ザ・グレート・展開予測ショー

〜『キツネと羽根と混沌と』 第2話前編〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(04/ 6/12)



〜『キツネと羽根と混沌と 第2話 』〜



光。

少しずつ薄らいでいく蒼い窓から・・・淡い光が差し込んで・・

白く・・
瞳に映る部屋一面を、白一色に染め上げていく。

・・・。

「・・・・・。」
教会の一室に・・男が一人立ち尽くしていた。何をするわけでもなく、彼はただ静かに宙を見上げる。

真白の天井。
吸い込まれるようなその白は・・彼の嫌いな色だった。

「・・それにしても珍しいね。君が一人でここを尋ねるなんて・・」

声と同時に奥の扉が開き、次いで、少し苦笑したような顔が隙間からのぞく。
2人分の紅茶とティーポッドを抱えた唐巣は・・そのままゆったりと『彼』のそばまで歩み寄り・・・

「ハハッ。いやだなぁ・・これでも僕はキリスト教徒ですよ?一応は・・」

「・・・本当に一応だがね・・・」

湯気の立つカップを受け取りながら、西条がどこかシニカルな笑みを浮かべて振り向いた。

以前、貧乏神の騒動で・・・横島と小鳩相手にアレだけ好き放題をやらかしたというのに・・
・・そんな彼がキリスト教徒。
なんだか真面目に修練している僧侶や修道女の方々に対して申し訳ない気持ちで一杯になる。


「・・冗談はさておき、今日はどうかしたのかね?ただお茶を飲みにきたというわけでもないんだろう?」

手近なイスに腰掛けると、唐巣が穏やかな瞳で問いかける。
わざわざ、ピートが学校に出ているこの時間を選んで教会を訪れたのだ。理由が『世間話をしに来ました』では説明がつかない。

「・・・・・。」

尋ねられた西条は・・相変わらず、天井を眺め続けていた。
決してそこから目を離そうとせず・・・・・しかし、しばらくすると、根負けしたかのようにため息をついて・・・

「・・たまには誰かにグチを聞いてもらいたい日もある・・そういうことですよ。」

肩をすくめて、そんなことを言う。

「・・・グチ?」

「それと・・もう1つは質問かな?」

意外そうな顔をする唐巣へと、西条が少し言い辛そうに頬をかき・・・・
そして、わずかに目線を泳がせた後・・・・・・・つぶやいた。



「・・・神父は・・神様って信じてますか?」


    
                         ◇



――――――タマモのこと・・しっかりと目に留めておいたほうがいい・・


(アレは・・・つまり、こういうことかよ・・)


いつかの・・あの蒼い少年の残した言葉が頭をかすめる。

地上からおよそ4メートル。
陽光を受け、薄く輝く2枚の翼を抱きしめながら・・・灰の少女が十字架の上に腰掛けていた。
相変わらず、どこを見ているのか分からない虚ろな瞳。
・・それをわずかに見開きながら、彼女は愛らしいしぐさで小首をかしげ・・・・

「ふ〜ん・・普通にしてると結構カッコいいんだね、君。前に見かけた時とすいぶん印象が違うから・・少し驚いちゃった。」

ふわり・・・と。
灰色の衣をはためかせ、音もなく床へと着地する。

ユミールと名乗るこの少女が纏う・・・どこか奇妙なプレッシャー。
感じる重圧の差こそあれ、似たような感覚は前に2度ほど経験したことがある。

一度目は、件の蒼髪の少年と相対したとき。二度目は、スズノに取り憑いていた、あの霧の化け物からだ。

・・・。

「・・う〜ん・・それなりに強いとは思うけど・・殺せないってことはないと思うんだけどな〜・・」

興味深げに横島をのぞきこみ・・・ユミールが軽く眉をひそめた。

「・・?何を言って・・・」

「まぁ・・いいや。そんなの試してみれば分かることだし・・・・」

戸惑うような横島の声を尻目に、彼女が勢いよく両手をたたいた・・・・その次の瞬間だった。


「・・私も、文殊がどんなものなのか知りたいし・・・・・・ね?」


声よりも先に、空を切る音が耳に届く。
それは『裂ける』というよりはむしろ、『砕ける』感触に近かった。

力任せに振り上げれた腕が・・・削り取るように、横島の服の一部を喰いちぎり・・・
・・次いで、後方の石造りの壁へと突き刺さる。

「・・・次は・・・外さない・・・」

「・・・・っ!」

反転。
ニコニコと笑う少女の顔が・・それを捉える自らの視界が・・大きく、反転する。

(・・・マジかよ・・)

重力を無視し、とてつもない速さで宙を舞う体。
自分がユミールの細腕に投げ飛ばされたことを認識し、横島の表情が驚愕に染まる。

「ほらほら、避けなきゃ!じゃないと死んじゃうよ?」

とっさに壁に手をつき衝撃を殺すが・・その時にはすでに、ユミールの鉤爪のような掌が目の前まで迫っていて・・・

ギィン!

