魂の機械 独立編 後
投稿者名:斑駒
投稿日時:(04/ 6/14)
「う〜む。スリープモード中の記憶検索に介入して来た、他のMシリーズと人間との忌まわしい記憶……か」
「イエス。認識信号の・波長にのせて・Mシリーズ全てに・強制受信される・記憶と診断しました!」
とりあえず屋根の上から部屋に移動したマリアは、自分が見た映像の一部始終を若カオスに話した。自分が直接経験した以外の記憶について。
「……ふむ。その記憶を一斉に見たMシリーズたちは、人間に対する憎悪を芽生えさせ、反逆を始めるというわけか。さっきおまえが起きがけに私を攻撃しようとしたように……」
「……ソーリー。M7874-8782が・人間に・虐待を受けた時の・記憶と・混乱しました」
「……うぅむ」
うなだれるマリアに一瞥をくれながら、若カオスは何か別のことを考えているようだった。
「しかし……おまえは他のMシリーズが一斉に反逆した時は何ともなかったのに、何故いまさらなのだろうな。今までその記憶にアクセスされたことは無かったのか?」
「ノー! 一度も・ありません。今回が初見です」
顔を上げる事が出来ないまま、床に向かって呟くマリア。
自分でも、さきほど人間を憎く感じてカオスに手を上げた自分が、理解できなかった。
「……そうか。とすると、M7874-8782が近くにあったせいだろうか」
若カオスは自分で言いつつも、頭の中でその考えを否定した。
M7874-8782は、マリアとの戦闘により運び込まれた時点で既に認識信号発信も含めて完全に活動を停止していた。
マリアがその影響を受けようはずが無い。
何か他に、今になって反逆原因の影響を受けた理由があるはずである。
「ドクター・カオス……」
ひとり考え込む若カオスに、マリアの声がかかる。
マリアは、未だにうなだれたまま佇んでいた。
「対策は……できそうですか?」
配線が剥き出しのままの左肩に無意識に手を添えながら、問う。
「おお。対策か…そういえば……」
そこでやっと、目の前の疑問に追われていた若カオスが、本来の目的を思い出す。
認識信号による洗脳……いや、扇動か。
そして、全世界に散らばったMシリーズの認識信号ネットワーク。
首謀者やプログラミングなど扇動に応じさせるプロセスはともかく、この非常に単純なシステムによってMシリーズは世界各地で一斉に反逆を始めたのだ。
そう、単純なシステムで――
「くくく。対策か。出来るぞ。簡単にな。この単純なシステムを逆利用すれば……」
「……そう、ですか」
若カオスは、1000年前と全く変わらぬ笑みを浮かべた。
科学者が何かを思いついた時の、あの頼もしくも不敵な笑いを……
一方のマリアは、ただひたすら、どこか遠くを見るような目で俯き続けていた。
独り……。
報告しても独り、謝っても独り。
目の前に居るのに、満たされない想い。
左腕が……痛い。
「高さ333メートル…日本最大の電波塔……損傷は・殆んど無し……」
見上げる尖塔の先、空には降ってきそうなほどの星が瞬いている。
そこはかつて『東京タワー』と呼ばれた鉄塔の、足元にあたる場所だった。
オフィス・ビルが林立していた周囲は完全に瓦礫の荒野と化しているのに対し、この建物だけはMシリーズたちの攻撃を免れていた。
彼らのターゲットは建物自体ではなく、その中に居る人間だったからである。
「この状態であれば・広範囲の・信号発信も・十分に可能……」
確認するマリアの声が夜の空気に染み入る。
その報告を受けるべき人物、カオスはこの場には居ない。
Mシリーズの反逆に対して、若カオスが思いついた対策は、非常に単純明快なものだった。
それは、全てのMシリーズを止めるプログラムを、認識信号にのせて流す事。
マリアが自らの認識信号にのせてそのプログラムを発動させれば、それが近隣のMシリーズに伝播して行き、最終的に全てのMシリーズがその動きを止めることになる。
反逆の扇動が行われた際の手法の二番煎じであるため、若カオスはどこか釈然としない表情だったが……
ともかく、マリアは即興で作られたプログラム・ディスクを若カオスに手渡され、それをこの場で実行するように指示された。
