ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 独立編 序


投稿者名:斑駒
投稿日時:(04/ 6/14)

 ジャリッ ジャリッ ジリッ

 どこまでも見渡す限り、コンクリートと鉄骨の瓦礫だけが続く、灰色の大地。
 一方で空は高く青く澄み切り、瓦礫を踏み分ける単調な足音のみを響き渡らせる。

「ヒイィ! たっ、たすけてくれえぇ!!」

 そんな世界に忽然と発せられる男の悲鳴。
 男は、大きめのコンクリート塊を背にへたり込み、恐怖に歪んだ表情で目の前を見上げていた。

「タスケル……?」

 男の目には、機関銃を片手に悠然と歩み寄る女の姿が映っていた。
 女は男とは対照的に落ち着き払った顔で、言い放つ。
 
「…ノー! 内部コマンドに反します!」

 カキンッ

 安全装置をはずす、無機質な音。
 銃口が男の眉間に向けられる。

「人間……滅却します!」

 今まさに銃弾が放たれようとし、銃口を凝視する男の目が死の恐怖に見開かれる
 その瞬間……

「スト――――ップ!!!」

 ズシャァッ

 派手な着地音と共に、空中から何者かが二人の間に割って入った。
 両手を開いて女を真正面から見詰め、男を背に庇うように立ちはだかる。

「警告・します! これ以上・人間を害さず・直ちに・退去してください! さも無くば……。 !?」

 ズダダダダンッッ!!

 乱入者が警告を言い渡すのを待たずに、女の機関銃が火を噴く。
 爆音と共に無数の弾丸がバラ撒かれ、それらが全て女の目の前に立ちはだかる者に突き刺さる。

「人間……滅却します! コマンド実行に際する障害は、全て優先排除します!」

 霧のように視野を覆う硝煙に向かって、冷たく言い放つ女。
 が、不意にその煙幕の中から二本の腕がにゅっと飛び出し、女の両肩をガシッと掴んだ。

「!!??」

 女が動けぬまま、次第に煙が晴れてゆく。
 煙の向こう、飛び出した手の先に無言で佇んでいたのは、先刻の銃弾を雨のように浴びながらも、無傷な乱入者の姿だった。

「…あなたを…強制排除………します」

 その者は何かに耐えるかのようにその手にググッと力を篭め、
 何かを問い掛けるかのように、その眼差しを女の目に真っ直ぐ向けて、
 ただ一言、おそらく先程の警告の続きであろう一言を、呟いた。

「エラー発生! 障害、沈黙せず! 演算の修正及び、再攻撃を……!!」

 叫びながら女は自らの肩にかけられた手を振り解こうとする。
 しかしどんなに力を入れても、肩にかけられた手はビクともしない。

「……パワーが計算値の誤差を遥かに超えている!? 論理演算に致命的なエラーが!? ただの旧型機ではないのかっっ!?」

 冷徹だった女に、初めて困惑と焦りの色が見え始める。
 その元凶たる者は無表情のまま、女に抱きつくかのようにグッと体を引き寄せ、

「たしかに…古さなら……極大値です」

 すれ違う耳元で、そっと囁いた。
 それを聞いた女の表情が、驚愕に凍りつく。

「ま……まさか、おまえは!? ……クッ、離せ!」

 女は密着した体を必死に振りほどこうとするが、それは徒労でしかなかった。
 せめて自ら離れようと片足を引いた。刹那……

「イエス……マリア……離します」

 高速で後足を払われ、女の体はコンクリートの地面に深々と突き刺さっていた。
 自らの身に何が起こったのか認識できず、呆然と青い空を見上げる女。
 その視野がブレて、だんだんとノイズに埋もれてゆく。
 体も動かす事が出来ず、身体の節々でバチバチッとショートしているかのような音がする。

「な……ビュッ…何故だっ……オリジナル……ガッ…何故独り…ジジッ…人間に味方する……!? 理解ふのっ…」





  ドンッ!


 轟く銃声。
 捨て台詞も中途のまま沈黙した女に、向けられた銃口。

  キンッ


 完全なる沈黙の中、地面に落ちた薬莢の音が冷たく響く。

「………。どうして……」

 自らをマリアと呼んだ少女は、沈黙の引き金となった自らの銃に片手を添えながら呟いた。
 その顔に表情と呼べるほどの変化は見られず、足元に転がったまま動かない女ロボットをただまっすぐに見詰めるのみ。



  カタリッ

 不意に、少女の背後で音がした。
 振り向くと、そこには先程保護した男が震える足で立ち上がろうとしていた。

「お怪我は・ありませんか?」 

 流れ弾などが当たった様子も無く、男はいたって無傷のようである。
 立ち上がるのを手伝おうと、少女が手を伸ばす。ところが…

「ヒィイイ!!」

 男は再び恐怖に顔を引き攣らせ、座り込んでしまった。
 少女は自ら差し出した手を所在無さげに眺めて、その原因に気付く。
 少女の手には、先程女ロボットを打ち抜いた銃が携えられたままだった。
 厳密に言うと、腕に据え付けられた銃が出しっぱなしだったのだ。

 カキンッ

 少女は即座に銃を自らの腕部に収納すると、改めてもう片方の手を男に差し出した。

「もう・大丈夫。心配・ありません……町に・帰りましょう!」

 男に向けられたその表情には、微かながらも笑みのようなものが浮かんでいるようにも見えた。





 時に西暦2299年。
 人類は滅亡の危機に瀕していた。
 22世紀の終わりに実用化された、
 ただ一種の発明品によって……





  ゴオォ――――ッ  ズシャァッ
 以前は『東京』と呼ばれていたコンクリートの山の一角に、派手な着地音が響き渡った。
 降り立ったのはマリアと、彼女の片手に軽々と抱えられた男である。