反射的に作り出した霊波刀と、鋼鉄のような硬度を持つ片腕が激突する。

「・・あぁ、くっそ〜・・・最悪だな。やっぱ超加速なしってのは無理があったか・・・」

打突部が火花を散らす中、うめくように、そうつぶやく横島へ・・・・

「?超加速・・・。へぇ・・文殊ってそんなことまで出来るんだ?
 じゃあ、見せてよ。どの道、このままじゃ私の相手は無理なんでしょ?」

コロコロと・・・ユミールが無邪気に笑みを浮かべ・・・

・・・・しかし。

「・・あれ?」

彼女の瞳がわずかに・・本当にわずかではあるが、動揺によって見開かれる。

・・・・。

・・・居ない。
数秒前まで、確かに自分に向かって霊波刀を構えていたはずの横島の姿が・・・完全に視界から消えている。

「??」

キョロキョロと辺りを見回すユミールが次に目にしたのは・・・・

「・・きゃっ!?」

部屋をつんざく程の・・・文殊から放たれた眩い閃光。
思わず飛び退ったユミールが自らのミスに気づくのに・・・さして時間はかからなかった。

今の文殊は・・ブラフだ。
どれほど強力な光源を創り出したところで・・光それ自体が殺傷能力を持つことなど有り得ない。

本命の攻撃は・・・・まだ・・・・・

彼女がそこまで考えた・・・その刹那。


「油断大敵・・・だな?」

「・・え?う・・うそ・・」

声とともに、一帯に雷の雨が降り注ぐ。
珠一つにつき、一撃。十を超える文殊から生み出された稲妻の連撃が・・爆風で部屋を包み込み・・・

・・・。

(・・・・どうだ・・?)

ギリギリでその場を離脱した横島は、滑るように床へと転がった。
礼拝堂に散乱する無数の瓦礫。
その1点・・・少女が雷に飲み込まれた付近を見つめ・・・・・・

・・・・・唇をかむ。


「・・驚いたぁ・・。本当に使えるんだ・・超加速。」

ユラリ・・・と。ガレキの山から、灰色の半身が起き上がり・・・
土煙に咳き込むような素振りを見せてはいるが・・・外傷はどこにも見当たらない。
出会ったときと変わらぬ姿で・・・ユミールがそこにたたずんでいた。

(・・・なんか最近・・オレの前に出てくる奴らってみんな強さが化け物じみてないか・・?)

情けない顔で半眼になる横島に、ユミールは感心したように腕を組む。

「なるほど・・なんとなく分かってきた、これはたしかに・・殺すのは無理かもね・・」

ブツブツと紡がれるそんな言葉に・・横島は不思議そうな瞳を向けて・・・・


「?さっきから、何のことだよ?それは」

「・・・・・・・。」

それに・・・ユミールは目を細める。
愉快なものでも見るかのように、本当に楽しげに目を細めて・・・・・

「・・自分をごまかさなくていいよ?横島君。」

一言、口にする。

「・・・・・?」

「君だって本当は気づいてる。疑問に思ったことは、1度や2度じゃないはずだよ?」

瞬間。

前触れもなく、少女の体躯が加速する。先ほどよりもさらに速く・・疾く・・・
その動きは超加速によってブーストされた横島の速さを・・わずかに、上回る。

「・・くっ!!」

「君は優しいから・・・大切なものを守るためなら、どんな火中に飛び込むことだって厭わない。」

乱撃。
竜巻のように繰り出されるユミールの手刀をかわしながら、横島は大きく声を荒げ・・・

「だから・・!一体何の話を・・・・」

「誰よりも必死になって・・・一生懸命に手を伸ばすのに・・」

・・・。

「なのに・・・どうしてだろうね?」

!!
鈍い音が響く。
下腹部を突き上げられた衝撃で、体が大きく宙をはぜる。

「生き残るのは、いつも君。君はあの時、一番大切な人を失った。」

床に叩きつけられる横島を見つめながら・・・灰の天使が言葉を続ける。
陰々と・・・・まるで詩でも歌うかのように・・・


「・・・誰も守れないよ、横島君。」

「・・・・・。」

「どんなに頑張っても・・・守れない。私たちがそう決めてるもの。」

言いながら、ユミールは空間に指を躍らせる。
全身を囲むように・・・白い指先が一つの、巨大な紋様を形成していく。

・・意味も分からず、彼女に言葉に聞き入っていた横島も・・さすがにこれには飛び起きた。
一帯に、死の気配が充満する。致命的なまでに膨れ上がったユミールの殺気が・・射抜くように体へと突き刺さり・・

