ザ・グレート・展開予測ショー

青春


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 6/13)

 大阪。


 今時、東京の高校が修学旅行に京都・奈良・大阪と言うのもアレなのだが、決まってるもんは仕方無い。費用は積み立てでとうに払ってしまっているのだし、行かなければ損だ。例え、それが親の金であっても。
 ……一部、払っていない生徒もいるが、まさか省にする訳にもいくまい。そこら辺は、余剰費用で何とかする。その程度の人情は、飽くまで役人たる都立校教師も持ち合わせている。他の生徒や、その保護者達も同様に。
 と言う訳で、全員参加での修学旅行と相成ったのでありました。




 修学旅行、三日目。
 一日目で京都を周り、二日目で奈良。三日目の今日は、班行動での大阪巡りだ。
 彼等の班も、朝日の中を意気揚々と大阪の街へ繰り出していったのだった。
「少し、腹減りましたのー」
「未だ、お昼には早いですよ?」
「つっても、正午までは後一時間てトコだがな」
「青春よねー」
 南方の方便を操る、入れ墨の巨漢。
 甘いマスクにさらさらの金髪で、明らかに外人のくせにネイティブも真っ青な日本語を話す青年。
 ぱっと見普通でありながら、どこか普通でない雰囲気を醸し出しているバンダナの少年。
 この中に在ると、学校机を背中に背負ったセーラー服の少女も、不自然に見えないから不思議だ。



 ……いや、不自然だから。





【青春】





「もうちょい行くと、俺の地元やから。そこ行きゃ美味い店知っとうから、そこまで待ちいな。ま、その店が未だ在るかは知らんけど、俺の知っとる店が全部潰れとる言う事はないやろ」
「……横島さん、大阪の人だったんですのー。矢っ張り、わっしも標準語に直した方が良いんですかのー」
「青春よねー」
「何がですか……」
 ま、そんな訳で。
 この三日目の班行動の班を決めるくじ引きで、我等が除霊委員の面々は見事に全員固まってしまったのでした。
 で、今日は三日目。
 大阪出身の横島の案内で、適当に回ってみている四人であった。





「おー、懐かしいのー、この公園。ガキの時分には、ようここで遊んだっけなー」
 住宅街の一角に作られたどこにでもあるような公園を、感慨深げに見渡す横島。
 本当にどこにでもあるような公園だが、幼少時代の狭い行動範囲では、家の近所のこの公園はほぼ毎日のように遊び回った場所だ。ましてや小学校の途中で東京に引っ越した横島としては、多少の感慨はあって然るべきであろう。
「おお、このブランコ、未だあんのか。よう銀ちゃんと漕ぎ比べしたもんだよな」
「……良いんですかね、修学旅行でこんなトコ来ても」
「悪いって事はないとおもいますけんど……」
「青春よねー」
 そう、いつもの台詞を吐いた愛子の眼には、横島がどこかいつもとは違う表情で映っていた。



「……ん?」
 ふと、横島の視線が止まった。
「どうしたんですか、横島君」
「いや、あれは……」
 ピートの問い掛けにそう返した横島の視線の先には、公園の隅で一人佇む少女(横島達と同じくらいだろうか?)の姿が在った。
「女の子ですのー」
「何、横島君、修学旅行で軟派?まあ、それも青春だけど、同じ班に私と言うものが居ながらそれはちょっと……」
 次いで話し掛けてきたタイガーと愛子だが、横島はそれには応えず、呆然としたような表情で少女を凝視していた。
「……」
「……横島さん?」
「どうしたの、横島君」
 固まってしまったかのように黙する横島を、不審に思った仲間達がつつく。
「……あれは……」
「え?」
「……」
 あれは……、もしかして……?
 いや、そんな訳ない。
 そんな事、ある訳ない。そんな、都合の良過ぎる……。
 いや、でも――




