ザ・グレート・展開予測ショー

Bar Bourbon Street Lullaby  4thdStory 


投稿者名:トンプソン
投稿日時:(04/ 6/12)

音大生のアルバイトが一礼してピアノに向かう。
一瞥した老バーテンだが、何時もの如く何が気に入らないのか丹念にガラスのコップを磨いている。
「お前の彼女、なかなかやるねぇ」
若バーテンが新参者のバイト君をからかっている。
「そんな事はねぇっすよ。へへ」
多人数の席からオーダーの手が上がったとき、
「来るな」
老バーテンがぽつりとつぶやいた瞬時。
ドアが開いた。外は雨が降り出したようだ。
女が一人、ヒールの音高くカウンターへやってくる。
「ん?」
バイト君なにやら予感めいたものを感じている。
「人間じゃないのかも・・。まさか」
「そのまさかだよ、君は霊感があるのかい?」
若バーテンが少し離れていろと、バイト君に忠告する。
そんなやり取りを無視してるのか、はたまた聞こえていないのか。女が椅子に身を任す。
老バーテンが言葉を発しこれも名残惜しそうに磨いていたガラスのコップを仕舞い込んだ。
「いらっしゃいませ」
のちに、あの人が挨拶するの初めて聞いた、と新参者のバイト君は感想を述べている。
「何があるんだい?」
「なんでも、ありますが」
バースプーンを手に取って答える老バーテン。
カウンター席の女を一度見て、
「あまり冷えすぎたのはお好みでない、如何かな?」
おや、と女が目を大きくする。
「そうね。あと」
「アルコールもお見受けした所、御強くないようですな」
ふふ、と女が笑う。そうだというのも馬鹿らしく感じるのか。
「そうよ。だからあまりお酒のことは判らなくてね、お任せ、といったら?」
言うや否や目の前には既に、
「どうぞ」
白色の、グラスに果物を添えた飲み物が出て来ている。
無愛想な表情とは裏腹に仕草が紳士そのものだ。
「パイナップルにココナッツミルクです。度数も少なくいです」
言いながら材料を手際よく閉まっていく。
「甘くていいわね。なんて名前なの」
すべてをしまい終えてから、
「チチ、です」
女から微笑が漏れた。
「いい、ネーミングね。私にお似合いかな?」
「意味合いはスマートなですがね」
「なお更私に合うわね」
アルコールはともかく、洒落の判る客なのであろうか。
さて、
客の中には霊的分野の客がいたのは偶然である。
公務員たる西条が同僚と共にきていたのも偶然の産物に過ぎない。
「あいつはっ?」
したたか呑んでいるとはいえ実力者の事、すぐさま仕事をと席を立つと。
「次は何になさいますか?お客様」
いつの間に現れたのか、若バーテンである。
「いや、今はいい、それよりも」
「いいえ。お客様。ここはアルコールと静かな空間を提供する場所、お仕事は目を瞑って頂きたい」
暫く、ピアノのソロが響いてくる。
タイを緩めた西条。ため息にも似た物を一つついて。
「判った判った。では何か頼もうか」
同僚も従う。
従わざるを得ない、という方が正しいのかもしれない。
「冷えたワインとおつまみにピスタチオ、ですかな?」
「ロゼで頼むよ」
「畏まりました、お客様、当方の言い分を聞いていただき恐縮で御座います」
頭を軽く下げ、空いたグラスを幾つか拾っていった。
「やるねぇ、お宅の若いのも」
カウンターで若バーテンのやり取りをみていた女が独り言。
「あいつも申しましたが、ここはアルコールと静かな空間を提供する場所ですので」
女の顔が若干赤みを帯びてきた。
「ふぅ。次は何が出るかしら?」
「同じものではいけないようですな」
ふむ。と顎に手をあててから、
「から酒はいけませんな」
ナッツを三粒、出す。
「お口直しにどうぞ。甘いのが少しは直るかと」
「頂くわ」
女はずいぶん少ない数と思ったが、すぐさま浅はかであることが証明できる。
「あらま。口が治ったわね、じゃあ次は」
「時間をかけてお飲みください」
出されたグラスをみてやや驚く女。
「湯気が立ってる?」
「はい、グロッグ、ラムとレモンジュースです」
最近、少しは有名になったホットカクテルもこの女には新鮮に見えたのか。
「えぇ、ゆっくりと、頂くわ」
恐る恐るグラスを手にするも、そんなには熱くは無い。
「ふぅ。これも甘くていいわね」
ふっと、上を見上げると、何時もの如く、ガラスのコップを磨いていた。
「いつの間に?」
女は気がつかなかった。アルコールの所為か、それともこの老バーテンの為せる技ゆえか。
ピアノの音が止まった。
ちらほらと拍手が聞こえる。西条たちもどうやら軽い賞賛をしているようだ。
もっとも女はそんな余裕はないようだ。
「ほっ」
口から漏れる吐息が熱いのは、何も比喩的な意味合いではない。
大分時間がかかったが、ゆっくり呑むのを許されるカクテルには違いない。
「では、これが最後で」
これも何時作ったのか、既に三杯目が出来上がっている。
見た目にはずっとガラスのコップを磨いてるだけにしか見えなかったのだが。
「やや強いです。お気をつけを」
そのとおりで、今までは度数の薄いものを作ってきた老バーテンだったが、
「これしかないかと」
と、強調する。
最初の一口をつける女。
「ちょっと、濃いわね。でも美味しくてよ」
礼儀であるカクテルの三口を流石に守れなかったようだ。
「ふぅ。で、このカクテルなんて名前なの?」
軽く頭を下げて、
「スネーク、イン・ザ・グラスと」
聞いた後、軽い笑いが起り。
「ご馳走様、御代は置いとくわよ」
幸い足取りはしっかりしていた。
ドアに向かうとき、新参者のバイト君の彼女がピアノに再度向かって行ったか。
「こちらも、勘定だ」
西条が演奏が始まる前にと、慌ててレジに向かう。
ぞろぞろと、数人がドアから出て行った。
「あの、マスター、あの女の人ってやっぱ魔族っすよね」
「あぁ、そうだね」
団体のいた席を整頓しつつ新参者のバイト君の問いに答えている。
「じゃ、じゃあやばいっすよ!悪魔に狙われてちまうんじゃあ」
動揺するのも無理はないのだ。
しかし、老バーテンがカウンターから。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
「たとえ、この世が変わってもバーは大丈夫なのさ」
どうしてですか?と老バーテンに聞くと、答えたのが隣にいた若バーテン。
「魔族であろうと、神族であろうと、酒を呑むからさ、ですよね」
それを聞いた老バーテン、笑顔を若バーテンに向けた。
「て、事さ心配はないってこった」
「はぁ」
なんとなくではあるが理解したのか新参者のバイト君。
「マスター、今日は一年分しゃべったんじゃないですか?」
若バーテンの台詞を耳にはした老バーテンであったが、今はピアノの曲に傾倒している。

FIN

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