「へぇ・・まだ動けるんだ・・。やっぱり君は本物だね、間違いないよ。」

少女の掌を中心にして・・渦を巻く混沌の風。
それに触れるあらゆるものが・・何か得体の知れない力の余波を受け、次々に崩壊してゆく。

「・・・あんたの言ってることは・・最初から最後までさっぱりだけどな・・」

荒い息を抑えながら、横島が笑う。
激しい動悸を押しとどめ・・・懐から文殊を取り出して・・・・

「一つだけ・・・あんたを放っておくと、どうやらタマがヤバイことになるらしい・・それだけは分かる。」

・・・。

「・・私の話・・聞いてなかった?君には無理だよ。」

少しムッとしたように口を開くユミールへ、横島は軽く肩をすくめ・・・

「・・どうかな?案外、いけるかもしれないぜ?」

4つ・・・5つ・・・6つ・・・。
無造作ともいえる、適当な動作で・・次々に文殊の力を開放していく。

「ふうん・・。何か企んでるんだ?」

「お前こそ・・・これから何か大技をブッ放すつもりなんだろ?
 そいつを自力で止められたら・・少なくともオレは、お前からならタマモを守れるってことになる。・・違うかよ?」

それだけ言って・・横島はきつく目を細めた。
暴風のように巻き起こる殺意の渦の中・・・・頼りなげに浮かぶ6つの文殊。

6つ・・・・こんな数を試すのは・・・それどころか実戦で『コレ』を使うのは初めてなのだが・・

「・・・死ななきゃいいんだけどな・・オレ・・」

明らかな苦笑を浮かべた後、横島は前へと向き直った。


―――――・・。


「・・・・・。」

ユミールは・・・
そんな横島の姿を狂喜の中で目にしていた。

・・面白かった。

意識がじょじょに・・・恍惚の淵に沈んでいく・・。
ここ最近見かける者たちは・・人間・魔族を問わず本当に・・皆、自分を楽しませてくれる生き物ばかりだ。

「ふふっ。楽しい・・・。やっぱり下界に降りてきて正解だったよ・・。」

静かな声音でつぶやきながら、彼女は周囲の歪んだ空間へと目を送る。


・・・。


ねじれた世界。色の無い瞳。・・そして・・灰色の翼。

さぁ・・『門』は開かれた。後は盟約に従い、破壊を実行すればいい。

・・・ただ・・それだけだ。


血を。


闇を。


そして・・混沌を。


思うが侭に、求め続ける・・。


「・・・我、恩寵に名において・・第四の権限を執行する。」


すべてを壊し尽くしたそのときに・・・私は、私の見たいもの見るだろう。
聞きたいもの聞くだろう。
それは・・本当にとても素敵なこと。

だからこそ・・
歌おうではないか・・破滅の唄を・・・・・


「・・・・・Howring」



少女は狂笑とともに、そう口にした。

・・・そして・・・その数瞬の後。

視界を覆うすべてのものが・・・

轟音とともに・・・・爆砕する――――。



                        ◇


「・・長年、こういった仕事をしていると、悪魔や、神々の中に名を連ねるような・・
 そんな存在に出会うことは日常茶飯事だ・・・」

ポケットからタバコを取り出しながら、西条は窓越し映る庭の先へと目を向けた。
教会で喫煙が許されるのだろうか?と・・多少、伺うような動作を見せるが・・当の唐巣が何も言ってこない。
黙認ということなのだろう。

「実際、僕の友人には神族や悪魔が何人もいますし・・・・・
 ・・・だけどそれは・・神父や他の人たちが信じている『神様』ではないでしょう?」

「・・・・。」


人が信じる神というのは・・・・

そう言って、西条は片目を閉じて、胸を指差し・・・・・

「空の上じゃなく、ここにいるものだ・・」

あごに手をやる唐巣へと振り向いた。
表情は変わらず笑みのまま・・・・しかし彼の瞳は・・暗く深い闇のように沈んでいて・・・・


「・・君の中には・・もう神様は住んでいないのかい?」

おだやかに・・・そして静かに、唐巣がそれだけ問いかける。


・・・・。



「―――僕の神様は・・・・・・」

沈黙の後、西条は・・

「・・死んでしまいましたよ。もう・・・ずっと前に・・」

感情の消えた声で・・ポツリとそんなことを口にして・・・・

そして・・・・


『あの子』の中の神さまは・・・・・・最後まであの子を助けてなどくれなかった・・。

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