「……夏子?」

 横島は、誘われるかのようにおぼつかない足取りでふらりと少女に近付くと、そう声を掛けた。
「……え」
「……」
 突然の問い掛けに少女はビクリと身体を震わすと、不思議そうな表情で横島を振り向いた。
「……」
「えっと……?」
「夏子……なんやな?」
「は、はい。そうですけど……」
 少女の返事を聞いた横島の表情が、歓喜と不安の入り混じった複雑な様相を見せる。
「矢っ張り、夏子か!俺や、小学校ん頃同級やった横島や!」
「え……」
 それを聞いた途端、少女の表情が固まった。
 驚きを浮かべたその表情は、次の瞬間には満面に慶びを称えていた。
「ええ〜〜〜〜っ!?横島……っ、ほんまに横島か!?」
「ホントだよ、ほら吹いてどないすんねん」
「せやな。――って、ほんまに横島なんか……」
「ああ……」
 少女――夏子は目尻に指をやった。
 横島の表情も、似たように見える。
「て――、何でこないなトコに居るん?」
「何でて……、ああ、修学旅行やねん。あっちにいんのが、同じ学校の連中や」
 そう言って、後ろを指差す横島。
 その先に見える除霊委員のメンバーを見て、夏子は……
「……どんな学校通ってんねん」
 至極まともな感想を零した。
「何や……、やっぱ東京は恐いトコなんかのー」
「いや……、偶々この班に普通じゃない奴等が固まってるだけで……」
「え?」
「いや、俺、今、向こうでゴーストスイーパーやってんねや。あいつ等は、何て言うか、その同業者やねん。……おんなし班になったんは、全くの偶然やけどな」
「へぇ〜、ゴーストスイーパーねぇ。横島が」
「はは……。……何だよ、それは」
「いやいや!何や、立派になったんやないけ」
「やー、スイーパーっつっても、未だ師匠んトコで修行しとる最中なんやけどな。未だ未だ半人前や」
「はー、それでも凄いで。スケベなくらいしか取り柄の無かった、あの横島が」
「言うなや……。スケベなんは、今も変わっとらんがな」
「ははは……」
 久方ぶりにあったと言うのに、余り余所余所しさも感じさせずに会話する二人。それだけ、相性が良いと言う事なのだろうか。



「……あのさ、夏子」
「ん?何や、改まって」
 急に言葉を切った横島に、夏子はそう応えた。
 先程まで巫山戯ていた横島の顔が、どこかしら真面目な雰囲気に変わっている。
 横島は、夏子の初恋の相手だった。……実は、今も多分、現在進行形で好きだ。今、話してみて、もう一度自覚した。
 変わっていない彼が、嬉しかった。
「気付いて……、ないのか?」
「だから、何が」
 もしかして、彼も同じ気持ちなのだろうか。
 そんな訳ない……と思いつつも、夏子の胸は期待で高鳴った。
「夏子……」
「何?」
 しかし、次に横島から発せられた言葉は、彼女の淡い期待通りの言葉ではなかった。




「お前……、もう死んでるよ……」




「……え?」
 瞬間、時が止まった。
 横島の表情は一層静かなものとなり、夏子はどう応えて良いのか分からないと言った顔だ。
「――な……」
 夏子が、恐る恐る口を開く。
「何言うとんねん、横島!冗談きついでー、笑えへんわ、それは」
 そう言って、夏子は横島の肩をバンバンと叩く。
 しかし、それは……

スカッ

「え……――」
 擦り抜けた。
 夏子の手は、横島の肩に触れる事無く、虚しく掻かれた。
「な……、何やねん、これ……?」
 横島の肩を擦り抜けた自分の右手を凝視して、夏子が上擦った声を上げる。
「矢っ張り……気付いてなかったんやな……」
 横島は、狼狽える夏子を真っ直ぐに見つめた。
「……落ち着いて、聞いてくれよ?」
 恐る恐ると言った風情で、横島は語り始めた。
「これは、冗談でもなんでもないんや……。夏子、お前はもう死んどる」
「な……、何やの、それ……?」
「多分、それはお前にとっても急な事やったんやろ。せやさかいにお前は、自分が死んだ事に気ぃついてへんのや」
 一言一言、区切るように横島は言う。これ以上無い程に気を動転させているであろう、初恋の相手を気遣って。
 そう、彼女を救う為に。
 暴走させないように――。
「お、おかしいやん、そんなの……」
 夏子は、引きつった顔で反論する。
「死んだて……、せやかて、内はここにおるやないか」
「……今のお前は、所謂“幽霊”言う奴なんよ。それも、この公園に縛られとる……、“地縛霊”やな……」
「幽霊……?んな……、アホな事が……」
「だから、夏子……」
「んな……、アホな……」
「……夏子?」
 夏子の様子が、明らかにおかしくなった。
 両腕で自らの肩を抱き、地面を見つめて震えている。
「嘘や……、そんな……。内が死んだやなんて……」
「夏子……」
「折角、横島に会えたのに……。死んどるなんて……、嘘や……」
「なつ……」
 しまった、これは……。
「嘘や……!」

