トゥモロー・ネバー・アイズ -Tomorrow Never Eyes-
投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 6/13)
「どう? おいしい?」
昼食を兼ねた、やや遅めの朝ごはんを食べる横島を見ながら、パピリオは聞いた。
今日のメニューは焼きたての小さな小さなパンケーキ、いわゆる「シルバーダラー・パンケーキ」というやつだ。
白い皿にたくさん並べられたパンケーキにのせたバターがとろりと溶け、芳醇で濃厚なアンバー・メープルシロップをかける。
もちろん、たっぷりのホイップ・クリームと季節のフルーツを添えて。
「・・・え、ええ、うまいっスよ。パピリオ・・・様」
パピリオの視線にとまどいながら横島は答える。
「えへへ・・・ よかった・・・」
おいしいと言われてパピリオの顔に笑顔が浮かぶ。
レシピ通りに作ったので間違いないはずなのだが、なにせ自分が食べられないので、ちょっぴり不安だったのだ。
もっとも、メープルシロップだけはちょっとつまみ食いしちゃったけれど。
「ほら、ちゃんと拭きな」
パピリオの口元に残っているシロップの跡を、ベスパがナプキンでやさしく拭き取ってあげる。
「あっ、こら。動くなって」
「やーん、くすぐったいでちゅ」
ちょっと駄々をこねるようなそぶりをして見せるが、もちろん嫌がっているわけではない。
ルシオラはそんなやりとりを微笑ましく見つめながらも、ヨコシマの皿のものが気になってしかたがない。
「ホント、おいしそうね。一個もらっていい?」
そういってパンケーキをひょいとつまんで自分の皿に取る。
本当はパンケーキそのものよりも、ヨコシマが食べているものが気になって仕方がなかったのだが、もちろんそんなことは口にも出さない。
「あーー! ルシオラちゃんダメでちゅ! それはポチのなんでちゅから!」
「いいじゃない、一個ぐらい。ね?」
「ダメったらダメでちゅ!」
「はいはい」
ぷー、と頬を膨らませて怒るパピリオに負けて、あきらめて元に戻す。
もともと食べるつもりもなかったけれど、それでも指についたシロップをぺろっと舐めてみる。
「・・・ふふ、おいしい」
「もてもてだね、ポチ」
フルーツ・ヨーグルトのスプーンを弄びながら、やや強い目をしてベスパがからかう。
何も言うな、という目だった。
最近、パピリオは横島の食べるものに気を使うようになっていた。
自分が食べられないので無頓着になってしまうのは仕方がないのだが、それでもケルベロスと一緒のエサを与えられていたときは、さすがの横島も死ぬかと思ったという。
それが、ヒャクメが逃げたことをきっかけに、パピリオなりに反省していた。
真相を知らないパピリオは、エサが良くなかったのでヒャクメが逃げ出したと思っているのだった。
「ペスには悪いことをしちゃったでちゅからね・・・」
お気に入りのペットを思い出して、時々さみしそうな顔をしていた。
そしてまた今夜、大のお気に入りのポチが逃げ出そうとしている。
しかも、事もあろうに姉のルシオラがそれを手引きし、自分はそれを知りながら止める事をしない。
そのことがベスパの胸を締め付けていた。
自分が強く迫れば、もしかしたらポチが残ることにルシオラは同意するかもしれない。
スパイとして任務を果たすことの重要さを説いて、ポチを説得することが出来るかもしれない。
でも、やっぱり仲間なんかじゃないことに気づいてしまった。
こうして一緒に食事をしているポチは、昨日までのポチじゃないということに。
「明日もおいしいのを作りまちゅからね。何がいいでちゅか?」
無邪気に話すパピリオの声を聞いて、ゆっくりと、だが足早に過ぎ去っていく今日をベスパは呪った。
自分たちに来年の夏はない。
そして、今日と同じ明日もないということを―――――
今までの
コメント:
- 前回のコメントを頂きまして、大慌てで書き上げました「空白の一日」の続きです。
本当は、ベスパ→パピリオ→ルシオラの順で主役にしていくはずだったのですが、何故かベスパの存在感が大きくなっちゃったんですよね。
横島なんかセリフ一行しかないし、キッチンでパンケーキ焼いている設定だった土偶羅は、ついに出ずじまいだし・・・(笑)
タイトルはまたもや007のパロディです。
ホントは公開順に「Moonraker」のもじりにするつもりだったのですが、最後の一行でこっちに変更しました。
どうしてもタイトルにはいろいろと意味を持たせたいので、そこのところはご容赦くださいませ。
ちなみに次はルシオラなんでアレにする予定です。・・・バレバレですよね? (赤蛇)
- おお速くも続きが。
短いながらも楽しい『今』を満喫する四人が切なげですね。
こういうのにかなり弱いです。
最後の一行が相当意味深ですな。
今後も楽しみにしてます。
関係ないんですがタイトルみて全然別のやつのパロディかと思ってしまいました。 (SooMighty)
- 後々を考えると悲しいお話ですねぇ〜横島君がいなくなってパピは大丈夫でしょうか。 (紅蓮)
- 冒頭に出ているパピリオ特製のパンケーキ、説明を聞いただけで非常に頂きたくなりました(笑)。
裏切りと別れを目前に用意しながら何事もない様に振る舞う横島とルシオラ、何も知らないパピリオ、知っていながら何も出来ないベスパ。
そもそも彼を不当に拉致して来たのは彼女達であり、本来同情の余地はないのですが、子供らしい無知と子供らしくない達観(これは三姉妹全員に言える様な気もします)ゆえの矛盾した一生懸命な愛情に胸の痛みを感じる情景でした。
次のルシオラ編も楽しみにしています。 (フル・サークル)
- >SooMightyさん
明日には逆天号が治ります。
限られた命の中で戦いに明け暮れる彼女たちにとって、この日が最後の休日となるはずなのです。
だからこそ『今』を満喫する姿が、蜻蛉のように儚く美しいのだと思います。
>紅蓮さん
なんとなく、崩壊する寸前の家族のような描写になってしまいましたが、あながちそれも間違いではないかもしれません。
ポチがいなくなってパピリオは大泣きすると思いますが、たぶん大丈夫でしょう。
もしもルシオラとベスパの裏切り(実はこれがテーマのひとつだったりしますが)を知ってしまったら、その時こそがパピリオの危機と言えるでしょう。 (赤蛇)
- >フル・サークルさん
あの四行のために、実際に食べに行って、本も買ってきました。実においしかったです(笑)
裏切りと別れを内包しながら、末妹のために変わらぬ家族を演じようとする三人の姿は、悲しくもあり滑稽でもあります。
しかも、その崩壊の原因となったポチを連れて来たのは、他ならぬパピリオだというところが皮肉です。
そんなところをもっと上手く表現できればなぁ、と悩んでいたり。。。 (赤蛇)
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