「あっ、マリアおねーちゃんだ!」
「ホントだっ、また悪いロボットをやっつけて来たんだね!」
「おじさんも、マリアおねーちゃんに助けてもらったの?」

 マリアの姿を認めて、周囲の大きな瓦礫の隙間から子供たちが次々と顔を出した。
 その数はどんどんと増え、二人はあっという間に何十人もの子供に取り囲まれる。

「おじさんねえ、運が良かったよ。マリアは世界でたった一人の人間の味方なんだからっ!」
「ここは“マリアの町”って言うのよ。マリアがずっとずぅっと守ってくれてる町なの」
「マリア、強かったろ!? マリアは誰にだって負けねーんだ!」

 キョトンとしたままの男に向かって、次々と捲くし立てる子供たち。
 マリアはそんな子供たちを引き連れたまま、悠然と瓦礫の道を歩く。
 そうしている間にも道の両側からは、マリアめがけて次々と子供が駆け出してくる。
 どうやら、ここらの瓦礫の隙間は人間たちの住居として使用されているらしかった。
 その証拠に、子供たちが飛び出した後からは、大人たちが顔を覗かせている。

「まだ……こんなに人間が居て……まだ、こんな、町と呼べるようなものが残っていようとは……」

 男は、自らを取り巻く状況にただただ目を見張るのみであった。
 数年前に起きたMシリーズの同時多発暴走。
 暴走したMシリーズたちは全て人間を目の敵にして襲ってきた。まるで、人間を憎んでいるかのように。
 そして人間は、既に世界中にシェアを広げていたMシリーズによって、ほとんど滅ぼされかかっているはずであった。
 しかし、現にこうして目の前に生き残っている人間たちがいる。
 彼らはMシリーズの襲撃を受けなかったのだろうか。
 そもそも自分の隣に居る居るアンドロイドは、なぜ暴走していないのだろうか。

「な、なあ。きみっっ」

 色々な疑問の答えを得るために男が話し掛けようとした瞬間、マリアは歩みを止めた。
 男は危うくその背中にぶつかりそうになって、言葉を切る。
 見ると目の前には、かろうじて原型を残したままの木造アパートが在った。
 20世紀末のものらしいその建築様式は既に史跡レベルのものだが、不思議なのはそんな脆い構造物が破壊されずに残存している事だ。

「い、いったい……!?」

 唖然とする男と、それを遠巻きに囲む子供たち。
 彼らをその場に取り残して、マリアは一人アパートの階段を上っていった。
 一足ごとに木の板がミシリと悲鳴を上げるが、しっかりと補修されているらしく、踏み抜かれることは無い。

「このアパートが、マリア様がこの町をお守りくださる理由なのさ」
「厳密に言うと、マリア様にとって重要なのはこのアパートの中にいる人の方らしいけどね」
「あんた、新入りだね? マリア様に助けられたんだろ。何もない町だけど、歓迎するよ」

 頃合を見計らったように出てきた大人たちが、新参者の男を囲み、
 人間が生活しているという事実のみで辛うじてそう呼ぶことのできる『町』に、新しい仲間を迎え入れた。





 23世紀の終わり。
 人類は日陰生活を余儀無くされていた。
 自らが作り出した、
 彼ら自身の鏡像によって……





「ドクター・カオス! マリア・帰還しました!」

 古ぼけてはいるものの手入れの行き届いた小奇麗な部屋の中、マリアはベッドに横たわる人物に語りかけた。

「マリア・また一体・同型機を・破壊してきました……」

 相手からの応答の無いままに、マリアは独り、言葉を足す。
 しかし、やはり返事は無い。
 マリアはしばらく無言でたたずんだまま、相手の瞑った目を見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。

「………いつまで…この現状が・継続…されるのですか……?」

 思い詰めたようなマリアの質問にも、返って来る答えは無い。
 沈黙の中、マリアはそっとベッドの傍に歩み寄り、横たわる人物をやさしく覗き込む。

「ドクター・カオスが・眠ったまま・今日で20年…。長い時間・でした。共に過ごした・1000年近くの日々も・遠く感じるほどに……」

 カオスの安らかな寝顔を凝視したまま、マリアは言葉を止める。
 言葉だけでなく、その表情も、その動きも、全ての時間が止まる。
 そして……





「……起きてっ! 起きてっ……くださいっっ!」

 突如、マリアは横たわるカオスに縋り付き、声の限りに叫んだ。

「また・マリアに・命令して・ください!」

 両手で襟をぎゅっと掴みながら、カオスの胸に顔を埋めて。

「いつも・マリアの・傍に・居てください!」

 ふっと顔を上げてみるが、カオスの目は閉じられたままで……

「マリア……待ちます! いつまでも・待ちます……から………」

 マリアは軽く、その唇にくちづけた。

 それは、おとぎ話の昔から、眠りの魔法にかかった者を起こす伝統的なおまじない。
 しかし唇を離してからしばらく経っても、カオスは何の反応も示さなかった。
 マリアが仕方なさそうに、ゆっくりと立ち上がろうとしたとき、

 ヒャッく
   ふしゅっ

 なぜかマリアの口からしゃっくりのような音が漏れ、同時に気の抜けるような音がして、何か煙のようなものがマリアの口から飛び出した。
 それは、中空に浮かびながら何かの形を為してゆく。
 驚き、カオスを庇うように身構えるマリアの前で、変形を終えたそれは口をきいた。

「……ふむ。……ここは!?」
「あなたはっ!!?」

 マリアの目の前に現れたのは、マリアがよく知る者の姿で、それゆえにマリアは、自らの目を信じることができなかった。



...to be continued

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