ゴオッ!

 夏子の霊体が、崩れていく。
 恐怖と未練とが渦を巻き、鎧と化してその解れを埋めていく。
 夏子の霊力が、急激に高まる。
 即ち、悪霊と化すのだ。
「夏子!」
「……」


 堕ちる……!




ドン!

「……?」
 しかしそれは、完成される事なく唐突に終わりを告げた。
 霊圧で巻き上げられた砂煙の向こうに見えたのは、夏子の肩に両手を置き、肩で息をする横島の姿。
「はあっはあっはあっ……!」
 幽霊は、剥き出しの霊体であるが故に霊波の影響をダイレクトに受ける。
 悪霊へと変じ掛けた夏子に、横島は自らの霊力を注ぎ込む事によって無理矢理その変化を止めたのだ。
「……」
 夏子は、呆然とした表情で立ち尽くしている。

ガバッ

 全身を霊波で覆って幽体に触れられるようにすると、横島は夏子を強く抱きしめた。
「夏子……」
「……横……島……」
「頼む、落ち着いてくれ、夏子……!今んでようけ霊力消費してもうたさかい、次に悪霊化し始めたら、止められる自身は無い……」
 夏子を掻き抱き、横島は諭す。
「……んな……」
「夏子……?」
「内は……、ほんまに死んだんか……?」
 ぽつり、と小声で夏子が言った。
「……ああ……」
 苦渋を極力顔に出さないようにして、横島は応える。
「お前は、死んだんだ……。どないしてか知らんけど、今のお前は幽霊――魂のみの存在なんや」
「幽霊……」
「せや……、この世におったらあかん存在なんや……」
「そんな……」

ギュッ……!

 横島の纏う霊波を掴む、夏子の握力が強くなった。
 頭を横島の胸に押し付け、嗚咽を漏らす。
「何でや……」
「え?」
「何で、よりにもよって横島なんや……!」
「……すまん」
 その言葉の意味は横島には分からなかったけれど、取り敢えず謝っておく。
「こんなん、無い……!無いで……っ」
「夏子……」
 抱き締めた夏子の頭を撫でると、横島はその身体を引き剥がした。
「……兎に角、このままじゃあかん。俺が引導渡したるさかい、はよ成仏しい。な?」
 幼子をあやすように、横島は夏子に言う。
「……うん……」
 べそを拭いながらも、夏子はそれをしっかりとした声で承諾した。




「じゃ……行くで?」
「うん……」
 横島が構えるのは、『浄』の字を刻んだ文珠。横島が今すぐ用意出来る、唯一の除霊道具。
「さよならや……、夏子」
「うん……。最後の最後で横島に会えて……、しかも引導喰らわせられるなんて……」
「すまんな……」
「ちゃうねん、嬉しいねん。内、ガキん頃からずっと横島の事好きやったから……。けど……」
「……」
「けど……、こんなんないで……。喜んだらええんのか、悲しんだらええんのか……、もう、自分でも分からへんわ。……はは、神様も皮肉な事すんなあ」
「神様……ね……」
 相槌を打つ横島の脳裏には、やけに人間臭い竜神族のお歴々やゲーム猿にベスの姿が浮かんでいたとかいないとか。
「……も、止めよ。別れが辛うなるだけや」
「せやな……、じゃあ、頼むで、横島」
「ああ……」
 そう言って、横島が文珠を光らせようとした瞬間……



ゴッ!


