアは目を見張る。
 にやけながら顔を覗き込んでくるカオスは、そんなマリアの反応を純粋に楽しんでいるようでもあった。
 しかし咄嗟に口には出なかったが、この質問の答えはずっと前から決まっている。……もしかしたら、1000年以上も前から。

 マリアは軽く咳払いし、カオスの顔をまっすぐに見上げて、自信たっぷりに答えた。


「マリアは・ドクター・カオスと・共に居ます。これまでも・そして・これからも・ずっと……」




...the end

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