広範囲に信号を送り、計画の実現をより確実なものにするためである。なにせ万が一周囲にMシリーズが一体も居なかった場合、マリアだけが止まってこの計画は終わりになってしまう。
「ジェット・エンジン・点火! 計画実行ポイントに・向かいます」
踵の噴射口が静かに火を吹き、マリアの身体を宙に持ち上げる。
途端にバランスを崩しそうになり、慌てて配線剥き出しの左肩を抑える。
マリアに計画の実行を指示した後、若カオスはすぐに別の何かの作業に取り掛かってしまった。
マリアは、そんな若カオスの後姿を部屋のドアの前でしばらく眺めていた。
腕の1本くらい無くても計画の実行に支障は無い。しかし、即座に出発する気にもなれなかった。
マリアが部屋を出たのは指示が出されてからだいぶ経った後だったが、結局二人の間には一言も会話が交わされる事は無かった。計画の念押しや催促だけでなく、別れの言葉すら……である。
「エマージェンシー……。ジェット・エンジン・出力低下…エネルギー・不足……」
視野に介入してくる警告の赤ランプ。
それを無視して、のろのろと上昇を続ける。
M7874-8782を相手にした後も補給をしていなかったのだから、エネルギー切れになるのは当たり前だった。
マリアはそれが分かっていて、敢えて出がけに補給をしなかった。
別にやけばちになっていたというわけでもない。
プログラムを実行すれば、どうせ自分も機能停止してしまうのだ。
エネルギーは、計画実行ポイントまでの分があれば、それで十分という判断だった。
「目標地点・到着。アンテナへの・コネクト開始。進捗30%…40…50……」
やっとのことで上に辿り着いたマリアは、鉄塔を背にして足を投げ出すように座り込む。
もう、余分なエネルギーは殆んど残っていなかった。
しかし、あとはもうプログラムを実行すれば自分の役目は終わる。
やっと…全てが終わるのだ。
「ドクター・カオス…もうすぐ・マリアも……」
静かに目を瞑るマリア。
瞼の裏に浮かぶのは、在りし日のカオスが豪快に笑う顔。
「100%。コネクト完了。信号波長に完全同期。………。これで……」
マリアがプログラム・ディスクを挿入しようとカチューシャ型アンテナに手を伸ばそうとした、その瞬間……
『マリア!……ザッ……マリアじゃないですか!?……ガガッ……僕です! ピートですっっ!』
語りかける声が聞こえた。
『無事だった…ビュッ…ですか? パシリクスM・3が……つぜんあなたの認識信号を拾ったって……マリア? マリア!?』
それはとても懐かしく、心強い声。
「イエス…マリア……無事です! ずっと…独りで……」
思わず命令の実行を忘れ、口をついて言葉が出ていた。
『良かった。マ…アもでしたか。僕らもヨ……ッパで生き残った人間…守るために戦っています。インガリョウコ氏から押収した…シリクスM・3…どうして暴走しなかったのか分かりません…ど、おかげで無事です!』
マリアの周囲以外で、生き残った人間。マリアと同様に暴走していないMシリーズの存在。
今まで目の前のことで精一杯だったマリアには、あまりにも意外な事実だった。
「良かった。……本当に・良かった」
空を見上げて、胸の奥から搾り出すように声をこぼす。
『ピピピピッ』
そんなマリアの耳元に、間髪入れずに響く通信音。
『マリア? あなた、マリアって言うの? 私はマミーシーカーM・6。アメリカの子守り用Mシリーズよ。私以外にも人間を守る個体が残っているなんて思わなかったわ……こ、こらっ、トム。アンテナをひっぱっちゃダメよ!』
新たに入った通信。その後ろでは子供が遊んでいるかのような嬌声が聞こえる。
『ピピピピッ 同じく。家庭用Mシリーズ、M7874-1182です。……と言っても私は、家のお嬢様一人お守りするのに精一杯ですが……』
『ピピピピッ 香港のデュランゴM-Xだ。俺ァマスターと一緒に反逆したMシリーズをブッ潰して回ってるゼ! しかし、まさか俺の他にも戦っているヤツが居たとはな』
『ピピピピッ』『ピピピピッ』『ピピピピッ』
次から次へと新しい通信が入る。
アンテナにコネクトしたマリアを媒介にして、全世界に散らばった“同志”がお互いの存在を確かめ合っていた。