 横島の視界から、夏子の姿が消えた。
「……!」
 横島は、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
 夏子の姿が目の前から消え、代わりに現れたのは醜悪な容姿を誇らしげに誇示する鬼――。
 鬼?
 何でそんなのが、夏子と入れ替わってるんだ?
 何で……。


「くはははは!」
 鬼が、高笑いをした。
「美味い!はは、思った通りに美味いぜ!やっぱ、魂は躍り喰いに限るな!」
「……何?」
 目の前で騒ぐ鬼の言葉に、横島は呆気にとられたの表情のままで訊いた。
「感謝するぜ、小僧!俺様は、吸魂鬼だからな。俺様の主食は、人間の魂よ!美味そうな魂を持ってる奴を見付けたから、殺して魂を肉体から剥がしたまでは良かったが、その後がいけねえ。その小娘、よりにもよってこの地に縛られやがった!」
「……」
「地縛霊は又たそっから剥がさねえといけねえんだが、これが上手くいかねえ。どうしたもんかと思ってたところに、あんたが来てくれた訳よ。くはははは!お陰で久々に美味い飯にありつけたぜ!」
「……」
「あの後ろのは、お前の仲間か?一人は妖怪、もう一人は……どっちだか分からねえな。けど、あんたとあのでかいのは美味そうだ。この小娘よりも食いでがありそうだぜ。くははははははは!」

 鬼の高笑いが、遠離っていくような気がした。
 横島は、自分の顔から表情が消えていくのを感じた――。





 空の真上へと上がった太陽に、滑り台の鉄骨が光った。
 横島は、ベンチに座って未だ項垂れている。
「横島さん……」
 除霊委員の三人は、掛ける言葉も見付からないまま、その周りに屯していた。


「俺は――」
 不意に、横島が口を開いた。
「俺は、あいつを二度死なす為に助けたのか……?」
「え……」
 突然に掛けられた問いに、三人は顔を見合わせる。
 重苦しい沈黙が、辺りを支配した。
 それを払うかのように、ピートが横島に話し掛ける。
「横島さん……」
「……」
「出会いがあれば、別れもあります。永遠の別れも、そして不本意な別れも……」

ガッ!

「!」
 その言葉を遮るように、横島は立ち上がってピートの胸倉を掴んだ。
「……っ!」
 歯軋りの音が、ピートの耳に届いた。
「……」
 暫くして、横島は手を離す。
「悪い……、ちょっと、一人にしてくんねえか……」
 そう言うと、横島は住宅街に消えていった……。


「ピートさん……」
 横島の去った公園で、タイガーがピートに言った。
「ピートさんと違って、わっしや横島さんは未だ二十年も生きてないんですじゃ」
「あ、ああ……」
「親しかった人が死んで、しかもあんな末路で。幾ら横島さんが人の生死を商売にするゴーストスイーパーでも、辛いもんは辛いんですじゃ……」
「……そう、だね……。少し、配慮が足らなかったかな……」
「……」
 取り敢えず、横島が帰ってこない事にはホテルまで帰れない。
 三人は、ここで待つしかなかった。

「青春よねー……」
 愛子のいつもの台詞が、やけに重く深い響きを持って、ピートとタイガーの耳に届いた。





プルルルルルルル……

 新幹線の発車のベルが鳴る。
 修学旅行も、ついに最終日。後は、列車で東京に帰るだけだ。


「なあ……、ピート」
 ごった返すプラットホームで、横島はいつに無くアンニュイな表情でピートに訊いた。
「吸魂鬼に喰われた魂は、どうなるのかな……?ちゃんと、転生出来るのかな……」
「……」
 ピートは、複雑そうな顔をする。
「さて……、どうなんでしょうね……。神ならぬこの身には、想像も付きませんよ……」
「……そっか」
 そう言うと、横島は二番口から新幹線へと入っていった。




 それは、確かに“修学”旅行。

 少年時代の、終わり――。

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