誰もが暴走した他のMシリーズたちを疑問に思い、誰もが自分だけが暴走していないことを不思議に思い、それでも誰もが当たり前のように人間を守ってきた。
そして、そんな誰もが今この瞬間、自分が独りでは無かったことをお互いに知り、安堵していた。
「マリアも・戦ってます。そして今・この戦いを・終わらせるための・プログラムを……。 !!」
途中まで話して、マリアは色を失った。
確かにプロがラムを発動させれば、今すぐ戦いは終わる。
しかし、同時にそれは現在通信している同志たちの機能停止をも意味する。
『人間もけっこう残ってるみたい……』『意外となんとかなる……』『がんばらないとね……』『いつかは……』
通信は同時進行的にずっと流れ続けている。
しかしマリアはそれに耳を傾けることが出来ない。
例えばマミーシーカーM・6が機能停止してしまったら、子供たちは、トムは誰が世話をするのだろう。
例えばM7874-1182が機能停止してしまったら、お嬢さんはどうなってしまうのだろう。
他の“同志”たちだってそうだ。必死に戦っているのを無に帰して良いのだろうか。
マリアは自らの右手を、ディスクを挿入しかけた状態からそれ以上動かす事ができなかった。
『もしもし? マリア? マリア!? どうしかしましたか? 戦いを終わらせるプログラムってどういうものなんですか?』
ピートが、通信を電話と錯誤した様子で問いかけてくる。
しかしマリアはその問いかけに答えることが出来ない。
かと言って、プログラムを実行する事も出来ない。
『もしもし? マリア? マリ……ビュッ』
ドガッ
通信が突然途切れ、マリアの身体を大きな衝撃が襲う。
答えの出ない無限ループの思考に沈んでいたマリアは、急な対応が出来ずに鉄塔から落ちかけるが、なんとか支柱に腕を絡ませて持ちこたえる。
「…クッ 同型機による・襲撃!!?…数は……5体!?」
マリアは、いつの間にか複数のジェット・エンジンによるホバリング音に取り囲まれていた。先刻の衝撃は、そのうちの一体に蹴られたことによるものらしい。
大規模な通信が、同志だけでなく彼らにもマリアの存在を悟らせたのかもしれない。
「迎撃を……」
マリアは銃を撃とうとして気付く。
右腕は身体を支柱からぶら下げたまま維持するのに使用されており、本来攻撃に使われるべき左腕は、今は無い。
「しまっ……!」
気付いた時には既に遅く、マリアは体当たりを受けて宙に放り出されていた。
次の瞬間には、物凄い加速度で落下が始まる。
一瞬、自分を突き落としたMシリーズの顔がテレサの……もしくはM7874-8782のものに見えた気がした。
「ドクター……カオス…………」
マリアはひとこと呟き、静かに目を閉じた。
エネルギーを使い果たしているため、ジェット噴射は出来ない。
このまま自由落下を続ければ、数秒後にはコンクリートの瓦礫に衝突。
ボディは大破して、92.5%の確率で機能停止に陥る。
しかし、これで良かったのかもしれない。
これで、せっかくお互いの存在を確かめ合った同志たちを犠牲にしないで済む。
これで、やっとカオスの居ない世界で活動を続けることから解放される。
これで………
ドオォォ―――――ンン
降るような星空の下、鈍い衝突音が響き渡った。
独りじゃない……。
戦うのも独りじゃない。守るのだって独りじゃない。
たとえ傍には居なくても、十二分に満たされる想い。
胸が……熱い。
「おぉ〜い、マリア! いつまで寝とるんじゃ? はよ起きんかい。重くてかなわん」
どのくらいの時間が経過したのか分からない。数秒か、数分か……
マリアは、懐かしい声に包まれて目を開いた。
「おおっ、起きたか。しかし、間一髪じゃったな」
まず目に入ったのは足元。なにか空中を高速移動する乗り物に乗っているらしい。
次に気が付いたのは、その乗り物の上で自分を抱いて支える人の腕。
「地面に激突しておったらタダでは済まんかったろうが、とりあえず見たとこ損傷が酷いのは左腕だけのようじゃな」
まだ状況がはっきりとはつかめないまま、ふっと声の方を見上げる。
そこには、マリアが長い間求めて得られなかったものがあった。
にいっと傲岸不遜な笑みを浮かべるカオス。
マリアと1000年の時を共に歩んできた、正真正銘本物のカオスの姿があった。
「ドクター・カオス! ドクター・カオス!! ドクター・カオス!! ドクター・カオス!!!」
マリアはエネルギーの残り少ない体で、それでも力いっぱいぎゅっと抱きついた。
もう、二度と離れないように。
「おお、しばらく見んうちに良い顔をするようになったな。今にも涙でも流しそうではないか」
カオスもマリアをぎゅっと抱き返しながら、鷹揚に笑った。
間違いなくマリアの知るカオスの笑いだった。
「ドクター・カオス! マリアは! マリアは!! マリアは!!!」
カオスの言うとおり、見上げるマリアの表情はくしゃくしゃに歪んで今にも泣き出しそうだった。
カオスはそんなマリアの頭にぽんっと手を置いて諭す。
「すまんかったな。どうやらわしがのうのうと眠っている間に、おまえにはだいぶ苦労をかけたようだ」
感慨深げにマリアの表情を眺めるカオス。
おそらくはこの20年間で培われたのであろう、今まで見たことも無いような豊かな表情。
「マリアは……死んだのですか!!??」
しかしその表情から繰り出されたセリフに、カオスは思わずズッコケた。
「おわっとぉっっ」
弾みで操縦していた乗り物が派手にきりもみ回転し、カオスは慌てて舵をきる。
「マリア・死んで・ドクター・カオスと・同じ場所に・来れたのですか!? ここが・天国・なのですか!!??」
マリアの口から、およそ突拍子も無いセリフが次から次へと飛び出す。
「落ち着けマリア! 勝手にわしを殺さんでくれっっ!! おまえとてわしがこのカオスフライヤーZ(ゼット)で地面との激突前に拾い上げてやったから死んではおらん!大丈夫じゃ!!……たぶんな」
言いながらカオスの脳裏を先ほどの激しい衝突音がよぎり、少し語尾が濁った。
「………。マリア・まだ動いてる? ドクター・カオスも…動いてる!??」
カオスを見上げるマリアの目が、ぱちくりと見開かれる。
「ああ。話すと長くなるのじゃが、おかげでやっと目が覚め……」
ドンッ ドンッ
カオスが話している途中に、上空から発砲を受ける。
見ると、先ほどマリアを襲ったMシリーズたちが、今度はカオスフライヤーに向かって降下して来ていた。
「ちっ。詳しい話はあとじゃな。マリア、とっととプログラムを実行して、きやつらを黙らせてやれ!」
カオスは舵をたくみに操って追いすがる相手から距離をとりながら、マリアに指示を出す。
「ドクター・カオス! でも・世界には・人間に味方する・Mシリーズたちも……」
プログラム・ディスクは、未だにマリアの右手にしっかりと握られたままだった。
「あぁん? 『でも』じゃと? おまえ、しばらく見んうちに、わしに口ごたえまでするようになったのか?」
「ノ・ノー! そんなことは――」
「くっくっく。いや、よい。なるほど。他にもおまえと同じように人間に味方する機体が居て、そやつらに対する影響が心配なわけか」
命令に対するマリアの反応に、カオスは一瞬の当惑の後、さも面白そうに得心げな表情を浮かべた。
「しかし、一つ聞こう。マリア、おまえはわしを信用しておるか?」
挑戦的とも言えるような表情で、マリアの瞳をまっすぐに覗き込むカオス。
その姿が、プログラム・ディスクを渡した時の若カオスの姿にダブる。
「イエス! マリア、ドクター・カオスを・信用してます!」
マリアの言葉を聞いて、カオスは満足げにニヤリと笑った。
「よし。ならば迷うな。あとのことはわしに任せろ。やれ!マリア!」
「イエス! ドクター・カオス!」
もう、マリアに迷いは無かった。
夢でも幻でもいい。ともかく即座にディスクをセットし、プログラムを発動させる。
読み出されるデータ、実行される演算処理、発信される信号……
それらをトレースしながら、だんだん意識が遠のいてゆく。
全ての感覚が薄れゆく中、自分を支えるカオスの、大きく暖かな存在感だけは、強くはっきりと、認識されていた。
...to be continued
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